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「悪いことをしたことを言え」松永太が握ったふたつの弱みは“人質”と“念書”だった

文春オンライン / 2021年3月30日 17時0分

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北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第51回)。

一人娘の清美さんを“人質”にとられて

 松永太と緒方純子による広田由紀夫さん(仮名)への搾取は、彼が内妻と暮らす福岡県北九州市門司区の「上二十町マンション」(仮名)を出て、同市小倉北区の「江南町マンション」(仮名)で暮らし始めて間もない1994年7月頃から行われていた。

 とくにそれが顕著になるのは、同年10月に由紀夫さんの一人娘である清美さん(仮名)を、松永と緒方が月々16万円の養育費を徴収して預かるようになってからだ。実質的に清美さんを“人質”とされたことで、由紀夫さんは松永らに逆らうことができなくなってしまったのである。

 後に福岡地裁小倉支部で開かれた公判での判決文にある、検察側による〈事実認定の補足説明〉(以下、補足説明)には、〈被告人両名(松永と緒方)が由紀夫に多額の現金を要求して工面させ、これを受け取った状況等〉として、以下のようにある。件数が多いためその一部を記す。

由紀夫さんが要求された現金、一部の内容

〈被告人両名は、由紀夫に対し、甲女(清美さん)の養育費として毎月16万円を要求したほか、由紀夫の「片野マンション」(仮名=北九州市小倉北区)での飲食費、生活費等の様々な名目を付けては現金を要求した。由紀夫は、被告人両名に要求されるままに、次のとおり、親族や知人らから多額の現金を工面しては、被告人両名に渡した。

 

 ア 被告人両名は、平成6年(94年)7月27日から平成7年(95年)7月28日までの間、由紀夫に、消費者金融会社から、少なくとも24回にわたり合計約184万円を借り入れさせ、これをすべて受け取った。

 

 イ 被告人両名は、由紀夫に、(当時勤めていた不動産会社)××の同僚である太田修二(仮名)から、(1)平成6年8月か9月ころから同年10月ころまでの間、数回にわたり、合計50万円から60万円を、(2)平成6年11月ころ、合計200万円をそれぞれ借り受けさせ、これをすべて受け取った。

 

 ウ 被告人両名は、由紀夫に、実母である古田千代子(仮名)に対し借入れを申し込ませ、平成6年12月13日から平成7年10月31日までの間、12回にわたり、同人が由紀夫名義の普通預金口座に振り込んだ合計145万5000円をすべて由紀夫から受け取った〉

 これ以外にも由紀夫さんは、実母の再婚相手、実姉、高校時代の同級生、同級生の妻、元勤務先の同僚などからカネを借りており、そのすべてが松永と緒方の手に渡っていた。それらの総額は〈少なくとも約1083万円であった〉とされる。なお、ここに出てくる同級生の妻というのが、かつて記した松永らによる監禁致傷、詐欺・強盗の被害者として、一連の公判で「乙女」と称された原武裕子さん(仮名)である。

都合の悪い“ネタ”の念書をとられて

 由紀夫さんが松永らに逆らえなかった理由は、娘の清美さんが“人質”に取られたことだけではなかった。そのことに加え、松永は由紀夫さんの新たな“弱み”を握っていたのである。前々回( 第49回 )でも触れたが、松永は由紀夫さんを連日のように自宅マンションに呼び出しては飲酒をともにし、酔った彼から会社や家族についての情報を集めていた。そこで収集した由紀夫さんにとって都合の悪い“ネタ”を持ち出して、彼を責め立てたのである。

 その際、松永は「事実関係証明書」という表題で、書面(念書)の記載を由紀夫さんに命じていた。松永は、緒方が実家と揉めていた際にも同様の書類を作成させるなどしており、相手を心理的に服従させる際に突き付ける“物証”として、書面の作成を常に要求していたのである。

 そうした書面の存在について、公判での検察側の論告書(以下、論告書)には次のように記されている。

〈松永は、由紀夫に命じて、借用書や、過去の悪事に関する口止め料を支払う旨の書類などを書かせていたが、そうした書面には嘘が書かれていることもあった。また、松永は、由紀夫が緒方に強姦まがいのことをしたとして由紀夫を責めていたが、このとき念書が作成されたかどうかはわからない。

 

 松永が由紀夫に書かせた書面は、合計すると100通ほどあった。しかし、松永は、由紀夫の死亡後間もないころに、これらをすべてシュレッダーにかけて捨てるよう緒方に命じたので、ほとんどは残っていない〉

 論告書では、シュレッダーにかけられず、証拠品として押収できた書面の作成状況についても触れていた。

通電で強要した由紀夫さん“横領行為”の念書

〈平成6年12月18日、松永は、由紀夫に命令して、当時の由紀夫の勤務先であった××(不動産会社名)において、由紀夫が会社に納めるべき消毒代金を着服していたことを認める内容の書面を書かせた。さらに、松永は、甲女(清美さん)に対しても、その書面の末尾に、「これはお父さんが書いていたもので私がしょうめいになります。」と書くよう命じた。

 

