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なぜ「げそ天」は老舗そば屋にないのか? みんなの知らない“げそ天そば”の世界

文春オンライン / 2021年3月2日 11時0分

写真

©️iStock.com

 大衆そば・立ち食いそば屋にあって、老舗そば屋にはないメニューとして、今まで「コロッケそば」、「春菊天そば」をお話ししてきた。去年12月 「春菊天そば」について原稿を書いた ところ、隠れ春菊天ファンが相当多数(推定4000万人!)いることがわかり、歓喜驚愕した。

 実はもう1つ関東の老舗そば屋にはほとんどないメニューがある。それは「げそ天そば」である。

『いやいや、「げそ天」は関西のうどん屋にはあるし、西日本でもよく食べている』、『山形のそば屋では「げそ天」は定番だ』、『げそわさ、げそフライ、げそ唐揚げ、げそバター炒めなどは、居酒屋定番の全国区の人気メニューである』と言われると、おっしゃる通りなのだ。

「げそ」にあった悲しい歴史

 しかし、特に、関東の老舗そば屋ではまず見かけない。その理由を紐解いていこうと思う。「げそ天」が立ち食いそば屋の人気メニューになるまでには、げそには悲しい歴史があったようだ。

 イカの胴体はフライや天ぷらとして人気である。純白で美しい。高級天ぷら屋や洋食屋ばかりでなく、中華料理屋、社食、給食などでも広く食材として利用されてきた。冷凍食品として扱いやすい食材だったのだろう。

 それに対し、げそは同じイカでも足というだけでなんとなく格下的に扱われている。げそは見栄えも悪いし、小さな吸盤があって食べにくいからである。

 関東の老舗そば屋ではイカの胴体やエビは天種にするが、値段が安い格下のげそを天種にすることは避けてきたのだろう。また、「げそ天」を揚げると、天ぷら油がすぐ汚れてしまうということも背景にあると思う。

 あと、老舗そば屋でげそを扱わない決定的な理由は、昔からそば屋ではまな板に魚などの生ものを載せないという掟みたいなものがあるという。それは今でも続いている。冷凍で加工してある胴体はカットするだけなので使えるけれど、げそは下処理が必要でまな板を汚してしまうわけである。高級割烹でもげそを扱うことはまずない。「悲しいげそ君」である。

 昭和40年代の高度経済成長の頃、築地場内市場に仕入れに行けば、一斗缶に山ほどのげそが無造作に置かれていて、タダ同然で売られていたという。「売れないから持っていってくれ」というわけである。しかし、新鮮なイカが手に入る全国の漁師町では、げそは胴体より味が濃くてうまいことはもちろん常識であった。そのため、昔から、地域ごとに工夫して粛々と食べられてきた。ただ、そばに載ることはあまりなかった。

「げそ天そば」の誕生

 そんな悲しい運命だったげそに転機が訪れる。昭和40年代、東京の古参の立ち食いそば屋「六文そば」で新メニューとして「げそ天そば」が登場し、一躍、東京で人気となった。

 そして、シンクロニシティかどうかはわからないが、昭和50年代、旭川の「天勇」でも、げそを炒め揚げしてご飯にのせた「げそ丼」や「げそ天そば」が誕生し、ローカルフードとして大人気になっていった。山形でもげその旨さが広まって、そば屋でも「げそ天」が人気のメニューとなっていった。各地でふつふつと「げそ愛」が開花していったわけである。

 そして、現在、「げそ天そば」は関東以北や東京近郊の一部の立ち食いそば屋では、なくてはならない人気メニューとなっている。しかし、関東の老舗そば屋では今もあまりみかけない。

内陸地でげそやイカが食べられてきた理由

 先述した旭川や山形、また青森・福島・群馬・長野・新潟あたりでも「げそ天」やイカを使った料理が人気である。また、海のない内陸部でも食べられてきたようだ。一説には、江戸時代に「スルメイカ」などの干物を保存食として食べていて、その干物を水や酒で戻して煮物にしたり、炊き込んだり、天ぷらにしたという。イカは重要な保存食として貴重な食材だったわけである。また戦後は輸入冷凍イカが広く出回り、その人気が今も続いているというわけである。

げそ天に適したイカは何?

