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「遺族に復讐されるから逃げた」無免許“死亡ひき逃げ”ベトナム不法滞在者の歪な世界観

文春オンライン / 2021年3月23日 11時0分

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水戸地裁下妻支部。ジエウの裁判は遺族など被害者側の傍聴希望者が多く、他の関係者を含めて20人近くが傍聴した。2021年3月4日安田撮影。

 ルポライターの安田峰俊氏は現在、逃亡した技能実習生や北関東の家畜窃盗事件などを追ったノンフィクション『 「低度」外国人材 』(KADOKAWA)を刊行するなど、在日外国人問題への取材を精力的におこなっている。そんな安田氏が現在発売中の『文藝春秋』4月号に寄稿したのが「 『死亡ひき逃げ』ベトナム元技能実習生の告白 」だ。

 逃亡技能実習生をはじめとした、ベトナム人の不法滞在者やコロナ禍による帰国困難者たち(彼らのSNSコミュニティの名称から、本記事では「ボドイ」と呼ぶ)の間では、無免許運転がほぼ野放し状態となっている。2020年末には茨城県古河市内で、ついに日本人男性が被害者となる死亡事故が発生した。犯人への接見と裁判傍聴から見えてきた真実を安田氏が緊急寄稿する。

◆ ◆ ◆

裁判官の心証、最悪

「免許がないのに運転をしたのはなぜなんですか?」

「……」

 2021年3月4日、水戸地方裁判所下妻支部の初公判。法廷内には弁護士(国選弁護人)がおこなう被告人質問の声と、それをベトナム語に通訳する法廷通訳者の無機質なつぶやきだけが響いていた。

 対して、本来は自分を守ってくれる存在である弁護士からの質問にもかかわらず、無免許運転のうえで死亡ひき逃げ事件を起こした被告人のベトナム人女性、チャン・ティ・ホン・ジエウ(30)は、しばしば無言のままだった。

 その後、検察官がおこなう反対質問に移るとジエウの沈黙はますます増え、彼女は証言台で棒立ちを続けた。途中からは裁判官も露骨に苛立ちはじめ「答えはないのですか」と催促を繰り返した。被告人に対する心証は最悪だろう。

 もっともジエウの沈黙は、黙秘権の行使といった積極的な動機ゆえではなく、彼女が裁判の意味をまともに理解していないためだろうと思えた。

 ベトナム東北部フート省の農村生まれの不法滞在者・ジエウにとって、裁判で用いられるような難解な語彙は、たとえ通訳をされたところで理解が難しいはずなのだ。事実、後日になり私が彼女に2回目の接見をおこなったところ、ジエウは「弁護士」が裁判でどういう役割を担う存在なのかさえ、ろくに理解していなかった。

 相手が弁護士か検察官か裁判官かを問わず、自分よりも立派そうな人間から難しいことを言われたときは、ひたすら沈黙してやりすごす。もしくは「がんばります」「日本の技術はすごいです」といった紋切り型の日本語を呪文のように唱えてごまかす――。一部の技能実習生やボドイらが見せるこうした反応は、すでに私にとってはお馴染みのものでもある。

側道から突っ込んできたミニバン

 今回の事件が起きたのは2020年12月19日午後5時過ぎ、茨城県古河市東山田の住宅街にある交差点だった。同日、郊外に自宅兼事務所を構える建築士のK氏(55)は、長年の日課であるジョギングをおこなっていた。

 普段なら、周囲の見通しがよい県道17号線の歩道がK氏のトレーニングコースだ。しかし、この日の午後はやや強い北西の風が吹いており、田んぼのなかの県道を走るのは大変だった。ゆえにK氏は風の影響を受けにくい住宅街に向かったらしい。しかし、結果的にこの判断が彼の運命を暗転させた。事件があった交差点付近で理髪店を営む男性は話す。

「側道からミニバンが、一時停止も左右確認もろくにせずに(優先道路である)市道に突っ込んできた。結果、市道を走っていた車と出会い頭に衝突した。そして、ミニバンが跳ね飛んだ先にKさんがいたんです」

