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《9歳の養子を殴打し膝蹴り》九州3児殺害 虐待父の“面前DV通告”でも児相が子供たちを救えなかった理由

文春オンライン / 2021年6月30日 17時0分

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田中容疑者 ©共同通信社

「連れ子だけが暴力対象に」加害父が“虐待致死”で再逮捕 子育てのストレスで《九州3児遺体発見》 から続く

「今年に入り、子育てのストレスからひどい暴力をふるってしまった。頭や腹を殴ったり、膝蹴りしたりした。(養子の)大翔が死んで、自分が逮捕されて実子2人と離れるのが嫌だったから、心中しようと思った」

 福岡県飯塚市の職業不詳、田中涼二容疑者(41)は、警察の取り調べに対し、そう供述しているという。

大翔くんだけが田中容疑者の暴行を受けていた

 2月26日、田中容疑者は、福岡県飯塚市の自宅から南に約230キロ離れた鹿児島県・桜島の麓にある観光ホテルで、実子である蓮翔ちゃん(れんと・当時3)と姫奈ちゃん(ひな・当時2)の首を絞めて窒息死させたとして、5月に殺人罪で起訴された。

 自宅では養子の大翔くん(ひろと・当時9)の遺体も発見されたが、当初は病死とみられていた。しかし田中容疑者の供述をもとに捜査が進められ、6月18日に大翔くんへの傷害致死容疑で再逮捕されたのだ。

「大翔くんの遺体の大腿部にはひどい打撲の跡があり、全身にもあざがあったようです。首を絞めて殺害した実子の2人には暴行の形跡はなく、大翔くんだけが田中容疑者の暴行を受けていたとみられています。警察は動機の解明を急いでいます」(大手紙社会部記者)

 田中容疑者による大翔くんへの暴行が激しくなったのは、元妻であるA子さんと離婚し、A子さんが出て行って間もなくのことだった。3人の小さな命を救う手立てはなかったのだろうか――。

噂になった「A子がヤクザと結婚したらしい」

 取材を進めると、A子さんを知る男性に話を聞くことができた。「田中容疑者がA子さんと結婚したのは2017年頃」だが、当時の出会いについて聞いたことがあるという。

「当時、A子は福岡県大野城市のラウンジや福岡の繁華街、中洲などで働いていたのですが、大野城市の居酒屋で旦那(田中容疑者)と知り合い、意気投合したそうです。旦那はA子よりも10歳くらい年上でした。当時、『A子がヤクザと結婚したらしい』と噂になっていました」

 実際に田中容疑者は数年前まで指定暴力団に所属しており、体には入れ墨もあった。しかし2020年10月頃にテレビ西日本の取材を受けた際、6年前には組織を抜けたと語っている。

 結婚からほどなくして蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんが生まれ、家族は福岡市東区へ引っ越した。東区の小学校で息子が大翔くんと交流があった保護者の女性は「旦那さんが大翔くんの送り迎えや、学校行事に参加するなどしていたので父子家庭だと思っていた」と証言している。この頃には、子育ての中心はA子さんではなく田中容疑者だったようだ。

転居直前、大翔くんは児童養護施設に入っていた

 しかし長年、夫婦喧嘩が絶えず、ついには2020年5月に田中容疑者が実子2人を連れて、A子さんから逃げるようにして福岡市東区から飯塚市へ引っ越した。その2カ月後にA子さんと大翔くんも田中容疑者を追って飯塚市へ引っ越しているが、「転居直前、大翔くんは児童養護施設に入っていました」(前出・大手紙社会部記者)という。

 田中容疑者が飯塚市を転居先に選んだ理由は仕事のためだったようだ。別のA子さんを知る人物が語る。

「A子は『旦那と一緒に飯塚市にある自衛隊基地で左官の仕事をした』と話していました。あの家族はずっと金銭面が大変だったみたいです。携帯電話も料金が支払えないからか、よく音信不通になっていました。保証人になってくれるような身寄りもなく、新たに契約するにしても苦労していたようです。2人とも友人が多いタイプでもなかったから、家族で助け合ってなんとか生きていたんだと思う」

転居後も喧嘩が絶えず「面前DV」で複数回通報

 飯塚市の県営団地で田中容疑者らの近隣に住んでいた高齢男性も、家族の困窮についてこう話していた。

「田中さんは生活保護を受けていた。『生活費が足りないからカネを貸してくれ』と頼まれて貸したこともある。他にも、ほとんど会話もしないような近隣の方から借りたりして、生活していたようだ。貸したカネはちゃんと返してくれた」

 飯塚市への転居後も田中容疑者らの夫婦喧嘩は収まらず、激しさを増していった。子供たちの前で激しくやり合うことも多かったため、警察が児童相談所に「面前DV」で複数回通告もしている。

 しかし、家族5人での幸せなひとときもあったようだ。息子が大翔くんの同級生だったという女性が、こんなエピソードを明かしてくれた。

「2020年11月だったと思います。大翔くんが弟か妹の誕生日で『ハンバーグを食べに行く』と嬉しそうに話していたと息子から聞きました。放課後の児童会に私が息子を迎えに行くとき、大翔くんはいつも残っていましたが、元気に『また明日ね』と手を振ってくれました。かわいい子でした」

離婚後、大翔くんへの虐待が始まった

 しかし田中容疑者はA子さんと離婚。A子さんは1人で家を出ている。別のA子さんを知る人物はこう証言した。

「A子さんは知人らに『泊めてほしい』『金を貸してくれ』と連絡をしたようですが、断られることのほうが多かったと聞きました。彼女は酒に酔って喧嘩することも多かったんですよ。友人と言える存在はほとんどいなかったはずですから、その後どこへ行ったのか……。A子さんは母子家庭に育っていて母親は存命だったはずなので、実家に身を寄せたのかもしれませんね」(前出・A子さんを知る人物)

 そして田中容疑者は幼い子供3人を引き取り、家族4人での生活を始めた。しかしすぐに大翔くんへの虐待が始まる。

「捜査関係者によると、田中容疑者は養子である大翔くんにも、実子同様の愛情を注ごうとしていたようです。しかし1人で幼子3人の面倒を見ることは簡単なことではなく、子育てに悩んだ田中容疑者が『子供がご飯を食べない、どうしたらいいか』などと田川児童相談所へ相談しにも行っています。

 2月8日には、田中容疑者が『(大翔君が)ジャングルジムのような所から落ちて腰を打った』と小学校に電話。虐待を疑った担任と校長が大翔くんの体を確認しましたが、傷などがなかったようです。この時、児相も駆けつけているのですが、大翔くんは自ら『ジャングルジムから落ちた』と説明したため問題化しませんでした。この頃にはすでに大翔くんは学校を休みがちでした」(前出・大手紙社会部記者)

 3月1日に開かれた市の記者会見では、虐待のリスクから、市が田中容疑者に電話や面談で100回以上連絡を取り合っていたことも明かされている。しかし、前出の近隣の高齢男性はこう憤った。

「本当に100回も接触していたのか、何度も警察沙汰の喧嘩をしていたことをちゃんと理解していたのか。近隣の住民に児相から話を聞かれた人なんていませんよ。対応がまずかったことを隠しているのではないか」

 田中容疑者は、実子2人を殺害したホテルの客室に「自分が全部悪い」「3人一緒に死ぬ」といった内容の遺書を残していたという。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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