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「寒いと思って毛布をかけた」半年間も遺体と暮らした車上生活…女性が警察への通報をためらった理由とは

文春オンライン / 2021年7月7日 17時0分

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©iStock.com

道の駅に停めた車から降りる制服姿の10代少女 ‟車上生活者”か母娘に尋ねると… から続く

 車上生活を余儀なくされた人たちの生活実態に迫ったドキュメンタリー番組『車中の人々 駐車場の片隅で』(2020年2月放送)は、放送直後から各所で大きな反響を呼んだ。社会から距離を置き、一種の“漂流生活"を送る車上生活者たちは、いったい日々何を考え、どのように暮らしているのだろうか。

 ここでは、同番組の製作に携わったスタッフたちによるルポルタージュ『 NHKスペシャル ルポ 車上生活 駐車場の片隅で 』(宝島社)の一部を抜粋。男性との出会いをきっかけに、家を出て車で生活するようになった女性について紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆◆◆

「お母さんは疲れ果てていた」

「見知らぬ男性と一緒にいる姿をよく見かけるようになった」(近所の人の話)

 女性は、一人の男性と一緒に実家で暮らすようになった。男性は背が高く、女性より10歳ほど若く見えたという。県外から来たようで、最初、母親は見知らぬ男と一緒に生活することに反対し、男性を家に入れることを許さなかった。そのため、男性は女性の軽乗用車の中で生活していた。

 その後、二人は実家の裏手にあったプレハブ小屋で生活するようになった。女性はこれまで仕事に打ち込み、家族と共に過ごしてきたが、男性と一緒に過ごすようになってからというもの、内職を辞めてしまった。次第に母親の年金を頼りにするようになっていったという。男性は地域の人といっさい交流はなく、女性も周囲と疎遠になっていった。

 最終的に、女性はふるさとの福島県いわき市を離れることになった。二人は女性の車に乗り込んで関東方面に向かったという。逮捕される3年前、2015年の話である。

「娘さんが出て行く頃、お母さんは疲れ果てていた。旦那さんが残してくれた金も自分の年金もなくなり、娘も失ったからだろう」

 女性が家を出たあとの母親の様子について、近所の女性はこのように語った。

残された家族の心

 この証言がいつまでも胸に残った。取材を進めるなかで、無意識のうちに、私も自身の人生を振り返るようになっていた。私事で申し訳ないが、私の母はシングルマザーだ。父親がギャンブルで借金し、家を出た。そのことを私に打ち明けたときの母親の涙はいまだに忘れられない。

 なぜ、借金をするまで父親がギャンブルにのめり込んだのかはわからない。父親のことはあまり覚えていないが、寡黙な人だったと記憶している。仕事などで悩んでいたのかもしれない。ただ父親がいなくなり、私は、そして家族は、とてもつらい思いをした。

 残された家族の心には必ず傷が生まれる─。これは、私が自らの経験から感じていることだ。そういった経験をしているからだろうか、女性の行動には疑問を持たざるを得なかった。

引き返すチャンスはあったはず

 家を飛び出したとき、女性は50歳ぐらいだった。男性と出会い母親に交際を反対されたとき。内職を辞めたとき。母親の金を使い込んでしまったとき─。何度も引き返すチャンスはあったはずだ。それぞれの時点で思いとどまることができていれば、ふるさとを、そして家族を捨てる必要はなかったのではないか。残された母親の気持ちはどうなるのだろう。

 同じように、家族を残し、父親がいなくなった自身の経験から、私の胸にはこみ上げてくるものがあった。女性が少しでも母親の立場になって考えることができていれば、3年後に逮捕されるようなことはなかったのでないか。そんな風に思わざるを得なかった。

 その後の二人の行方を知る人は、地元には誰もいなかった。二人が実家を出て行ったあと、しばらくして母親は亡くなった。最後は家に一人だったという。葬式には女性の姿はなかった。

居場所がなくなってしまった女性

 仕事を失い、母親の年金を頼りにした末に実家を出てしまった女性。母の生活も変えてしまっただろう。家族は女性について何を思っていたのだろうか。憎しみだろうか、それとも、彼女を止められなかったことに対する後悔だろうか。そして、女性は家族から母の死について知らされていたのだろうか。

 ふるさとに、女性の居場所はなくなってしまったのだろう、と私は思った。

 人生を過ごしたふるさとを捨てるまでのいきさつを聞いたあと、改めて女性の生家へと向かうと、女性が男性と一緒に生活していたというプレハブ小屋はすでになくなっていた。

「女性が実家を出て行ったあとに、母親が取り壊したと思う」

 近所の人はそんな風に話していた。

 太平洋の浜風が吹き、波の音が聞こえた。海を望むこの場所がとても悲しい風景に見えた。母親はプレハブ小屋を、家族を崩壊させたものとして捉えていたのかもしれない。だからこそ、すぐにでも取り壊したいと考えたのかもしれない。ふるさとでの女性の人生は、あまりにも寂しいものに思えた。

 女性はどこで道を違えたのか。違う結末もあったのではないか。私は自問し続けていた。

いわき市を出た二人の行方

 この事件の真相に迫るためには、女性と一緒にいた男性についても調べる必要があると思った。ただ男性は、女性の地元では誰とも接点がなく、手がかかりは掴めなかった。

 私は福島県いわき市を離れて、東京に戻った。改めて警視庁への取材を進めることにしたのだ。すると、男性についていろいろなことがわかってきた。

 警視庁によると、男性は40代の無職。東京・北区に実家があった。さらに結婚歴があり、都内に家も持っていた。しかし離婚し、家は前妻に譲ったらしい。その後、出会ったのが女性だった。2012年に知り合ったというのだ。

