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治療費が高すぎる、どの病院を選べばよいか分からない…不妊治療が抱える2つの「闇」

文春オンライン / 2021年5月7日 6時0分

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©iStock.com

施設間で価格差の大きい「治療費の闇」

 現在43歳のAさんは28歳で結婚し、仕事にまい進する日々を送っていた。子どもを望むようになったのは自身の海外赴任が明けた32歳のとき。しかしなかなか妊娠せず、34歳で都内の不妊治療施設に通い始めた。以降、39歳までに行った治療は人工授精4回、体外受精は10回以上。気づけば治療に費やした総額は800万円に上った。

 Aさんは振り返る。「治療の過程で2度ほど初期流産したのですが、納得できなかったのは、流産処置には保険適用されるのに、不妊治療は自由診療のため医療機関側が提示する“言い値”に従って払わざるを得なかったこと。当時は所得制限のため助成金も受け取れず、国は子を授かる前の女性には冷たいと身をもって感じました」

 Aさんは体外受精では結果が出なかったが、その後40歳と42歳のとき自然妊娠で2人の子どもを授かり、担当医を驚かせた。

 心身の苦痛、時間的苦痛、経済的苦痛の三重苦を伴う不妊治療。なかでも庶民感覚を大きく逸脱した高額な治療費は当事者の身に重くのしかかる。不妊治療は一般不妊治療と言われるタイミング法までは保険が適応されるが、それより高度な医療が必要になる人工授精や体外受精は保険適用外だ。

1回の体外受精一式にかかる費用平均額は約50万円

 しかし、政府の少子化対策の一環として、今年1月には不妊治療の助成金制度を拡充。体外受精・顕微授精に対し1子につき30万円を6回まで支給し(40歳以上43歳未満は3回まで)、所得制限は撤廃された。2022年4月からはいよいよ体外受精も保険診療の対象となる。

 実際、不妊治療にはどれほどの費用がかかっているのか。今年3月末、国内に622ある不妊治療施設を対象に「不妊治療の実態に関する調査研究」の報告書が厚生労働省から公表された(回収率63%)。それによると、1回の体外受精一式にかかる費用平均額は50万1284円、価格帯のボリュームゾーンは40万~50万円。しかし価格差は大きく、20万円以下の施設もあれば、なかには90万~100万円を請求する施設もある。

 筆者は不妊治療の当事者団体である「不妊・不育治療の環境改善を目指す当事者の会」のメンバー8名分の治療費の明細を見せてもらったが、1回の体外受精に対し実際に支払った金額は90万~124万と高額で、50万円でおさまった人はいなかった。

あまりに高額な治療費、しかも妊娠するまで何度も支払う

 調査研究の研究班座長を務めた埼玉医科大学病院婦人科・生殖医療担当診療部長で教授の石原理氏は話す。

「自由診療ですから施設間で価格差が出るのはやむを得ません。たとえば私の職場のある埼玉県の過疎地帯では1回の体外受精は30万円程度ですが、都心部で土地代や人件費がかさめばそれだけ高額化しますし、その地域で価格競争があるかどうかでも費用設定が変わります。また卵巣刺激法によって薬代も違いますし、顕微授精や受精卵の凍結の有無、さらに受精卵の遺伝子検査などオプションの検査を行うかどうかでも大きく変わります。こうした要素で負担額に差が出ているのが現状です」

 確かにメンバーの治療費の内訳をみると、顕微授精の費用や不育症による流産対策薬、遺伝子の数的異常を調べる着床前スクリーニングの検査費などが含まれている。ただ、オプションの違いはあっても、これが子どもを一人授かるために実際に支払った金額なことは確か。助成金を考慮しても個人で負担するにはあまりに高額なうえ、妊娠に至るまで何度も支払うことになる。

問題は治療費だけではない

 一方、来春からの保険適用により、体外受精に公定価格がつけられ、3割負担になれば、費用の負担が減り治療の見通しが付きやすいと考えるが、状況はそう単純ではないという。

「たとえば体外受精1回あたりの価格が30万円の場合では、現行の1回一律30万円の助成金ですでに費用が賄えています。また、自治体によっては国の助成金にさらに上積みしているところもあり、実質自己負担ゼロで治療を受けている方も一定数いらっしゃるのです。それが保険診療となって3割負担となると、体外受精が30万円の場合9万円の自己負担が生じ、特に地方で収入の低い方にとっては負担が増える悪平等になる可能性もあるのです」(石原医師)。地域によっては保険適用を歓迎しない向きもあるという。