宅配便の伝票から御用

 K氏の背後には運悪くブロック塀があり、車体と塀に頭を挟まれる形となった。救急搬送を受けたものの、脳挫傷により間もなく死亡する。事情について古河署の捜査関係者はこう話す。

「事故を起こしたのは、車検が切れている古いセレナ。その後の捜査で、別の車のナンバーが違法に貼り付けられていたことが判明した。また、ドライバーは事故の後、被害者を救助せず車両を遺留してその場から逃走した」

 もっとも、茨城県警が県内各地のコンビニの防犯カメラを確認したところ、事故以前の12月7日にこの車両が確認され、女が宅配便の発送をおこなっていたことが判明。伝票の住所が手がかりとなり、事故翌日の20日朝に自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反(救護義務違反)容疑でベトナム人女性のジエウが逮捕された。

水産会社から逃げた技能実習生だった

 1990年6月生まれのジエウは離婚歴のあるシングルマザーで、2015年に当時4~5歳の子どもを故郷に残して技能実習生として来日していた。当初は岡山県内の水産会社で「実習」したが2016年4月に逃亡、日本各地を転々とした末に1年ほど前から茨城県つくばみらい市に移った。事件当時は妹を含めた不法滞在者の女性3人で暮らしており、問題のミニバンを共用していたらしい。

(余談ながら、瀬戸内地域の水産加工会社は家族経営や同族経営が多いこともあり閉鎖的な職場環境が生じやすく、2013年3月には広島県江田島市で中国人技能実習生が勤務先の社長ほか9人を殺傷する事件を起こしている。今回の事件自体の悪質性はさておき、往年のジエウが逃亡した会社の労働環境は、本人や周囲の証言を聞く限りはひどいものだったようだ)

 ジエウには前科があり、2020年8月31日にさいたま地裁で、出入国管理法違反(不法滞在)と道路交通法違反(無免許運転)で有罪判決を受けている。仮放免後、他の街に住む同胞に冷蔵庫と洗濯機を運ぶために執行猶予中にもかかわらず再び無免許運転をおこなって、今回の事件を起こした模様だ。

無ビザ・無保険・無車検・無免許……

 彼女が逮捕時に潜伏していた場所は、つくばみらい市内で働く技能実習生のカン(30、仮名)というボーイフレンドの自宅である。私がカンを探し当てて取材したところでは、K氏を死亡させた現場から逃亡したジエウは同夜、彼の家に宿泊したらしい。カンはさらに言う。

「車を停めていたところに、他の車から勢いよく追突されたから、怖くなって逃げたと彼女は話していた。亡くなった人がいたとは知らなかった、自分は悪くない、って……」

 事故の原因が彼女にあったことは客観的にも明らかなはずだが、ジエウは恋人に対してこう強弁していた。

 事実、私が拘置所にいるジエウに接見して直接話を聞いた際も、彼女は被害者の遺族への賠償金の支払いを拒否した(公判前に会った時点ではそもそも賠償義務があることすら知らなかった)。2回目の接見の際には、すでに初公判が開かれた後にもかかわらず、被害者のK氏の名前をまったく覚えていなかった。

※ジエウの家族やボーイフレンドのカンは、彼女の賠償金を多少は肩代わりしたいと申し出ている。

 事故当時、ジエウが仮放免後にもかかわらず日本に残っていた一因は、コロナ禍のために帰国の算段がつかなかったためである。ただ、前科1犯の不法滞在者が無保険・無車検状態の車両を無免許で運転して死亡事故を起こし現場から逃走、しかも本人には反省どころか罪の自覚すらほとんどなし──という、まったく救いようのない事件である点は揺るぎそうにない。

横行する無免許ひき逃げ

 今回、私が『文藝春秋』4月号に寄稿する際に調べてみたところ、2020年に報道されたベトナム人による無免許運転の摘発は、主なものだけで以下がある。容疑者の在留資格については報じられないケースが多いが、多くはボドイ(不法滞在者やコロナ禍による帰国困難者)によるものとみられる。対物・対人事故は太字にした。

