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「謹んで将軍様のジープを拝借します」6億円分の中古重機に三菱パジェロ…水谷功による金正日への“裏工作”とは

文春オンライン / 2021年4月19日 17時0分

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©iStock.com

 一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

 彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『 泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴 』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◇◇◇

朝鮮民主主義人民共和国出張報告書

 錦織(編集部注:北朝鮮政府と深い関係を築き、北朝鮮でのゼネコン利権を狙っていた電力使節団長)を先頭にした電力使節団一行は04年6月28日、北京にある北朝鮮大使館で訪朝のための入国ビザを取得する。その翌日、空路で北朝鮮の首都を目指した。使節団のメンバーが記した「朝鮮民主主義人民共和国出張報告書」には、こうある。

〈6月29日(火) 北京発 11:30(JS512) ピョンヤン着 14:20

 ピョンヤン行きの飛行機は、ロシア製イリューシンIL62で160人乗り、満席であった。朝鮮の人は、北京で電気製品をしこたま買ってチェックインしている。中国人の観光客。東欧の白人も数人いた。エコノミーは通路も日本と比べたら半分ぐらいで狭く、3名座席の2列だった。(中略)荷物を受け取り、税関検査、その荷物について、再び、X線の安全審査を受け、やっと外に出られたのは(空港に)到着して2時間後。携帯電話は国内には持ち込めず、空港預かりとなった。

 空港には、金守一氏、ハム対外経済協力委員会副委員長、サイ海外迎接委員会副委員長らが出迎えに来てくれていた〉

北朝鮮の電力開発を一手に引き受ける巨大事業

 もとより、のんびりとした観光旅行ではない。目的は政府の産業部門責任者との話し合いだ。翌日のレポートには、具体的な事業内容にまで踏み込んで次のように書かれている。

〈6月30日(水)

 平壌高麗ホテル内の会議室にて共和国側からは国家経済協力委員会副委員長及び電力石炭工業省の副大臣以下11名の出席を仰ぎ第1回目の技術交流を行った。副大臣よりの訪朝団に対する謝意の表明に続き、錦織団長が基調講演を行った。その後直ちに討論に入り山口主任研究員よりマスタープラン及び関西電力会社の概要と題しての説明が行われた。日本の第二次世界大戦後の荒廃からの復興にあたっての最大のネックが電力供給であったことの説明に加えて、関西電力の発展のペースを共和国の電力事情の向上に役立てることが出来ると思うとの説明がなされた〉

 訪朝使節団との打ち合わせには、北朝鮮政府の幹部が出席し、かなり突っ込んだ内容が話し合われている。レポートには、その打ち合わせ後の現地の視察状況まで詳細に記されている。たとえば以下のような記載もある。

〈7月1日(木) 南江発電所視察

 平壌から70キロ東に位置しており、平壌市を洪水から守る為の流量調整機能が第一の目的の水力発電である。(中略)この水力発電所までの道路は幹線道路から外れたあとはかなりひどい状況にあるので、発電所の工事に入る前に道路の改修が必要となろう〉

 このときすでに数千億円規模のプロジェクトが、日朝間で秘密裏に進められていたといっていい。計画には現実の発電所名まで記されている。「平壌火力発電所」と「東平壌火力発電所」へ、それぞれ10万キロワットの発電施設を2基新設するとある。また、「順川火力発電所」に20万キロワット級を2基、「南江水力発電所」に4万5000キロワット施設を増設することになっている。その他、送電施設や鉄塔、地下鉄への電力供給など、プロジェクトは多岐にわたっている。文字どおり、北朝鮮の電力開発を一手に引き受ける巨大事業となっていた。

ダミー役を担うコンサル子会社

 訪朝したのは錦織が関電の子会社ニュージェックの代表取締役会長だったころだ。使節団の基調講演で、北朝鮮政府の幹部たちを前に本人が話している。

「私が貴国と初めて関係を持ったのは、98年に貴国の代表団が来日されたときでした。その折、私は朝鮮代表団の要請を受けて、貴国の電力部門における開発の可能性を検討しました。結果、貴国の人口が2100万人であること、関西電力の供給人口も同じく2100万人であること、周波数もまた60サイクルであることなどを勘案し、関西電力の発電、送電、変電などの施設、設備のあり方と方法が貴国の電力セクターの開発発展のために参考になると、思料いたしました」

 ここからプロジェクトがスタートするのだが、錦織が計画の窓口になっているのは、それなりの理由がある。関西電力の取引業者が解説する。

「東電や関電など日本の電力会社は、それぞれコンサルタント子会社を持っていますが、子会社はいわば親会社のダミー的な役割を担っています。もともと錦織さんが社長を務めていたニュージェックは、旧社名を新日本技術コンサルタントといい、関電が東南アジアに進出する際、ここが事前の現地調査や相手国との交渉をおこなってきました。開発計画では着手る前に関西電力の名前が出るとまずいので、子会社がダミーの役割を果たすのです。とくに対北朝鮮開発の場合、日本国内向けにも情報が漏れないよう、ナーバスにならざるを得ない。その意味で、ニュージェックで経験を積んできた錦織さんはうってつけだったと思います。プロジェクトのため、わざわざニュージェックの会長から降り、個人事務所である『錦織技術事務所』を設立した。やはり、それも関電の名前を出したくなかったからでしょう」

後ろめたさがつきまとう水面下の工作

 民間企業である以上、営利を追求するのは必然だ。他より一歩でも先んじるためには、水面下の工作も不可欠に違いない。反面、そこには後ろめたさがつきまとう。この件を取材した05年当時、北朝鮮開発に関わる当事者たちの口は一様に重かった。

「企業の守秘義務がありますから答えられません」

 取材をすると、錦織技術事務所では逃げを打ち、関電をはじめプロジェクトの参加企業も似たり寄ったりの答えしか返ってこない。レインボーブリッヂ(編集部注:北朝鮮に対する人道支援を目的として設立されたNGO団体。工業燃料不足に苦しむ北朝鮮に対し、石油や石炭代わりの廃タイヤチップを寄付していたことが明らかになり、水谷建設の政界工作解明に乗り出した東京地検特捜部からの捜索対象となった)との関係が取り沙汰された前田建設工業の専務にも取材を申し入れたが、「北朝鮮の件についてはお答えできません」と話すのみだった。

 水谷建設の水谷功とレインボーブリッヂの小坂がタッグを組んで北朝鮮ルートの開拓に乗り出すのは、こうした関電やゼネコンの動きとときを同じくする。まさに日朝の関係が国交回復に向けて熱くなっていた時期だ。

プレゼント攻勢

「レインボーブリッヂの小坂は、大手、準大手のゼネコン各社へ軒並み声をかけ、計画をもちかけていましたが、不評を買ってあまりうまくいきませんでした。なかで唯一、小坂と行動をともにしていたのが、前田建設(工業)でした。前田の専務が小坂に肩入れしていました。ただしよくよく調べてみると、その裏で動いていたのが、水谷建設だったのです。世間からは、まるでわれわれゼネコン視察団が、北朝鮮で利権漁りをしているかのように非難されました。しかし、そうではない。むしろODA絡みの話だから抜け駆けしないよう、まとまって視察しようとしたのです。そんなわれわれの動きの裏で小坂とともに着々と事業を進めていたのが、水谷建設と前田建設だったのです」

 訪朝後、槍玉に挙げられた大手ゼネコン元幹部は、今もなお唇を噛む。前田建設は、小沢一郎の地元、岩手県の胆沢ダム工事をはじめ、過去、水谷建設とともに数多くの公共工事を受注してきた。下請けの水谷建設が裏にまわり、受注工作を担う。水谷建設と前田建設はそんな関係である。水谷にとって、北朝鮮ルートの窓口として最初に小坂を使ったのは、そうした関係性があったせいもある。

 水谷功にとって、小坂は要注意人物に違いなかった。だが、当の水谷本人も政商と呼ばれるだけあって、危ない橋を渡る術にかけては、人後に落ちない。多少の火傷覚悟で、小坂の話に乗ったのだろう。

「水谷会長は、小坂があらゆる場面で金銭トラブルを抱えていたことも知っていました。それより何より、北朝鮮ルートはまず手をつけたほうが勝ちだと考えたのではないでしょうか」