 スーパーや鮮魚店でよくみかけるイカは、たいていアオリイカ、ヤリイカである。これらは「げそ天」にするには小ぶりで、しかもアオリイカは値段が高い。「げそ天」には、主にスルメイカやアカイカ(ムラサキイカ)が多く使われている。アカイカ(ムラサキイカ)は輸入ものも多く、胴体が回転寿司のイカの握りに使われることが多い。その「げそ」は肉厚で「げそ天」向き。東京の立ち食いそば屋で人気の材料となっている。

 ただ、1つ心配なことがある。近年、輸入ものを含めスルメイカ、アカイカの不漁による高騰が続いていることだ。「げそ天が定番メニューから消える?」なんてことが、すでに起きているようだ。

「げそ天」には3つのタイプがある

 立ち食いそば屋や大衆うどん店でお目にかかれる「げそ天」には、大きく3つのタイプがある。1つ目はすらっとした長めの「美脚タイプ」でこれは全国でみかける。2つ目はがっつり頬張る「かき揚げタイプ」で、東京近郊の立ち食いそば屋の定番である。そして、3つ目が「ミックスタイプ」で、こっそりげそがいるタイプである。それぞれの特徴とおいしいげそ天の大衆そば屋をみていこう。

大衆うどん店などでよく登場する全国区の「美脚タイプ」

 まず、1つ目は「美脚タイプ」。このタイプは胴体から切ったげそを1本とか2本とかに切りわけて、長い美脚のままコロモをつけて揚げるタイプである。

 関西や九州など、また、讃岐うどん店でよく見かけるあのタイプである。「スルメイカ」で作られることが多い。ただし、難点がある。噛み切りにくいのである。コロモが脱げてしまって素足になってしまうことが多い(多くの人はそんな事は考えて食べていませんが…)。

 ところが驚いたことには、近年、スルメイカの高騰とコロナ禍による売り上げ減少により、「美脚タイプ」を置いている店が激減している。問い合わせてみると、現在、東京の丸亀製麺では、品川店とハマサイト店、武蔵境店で不定期で販売しているのみという。早速、2月最後の日曜日に品川店に行ってみたのだが販売していなかった。ハマサイト店は定休日で空振り。しばらくはあの美脚に会えないようだ。

東京近郊の立ち食いそば屋の定番の「かき揚げタイプ」

 2つ目が、いわゆる「かき揚げタイプ」である。東京近郊の立ち食いそば屋で、「げそ天そば」人気に火をつけたのは、先述した通り、古参店の「六文そば」である。こちらではアカイカ(ムラサキイカ)を使っている。スルメイカより太く、歯ごたえがよい。

 東急大井町線の中延駅にある「六文そば」では「げそ天そば」がダントツの人気である。毎朝、「げそ天」を揚げているのだが、ちょうどその時間に改札を出ると、あたりに「げそ臭」が漂っているので、どうしても店に吸い込まれてしまう。これは須田町本店でも同じで、店に近づくにつれて、「げそ臭」の洗礼を受ける。恐るべき「げそ臭」トラップである。

 同様に「げそ臭」で有名な日暮里の「一由そば」では、注文の半数近くが「げそ天そば」だというから驚きである。揚げられた「げそ天」が大量に積みあがった光景は圧巻である。こちらの名物トッピングメニュー「ジャンボげそ天」は、顎が疲れるほどでかい。

 以前、私の友人が「一由そば」でバイトしたことがあるのだが、その時、大量の「げそ天」を揚げたことがある。大きなフライヤー一面に「げそ天」を並べて揚げたそうだが、大量にお湯が跳ねあがって、あまりの火傷の恐怖にバイトは1日で撤退したそうである。

