「今日は太ったのとガリガリのしかいないのよ」雪降る函館の60代ママが打ち明ける「青線」の女たち

文春オンライン / 2021年4月3日 20時0分

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©八木澤高明

「小学校の校庭や農家をホテル代わりに…」米兵相手の“派手な服の女性”だらけになった山形の町の戦後史 から続く

 札幌、横浜、渡鹿野島、飛田新地、沖縄……。かつて日本各地に「青線」と呼ばれる非合法の売春地帯が存在した。戦後の一時期売春が認められていた「赤線」と区別され、そう呼ばれていた場所は、その後どうなったのか。

 10年以上かけて全国の青線とその周辺を歩いたノンフィクション作家、八木澤高明氏の著作『 青線 売春の記憶を刻む旅 』(集英社文庫)から、一部を抜粋して転載する。(全3回の3回め/ #1 、 #2 を読む)

◆ ◆ ◆

「まぁ飲んで。あんた観光で来たの?」

 翌日、雪が降る中、一発屋通りへと向かった。函館の赤線はかつての大森遊廓周辺であるが、駅からほど近い一発屋通りのある若松町は、青線であった。『全国女性街・ガイド』によれば、駅前の闇市周辺にはスルメを肴に出す飲み屋が集中し、青森から来た出稼ぎのパンパンが春を売っていたという。その名残が若松町の一発屋通りなのである。

 とめどなく降り続く雪は、すでに一発屋通りの未舗装の道を白く染めていた。人の足跡のない真っ新な雪を、昨日と変わらぬ薄ぼんやりとしたネオンが照らしていた。今日この通りの第1号の客は私なのかと思い、処女雪を踏みながら、小料理と書かれた看板のある店の引き戸を開けた。

「どうぞ」

 店内には誰も客はおらず、白いセーターを着た年の頃60代のママと思しき女が言った。

 カウンターに4席ほどの椅子が置かれた小さな店には、テレビが置かれカレンダーが掛けられているだけで、何の装飾もなかった。

 店の看板には小料理と書かれていたが、吉田さんが言っていたように、おでんを作る容器はあったが、見事に空っぽで何も入っていなかった。

「まぁ飲んで。あんた観光で来たの?」

 ソフトドリンクを頼んで、出てきたのは缶コーヒーだった。

「小料理? 何もないわよ。インスタントラーメンぐらいなら作るけどさ、看板に小料理って書いてあるのはさ、何も書いてないよりはいいでしょう。だから書いたのよ。隣もおでんって書いてあるけど、頼んでもコンビニで買って来なさいよって、言われるだけよ」

 看板について尋ねると、思わず吹き出してしまった。

 私の笑い声に気が緩んだのか、店に入って5分もしないうちに、「女の子はどうするの?」と声をかけられた。一見の客であれば、警戒して女を薦めてこないかと思ったが、まったくの杞憂であった。

「今日は、太ったのと、ガリガリのしかいないのよ」

 どんな女がいるのかと尋ねたら、商売っ気があるのかないのかわからない答えが返ってきた。骨肉腫だと告白し、奥さんがいるなら買っちゃダメよと言った、カネマツ会館の遣り手婆を思い出した。

「太ったのはね、歯槽膿漏で口が臭いのよ。アンタ口臭いよって言ってやったんだけど、『ガムかみゃ平気よ』って気にしてないのよ。そんなのだからオススメできないね。ガリガリも連絡がつくかわからないけどね」

「最近は警察がウルサい。だから私がホテルまで案内する」

 娼婦たちは常に店にいるのではなく、客が来たらママが電話をして呼ぶシステムになっているのだった。

「最近は警察がウルサいからね。ここで会って、ホテルへ行ってもいいけど、私がお客さんをホテルの入り口まで案内して、そこで女の子と引き合わせるようにしているんだよ。ここ2、3年はびっくりするほど警察が取り締まりをしているからね。隣の店もやられたしね」

 口が臭いだ、警察が厳しいだのと言われると、元からあまり買う気はなかったが、ますます買う気が失せてくる。

 何本も飲めるものではないが、缶コーヒーを追加で注文する。

「捕まったことあるもん」

 警察の取り締まりで大変ですねと話を振ると、彼女は事もなげに言った。

「1回目は5万円の罰金、2回目は今から4年前で6ヶ月の営業停止。その時さ、刑事に取り調べを受けて、貯金や年金があるって言ったら、何て言ったと思う、金貸してくれだって。男前の刑事だから、遊んで金がないんでしょうね。捕まっているのにふざけんじゃないわよって言ってやったわ」

「男っていうのはどういう生き物なのかなって思うのよ」

 今現在、取り締まりを生き残って営業しているのは3軒だけだという。

「まわりもみんな暇だよ。だって毎月おまわりが来て張り込みをしてるんだもん。車も決まっててシルバーのセダンで来るのよ。去年は、10月17日、11月25日、12月1日にこの界隈の経営者が捕まっているね」

