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《三谷幸喜が60歳に》田村正和ら“重鎮俳優”を軒並みうならせた「脚本術の極意」とは

文春オンライン / 2021年7月8日 11時0分

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7月8日に還暦を迎えた三谷幸喜 ©文藝春秋

 脚本家・演出家として舞台・ドラマ・映画と幅広く活躍する三谷幸喜が、きょう7月8日、60歳の誕生日を迎えた。

 子供の頃から洋画を中心に映画が好きだった三谷は、小学校の時にクリスマス会などで自らの作・演出・主演で芝居を上演し、中高時代には8ミリ映画の制作にも熱中した。日本大学芸術学部に入学すると、放送作家の仕事を始め、1983年には劇団「東京サンシャインボーイズ」を旗揚げする。同劇団はやがて人気劇団に成長し、西村まさ彦や梶原善などの個性派俳優を輩出したが、1994年に30年間の充電期間に入った。

脚本制作は「むしろ制約があるほうが好き」

 テレビでは1990~91年、脚本家の1人として参加した深夜ドラマ『やっぱり猫が好き』で注目され、1993年には『振り返れば奴がいる』で初めて単独で連続ドラマも手がけた。『振り返れば~』はヒットしたが、脚本を大幅に書き直されたりカットされたりして、悔しい思いも味わった。その体験は、同年に劇団で上演し、のちには初めて自ら監督を務めて映画化した『ラヂオの時間』(1997年)に反映されている。

 もっとも、三谷が悔しかったのは、スタッフが勝手に脚本を変えたり、編集の段階でセリフやシーンをカットされたからで、彼としては事前に伝えてくれさえすれば、むしろそういう制約があるほうが好きだという。たとえば、三谷の出世作で、今年4月に亡くなった田村正和が異色の刑事を演じた人気シリーズ『古畑任三郎』(1994~2008年)ではこんなことがあったと、のちに明かしている。

『古畑任三郎』の台本が手違いで…

 それは鈴木保奈美がゲストの回でのこと。まだ決定稿の前の台本が、手違いで田村の手に渡ってしまった。この時点で台本には直さなければならない矛盾点が多々残っていたため、まだ覚えないでほしいと、三谷はスタッフを介して田村に伝える。だが、ときすでに遅し。先方はもう台本を覚えてしまっていた。そこで三谷は、田村のセリフはそのままで、ほかの人のセリフを変えることにする。いかにも荒技だが、本人に言わせると、《最初に思い描いていた作品の青写真とはまったく同じものにはならなかったけど、だいぶ近づけた。パズルに近い。すごく楽しかった》という(※1)。

 考えてみれば、三谷が得意とする、俳優をあらかじめ決めて脚本を書く「当て書き」も一種の制約といえる。そもそも『古畑任三郎』というドラマの企画自体が、三谷が子供の頃から大好きだったアメリカのテレビドラマ『刑事コロンボ』を日本のドラマに置き換えるとすればどうなるのか、イメージを膨らませるうちに田村正和がぴったりだと思ったところから生まれた。

 当初、田村は刑事物ゆえに断ったが、その後、すでに出来上がっていた脚本を渡され、読んでみたところ、これが面白かった。インテリジェンスがあるし、ユーモアもあり、刑事ドラマというより謎解きを楽しむドラマだと思い、引き受けることにしたという。いざ放送が始まると、古畑は田村のハマり役となる。1999年に第3シリーズがスタートするにあたり、めったに受けない取材に応えた彼は、「田村さんにとって『古畑』は?」との質問に、《いい選択をしたと思っています》と答えている(※2)。同じ記事ではまた、聞き手とこんなやりとりもあった。

《――(中略)古畑の好きなところは?

 田村 かわいいところですかね。

――ご自身との共通点は?

 田村 かわいいところ(笑)。》

 三谷によれば、あの田村正和にこんなことをさせてみたいと、どんどん難易度の高い要求を台本に盛り込んでも、田村は見事に打ち返してきた(※3)。「古畑がストッキングを頭からかぶってタバコを吸う」と書いたときも、番組プロデューサーから「さすがに田村さんにやらせられない!」と言われながら、田村はすんなり演じてくれた。古畑任三郎という奇妙な刑事のキャラクターは、こうした2人のやりとりからつくりあげられたものであった。

頭抱えて「なんだァあ」…田中邦衛を困惑させた演出

 やはり今年亡くなった田中邦衛も、三谷にとって思い出深い俳優である。そもそもの縁は、テレビのバラエティ『ビートたけしのつくり方』(1993~94年)の1コーナーのミニドラマだった。邦衛が現場で見せる奔放さに魅せられた三谷は、そのやんちゃぶりを監督第2作の『みんなのいえ』(2001年)に登場する大工の棟梁役に当て書きした。邦衛演じる棟梁は昔気質の頑固さで、娘の家を一緒に建てることになった唐沢寿明演じるインテリアデザイナーと衝突を繰り返す。そこには往年の人気映画「若大将」シリーズで彼が演じた「青大将」のキャラクターも加味したという。

 ただ、撮影に入った当初は、あまりに弾けた演技を要求する三谷の演出に、邦衛は戸惑いを隠せなかったらしい。同作の公開時の雑誌記事では《例えば唐沢くんが図面を持ってくると、見た瞬間に頭抱えて“なんだァあ”って叫ぶみたいな、そんな動きしてくださいって。そんなリズムがこの棟梁にあるかな、っていう違和感はあったんです。けど、やっていくうちに、三谷監督の、作品のリズムっていうのがあるんだと、すこーしずつ分かってきた》と語っている(※4)。