 しかし、治療費の高い都心部の医療機関で治療を受け、共働きのため所得制限に引っかかり助成金を受け取れなかったり、あるいは助成金では到底賄いきれない費用を払い続けてきた夫婦にすれば、それこそ悪平等を今まで被ってきた。そうした夫婦にとって、不妊治療の保険適用は長年の悲願といえる。

 また、単に治療費の問題が解消すればいいというわけではない。現在不妊治療中のBさん(44歳)はこう話す。「都心部ゆえに価格が高いのは仕方ないことではあります。それでも納得できないのは、今受けている治療が自分にとって最適な治療法なのかが分からないまま、高額な治療費を払い続けている現実です」

施設ごとに異なる「治療内容の闇」

 東京都内在住の44歳のBさんは現在不妊治療真っ最中だ。治療のスタートは42歳。妊娠するにはかなり厳しい年齢であることを自覚し、とにかく効率よく適切な治療を受けたいと願った。しかし、いざ通院先を選ぼうにも、施設ごとに手技や検査内容も違えば、全施設が治療成績を公表しているわけでもないため、どこを選んでよいか分からない。

「結局口コミを頼りにクリニックを選んだのですが、私の場合、卵子はある程度取れるのですが、受精させてもなかなか移植に適した胚まで育たない。思い切って転院したら転院先で夫に精索静脈瘤が見つかり、精子の質と量の低下に繋がっている可能性があると言われました。ここに至るまでに2年。卵子の老化もあると思いますが、不妊症の原因の半分は男性側にあると言われています。最初の施設で夫の検査もしてくれていたら無駄に時間とお金をかけずにすんでいたかもと思うと、複雑です」(Bさん)

 技術格差も問題だ。たとえば、不妊治療の要である受精卵の培養。卵子と精子を合わせて受精卵を作り育てるのは胚培養士の仕事だが、「正直、施設間や個々の胚培養士の技術差はかなり大きい」と生殖医療専門のコンサルティング事業を立ち上げ、複数の施設で胚培養の指導にあたる川口優太郎氏は打ち明ける。

「受精卵の状態や分割の早さ、細かなグレードなど、着床に影響するポイントを見極めるには胚培養士の実力がものを言います。都心と地方、大手と中小では扱う症例数が圧倒的に違いますから、それが技術差に表れている点は否めません。少しでも成績を向上させようと研究熱心な培養士もいれば、ただ目の前の仕事をこなすだけの胚培養士もいて、意識の差もある。近年はタイムラプスインキュベーターという受精卵の経時的変化がモニターできる培養器が開発され、胚培養の技術を大幅に補ってくれるようにはなりましたが、高額な機器のため未導入な施設も多い。胚培養士の観察眼や技術力は依然問われますし、国家資格化を求める声もあるように、胚培養士の意識と質の底上げは急務です」

 保険適用に向け、こうした課題を解消しようと、今まさに治療ガイドラインの作成や施設による治療成績の公表を求める声が当事者間で噴出している。この点について前出の石原氏はこう指摘する。

「各施設の治療成績公表が義務となると、成績を上げるために患者の選別に繋がるのは明らかで、非常に難しい問題です。治療ガイドラインについては日本産科婦人科学会が厚生労働省に請われガイドラインを手掛けたところですが、一人ひとり背景の異なる患者さんに対応する治療が必要なため、一律の基準を示すことは困難です。治療成績の収集も、本来なら学会任せにせず、国主導、国負担で全患者さんのデータベースを作る、あるいは治療内容を客観的に評価する管理機構を設けるのが先だと思っています」

 なかなか一朝一夕には解決しない不妊治療の闇。だが一方で石原氏はこうも語る。

「保険適用がすべてを解決するわけではないですし、当初は混乱もあると思います。ただ、ようやく議論の端緒についた。いろんな意見はありますが、不妊治療を受けたいと願うすべての人が適切な治療を受けられる制度設計となることを切に願っています」。

 不妊治療の闇が明るみに引きずり出されようとしている。

(内田 朋子)

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