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駅前のミカン箱の上で歌っていた大地真央さんが「クレオパトラをやれるのはあなたしかいない」と言われるまで

文春オンライン / 2021年4月17日 11時0分

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©文藝春秋

“宝塚の「た」の字も知らなかった”大地真央さんが男役を選んだ理由 から続く

【前編「 “宝塚の「た」の字も知らなかった”大地真央さんが男役を選んだ理由 」から続く】

◆◆◆

阿川 宝塚にいらっしゃる間にアイドル活動をされたというのは……?

大地 レコードデビューもしたんです(笑)。宝塚の小林駅の前のスーパーで、ミカン箱の上に立って歌ったりしたこともありましたね。それは学校を卒業して劇団入団2年目の時に、オーディションを受けて合格して1年後、1年半の間外部出演してました。

阿川 それはどういう経緯でそんなことになっちゃったんですか?

大地 宝塚は今は「クリエイティブアーツ」という部署があるんですが、当時は歌劇団しかなくて、もっと外に出ていくために、「宝塚企画」というのができたんです。そこで、私の6期上の方がレコードデビューされて、もう少し若い子たちもデビューさせようという話になったそうで。

阿川 え~、本業は? 舞台ですでに忙しかったんじゃないんですか?

大地 いや、下級生の頃は暇だったんですよ。それでオーディションを受けて、1年くらい東京と宝塚を行き来してレッスンをして、19歳の時デビューしました。『悲しみのアイドル』という歌で(笑)。

阿川 売れました?

大地 売れないですよ~。でもNHKの『夢であいましょう』のプロデューサーの方が企画した番組のレギュラーにしてくださって、オープニングで踊ったり、土曜は大阪の『ヤングタウン』というラジオ番組で桂三枝さん(当時)のアシスタントをしたり、タレント活動をやっていました。

「宝塚ぁ?」みたいな世間がまだ宝塚を認知する前

阿川 外回りばっかり? 出稼ぎか?(笑)

大地 テストケースのテストみたいなもので、宝塚の方も全然売り出し方が分からなかったみたいで。マネージャーさんは宝塚ファミリーランドに勤務されていた人や、オーケストラの元ドラマーさん、阪急の切符切りの人、ミキサー室にいらっしゃった人……。

阿川 アハハハハ、その人選はなんなんだ(笑)。

大地 私、何やっているんだろう? って思ったこともありました。同期生が新人公演で初めて、『ベルサイユのばら』のアンドレとかオスカルとか主役を勝ち取っていた時期で。

阿川 でも、私はその話を聞いて、そうやって外の世界を見るいい経験になったのかな、と思ったんです。

大地 そうなんです。辛かったけど、本当にいい経験だったなあ、って。世間がまだ宝塚を認知する前だったので、「宝塚ぁ?」みたいな、まだ市民権を得ていない状態で。

阿川 コアなファンはいっぱいいらっしゃったでしょうけど、特に関東とかだとね。

大地 宝塚を全然知らずに入って、好きになったはいいものの、客観視すると世間にはそういう風に見ている人もいるのが分かった。井の中の蛙だとかいろいろ言われて、宝塚にもっと新しい風を吹き込みたい、と思ったんです。トップでも何でもない下級生なのに宝塚を背負っている気分で、馬鹿にした奴らに思い知らせてやる、みたいな(笑)。

阿川 おー、宝塚愛に燃えてきた!!

大地 当時、宝塚を辞めて本格的にタレント活動しないか、と言ってくださったプロダクションの方もいたんです。でも、何があろうと自分が納得するまでは辞めない、ってその時すごく思いました。そこからもっと宝塚愛が生まれて、新しい男役像を目指しだしたんです。

舞台で被ったハゲ頭のカツラ

阿川 具体的には、どういう改革をなさったんですか?

大地 メイクもそうですし、ヘアスタイル、発声法とか……。演技についても、「三歩歩いて、止まって、ここを見て、このセリフ」みたいに細かく演出されることが多かったんですが、私はそれをその通りやらなかった(笑)。ちょっと意見を言ったり、質問したりしていました。普通そんなことはあり得なくて、言われたままやる。生意気だったんですよね。

阿川 ある舞台でハゲ頭のカツラを被ったというのは?