《監督が言ってたこと、やっと分かったような気がする》

 三谷にも撮影中、印象に残るできごとがあった。あるシーンで、ここは小学生のように喜んでもらえますかとお願いしたのだが、邦衛は「大工の棟梁がそんなことするかなあ」と眉をひそめた。とりあえず撮影して、三谷からすれば思い通りのシーンが撮れたものの、邦衛は最後までしっくりいかない様子だったという。それが翌日、彼は撮影前に三谷のもとにやって来ると、《監督。ゆうべ寝ながら、昨日のシーンのこと考えたんだよ。そしたら監督が言ってたこと、やっと分かったような気がする》と言ってくれた。これに三谷は、自分の意図を理解してくれたことよりも、大先輩が帰宅して寝る前に、その日に撮ったシーンを思い返しているということ自体に驚き、思わず胸が熱くなったとか(※5)。

 三谷にとって当て書きとは、俳優の素のキャラクターを役に反映させるということではなく、《この役者さんがこんな役をやったら面白いだろうな、こんな台詞を言ったら素敵だろうな、とイメージして書くのが僕の「当て書き」》だという(※6)。田村正和にしても、田中邦衛にしても、そんなふうに彼の膨らませたイメージを受け止めながら、一緒になって役をつくりあげた。そうして生まれたキャラクターは、俳優たちに新たなイメージをもたらし、世間にも定着していくことになる。

藤村俊二、梅野泰靖…憧れの俳優を起用し常連に

 三谷作品では、彼が子供のころから好きだった俳優を起用し、常連となったケースも少なくない。藤村俊二(2017年没)は『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』などのコント番組で見せる絶妙な間のよさが、三谷少年を夢中にさせ、後年、『ラヂオの時間』の元音響効果係やドラマ『王様のレストラン』(1995年)の「けっして酔わない客」など軽妙な役柄で彼の作品の常連となる。

 同じく『ラヂオの時間』をはじめ多くの三谷作品に出演した梅野泰靖(2020年没)は、劇団「民藝」の重鎮俳優だが、三谷は『刑事コロンボ』で3度も犯人役を務めたロバート・カルプに梅野が吹き替えた声が好きで、出演を依頼した。『ラヂオの時間』での役どころは、戸田恵子演じるわがままな歌手のマネジャーで、飄々としたキャラクターが印象深い。続く『みんなのいえ』でも、梅野が戸田とバーで一緒に飲んでいるシーンがある。同じ場面には、梅野と並んで、イラストレーターの和田誠の姿も見られる。

《和田さん、今後もよろしくお願いします》

 和田誠もまた、洋画に関するエッセイ『お楽しみはこれからだ』などの著作を通じて、三谷に大きな影響を与えた一人だ。和田は、文藝春秋のPR誌『本の話』で映画監督ビリー・ワイルダーについて対談するにあたり、編集者から相手は三谷でどうかと提案され、即座に賛成したという。いわく、以前から三谷の書く芝居にもドラマにも感心していて、《この人はきっと映画が好きだし、ビリー・ワイルダーなんか特に好きなんじゃないかなあ、と考えていたのである》(※7)。

 この対談で三谷は、和田の博識ぶりに圧倒されながらも、ビデオでワイルダー作品を見返して気づいたことを事細かに指摘している(※8)。そのディテールのこだわり方に感心した和田は、その後、映画誌『キネマ旬報』での連載対談の相手役に彼を指名、『それはまた別の話』『これもまた別の話』というタイトルで単行本化もされた。中学時代から和田のイラストレーションをよく模写していた三谷は、これらの単行本のカバーでスターたちの似顔絵を和田と共作している。

 和田はこのほか、三谷の著書の装丁、また『朝日新聞』の連載コラム「三谷幸喜のありふれた生活」の題字とカットを手がけるなど、一緒に仕事をする機会が多かった。その和田が一昨年亡くなったときの「ありふれた生活」で、三谷は故人との思い出話をつづるとともに、自筆の似顔絵を添えた。新しい絵は描いてはもらえなくなったが、それでも題字と、残されたカットを用いながら、連載は続くこととなり、その回は《和田さん、今後もよろしくお願いします》との言葉で締めくくられた(※9)。

『鎌倉殿の13人』で大河ドラマに3度目の登板

 子供の頃から好きだったテレビや映画の要素を作品に取り込み、憧れの人たちともたくさん仕事をしてきた三谷の人生はうらやましくもある(もちろん、これはこれで苦労もあるのだろうが)。目下、再演中のミュージカル『日本の歴史』も、やはり少年時代から好きだった歴史の知識が土台としてある。彼が歴史好きになったのは、市川森一脚本の『黄金の日日』をはじめNHKの大河ドラマによるところが大きい。後年には、『新選組!』(2004年)や『真田丸』(2016年)と自ら大河を手がけることになった。そこでは時代考証にこだわりつつも、史実の間隙を突いて奔放に物語を展開し、話題を呼んだ。来年には3作目の登板となる大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を控える。還暦を迎えた彼が、今度はどんなふうに史実を調理しながら物語を紡ぎ出すのか、いまから楽しみだ。

 ※1 三谷幸喜・松野大介『三谷幸喜 創作を語る』(講談社、2013年)
 ※2 『日経エンタテインメント!』1999年6月号
 ※3 『朝日新聞』2021年5月20日付夕刊
 ※4 『キネマ旬報』2001年6月下旬号
 ※5 『朝日新聞』2001年3月6日付夕刊
 ※6 三谷幸喜『三谷幸喜のありふれた生活15 おいしい時間』(朝日新聞出版、2018年)
 ※7 和田誠・三谷幸喜『それはまた別の話』(文藝春秋、1997年)
 ※8 『本の話』1996年2月号
 ※9 『朝日新聞』2019年10月17日付夕刊


 

(近藤 正高)

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