1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 国際
  4. 国際総合

「飛び切り優秀な子がリクルートスーツ姿で…」なぜ韓国の新卒学生が“日本での就職”を目指すのか?〈深層レポート〉

文春オンライン / 2021年6月12日 6時0分

写真

韓国・ソウルで行われた面接会の様子(「K Village Tokyo」提供)

“最悪の日韓関係”といわれる政治状況の中で、韓国人の新卒学生が日本での就職を目指していた――。韓国での就職難を背景に海峡を越えた学生たちに、日本企業はどのように映っているのか。そして、日本企業が彼らを採用する理由とは……。ノンフィクション作家の児玉博氏がレポートする。(全2回の1回目/ #2 を読む)

◆◆◆

韓国語学校は、英会話学校と何が違うか?

 韓国のエンターテイメント業界が今や世界規模となったことを証明したのが、K-POPグループ・BTSの「Dynamite」が全米ビルボードNO.1を記録したことだった。「Netflix」のキラーコンテンツとなった「愛の不時着」「梨泰院クラス」といった韓国ドラマの世界的ヒットも記憶に新しい。

 K-POP、韓流ドラマ、映画と進化し続ける韓国エンターテイメント。“第4次韓流ブーム”とも呼ばれるが、そのムーブメントはエンタメの世界を越えて、日本のビジネスシーンにも大きな影響を与えている。

 4月上旬。ある平日の午後2時。

 JR新宿駅からほど近いビルの一角に「ワンコインで韓国語を学ぼう」と謳う韓国語の語学学校がある。扉を開くと、すでにマンツーマンで授業を行うブースは満員の状態だった。コロナ禍の中、オンラインでの授業を希望する生徒もいるが、やはり対面での授業を望む生徒が圧倒的に多いという。

 透明なアクリル板で仕切られたブースを見ると、20代と思われる若い女性の生徒がほとんど。この日、男性生徒を見かけることはなかった。

 例えば、英会話学校なら、その広告を見ても分かるように、対象はビジネスマンも多い。語学の資格を取りたい学生もいるだろう。つまり、仕事に密着した資格の獲得や語学という技術の習得が目的である。

 ところが、この韓国語学校に通う女性たちの大半の目的は異なる。実利を求める英会話学校に通う生徒とは正反対に、大半が趣味のために学んでいるのだ。

「だってNetflixの(韓国)ドラマを字幕無しで観たいし、(K-POPスターの)コンサートでしゃべっているのがわかったほうが嬉しいでしょう? だから私は、ここでハングルを勉強してるんです」

 リモートワークの合間を縫ってやってきた会社員の女性(27)の言葉だ。この女性は新型コロナの感染拡大が広がる前、すでに2度ほど「韓国に“プチ留学”にも行きました」とのことだった。

若い女性に人気の「K-POP留学」

 この語学学校「K Village Tokyo」では、様々な留学コースを用意しており、パンフレットにはこんな文句が並ぶ。

〈3ヶ月からの長期留学、K-POP留学など、皆さまの韓国留学をサポート!〉

 先に受講生が言った「プチ留学」とは、語学の研修にダンスやボーカルレッスンなどを組み込んだ“K-POP留学”を指している。

 韓国語学校は、英会話学校から想像されるビジネス主体の語学学校とは大きく様相を異にしているのだ。同校の売りは、基本料金が月額2200円、1レッスンあたり550円という手軽さだが、大半の受講生は1時間3300円の個人レッスンを希望している。コロナ禍の中、もちろんオンラインレッスンも用意されているが、直接の個人レッスンの人気は衰えないという。

「韓国語を学ぶことのハードルを思いっきり下げました。受講生の90%は女性ですね。それも、大半が20代の方です」

 そう語るのは、同校を経営する「K Village Tokyo」社長、桑原元就(41)。“第4次韓流ブーム”といわれる状況を如実に反映しているという。韓国ドラマを字幕無しで観たい、K-POPアイドルがコンサートで話しているハングルを理解したい……。そんな欲求が彼女たちを語学学校に向かわせている。

韓国での「就職」は苛烈そのもの

“史上最悪の日韓関係”というフレーズが決り文句となってしまっているが、この学校を歩いていると、K-POPや韓流ドラマ、映画などのエンターテイメント分野に牽引されて、日韓に隔たりは存在しないようにすら感じる。

 それは、日本よりは政治状況の影響が反映されやすい韓国でも同様のようだ。潜在的な“日本好き”は少なくないのだという。だからこそ成り立つ事業も存在している。

「韓国社会には“就準生”という言葉があります。知っていますか?」

 こう話すのは、「K Village」のエリアマネージャーを務める金萬載(37)。日本語を流暢に話す金が言及した“就準生(予備就職準備生)”とは、韓国社会が抱える社会の歪である。

 激しい競争社会の韓国では、若者が“恋愛、結婚、出産、人間関係、マイホーム、夢、就職”という7つの希望を諦める「7放世代」という言葉が生まれている。日本でもこのところ知られている言葉だが、すべては韓国経済の不安定さから生まれたものだ。

 なかでも韓国での「就職」は苛烈そのもの。1997年に起きた「アジア通貨危機」は韓国経済を直撃。国家破綻に等しく、一時はIMF(国際通貨基金)の管理下に置かれた。

大卒内定率、韓国は67・1%

 これを機に、韓国経済のあり様は劇的に変わる。それまで年功序列が比較的重んじられていた経済界は、一気に能力主義に転換した。ハイスペックな技能を持ちえない社員は淘汰され、財閥系の大企業は学生にとって、極めて狭き門となった。中小の企業は、正社員より非正規社員の雇用を増やした。