 では、ふるさとのいわき市を出たあと、二人はどのように生活をしていたのか。さらに取材を進めると、いわき市を離れたあとに二人が向かった先は、男性の実家がある東京・北区だったことがわかった。男性と実家の関係は悪く、頼ることはできなかったようだ。そこで男性の友人の家で寝泊まりをするようになった。しかし、長く居ることはできない。

 友人らの家を転々とする暮らしが続いたというが、次第にそれも限界となる。そこで二人が選んだのは、女性の車の中で生活することだった。二人の車上生活は、家族や友人など頼れる人や居場所を失った末に行き着いた、最後の拠り所だったようだ。

女性だけがパートで働く車上生活

 当然、金はない。働かない男性に代わって、女性はパートの仕事を始めた。女性が勤務していた会社は、北区にある梱包会社だった。

 手がかりを求めてこの会社へと向かうと、男性社員が取材に応じてくれた。男性は、「女性は1年以上働いていたが、雇われているパート従業員は多く、特段印象には残っていない。それ以上はプライバシーに関わるので話せない」と言葉少なに語ると、仕事へと戻っていた。

 取材から見えてきた二人の生活は日中、女性が梱包会社で勤務。その間、男性は車の中で待機していた。男性が働こうとしなかった理由はわからなかったが、献身的な女性に甘えていたのかもしれない。

 女性は逮捕後、家に住まなかった理由について、警視庁の調べに対し「二人とも携帯電話を持っていなかったので、契約できないと思った」と説明していたという。

 これまで貧困に苦しむさまざまな人たちを取材してきたが、携帯電話やその他の連絡先を持たないからといって賃貸契約ができないわけではない。支援団体などの助けを借りて契約できるケースも多い。二人きりの生活を続けるなかで、次第にいわゆる“情報弱者”の状態に陥ってしまったのではないか、と私は思った。

「離れたくなかった」と供述した女性

 二人の車上生活は2年以上続いた。誰とも関わらないように、ひっそりと暮らしていたのだろう。

 そして2017年12月。冬の寒い時期に男性が体調を崩したという。横になるにも、軽乗用車の狭い助手席だ。十分に身体が休まるわけもない。体調はどんどん悪くなっていった。そして、女性が仕事に出かけるため車を離れていた間に、男性は息を引き取った。車に戻った女性は、車内にあった毛布を男性の遺体にかけ、助手席の背もたれを後ろに倒してあげたという。

 長年連れ添った男性の死。本来であればすぐに消防や警察に通報しなければならない。しかし女性は、それをしなかった─。

「男性の容態が悪化し、車から一度離れると息をしていなかった。寒いと思って毛布をかけた。男性と離れたくなかった」(女性による供述)

 女性は逮捕後、すぐに通報しなかった理由について、このように説明した。

 二人は内縁関係にあり、籍は入れていない。女性がどこまで想定していたのかはわからないが、遺骨が女性のもとに帰ってくることはない。

 家族の反対を押し切ってまで、男性と一緒に暮らす道を選び、ふるさとを捨てた。金がなく、住む家もなく、車での生活を始めた。働かない男性のために、知らない土地で一人働いた。それでも、男性さえ隣にいてくれれば乗り切ることができた。

 もしかしたら、これこそが「幸せ」なのだと、自分自身に思い込ませていたのかもしれない。そうでなければ、何もかも失い、車の中で生活している自らの境遇を受け入れられなかったのではないか。そして、自我さえも保てなかったのではないか─。そんな風に私は思った。

異臭に気づいた警備員が110番通報

 女性の思いは、「離れたくなかった」という言葉に集約されているように感じた。女性は、この歪んだ愛の中にしか、生きていくすべを見いだせなかったのかもしれない。そして彼女は、唯一の拠り所だった男性を失った。

 それからというもの、女性は遺体を助手席に乗せたまま仕事へと向かい、車に戻る生活を続けた。二人で過ごすための車は、遺体を隠すための場所になってしまったのだ。遺体と一緒に生活しているということは、異臭もあったと思う。それでも誰にも気づかれることなく、この生活は続いた。

 およそ半年後の2018年6月2日。女性は北区赤羽北のコインパーキングに車を停めた。その後、数回にわたる車の出入りが確認されている。長時間の駐車で、周囲から不審に思われないための行動だと思われる。

 そして3日後の6月5日、午後8時半ごろ。コインパーキングを管理する警備員が軽乗用車から異臭がすることに気づき、110番通報をしたことで、事態が発覚した。停まっていたのは、「いわき」ナンバーの軽乗用車。ドアはロックされ、日よけで中が見えないようになっていた。

 車の鍵を開けた警察官が発見したのは、男性の遺体だった。目立った外傷はない。車内からは女性の勤務先が書かれたメモが見つかり、翌日の6日、女性は遺体を遺棄した疑いで逮捕される。

 こうして3年にわたる車での生活が終わったのだ。

【前編を読む】 道の駅に停めた車から降りる制服姿の10代少女 ‟車上生活者”か母娘に尋ねると…

(NHKスペシャル取材班)

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