 水谷功の北朝鮮におけるブレーンの見方はこうだ。そうして水谷は、小坂を窓口にし、北朝鮮とのパイプづくりを始める。05年が明け、活動資金のつもりで、まず小坂に2億円の資金を提供した。本人もここから足しげく北朝鮮に通うようになるが、案の定、小坂との金銭トラブルが発生する。

〈小坂浩彰が借用した金額2億円の返済期日が本日でありますが、協議の結果6月27日9時に再度集まって協議し、結論を出すことを各自が同意した〉

 そう書かれた05年6月20日付の「合意文書」が手元にある。小坂が北朝鮮とのパイプづくりをエサに、水谷から2億円の借金をしたが、その返済が滞った。そこで、双方が協議したときの念書だ。ちなみにくだんの念書には、立会人として準大手ゼネコン前田建設工業幹部の署名もある。

 もっとも、水谷は次第に小坂では頼りなく思えてきたに違いない。間もなく小坂とたもとを分かち、独自の動き方をしていく。先の水谷の北朝鮮ブレーンが話す。

北朝鮮の逆鱗に触れた小坂

「北朝鮮での事業は、小坂、水谷、前田ラインで事業を進めていこうとスタートしました。ところが、やがて小坂が馬脚をあらわした。もともとあまり信用できなかったのですが、決定的だったのが、拉致被害者家族の一件でした。小坂は北朝鮮で日本の民放テレビクルーをキム・ヘギョンちゃんに会わせて撮影させたり、みずから政府高官といっしょに撮った写真を公開したりした。自分の存在を大きく見せようとしたのでしょうけど、北の政府にとっては迷惑な話でした。とくに北の政府の要人はその名前すら極秘扱いで、まして写真を海外メディアに流すようなことは言語道断です。それで小坂は北の逆鱗に触れた。北朝鮮政府の信用をなくし、相手にされなくなったのです」

 そして、次のように続ける。

入国審査不要の顔パス

「小坂は北朝鮮政府から出入り禁止になりました。それで水谷会長も彼と手を切ったのです。というより、会長にとって小坂のパイプはもはやどうでもよかった。水谷会長はすでにこの間、独自に向こうの高官と人脈をつくっていましたから、もはや小坂ルートは必要なかったのでしょう。北朝鮮政府の高官たちは、それぞれ個人的な会社を持っています。水谷会長はその線から彼らに近づき、直接的な事業のパイプづくりに成功していました。人道支援の理屈をこねるわけではなく、現実の事業パートナーですから、強いパイプです」

 北朝鮮における水谷の事業パートナーは、名だたる政府の高官ばかりだった。1990年の金丸信訪朝団の窓口になった副大臣クラスやのちの南北会談の責任者、次期首相クラスまで加わっていたという。

「平壌には、会長が仕事をできる事務所もありました。比較的こぢんまりした2階建てで、事務所には向こうの役人が何人か常駐して働いていました。水谷会長が現地入りすると、事務作業ができるよう、デスクやコピー機、パソコンまで備えていました」

 水谷といっしょに北朝鮮を訪れたことのある側近が、当時を懐かしんだ。

「会長はまさしくVIP待遇でした。平壌入りするときには、向こうから『招待者』と書かれた紙きれを渡されます。それが入国ビザ代わりでした。関空から北朝鮮の国境近くの中国・瀋陽まで行って飛行機を乗り換えるんです。そうして平壌空港に到着すると、空港には役人が大勢出迎えてくれています。わずらわしい入国手続きなんかも、まったく必要ありません。顔パスで入国審査などありません」

将軍様への「水谷閣下」のプレゼント攻勢

 水谷功は北朝鮮政府の役人から「水谷閣下」と呼ばれ、厚遇されていた。なぜ、そこまで厚遇されるのかといえば、答えは簡単だ。北朝鮮に対するプレゼント攻勢のおかげである。訪朝経験のある先の水谷側近が続ける。