 韓国ではTOEIC900点以上の学生も珍しくなく、JLPT(日本語能力試験)で好成績を持つ学生も少なくない。それらも全ては就職難のため、少しでも条件の良い、願わくは財閥系大企業に就職するためのものだ。

 しかし、現実は厳しい。先の「七放世代」が象徴するように、韓国の就職内定率は日本のそれに比べ極端に低い。2019年の大卒内定率は67・1%(韓国教育部)、日本のそれが82%を越えているのに比べるとその厳しさが分かるだろう。

 狭き門を突破するため、大学そのものが就職するための専門学校化し、学生の身につけた能力は高い。しかし、希望の企業に就職できるのは一握り。こうして、「能力は高いけれども就職先を探しあぐねている」という“就準生”が、韓国には大量に生まれているわけだ。

日本企業の採用担当者が面接のためソウルへ

 コロナ禍の前の2019年5月。場所はソウル。

「K Village」が口コミで声をかけ、IT技術者などを求める日本企業十数社の採用担当者が、面接会のためにソウルの地を踏んだ。

 韓国側では、FacebookなどSNSで呼びかけた日本企業への就職を望む学生ら約100名が集められていた。

 アクシデントもあった。当初、面接はソウル市内のホテルが予定されていた。ところが、数日前に日韓の外交懸案となっていた慰安婦問題が政治的にこじれ、ソウル市内で日本政府に抗議するデモが起きていた。

 会場となっていたホテルは韓国政府に慮って、会場の使用を土壇場でキャンセルしてきた。日韓に横たわる政治問題は常にビジネスシーンに影を落とす。その面接会は、急遽確保したビルの一室で行われることになった。

 日本からは、歯科医療のプラットフォームビジネスを行う「メディカルネット」、アジアを舞台にした旅行業からITオフショア事業まで手掛ける「エアトリ」、企業の広報サービスを行うベンチャー企業などに混じって、大手自動車メーカーの人事担当も参加していた。

日本人学生とは違う“やる気”

 彼らが望んでいた人材の多くはIT技術者ではあったが、中には総合職的な人材を求める企業もあった。

「うちとしても初めての試みなので、正直なところ『どんなものかな』っていう気持ちでした」

 と、ある企業の担当者が打ち明けるように、今回の試みに参加した企業の多くが手探りだった。

 しかし、面接を進めているうちに会場の空気が変わってくる。まず、面接に来た韓国の学生の様子に日本側担当者たちが驚いた。日本の学生のように、いわゆる“リクルートスーツ”を身に着けて、流暢な日本語で語り始めたのだ。

 そして、何より担当者らに新鮮だったのは、日本人学生とは違う“やる気”のアピールだった。

「正直、本当に驚いた。『日本企業で働いて成功したい』とか、『誰よりも働く自信がある』とか、その思いがこっちに直に伝わってくる。こんな経験は日本ではしたことがない。ものすごく新鮮で、感動さえ覚えました」

 そう語るのは、およそ40名の学生がそのブースに並んだ「メディカルネット」社長、平川裕司(50)だ。

 人間の持つ熱量だけでなく、基礎的な能力も高かったという。歯科医療の関連機関と治療者たちとを結びつけるプラットフォームビジネスを展開する同社は、2時間かけて面接を行い、結果3人の新卒、2人の中途採用を決めた。

 入社は年が明けた2020年4月。世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大する中、新卒3人のうち1人は2月に来日ができたものの、残りの2人は来日を遅らせざるを得なかった。2人が来日できたのは、感染拡大が落ち着きを見せていた11月のことだった。

 今や3人はグローバル採用の1期生として、即戦力になっている。たとえば、平川が「飛び切り優秀だ」という新卒女性は、製薬メーカーと歯科医師とをつなぐマーケティング部門の最前線で働いている。

子供を日本に送り出した「韓国の親たち」の想いは?

 3人が来日したのは、まさに日韓関係が最悪といわれ、さらにコロナ禍が世界を覆ったタイミング。平川は、そんな状況下で子息を日本に送り出した韓国の親たちに、自ら手紙を書いたという。

〈当社では、個人としても成長し、社会人としても成長し、さらに日韓友好の架け橋になっていただけることを期待しています。また、当社の事業を通じて、韓国や日本だけでなく、アジア人としてアジアの発展に寄与してもらいたいと期待しております〉

 しばらくすると平川の元に、来日した3人のうちの1人、女性社員の呉さん(24)の両親から“日本語”で書かれたお礼の手紙が届いた。その手紙には、非常に美しい丁寧な日本語で次のように書かれていた。

〈海外で働くこととなり、期待も不安もございましたが、社長様のお手紙をいただいて日本での生活を最大限にサポートしてくださるということで親としては安心させていただきました〉

 日本で働き始めた呉本人に、東京で取材ができたのは4月後半だった。透明のアクリル板越しではあったが、対面での取材だった。(文中敬称略)

( #2 に続く)

「両親は半ば呆れてました」韓国24歳女子が日本で新卒就職した理由〈定期昇給・社内教育に驚きも〉 へ続く

(児玉 博/Webオリジナル(特集班))

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング