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「えっ!? 嘘だろ?」ライトを志願したのにセンター守備を命じられ…横田慎太郎“奇跡のバックホーム”の舞台裏

文春オンライン / 2021年7月19日 6時0分

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©文藝春秋

「もう少し辛抱しろよ」「この野郎!」闘病中の横田慎太郎へ金本監督・掛布二軍監督が送った知られざる“メッセージ” から続く

 22歳、プロ4年目で脳腫瘍の宣告。18時間に及ぶ大手術、2年間の闘病とリハビリ、回復しない視力、24歳での引退試合……。絶望と苦しみの日々を乗り越え、再び甲子園に戻ってきた男が見せた雄姿はいまだプロ野球ファンの記憶に新しい。

 ここでは、横田慎太郎氏の著書『 奇跡のバックホーム 』(幻冬舎)の一部を抜粋。引退試合で走者を刺殺した“奇跡のバックホーム”の舞台裏について紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆◆◆

プロ6年間のベストプレー

「センターに入れ!」

 1096日ぶりの公式戦。タイガースが2対1でリードしていた8回表、ツーアウト二塁の場面で平田監督に命じられ、僕は緊張して守備位置に向かいました。

「よし、来い!」

 そうしたら初球です。大きなフライが本当に飛んできた。

「うそだろ……」

「代わったところに打球は飛ぶ」とはよく言われますが、まさかいきなり来るとは思っていなかったので、ちょっと焦りました。

 打った瞬間、どんな打球かは感覚である程度わかりましたが、ボールは見えていませんでした。高く上がったボールは見えにくいのです。ただ、これは見えていても届かない打球でした。ボールは僕を越え、センターオーバーの二塁打。同点になりました。

 代走が出て、バッターは6番の塚田さん。

 その2球目、塚田さんが打ち返した打球は、僕の前にライナーとなって飛んできました。よりによって、いちばん見えにくい打球が飛んできたのです。

 正直、一瞬思いました。

「これが最後のプレーかよ……」

 それでも、気がつくと僕は足を前に踏み出していました。そうしてボールをキャッチすると、次の瞬間、大きく右足を踏み出し、ダイレクトでキャッチャーに送球しました。

 ボールはノーバウンドでキャッチャーのミットに吸い込まれました。タッチアウト。

 鳥肌が立ちました。プロ生活6年目の最後に、生涯ベストプレーを見せることができたのです。

 おこがましさを承知で言えば、このバックホームがタイガースを奮い立たせたのかもしれません。同点となった試合は8回裏、先頭打者の江越さんのツーベースを皮切りに、板山さんがレフト前に運んでチャンスを拡大。タイガースが2点を追加して4対2となりました。そして、9回のソフトバンクの攻撃を無失点で抑え、タイガースが勝利しました。

 僕も8回に引き続き守備につきましたが、幸か不幸か、今度は打球は飛んできませんでした。

 こうして僕の最後の試合は終わりました。

想定外が重なって生まれた奇跡

 実際、あのバックホームは、予期していなかったさまざまなことが重なった結果、生まれたものでした。

 第一に、そもそも僕はあの試合でセンターを守るつもりはありませんでした。

 試合の3日ほど前、平田監督に引退することを決めた旨を直接伝えると、監督が涙を見せながら僕に訊ねました。

「どこを守りたいんや?」

「ライトでお願いします」

 僕は答えました。病気になるまではセンターを守っていましたが、復帰してからはずっとライトの練習をしていました。ライトがボールがいちばん見えやすかったからです。それで引退試合でもライトを希望したのですが、しかし監督は「それは違うだろう」と言って、続けました。

「いったい何を遠慮してるんだ! おまえが3年目に開幕スタメンをとったのはセンターだろう。エラーしたって、何したっていいから。センターを守れ。あと2日、センターを練習しとけ」

 それでセンターに入ることになったのです。

 第二に、8回に僕がグラウンドに立ったのも想定外のことでした。予定では、出場するのは9回1イニングだけだったのです。

 ところが、2対1で阪神がリードしていた8回途中、ベンチで声援を送っていた僕に、平田監督が突然言いました。

「横田、キャッチボールして準備しろ」

僕のところに飛んできた打球

「えっ!? 嘘だろ?」と、僕だけでなくベンチ全体が驚いたのもつかの間、ツーアウト二塁の場面でタイムをかけた平田監督は、審判に告げたのです。

「センター、横田」

 あとで聞いたのですが、イニングの途中から出場させたのは、平田監督は僕が守備につくときに必ずダッシュで向かうのが好きで、それを最後にファンにも見せたいという理由からだったそうです。

 いずれにせよ、僕にとって8回裏にセンターの守備についていたのは予定外のことだったのです。余談ですが、平田監督はのちに大阪のテレビでこの試合を振り返って言ったそうです――「なんでみんな横田をほめるんだ。おれをほめてくれ」。

 第三の理由として、ソフトバンクの選手たちは決めていたと言います。

「横田のところに打つのはよそう」

 僕の目の状態を知っていたので、「センターにだけは打たないようにしよう」と心がけてバッターボックスに入ったそうです。

「それなのに、なぜか飛んでいってしまうんだよなあ」

 ソフトバンクの選手たちが言っていたと、試合後にキャッチャーの片山さんから聞きました。

 母も「センターにだけは飛ばないで」と祈っていたそうです。

「球場は広いのだから、ほかの場所にいってください。あんなに空いてるんだから……」

 もしも打球が飛んできて、僕が追いかけてほかの選手にぶつかったら、その選手にも迷惑がかかるとまで考えていたらしいです。

 にもかかわらず、2打者続けて、まるで導かれたように僕のところに打球が飛んできたのです。

神様が背中を押してくれた

 そして、あのバックホームが神様の思し召しだったのではないかという最後の理由――それは、病気をしてからの僕は、あのような打球に対して前に出ることはなかったということです。

 繰り返しますが、あの打球はいちばん見えにくい打球でした。ボールが二重に見えるうえ、距離感がつかめない。どこに跳ねてくるのか、どのように向かってくるのか、よくわからないのです。だから、いつもなら一歩後ろに下がって捕ろうとしたはず。そして、後ろに下がっていたらバウンドが合わず、はじいたり、後逸したりしていたことでしょう。

 それが、あのときにかぎっては不思議と身体が前に出た。無意識のうちにそうしていた。自分の意思ではなく、何かが僕の背中を押してくれたのです。そうしてグローブを差し出したらボールが入ってきたという感じでした。

 しかも、バックホームの送球はノーバウンドでした。それまでノーバウンドでキャッチャーに返球できたことは一度もありません。練習でもなかったのです。

 実は、投げたボールもはっきり見えていませんでした。ファンのみなさんから歓声があがり、内野手がガッツポーズしたのを見て、はじめてタッチアウトなのだと理解しました。僕も久しぶりにガッツポーズしていました。

 入院中に掛布さんがお見舞いに来てくれたとき、「復活」と書いた色紙を僕に手渡しながら、「横田、これからドラマをつくろうな」という言葉をかけてくれたという話を前にしました。無念ですがこの3年間、試合には一度も出場できませんでした。けれども、このバックホームによって、最後の最後に「ドラマ」をつくることができたのかな――そんなことを思います。

【前編を読む】 「もう少し辛抱しろよ」「この野郎!」闘病中の横田慎太郎へ金本監督・掛布二軍監督が送った知られざる“メッセージ”

(横田 慎太郎)

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