 小伝馬町の「田そば」の「げそ天」はやや小ぶりだが、コロモは少なくからっときれいな色に揚げられており歯ごたえもよい。抜群の旨いつゆとそばにのった「げそ天そば」は上品な味わいである。いつ行っても、どの天ぷらにするか迷う天ぷらの名店でもある。ただ、いまは定番メニューではなく、げそが入荷した時のみ店頭に並ぶそうだ。

 写真はないが、台東区千束にある「山田屋」の「げそ天」は、大衆そばの頂点といってもいい。記憶に残る旨さである。また、葛飾区亀有の亀有公園の前にある「鈴しげ」の「げそ天」はやや小ぶりながら、からっと揚がっていてなかなかよい。こちらもアカイカを使用している。コリッとした食感がたまらない。

 新橋駅改札の前にある「かのや」のげそ天もなかなか食べ応えがある。こちらはスルメイカを使っているようだが、立体的な揚げ姿に感心する。出汁の効いたつゆに、やや太めの生麺茹で上げのそばは秀逸だ。

 コロナ禍で3月7日まで臨時休業中の市川駅すぐの「鈴家」の「げそ天」はまたすごいビジュアルである。どんぶり一面に大きな「げそ天」がのって登場する。こちらではいったんげそをボイルしてから天ぷらにしている。こちらも顎の鍛錬には十分すぎるコリコリ感である。

野菜のかき揚げに「げそ」が点在する「ミックスタイプ」

 3つ目が、「ミックスタイプ」である。こちらではやや細めのイカのげそを細かく切って、野菜のかき揚げに入れるタイプで、食べるとほんのりとげその香りが広がるのがなかなかよい。

 東急大井町線中延の駅前にある「大和屋」の「げそ天」は、細目に切った玉ねぎとげそを合わせたかき揚げである。「六文そば」の「げそ天」とは趣が異なり、こちらも人気となっている。

「川一」で「げそ天」の作り方を教えてもらう

 さて、最近、新たに「げそ天」を始めた大衆そば屋がある。秋葉原にある三井記念病院近くの「川一」である。店主の川又武さんがその作り方を少しだけみせてくれるというので訪問してみることにした。約1年ぶりの訪問である。店主はお元気そうでなによりである。

 川又店主に聞くと、コロナ禍で、客足が遠のいてしまい、最近は付加価値のあるメニューを実験的に提供しているという。魚の天ぷらやハーブエビの天ぷらなどを提供したり、いまは「げそ天」を20食限定で提供しているという。その作り方は次のようである。

①冷凍のアカイカのげそを解凍しぶつ切りにする。

②いったん塩を振って、余分な水分を出す。

③それを洗い、ころもをつけて、天ぷら油に広げるようにちりばめて揚げていく。

④揚がっていく途中で丸くまとめていき、かき揚げを成型する。

⑤キツネ色に揚がったら、油から上げて油切りをよくして完成。

 

 *②の段階で、ボイルすれば市川の「鈴家」風になるという。

 流れるような作業で完成した「げそ天そば」を食べてみる。つゆは生返しで芳醇なつゆである。「げそ天」はコリッコリでプリップリである。途中で白ごまを振っていただくとまた風味が一気に立ち上がる。「一由そば」や「六文そば」とは違うタイプである。

「油が汚れちゃうからあまりたくさんは作れないけど、旨いならがんばって作ってみるよ」と心強いことを店主の川又さんは言ってくれた。

 大衆そば・立ち食いそば屋の「げそ天」は、うまいものは何でも天種にするという心意気と創意工夫で誕生したメニューといえる。早くイカの不漁が終わって値段が落ち着くことを期待している。個人的には「げそ天」と「春菊天」をのせた「げそ春そば」がこの時期には欠かせないと思っている。さあ、ちょっと「げそ天そば」でも食べに行こう。

写真=坂崎仁紀

INFORMATION

「川一」
住所:東京都台東区台東1-2-7
営業時間:月~金 7:00~14:00
    (10時頃一時閉店時間あり)
     土 10:00~13:00
定休日:日祝

(坂崎 仁紀)

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