 実際には、松永は、この書面を作成するまで、由紀夫に通電暴行を加え続け、「悪いことをしたことを言え。」などと問い詰めており、その挙げ句に由紀夫が書かされたのがこの書面だった。甲女もその様子は見ていたから、この書面は、とても「お父さんがふつうに書いていた」ものではなかった。また、甲女は、由紀夫が本当におカネを着服したのかどうかなど知る由もなかったから、内容の「しょうめい」もできなかったが、甲女は、松永が恐ろしく、その命令に従った〉

 この「事実関係証明書」の原文そのままではないが、同書面の内容の概要については、判決文に添付された一覧表(以下、一覧表)において触れられている。

〈由紀夫が勤務先(××=不動産会社名)における横領行為を自認するもの。

 

 由紀夫が、「太田(前出の不動産会社同僚)と組み、××が居室を仲介した顧客に対し、居室の消毒を行わないかと持ちかけ、実際には消毒を行わずに、顧客から消毒代金だけを受け取っていた。このような行為を2、30回繰り返し、合計3、40万円を不正に受け取った。また、××の顧客から受け取った物件仲介料を横領したことが10回くらいあり、合計40万円くらいを不正に取得した。また、××の顧客から受け取った駐車場手数料を横領したことが30回くらいあり、合計24万円くらいを不正に取得した。また、太田の友人から印刷を頼まれ、4万円で請け負い、××の印刷機、インク、紙を使って印刷した。」、「このような行為は、詐欺罪、業務上横領罪、背任罪に当たる。」、「どうか許して欲しい。以上のとおり記載した事実はすべて真実である。後日のためにこの書面を差し入れて証明する。」などと記載している。

 

 末尾には、作成日付(平成6年12月18日)、本籍地、住民票上の住所地、現住所が記載され、署名・押印がある。

 

 また、甲女が、「これはお父さんがふつうに書いていたもので私がしょうめいになります」と記載して、署名・押印している〉

 続いて残っていた書面は、95年の元旦に作成されたもの。論告書は次のように作成状況を説明する。

「嘘だと思っていた」ものの、清美さんも命令に逆らえず

〈平成7年1月1日には、松永は、由紀夫に命じて、由紀夫が××(前同)で泥棒をしたという内容の書面を書かせた。このときも、松永は甲女に対し、この書面の末尾に、「お父さんのはなしをききました。私がしょうめいします」などと書くように命令した。

 

 松永は、この書面を由紀夫に作らせた際も、由紀夫に対して執拗に通電暴行を加え、上記盗難事件の犯人だと認めるように迫った。由紀夫は当初否定していたが、ついに、自分が犯人であり、盗んだカネはトイレに隠してあるなどと無理やりに白状させられてしまった。甲女は、由紀夫の話は嘘だと思っていたが、このときも、松永の命令には逆らえなかった〉

 このときに由紀夫さんが書かされた書面は、前回の「事実関係証明書」という表題ではなく、「(株)××現金盗難被害事件についての事実関係証明書」との表題がつけられていた。一覧表にある概要は以下の通りだ。

「子どもが言いそうな文言」として松永が考案した文面

〈由紀夫が、「平成6年12月24日に××で起きた盗難事件の犯人は自分である。3会社から歩合給をもらっていたが、売上げが上がらず、サラ金の返済等でカネが必要だったことなどから、平成6年12月24日午前1時半ころ(あるいは、それより1時間から1時間半くらい遅かったかもしれない。)、(会社事務所に)鍵を開けて入り、マイナスドライバーで机の引き出しをこじ開けたように見せかけ、自分が持っていた鍵で引き出しを開けて、その中にあった金庫から現金を盗んだ。その翌朝、早めに出勤し、××の従業員に対し、『勝手口の鍵が開いていた。金庫にカネが入っていない。』などとしらじらしく聞いた。自分が犯人であることの事実関係の証明をする。」などと記載している。

 

 末尾には、作成日時(平成7年1月1日午後3時4分)、本籍地、生年月日が記載され、署名・押印がある。

 

 また、甲女が、「甲女(原文記載は実名)はお父さんのはなしをききました。私がしょうめいしますがなんとかけいさつにつかまらずにげきってほしいです。がんばってください。もうどろぼうはしないほうがいいと思います。とったおカネはのこっているならばすこしくらいお年玉にまわしてください。」と記載している。

 

 さらに、緒方が、「正に話を聞きました。これからは真じ面にするのを条件に黙っとってあげます。真じめに頑張って下さい。平成7年1月1日緒方純子」と記載している〉

 清美さんの文面については、松永が子どもが言いそうな文言として考えたもの。なお、緒方が書いた「真面目」という文字の2種類の書き方は、原文のままだと推測される。

 由紀夫さんはその後、1995年2月頃から「片野マンション」で松永らと同居する。彼は論告書にある通り、書面を書かされる際に通電を加えられており、そうした松永らによる虐待が、この同居によって、さらにエスカレートすることになった。( 第52回 に続く)

〈長女に対して性的いたずらを…〉松永太が無理やり被害者に書かせた“虚偽の書面” へ続く

(小野 一光)

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