大地 『風と共に去りぬ』ですね。スカーレットが機関車に乗ってアトランタの駅に入ってくる。そこでレット・バトラーと出会うんですが、その機関車に乗っているだけの機関士役なんです。『風と共に~』はロングランだったので、毎日公演しているうちに、いろんな機関士がいるんじゃないかなあ、と思って工夫していたんです。例えば今日が初めての新人機関士かもしれない。今日、子供が生まれた人かも。その中にはツルッとしている人もいるだろう、と思って、帽子の下に手作りのカツラを被って出たんです。

阿川 すっごい想像力ですね。

大地 セリフも何もない、照明も当たらないような役ですよ。大劇場の奥の端っこで、乗客役の人達が行き交っている後ろで、私が帽子を取ったらドッと大爆笑が来ちゃったんです。

阿川 それは狙ってたの?(笑)

大地 狙ってないんです。役作りだと思って大真面目にやっていましたよ。でもそこで、レット・バトラー役の榛名由梨さんがパッと後ろを振り返って、ぷっ! と吹いちゃった。ああ、怒られるって思いました。しかも私、一幕が終わったあと生意気にもエレベーターに乗ってたんです。

阿川 乗っちゃいけないの?

大地 本当は階段で下りないといけないんです。そしたら榛名さんと組長さんたちが乗っていらして、榛名さんは「ちょっとやめてよ~!」って大爆笑してくださったんですけど、組長さんが「そうやって甘やかすからあかんねん!」って。これはまずいと思って、終演後真っ先に帰ろうと、またエレベーターに乗ろうとしたら、また組長さんがいらしたんですよ! さすがに乗れませんでした。

体調に恵まれなかった日々

阿川 アハハハハ、コメディか?『大地真央物語』(笑)。でも、これまで2回、扁桃腺と声帯炎と、つらい経験をされたそうで。

大地 扁桃腺は15歳で予科に入ってすぐの時ですね。それまで淡路島の自然の中でのびのび育っていたのに、寮に入った途端規則、学校にも勿論規則。ストレスになったんでしょうか、腎臓炎の疑いで、二学期の間ほとんどおやすみしていました。扁桃腺から菌が入って腎臓炎になるケースがある、と言われて、迷ったんですけど取っちゃったんです。

阿川 昔は扁桃腺を子供のうちに取っていましたからね。

大地 そうそう、15歳って微妙な年齢だったみたいで。そしたら、声楽の先生に「すごく声がよくなったわね」と言われて、それまでA~Dの4つのクラスで、さらにその中で1、2で分かれているうちのD2、一番下のクラスだったのが、本科生になってAの2に上がったんです。

阿川 扁桃腺を切ったおかげ?(笑) それから、退団後の1997年には舞台『クレオパトラ』で主演をされたときに声帯炎になられて……。

大地 クレオパトラは大量の台詞でしゃべりっぱなしだったんです(笑)。一幕でシーザー役が平幹二朗さん、二幕でアントニー役が江守徹さんだったんですけど、クレオパトラだけは出ずっぱりで、しかも初めてのマイクなし。日生劇場の一番奥の席まで声を届けないと、と思うとやっぱり張り上げてしまって。しかも、最初絨毯にくるまってコロコロコローッと出てくるときに、砂埃がブワーッと舞うんです。お香もろうそくも焚くし、衣装は重いし傾斜舞台だし……。

「待ってるから完全に治しなさい」

阿川 キャ~。それは過酷な演出すぎる!

大地 「喉を振り絞るような声で『アントニー』と叫ぶ」みたいなト書きをそのままやっていた私が未熟だったんです。2カ月の東京公演、1カ月の大阪公演の予定が、東京公演が始まって2週間ぐらいで、本番中全く声が出なくなりました。手術するか、ステロイド治療をするかの二択しかなくて。でも、手術=打ち切りですから、女優生命を失うか、声を失うかを迫られている感覚でした。

阿川 人魚姫みたいな話。どうなさったんですか?

