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「21世紀の枯れ葉剤にならないといいが…」東京・多摩地区の地下水は汚染されていた

文春オンライン / 2021年7月1日 6時0分

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東京・多摩地区では過去数十年にわたり、高濃度の有機フッ素化合物を含む水道水が供給されてきた、とみられる

 その化学物質の名前を知ったのは3年ほど前、沖縄での取材の帰り際のことだった。

「そういえば、ピーフォスって知ってます?」

 大学講師のかたわら、基地に由来する環境汚染の監視をつづける地元NPO代表の河村雅美から、ふいに問いかけられた。

 聞き返すと、アルファベット4文字でPFOSと書くという。

 河村によると、人工的に作られた化学物質で、水も油もはじくため、さまざまな用途に使われてきた。フライパンや炊飯器、レインコートや防水スプレー、キャンプ用品といった生活雑貨をはじめ、自動車部品や半導体の製造工程など多岐にわたる。このため「どこにでもある化学物質(Everywhere Chemical)」と呼ばれているという。

 また、分解されにくく蓄積されやすいことから、環境中に出ると土の中にとどまり、地下水を汚染しつづける。飲み水などから体内に取り込めば、半減するまでに数年かかる。このため、「永遠の化学物質(Forever Chemical)」とも呼ばれているという。

「PFOSが嘉手納基地近くを流れる川から高濃度で検出されている」

 くっついて離れず、壊れにくい。だから、いつまでも消えない――。

 それが、便利でやっかいな、この化学物質の特徴なのだと知った。名前を「有機フッ素化合物」という。その代表的な2種類がPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)とPFOA(ペルフルオロオクタン酸)だった。

 河村は言った。

「そのPFOSが嘉手納基地近くを流れる川から高濃度で検出されている。犯人は、泡消火剤なんです」

 航空機事故などの大規模火災時に使われる泡消火剤にはPFOSやPFOAが含まれ、定期的な消火訓練などで使われてきた。それが土壌に染み込み、飲み水の水源となる川を汚しているという。

 さらに、米軍が出したという報告書を見せてくれた。

 アメリカでは、米国防総省が2018年に、PFOSとPFOAの排出が疑われる米軍関係施設が401カ所に上るとの報告書を公表し、省内に「PFOS」に対処するタスクフォースも設けている。実態調査を進め、汚染が起きた川や地下水の原状回復やそのための費用も負担するという。だが、なぜか日本国内にある基地への言及はない。

 有機フッ素化合物による健康への影響については、こう記されていた。

〈限られた人を対象にした調査では、PFOS・PFOAは胎児やこどもの低成長、出生率の低下、コレステロールの上昇、免疫システムへの影響、尿酸値の上昇、肝臓酵素への影響、前立腺、腎臓および睾丸のがんとの関連があるかもしれない〉

 かつて米環境保護庁(EPA)に勤務し、現在、国立環境研究所の曝露(ばくろ)動態研究室長をつとめる中山祥嗣は、こどもの成長への影響やがんを引き起こす疑いを指摘する複数の研究があるとしたうえで、こう語る。

「WHO(世界保健機関)は評価を確定させておらず、有機フッ素化合物による健康への影響について、現時点で世界的な評価は定まっていません」

 だが、アメリカでは1000万人以上が汚染された水を飲んだと報じられ、社会的な問題になっている。ヨーロッパでも、PFOSやPFOAだけでなく、総称してPFASと呼ばれる有機フッ素化合物をどれも使わないとする潮流が生まれている、という。

PFOS汚染は東京でも起きていた

 中学・高校時代を通して、私は化学の試験でまともな点を取った記憶がない。元素記号の暗記さえおぼつかず、化学式は「H2O」がせいぜい。それより長いと頭に入らなかった。

 そんな私が、アルファベットの並んだ未知の物質を追いかけてみようと思ったのは、河村が別れ際に口にした言葉が頭から離れなかったからだ。

「PFOSが21世紀の枯れ葉剤にならないといいけど……」

 2019年春、私は本格的な取材に取りかかった。

 焦点を定めたのは、オリンピック開催地でもある東京にある横田基地だ。アメリカ本土や沖縄の米軍基地がすでに汚染源となっているのであれば、同じことが起きていても不思議ではない。

 調べてみると、東京・多摩地区では、飲み水の水源に地下水が使われていた。しかも、2000年代はじめに多摩川から高い濃度のPFOSが検出され、多摩地区が発生源の可能性が高いとする研究報告が出ていた。

 都民の飲み水をあずかる東京都水道局が実態を把握していないはずはない。

 そう考え、東京の多摩地区で2000年以降、取水停止になった井戸についての情報を公開するよう東京都に求めたところ、驚くような情報が明かされた。

 2019年6月、多摩地区にある3カ所の浄水所で、水源となる地下水から高濃度のPFOSが検出されたため、取水を止めていたのだ。開示請求の1カ月あまり前のことだった。