「水谷会長はいろんなものを北朝鮮に贈っていますが、なかでも中古重機は喜ばれていましたね。向こうの現地評価で6億円分の中古重機を贈っています。事務所の前には、『水谷建設』と大きく書かれた見覚えのある重機類が並んでいた。目の前の重機類を数えると10台はありました。会長は、他のODA工事のときと同じように、北朝鮮でもダンプやパワーショベルが使えるよう、重機の修理工場まで建設する、と向こうで計画を話していました。重機のほかで目についたのは、(三菱自動車製の)パジェロですかな。5台ほど寄付していました」

 海外の開発事業で裏金づくりの道具となってきた重機は、北朝鮮ではプレゼント品に化けていた。これも、北朝鮮の国家元首である金正日に対するある種の裏工作に違いない。水谷の側近が、以下のように言葉を足す。

「向こうでは、それら寄付したものはすべて将軍様の所有になる、と聞かされました。だから、もともと水谷建設がプレゼントしたパジェロであっても、向こうに行くと借りて乗る手続きをとらんといけませんでした。『謹んで将軍様のジープを拝借します』と、使う前の日に許可をいただいて乗らんとあかんのです」

特別な客だけが遊ぶカジノ

 すべてが金一族を中心にまわっているだけに、北朝鮮では日本で想像もつかないような現実があるという。先に紹介したカジノ賭博場も、われわれが一般的に考えるようなラスベガスやマカオのそれとは、一種異なる。平壌ホテルから車で10分ほど走らなければならないほどの寂しいところにわざわざカジノを建設したのは、目立たないようにするためだろう。華やかな社交場のイメージとは違う。そこで遊ぶのはまさに限られた特権階級の人たちであり、水谷一行はそんなカジノにも自由に出入りできたというのだ。

「ギャンブルの種類こそ少ない。ルーレットとバカラ、ブラックジャックくらいで、複雑なゲームはなかったけど、あれは大したもんやで。部屋はカネをかけた贅沢なつくりでした。特別な客しか入れへん。カジノの運営は当地の人ではなく、シンガポールから来ている、みたいなことを言うとった。円でそのままチップを買えたし、儲けた分はドルにも交換できました」

 北朝鮮のカジノで遊んだ同行者の1人が、改めて体験談を語る。

「われわれの宿泊先は、平壌ホテルでした。ホテルにはバーもあったな。といってもスナックみたいなラフな感じのところで、男女2人でやっているみたいでした。年増の夫婦という感じかな。2人とも日本語が達者で、気が合うたんで、ついつい飲み過ぎてしもうてね。女のほうはホテルの売店にもいて、びっくりした。肌がカサカサになるからスキンクリームを買おうとすると、ニベアのやつを出してきた。見ると、売店に置いているのはみな日本製。アサヒビールもあれば、インスタントラーメンもある。そんなんで、彼女と仲ようなってもうて、バーで酔っぱらってね。会長にずい分叱られてしもうたな」

 けっこうのんびりした様子がうかがえる。恐らくバーの従業員は北朝鮮の公安関係者だろう。ホテル内での写真撮影は厳禁。ずっと監視されていて、たまにホテル内で写真を撮ろうとすると、すぐにホテルマンが駆けつけてきたという。むろん平壌郊外の風変わりなカジノにも、日本人だけでは足を踏み入れられない。

「昼間もカジノの近くを通ったけど、外見からはとてもそうだとは思えない。それでいてなかに入るとびっくり仰天や。水谷会長に『お前ら、退屈やろうからカジノで遊んどけや』と言われて、行っていました。北朝鮮のカジノへは二度ほど行ったけど、会長本人は来ませんでした。行きも帰りも向こうの人といっしょに会長が送り迎えしてくれた。将軍さまか、カジノ好きな息子か知らんけど、もとは彼らの遊び場じゃないかな。夢みたいな場所だった」

 もっとも、水谷本人がしきりに北朝鮮に足を運んでいたのは、カジノで遊ぶためではない。

【続きを読む】 森伊蔵の桐箱に仕込まれた“2億2000万円”の札束 石原慎太郎と水谷功「吉兆会談」の関係者証言

森伊蔵の桐箱に仕込まれた“2億2000万円”の札束 石原慎太郎と水谷功「吉兆会談」の関係者証言 へ続く

(森 功/文春文庫)

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