 何で正確に日にちまで覚えているのかと思ったら、カウンターの向こうに掛けてあるカレンダーに摘発があった日に丸がついているのだった。

「何も書くことないから、記録してんのよ。お客より警察のが多いね」

 さすがに冗談だろうが、自虐的なことを言うのだった。

「こんな状況だけどさ、家にいても何もやることないから、この仕事をやってんだよね。私がこの店をやりはじめたのは7年前のことだよ。前にやっていたママと銭湯で毎日顔を合わしていたら、ある日言われたんだよ。やってみないかって。それまで事務の仕事をしていて、定年になってやることもなかったから、暇だからいいかなと思ってやりはじめたんだよ。この仕事をやってみると、男っていうのは何でそこまでセックスが必要なのかって思うね。ちょっと教えてくんない?」

 この店に入って、次から次へとやってくる男たちを見ていて、驚くことが多いのだと言う。

「中にはさ、先週結婚したばかりだっていうのに来るのもいるのよ。家でやってればいいじゃないのさ。そういう姿を見てるとさ、男っていうのはどういう生き物なのかなって思うのよ」

場末の売春街で「襟裳岬」を聞きながら

 先週結婚したばかりで、娼婦を買う男の気持ち、わからぬでもない。最近ではだいぶ虫がおさまったが、かつてはどこかに出かけるたびに、娼婦たちのお世話になったものだ。今からその時代を振り返ってみると、おかしかったなと笑えてくるのだが、その時は男としてやっておかなければならないという変な強迫観念が心に巣食っていたようにも思えるし、単に若くて性欲の塊だっただけなのかもしれないが、ひと言では言い表せない気持ちに突き動かされていた。それが男の本能というものなのかもしれない。そんなことを言うと、一穴主義者の男性諸君から、一緒にするなとお𠮟りを受けそうだが、そういう時代を経験した男たちは少なくないのではないだろうか。

 また缶コーヒーをおかわりした。ミニ冷蔵庫の中に缶コーヒーは入っているのだが、私の連続注文で残り1本となってしまった。

 可愛い道産子娘など最初から望んでいなかったが、カネマツ会館と同じく、遣り手婆と話し込むことになってしまった。店の中には、常に歌が流れていて、話が止むと、女性歌手が歌う「襟裳岬」が流れてきた。華やいだ空気の中でこの歌を聴くと、心が落ち着いてくる歌だと思うのだが、寒々とした場末の売春街でこの歌を聴いていると、いたたまれないような気持ちになってくる。歌が森進一の声によって世に出たのは1974年、北洋漁業はまだ禁漁になっておらず、この界隈も男たちが肩を怒らせ歩いていた。

「デリヘルは景気がいいって聞くけどね。2時間待ち」

「ここが一番賑やかだったのは、北洋漁業が盛んだった頃じゃないかね。その頃私はやってないけど、つい最近まで3代続けてやってたママさんがいて、話してくれたことがあってさ。腹巻きに札束を入れてきたなんてね。相当稼げた時代だったんだろうさ。ママさんも去年捕まって辞めてからは、生活していくのが大変だって貧乏しているよ。どこにも景気がいい話はないね。デリヘルは景気がいいって聞くけどね。2時間待ちだなんだって話だよ。ここで店をやっていた男も今はデリヘルの運転手をしているのもいるよ」

 やはり、どこも同じような状況なのである。路面で営業するかつての色街はどんどん衰退していき、世間の目にはつきにくいデリヘルが活況を呈している。時の流れと言ってしまえばそれまでだが、「襟裳岬」のように暖炉を前にしてではないものの、缶コーヒー数本でこうした話ができる店が消えていく状況と言うのは、やはり寂しい。

「昔は、路上で貝を焼きながら女の子と遊べる店があった」

「昔はね、路上で七輪出して、貝を焼いて売りながら、女の子と遊べるような店がけっこうあったんだってね」

 まさに戦後の闇市、屋台で飯を食わせながら、女を置いていたのと同じ様である。横浜・黄金町は、おでん屋が女を置いていたと聞いている。ここでは海産物の貝だったのだ。

「ここが貝を焼いていたかはわからないけど、旅館だったみたいね。上が部屋だったのよ。昔、何回も人殺しがあったみたいで、夜中によくコトコト音がして気持ち悪かったから、神棚を置いたら止まったのよ。今じゃ人も来ないから、お化けも出てこなくなったのかもしれないけどね」

「こういう商売はもうダメだね」

 今もかろうじて続く、売春はいつまで続くのだろうか。

「更地になった土地は、市の土地になっていて、こっちはちょっと土地関係が複雑みたいだから、もう少しやれるんじゃないかね。だけど長くはないでしょう。ヤクザが生活保護もらっているような時代だから、こういう商売はもうダメだね。あと3年やれたらいいんじゃないの」

 ちょうど、新幹線が通る頃には、ここもなくなるのではないかと言うのだ。行政からしてみれば、駅からほど近い寂れた売春街は目ざわり以外の何ものでもない。

「時間があったらさ、手紙でも書いてちょうだいよ」

 老婆は店の住所を書いて渡した。

【#1「飛田新地」編から読む】

(八木澤 高明/Webオリジナル(特集班))

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