 過去8年間、府中武蔵台(府中市)と東恋ケ窪(国分寺市)の両浄水所で、水1リットルあたりPFOSとPFOAを合わせた年間の最大値は114~397ナノグラム。現在の環境省の指針値と比べると2.3~8倍の高さだ。また、国立中浄水所でも比較的高かった。

 ただしこの時点では、水道水も含めた水質管理の目安となる値は国内になく、水道局は取水停止や水質調査結果について公表していない。

 ちなみに、ナノは1グラムの10億分の1で、プールに塩を2、3粒混ぜたほどの微量という。逆にいえば、有機フッ素化合物はそれだけ毒性が強い。

 東京都は水質を調べていた。そして、PFOS汚染は東京でも起きていた。

 PFOSは2009年に、残留性のある有害物質について検討する国連ストックホルム条約会議で規制され、国内では2010年に製造・使用が禁止された。それから10年近くたっても濃度が高いということは、土壌を通して少しずつ地下水に浸透しているのだろう。

ある組織とは

 汚染源を探ろうと、いくつかの単語を組み合わせて検索すると、ある組織の名前が頻繁に出てくることに気がついた。

「東京都環境科学研究所」(以下、都環研)。

 ホームページを見ると、1968年に東京都公害研究所として設立された公的試験研究機関で、のちに公益財団法人「東京都環境公社」の傘下に入っている。東京都の環境政策のシンクタンクのような存在のようだ。

 都環研は有機フッ素化合物の汚染についても、さまざまな調査を重ねていた。2000年代はじめに多摩川で高濃度のPFOSを検出したほか、2度にわたって汚染源も調べていた。2007年度の1次調査では、以下のような結果が示されている。

電子部品・デバイス製造業D  58000ナノグラム

飛行場排水A           23~83

飛行場排水B         67~410

輸送用機械器具製造業         240

 桁外れに値が高かった「電子部品・デバイス製造業」について調べてみると、半導体を製造する過程で有機フッ素化合物が使われていたことがわかった。当時、各社の半導体製造工場は青梅市に集まっていた。

 東京都水道局による青梅市の水質データをみると、地下水に含まれるPFOSは過去8年のうち7年で「検出下限値未満」だった。つまり、地下水は汚染されていない。

 ということは、「電子部品・デバイス製造業D」から出た、きわめて高濃度のPFOSを含む排水は下水管を通って下水処理場に送られ、その後多摩川に流されたと考えられる。

 次に、「輸送用機械器具製造業」の計測地点は武蔵村山市か青梅市とみられるが、はっきりとはわからない。カルロス・ゴーン前社長が閉鎖した日産村山工場の可能性もあるが、同社は有機フッ素化合物について「使用していない」と答えている。

排水を流している「飛行場」はどこか

 その回答が正しいとすれば、残るは「飛行場」ということになる。論文に固有名詞は出ていないが、飛行場は都内に3カ所しかない。

 汚染源調査は多摩川の中流域で行われたため、多摩川の河口近くにある羽田空港がまずはずれる。残るは、八丈島などへの離島便やセスナ機の利用が多い調布空港(調布市など)か、在日米軍司令部が置かれる横田基地(福生市など)か。いずれも多摩地区にある。

 論文の概略図には、多摩川の左岸に「A下水処理場」、右岸に「B下水処理場」と記され、二つの下水処理場が川をはさんで向かい合うところは都内に1カ所しかない。このため、A下水処理場は「多摩川上流処理場」(昭島市)で、ここに排水を流している飛行場とは、地理的にみて、米軍横田基地ということになる。

 念のため、都環研に足を運び、論文を書いた主任研究員の西野貴裕にたずねた。

「あの調査で『飛行場』とあるのは、横田基地ですよね」

「うーん、飛行場は飛行場です」

「下水処理場の位置関係から、横田基地以外にありえないと思うのですが」

「いやあ、私どもが言えるのは、飛行場ということだけなので……」

 固有名詞は機微に触れるからか、押し問答を繰り返すばかりだった。

 念のため、「多摩の下水道マップ」(東京都下水道局流域下水道本部/1994年)を別のルートから手に入れ、西野論文にあった概略図と比べてみた。すると、支線ごとにつけられた英字がカタカナに替わっているものの、位置や下水道網の広がり方はピタリと重なる。「飛行場排水」AとBと見られる下水道支線はたしかに、横田基地から出ていた。

 その後、西野が有機フッ素化合物汚染について発表したときの資料を見つけた。

〈米軍消火訓練場跡の地下水 PFOS検出〉

 はっきりと、そう書かれていた。

 文中一部敬称略/写真=諸永裕司

有害な「有機フッ素化合物」は、横田基地の消火訓練で放出されたのではないか へ続く

(諸永 裕司)

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