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「モンペ対策には弁護士を」そんな“教育のマニュアル化”には反対です《尾木ママ提言 #教師のバトン問題》

文春オンライン / 2021年4月29日 11時0分

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“尾木ママ”こと尾木直樹氏

「1万円で無限に働かせる“聖職者”論」「部活大好き“BDK”」…元文科次官・前川喜平氏が語る《#教師のバトン》の真実 から続く

 文部科学省がはじめた「#教師のバトン」プロジェクトが波紋を広げている。

「#教師のバトン」とは、文部科学省が教師の魅力を発信する広報活動の一環としてスタートした、Twitter上で様々な教育現場のエピソードを募集するキャンペーンだ。

 しかし「教師の魅力を発信したい」という文部科学省の目論見とは裏腹に、実際に集まったのは労働環境の過酷さや精神的な負荷を嘆く声ばかりだった。

 それに対して萩生田光一文部科学大臣が「願わくば学校の先生ですから、もう少し品のいい書き方をして欲しい」と発言して火に油を注ぐなど、あらゆる意味で注目が集まっている。

 自らも22年間中学校・高校の教師として教壇に立ち、今も教育についての提言を続ける“尾木ママ”こと尾木直樹氏に「#教師のバトン」プロジェクトについて話を聞いた。

大臣や役所は学校現場の苦労を知らなかった?

「#教師のバトン」についての最初の感想は、「文科省の役人さんはなんて素直な方たちなんだろう」というものでした。集まった意見への萩生田大臣の反応も、いまさら何を言ってるんだろうと驚きましたよ。

 だって教育現場の意見や提言を匿名で募集したら、不満がどっと集まるに決まってるじゃないですか。そんなことさえ想像できずにああいう反応になってしまう時点で、大臣や役所は学校現場の苦労を全然知らなかったと告白しているようなものです。

 きっと、文科省は焦っていたんだと思います。いま、教師が全然足りていません。最近発表された2019年度実施の小学校教員採用試験の採用倍率は、全国平均で2.7倍でした。

 昔から、教師の質は試験の倍率が3倍を切ったら維持できないと言われてきました。それが今では、全国平均で3倍を切り、2倍を切る県さえ出てきている。校長が「教員免許を持ってる人なら誰でもいいから紹介して」と職員室で頼むような学校もある状況です。教師のわいせつ事件や体罰事件が止まらないのも、やっぱり質の問題があるんです。

 文科省はその状況をなんとかしようとして、教師という仕事の魅力をアピールしようと率直に考えたんでしょうね。

「4%」の教職手当はプライドだった

 僕が現役教師だったのは、1972年に海城高校で教えはじめて1976年に中学へ移り、1994年の3月に辞めるまでの22年間です。当時の学校は今よりずっとのどかで、教師の労働環境が厳しいという話なんてした記憶がありません。

 ちょうど働き始めた年に田中角栄が総理大臣になって、教員の勤務時間を調査したんですよ。そうしたら平均的な公務員より勤務時間が長いということで、その時間外労働時間に相当する額として給料に4%の教職手当が上乗せされるようになりました。

 今でも覚えているんですけど、1976年に赴任した都下の公立中学の教頭に、「尾木先生、私たちは一般の公務員より4%も多くお給料をもらってるんだから、それに見合うように頑張ってください」と言われたんです。僕も素直に、その責任を果たさなきゃって思っていました。当時の教師にとって教職手当の「4%」っていう数字はプライドそのものだったんですよ。

 ところがその後教師の仕事はどんどん忙しくなって、人も削られていき、今では1カ月の時間外労働が「過労死ライン」とされる80時間を超える中学校教員が6割いるという試算さえ出ているのに、手当は当時と同じ「4%」のまま。いまでは「4%」は苦しさの象徴になってしまいました。「心の病」で2019年度に休職した公立校の教員は5478人で、過去最多を更新し続けています。

 忘れている人も多いでしょうけど、僕の頃は教師も夏休みは子どもと同じくほとんど休み同然でした。2、3日の日直があるだけで、あとは自由。普段休暇がとりにくい代わりに家族旅行に行ったり、授業の準備や研究をするためにも大事な時間でした。

 でも日本社会の労働環境が厳しくなるにつれて、「こっちは毎日忙しいのに隣の先生は夏の間ずっと遊んでる」と苦情が入るようになるなど、教師への風当たりもどんどんきつくなりました。今では先生の“夏休み”はほとんどありません。

「顧問を引き受けてみたら、土日の休みがなくなりました」

 加えて、先生たちを苦しめているのが部活の指導です。僕も教師の時は毎年部活の顧問をしていたし、2つの部をかけもちしていた年もあります。ある年、顧問の先生が異動でいなくなってしまった陸上部の生徒たちが職員室に来て「尾木先生、このままだと部活なくなっちゃうから顧問やってよ」って言うんです。僕は陸上に詳しくなかったし、すでに1つ部活を持っていたので断ろうとしました。でも生徒たちが必死で頼んできたら、さすがに断れませんよね。

 それで顧問を引き受けてみたら、まず土日の休みがほとんどなくなりました。大会や練習試合の引率に審判から雑務までやって、もう毎日くたくた。子どもたちや親が喜んでくれるのは嬉しいですけど、そりゃ大変ですよ。

 ただ、今の先生たちに部活の指導まで求めるのは酷でしょう。教員の1週間当たりの勤務時間(中学校)は56.0時間 でOECD48カ国の中で最長(平均は38.3時間)。授業時間は参加国平均と同程度なのに、部活動などの課外活動の時間はOECD諸国の平均と比べて3倍以上長く、事務業務、授業準備とともに教員の勤務時間を長くする要因となってしまっています。