【29歳男性】2月18日、滋賀県米原市で無免許運転。道路脇の溝に脱輪していたところを発見。
【30歳男性】3月26日、三重県朝日町で無免許運転、乗用車に衝突して逃走(ひき逃げ)。追突された車両の運転手は首に軽いけが。
【36歳男性】5月30日、岐阜県各務原市で無免許運転、乗用車に追突して逃走(当て逃げ)。同乗の男性2人も不法残留で逮捕。
【33歳男性】6月4日、静岡県浜松市内で無免許運転、一時停止違反。
【24歳男性】6月14日、静岡県焼津市で無免許運転、別の乗用車に追突して逃走(ひき逃げ)。追突された車両の運転手は首に軽いけが。
【28歳男性】7月19日、岐阜県土岐市内で無免許運転。
【31歳男性】7月21日、岐阜県大垣市内で無免許運転。
【22歳男性】7月28日、福井市内で無免許運転、別の乗用車に追突。追突された運転手は首に軽いけが。
【35歳男性】8月24日、名古屋市東区で無免許運転、タクシーと接触事故のうえ、パトカーからの逃走中にさらに接触事故
【26歳男性】9月18日、三重県鈴鹿市内で盗難車のナンバープレートを付けた車両を無免許運転。
【56歳男性】10月22日、静岡県浜松市内で無免許運転、交差点で別の乗用車と衝突のうえ逃走。酒気帯び状態だった。

 従来、無免許運転のボドイによる事故は少なからず起きてきたものの、さいわい死亡者や重傷者はほとんどいなかった。だが、今回のジエウの事件でついに犠牲者が出てしまった。

 加えてジエウ事件の5日後にも、愛知県小牧市内で無免許運転をおこなった25歳のボドイによって39歳女性がひき逃げされ、骨盤骨折の重傷を負う事件が起きている。こちらの事件の発生現場は小学校の校門前で、しかも通学時間だったため、運が悪ければより深刻な惨事が起きていた可能性すらあった。

「低度」外国人材に依存する日本

 私は一連の取材にあたって、ジエウのボーイフレンドであるカンや、上記の小牧事件の容疑者レ・ホン・ファットの元ルームメイトの自宅を特定し、タバコと缶ビールと焼き鳥を手にアポ無しで突撃することで、詳しい事情を聞くことに成功している。

 詳細は『文藝春秋』4月号記事を見てほしいが、ボドイたちが無免許運転する車両の多くは、SNSなどを通じて同胞から調達し、ナンバーや車検シールを違法に貼り替えるなどしたものだ。見知らぬ人間が酒と食べ物を手土産に持っていくだけで家に上げてくれる彼らのユルい世界と、法治意識の低さは表裏一体をなすものでもある。

 ちなみに、古河市で死亡ひき逃げ事件を起こしたジエウは、警察の取り調べのなかで、事故現場から逃げた理由を「遺族から復讐されるのが怖かったから」と供述している。

 確かに、たとえば私が知る中国南部の事例でも、山奥で交通事故を起こした際には、まず全速力でその付近の集落から脱出した後に警察に通報するのが、一昔前までは常識だった。事故現場にとどまった場合、被害者の一族や村人から報復として殺されかねないためである(村同士の戦争「械闘」が起きたり、 貴州省のラブドール仙人 の村で泥棒がいなかったりするのも、中国南方の農村部における私刑の慣習が関係している)。おそらくベトナムの農村でも似たような事情があるのだろう。

 ジエウは事故当時、来日6年目だった。しかし、彼女は故郷のフート省の農村と日本国との社会構造が異なることにすら気がつかないまま、長年にわたりこの国の片隅で隠れ住んできた人間なのである。ベトナムの貧しい農村から「低度」外国人材をなかば騙して連れてきている日本の労働システムの限界が、今回の事件からも見えてくる。

◆ ◆ ◆

 安田峰俊氏による「 『死亡ひき逃げ』ベトナム元技能実習生の告白 」は『文藝春秋』4月号および「文藝春秋digital」に掲載されています。

 

(安田 峰俊/文藝春秋 2021年4月号)

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