大地 「待ってるから完全に治しなさい。クレオパトラを演れるのは大地真央しかいない。代役は立てない」と言っていただいて。即入院して、一週間筆談で、24時間点滴でステロイド治療を受けました。少し声が出てきた時には、病院の先生方から奇跡だ! と言われました。なんとか復帰する目処がたって、ボイストレーナーの先生に病院に来ていただいて、軽い発声から始めました。セリフも減らしていただいて。しばらくは病院から劇場に通いましたが、無事に演りきることが出来て、その後追加公演もやれました。でもステロイドは数カ月間、量を減らしながら続きましたね。

阿川 試練を次々乗り越えて、『マイ・フェア・レディ』も20年のロングランをされたわけだけど、ここにも大地さんの革命の跡があるんですよね。イギリスの「h」の音が発音できない花売り娘が、言語学者に鍛えられて、どこの上流階級のお姫様だ、と間違われるまでになる、という物語。この「h」が読めないという表現を日本語で、「はな」を「あな」に、「ヒギンズ教授」を「イギンズ」と読むように大地さんが変えたって、ホントですか?

大地 そうですね。イギリスの階級社会を描いている作品を、例えば江戸っ子が「ひ」と「し」をちゃんと言えるようになるとか、ズーズー弁だったのを標準語に、というのはちょっと違うなって。日本で方言は階級を表すものではないし、日本語で互換できないなら、「イライザ語」ということで、そのままやる方がいいんじゃないかと。あと、話すときは「あたい」と言っているのに、歌いだすと「私は~」となるのもどうかと思って。感情の高ぶりを台詞から歌で表現したり、踊りで表現するのがミュージカルだと考えていたので、その高揚が切れるのは、と、そこも変えさせてもらいました。

阿川 素晴らしい! けど、反発はなかったんですか?

 大地 私は六代目のイライザだったので、その前から関わってきた古いスタッフの方には反発されました。でも、やっぱり心機一転するんだ、というので賛同してくださったスタッフさんが多かったので。

再婚して本当によかったです

阿川 もう一回上演してほしい~!

大地 「イライザ21歳」っていうセリフがあって、それがなかったらねえ(笑)。今やるなら、『マイ・フェア・ババア』?『老婆の休日』?(笑)

阿川 アハハ、「昔来たの、ローマに」とか言ってね(笑)。実は、私は最初の結婚をお辞めになったとき、ああ、やっぱり舞台を選んだんだな、と思ったんです。まさか2度目の結婚をなさると思わなかった。でも、もう14年目ですよね。やっぱり、再婚してよかったですか?

大地 よかったですね。違和感がないというか、何がいいって言えないくらい、いいです。

阿川 結婚なさったことで仕事にプラスになったこととかありますか?

大地 あまり仕事の話をいっぱいするわけではないんですけど、ポロッと迷いとかを吐露すると、「やってみたら?」と背中を押してくれたり。

阿川 嫌なところとかないの?

大地 う~ん……タバコが嫌だったんですけど、スパッと止めてくれたので、今はないですね。

阿川 ヘビースモーカーの方だったんですか。

大地 一日に100本ぐらい吸ってたらしいんです。でも、最初に会ったときに「苦手なものは?」と聞かれて、「煙」と答えたら、自主的に半年かけて止めたんです。可笑しかったんですけど、最後、「僕は煙草を愛してたんや!」とか言って、数本残っていたタバコの箱をぎゅっとひねってゴミ箱にポンと捨てました(笑)。今は逆にタバコアレルギーらしいです(笑)。

阿川 それほどに深く愛されてるってことだな!

【一筆御礼】

 あちこちでチラチラお会いしてはいましたが、たっぷりお話をしたのは初めてでした。なんたって大地さんは最初から「大スター!」のオーラを放っておられたので、気安く声をかけられない雰囲気だったのです。それなのに、ああ、それなのに。「最高のオバハン」の宣伝のため、朝から10個くらいの取材を受けたあとだというのに、いとも溌剌と現れて、一分のピリピリ感もなく、なんと気持良く喋ってくださること。こんなに気さくな方ならば、もっと早くに出会いたかった。「マイ・フェア・レディ」も「ローマの休日」も見損ねた私はバカだったと深く後悔いたしました。途中で持参の加湿器が登場したときは、「やっぱりスターじゃ」とは思いましたが、ときどき覗く「関西おばちゃん魂」が、世にも美しいお顔の後ろに隠れていることを私は知ってしまいましたぞ。話題になったシャンペングラス片手のご夫婦ツーショットの陰で関西弁が飛び交っていると想像したら、なんだか笑いが止まりませんです。

写真=文藝春秋

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年4月15日号)

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