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明智家とイエズス会の“意外な関係”が明らかに…「本能寺の変」研究の最前線はどうなっている?

文春オンライン / 2021年2月7日 18時5分

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動機は明智家を守るため?

 2月7日、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が最終回を迎える。明智光秀が本能寺の変を起こした動機を巡っては、織田信長にいじめられたとする「怨恨説」や足利義昭や朝廷が指示を下したとする「黒幕説」など数多くの学説が提示されてきたが、今に至るまで定説が確立していない。

 キリシタン史を専門とする慶應義塾大学の浅見雅一教授は、昨年出版した『 キリシタン教会と本能寺の変 』(角川新書)の中で、ポルトガル語で書かれた一次史料を元に、新たな視点を提示し、「光秀の動機」に迫った。東京大学の史料編纂所の本郷和人教授が「これで本能寺の変の研究は新たな段階に入った」と高く評価するなど浅見説に注目が集まっている。

 そこで「文藝春秋」2月号では、浅見氏と本郷氏に加えて作家の伊東潤氏を交えて本能寺の変に関する座談会を行った。

明智家とイエズス会との関係

本郷 まず、私がうならされたのは浅見先生が使った史料です。イエズス会宣教師のルイス・フロイスがまとめた「信長の死について」を紹介されていますね。

浅見 これはローマのイエズス会総長に宛てた報告書です。当時の日本には多くの宣教師がいましたが、フロイスは日本で起こったできごとを「年報」にまとめる責任者。本能寺の変は重大事件ですから、通常の「年報」に加えて別の形で「信長の死について」を作ったわけです。

本郷 よくメディアの方から「目が覚めるような新史料が出てくることはありませんか?」と尋ねられますが、日本の史料は調べ尽くされていますから、新発見はほとんど期待できない。あるとすれば浅見先生が扱われたような海外の史料ですが、普通の研究者はポルトガル語の史料なんて読めません。浅見先生はヨーロッパに留学されていましたよね?

浅見 2年間、主にスペインで勉強していました。「信長の死について」は、これまでも日本語に翻訳されたものがありましたが、今回はローマのイエズス会文書館の原本に当たり、翻訳掲載の許可も頂いたのです。すると、これまで知られていた日本語訳とはいくつか異なる点があることがわかりました。改めて詳細に分析することで、明智家とイエズス会がかなり近しい関係であったことがわかり、変の実情がもう少し見えてきたのです。

「フロイスの創作だ」との批判にどう答える?

伊東 ただ、フロイスは当時九州の口之津(現・長崎県南島原市)にいましたよね。変が起こった京都からは離れていることもあり、「フロイスの創作だ」とも言われています。

浅見 そういう批判に対して、「本当にそうなのかな」と疑問を持ったことが研究のきっかけです。結論から言えば、「信長の死について」は極めて信頼性が高い。これまではフロイスが独自に執筆したものと考えられてきましたが、実はフランシスコ・カリオンとシメアン・ダルメイダという京都と安土に滞在していた宣教師の書簡を元にまとめられたことが考えられるのです。

伊東 つまり、間近で本能寺の変に接した宣教師が見聞した、生の情報が記されているわけですね。

浅見 そうです。フロイスはいわば編集者にあたるわけで、恣意的な改変はしなかったと思います。

伊東 「信長の死について」を読むと、フロイスが優れた記録者だったとわかります。豊臣秀吉が光秀を破った山崎の戦いについて「高山右近の部隊だけで明智軍を撃破した」などと書かれていますが、これはキリシタン大名だった右近がカリオンやダルメイダに披露した自慢話でしょう。こんなものまで書かれていることからすると、カリオンやダルメイダの報告を、フロイスがしっかりと書き残そうとしていたとわかります。

◆ ◆ ◆

「文藝春秋」2月号及び「文藝春秋digital」に掲載した座談会「 新説『本能寺の変』 」では、光秀の嫡男である明智十五郎光慶をはじめとした変の真相を知る「3人のキーマン」のほか、これまで荒唐無稽とされてきた織田信長の「自己神格化」や「中国大陸征服説」についても議論を行っている。

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2021年2月号)

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