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天安門事件から32年…中国共産党の“本性”はあの夜から何も変わっていない

文春オンライン / 2021年7月17日 17時0分

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戦車の前に立ちはだかる民主派学生 ©共同通信社

 香港の民主化運動が新設された国家安全維持法により無残にも粉砕されたこともあり、本年の天安門事件記念日前後には、32年前の6・4映像がよく放映された。

 1989年春、警察庁から北京の日本大使館に出向した筆者は、4月中旬に始まる中国の民主化運動と流血による武力弾圧で乗り切った中国共産党の動向を日々観察する機会に恵まれた。時間と空間が異なるとはいえ、香港民主化運動との類似性に驚きを禁じ得ない。

 大規模デモを長期間放置し、民主化もありうるような錯覚を内外に抱かせつつ、民主化運動がレッドラインを超える環境を創出し、一気に粉砕する。二度と立ち上がれないように恐怖心を植え付ける――そんな手法まで同じである。

再燃しなかった民主化運動

 天安門事件は、中国共産党内の権力闘争という国内事情が背景にあったとはいえ、世界史的には、その後のソ連・東欧の崩壊にも影響を与えた。

 1989年後半は東欧の崩壊が雪崩現象的に発生した。ポーランドに始まり、ハンガリー、東独、チェコスロバキアが続き、12月には東欧の異端児ルーマニアが崩壊した。クリスマスにはチャウシェスク大統領が処刑された。当時、北京のルーマニア大使館のロビーには、チャウシェスクの肖像画が一面に飾られていたが、筆者がその2か月後に訪問をした時には、すべて風景写真に様変わりしていた。まだ午前中だというのに地元のブランデーをふるまわれ、「我々の革命を祝ってくれ」と言われた。チャウシェスクの信頼を受けて通訳業務をしていたエリート外交官は、一転して同人を独裁者として批判した。独裁国家の末路はこんなものであろうかと納得したが、わが国の官僚も似た者同士であることに気づき、ぞっとした。

 チャウシェスク処刑のニュースが流れると、中国行政機関の執務室では、若いスタッフたちが一斉に拍手したという話を聞いた。北京の街は徐々に落ち着きを取り戻していたが、民主化要求運動に共鳴した若い中国人たちの間にまだ鬱積した怒りがあることがうかがわれた。この時期、西側諸国の専門家の多くは、数年後に中国では民主化運動が再燃するものとの分析を行っていた。

 しかし、そうはならなかった。中国は歴史に類を見ない急速な経済発展を遂げ、今や堂々と米国に挑戦状をたたきつける超大国に成長した。14億人の中国一般大衆の多くは、共産党による一党独裁を支持し、列強に蹂躙された近代史への復讐を教育され、中華の復興を夢見る愛国者たちに変貌した。

「失われた30年」を経た日本が歩む道は……

 他方、当時まだわが世の春を謳歌していた日本経済は、その後「失われた10年」に陥り、2回の延長の後、今や「失われた30年」と呼称される。まるで、イソップ童話の「アリとキリギリス」を読む思いだ。

 天安門事件は戦後のいびつな日中関係の歴史にとってもターニングポイントとなり得る事件であったが、わが国の対中政策には何らの戦略的変化もみられなかった。

 現状を冷静に観察すれば、日中関係は簡単に敵味方で割り切ることなどできないが、従来の路線が破綻をきたしたことも明白だ。温故知新、「失われた30年」がさらに40年、50年に延長されないことを念願しつつ、次世代の日本人が賢明な判断を選択できる一助にしていただきたいとの思いを込めて、当時を再現してみた。

◆ ◆ ◆

 南隆氏による天安門事件の回想と教訓「 元警察庁幹部が見た『天安門の夜』 」は「文藝春秋」8月号および「文藝春秋digital」に掲載されています。

(南 隆/文藝春秋 2021年8月号)

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