 そもそも、部活動は正規の学校教育の構成要素ではありません。顧問を引き受ける義務もないことを文科省も明らかにしています。

 だからこそ、文科省も働き方改革が求められる社会情勢の中で、休日に教員が部活動の指導に関わる必要がない仕組みを整備する改革を2023年度から段階的に進める方針を出すなど、部活を学校から切り離して地域に任せようとしているんですが、なかなか成功していません。例えば、部活動指導員が事故や問題を起こしたら誰が責任を取るか、指導員に払う給料はどこから出すかなど、全国的に制度として広げるには課題が残ります。

「今の職員室は上意下達の世界」

 でもやっぱり、一番の問題はお金と人が圧倒的に足りないことです。

 OECDが昨年発表した調査結果ではGDPに占める日本の教育への公的支出はたった2.9%しかありません。OECDの平均は4.1%で、日本は下から2番目なんです。お隣の韓国が3.6%で、アメリカが4.2%、トップのノルウェーなんて6.4%です。昔は「国家百年の計」で教育は日本の財産だと言ってましたけど、今の日本はとにかく教育にお金を出さない。これを増やさないことには始まりません。

 お金の他にも、学校を息苦しくしている原因として意外と知られていないのが教師の「階級システム」です。

 昔は校長先生がいて、教頭先生がいて、あとはみんな立場は一緒でした。新任の20代前半の先生も、50代のベテランの先生も立場は同じ。だからこそ会議で議論ができたんです。でも2007年の学校教育法の改正以降、校長、副校長、主幹教諭、指導教諭、主任教諭、教諭と細かく階級が分けられていて、立場が下の先生は上の先生に反論しにくくなっている。

 また、2000年の学校教育法の改正によって、「職員会議」の位置付けが変わりました。以前は教員同士が自由に意見を交わしていた場であったのが、校長の職務の円滑な執行に資するために置くものと定められ、今の職員室は上意下達の世界になってしまったんです。2000年度辺りからは人事考課制度も始まり、教員同士の学び合いや同僚性を高める機会や雰囲気は失われていきました。

 だから僕は、学校の息苦しい状況に反発して、SNSで声をあげる人が出てきたのはとてもいいことだと思います。「#教師のバトン」も、結果的にはとてもポジティブな効果が出ていると思います。ただ僕が少し気になっているのは、「教育をもっとマニュアル化しよう」という声も大きいところです。

 人生相談は教師の仕事じゃないから外注しよう、モンスターペアレント対策が大変だから弁護士を入れよう、という声が多いんですね。確かに現場の負担が重くて、そう思ってしまう先生の気持ちもわかります。でも僕は、それをやってしまったら教育は成り立たなくなると思うんです。

「録音とらせてもらうからな!」という生徒の父親の記憶

 教師という仕事は、1人の人間として生徒と向き合わないとできません。それは相手が保護者であっても一緒です。僕が教員だった頃も、文句を言ってくる親というのはいました。テープレコーダーを机にガチャンと置いて、「録音とらせてもらうからな!」と。それで「なんで子どもがタバコ吸ったらダメなんだ、パチンコやっちゃダメなのか」なんてめちゃくちゃなことを言う(笑)。

 それでも僕は、「お父さんも子どものことを考えてるんだね」って話を聞いていました。そのお父さんの考え方ややり方は間違ってると思っても、愛情の部分だけは受け止める。そうすると徐々に信頼関係ができて、話も通じるようになっていくんです。

 綺麗事に聞こえるかもしれないけど、教育は信頼関係がないと成り立ちませんから、過剰にマニュアル化したりシステム化することにはあまり賛成できません。教師が1人の人間として、子どもや親としっかり向き合うための時間的、精神的なゆとりが必要なのです。

 僕が教師になった頃は、先生というと「3年B組金八先生」や「スクール☆ウォーズ」のイメージでした。いま見ると時代遅れなところも多いですが、教師が1人の人間として子どもと向き合う必要があるのは現代でも全く変わりません。

教師の喜びとは…

 それでも、教師の仕事は楽しいものです。「#教師のバトン」はその魅力を発信するのが狙いでしたけど、教師という仕事に魅力があるのは当たり前のことです。

 学校がうまくいっていなくても、たとえ教育委員会がズレていても、社会がおかしくなっても、目の前の子どもたちを大切にすることができる。子どもたちと顔を合わせて、学びをサポートし、成長する姿を間近で見ることができる。それが最高の喜びです。教師を縛り付けてはいけません。

 今回の炎上は文科省にとって予想外だったとしても、こうやって生の声が聞けたことは大きな財産になったと思います。中には乱暴な言葉もあるかもしれないけど、率直な意見を聞くことが一番大事。きちんと内容を分析して、現場の声に応える政策を作ってもらいたいですね。

 いじめや虐待、競争教育などに加えてこのコロナ禍と、子どもが置かれている環境はこれまで以上に過酷です。今年度からは小学校で35人学級への移行が始まり、1万人を超える教員が必要となります。一方で、教員免許取得に必要な単位を減らす特例制度が設けられるなど、教員になりやすい環境づくりも進められていきます。

 先生たちは、せっかくSNSがあるんですからどんどん意見を表明していってほしいと思います。先月は全国の教員らが「ブラック校則」をなくそうとインターネットで集めた1万8888人分の署名を文科大臣に提出した取り組みもありました。匿名でもいいから情報を発信していけば、必ずそれを受け止める人は出てきますから、諦めないでほしいと思います。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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