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「雅子さまのとっさのブルースーツご変更は大成功」天皇陛下のお出ましに“カップルが似合う”理由

文春オンライン / 2021年7月23日 6時0分

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2019年6月、マクロン大統領夫妻と面会された天皇皇后両陛下 ©AFLO

 7月23日、コロナ下で行われる東京オリンピックの開会式には天皇陛下がお一人で出席し、開会を宣言される。こうした国際舞台でのご活躍について、ジャーナリストの西川恵氏は「皇室は日本の最高のソフトパワーの一つである」と解説した。西川氏が寄稿した「文藝春秋」2019年11月号の記事を転載する。(※日付、年齢、肩書きなどは当時のまま)

(全2回の1回目/ 後編 に続く)

◆ ◆ ◆

雅子さまから色とりどりの花束が届けられた

 今年5月下旬、皇居前にあるパレスホテルに、色とりどりの花を見事にアレンジした花束が、都内の花屋から届けられた。ホテルの担当者は大事そうに受け取ると、それをスイートルームのある上階に運んだ。廊下の前で警備員がチェックすると、花束は部屋の中に運び入れられた。

 スイートルームの宿泊者は米国のドナルド・トランプ大統領とメラニア夫人。贈り主は雅子皇后だった。花束には封筒が添えられ、5月28日までの3泊4日の日本の滞在が楽しいものになるようにとの心のこもった手紙があった。

 翌6月下旬には大阪のホテルに、やはり色とりどりの花束が届けられた。G20大阪サミットに合わせ実施された「女性のエンパワーメント(地位向上)に関するイベント」に出席するために滞在していたオランダのマキシマ王妃に贈られたのだった。この贈り主も雅子皇后で、やはり心のこもった手紙が添えられていた。

 この雅子皇后のおもてなしは美智子上皇后から引き継がれたものだ。上皇后は皇后だったとき、国賓が来日すると必ず直筆の手紙を添えて、バラの花束を宿泊先に届けた。バラの品種は「プリンセス・ミチコ」。雅子皇后は同じバラとはいかないから、花屋にさまざまな花をアレンジしてもらっている。花束は国賓で来日した賓客だけに贈っているが、マキシマ王妃は皇室との交流が長いことも考慮されたのだろう。王妃はこの心遣いを喜ばれ、電話でお礼を述べ、天皇、皇后と近況について話されたそうだ。

天皇の諸行事にはカップルが似合う

 今上天皇が即位されて4カ月余。この間、天皇、皇后両陛下はトランプ米大統領夫妻を国賓で迎え、マクロン仏大統領夫妻を公式実務賓客として接遇された。8月30日には、第7回アフリカ開発会議(TICAD)のため来日中のアフリカ32カ国とアフリカ連合の首脳らを皇居・宮殿に招き、茶会を催された。雅子皇后も首脳らと言葉を交わし、質問された。その夜は明治記念館(東京・港区)での第3回野口英世アフリカ賞授賞式と記念晩餐会にご夫婦で出席された。

 皇室外交の観点から言えば、この4カ月余は、今月22日の「即位の礼」に向けての助走期間と言っていいだろう。この間、確認されたことが幾つかある。1つは、何と言っても雅子皇后が天皇の横で務めを果たし、存在感を示されていることだ。

 令和になる前、人々は内心、「新皇后は大丈夫だろうか」との危惧を抱いていた。皇太子妃の時と同様、病気と折り合いをつけながら休み休みいかねばならないだろう、との思いがあった。しかしこの心配が振り払われたのが5月1日の「即位後朝見の儀」だった。

 映像で流れる、天皇の脇に立つ皇后は、それまでの病弱な、どこか自信なげな様子とは打って変わって、堂々とした振る舞いを見せられた。皇后としての覚悟とも決意ともとれる意志を、その姿に見た人は少なくなかったのではないか。引き続く4日の即位を祝う一般参賀でも、宮殿・長和殿のベランダに天皇と共に6回立たれ、しっかりと存在感を示された。人々の安堵は新皇后への親近感を一気に高め、頑張っておられることへの声援へと変わった。3年前の上皇の退位表明後、世論の皇室への関心は高く、今日に至るまで各種世論調査でも「親しみを感じる」という人が7割台を占めている。

 助走期間を通じて確認された2つ目は、天皇の諸行事へのお出ましは、やはりカップルが似合うことだ。皇太子時代、国内、外国での諸行事や国際親善に努められた天皇は、単独でも支障なくやり遂げられてきた。

 しかし令和になって皇后の体調に好転の兆しが見え、カップルで外国の賓客を迎えたり、ご一緒に地方に行かれたりすることが増えると、天皇が生き生きしているように見受けられる。皇后が関係者と熱心に話される脇で温かく見守られている様子にも、皇后と責務を分かち合っている喜びが感じられる。天皇は雅子皇后とカップルで公務を務められることが本当に嬉しいのだな、と思う。1プラス1が3にも4にもなると改めて実感されているかもしれない。

トランプ大統領としきりに言葉を交わされた雅子さま

 マクロン大統領夫妻を迎えた6月下旬の宮中午餐会でも、雅子皇后は隣の大統領と話題が尽きないようで、終始会話を楽しまれていたという。「拝見していて、大統領は皇后に強い印象を持たれたように思いました」と、その場に居合わせた人は語っている。もし天皇単独だと、隣の大統領夫人と話せても、向かいにいる大統領とはテーブルの幅もあってじっくりと話しにくい。それを皇后が担ってくれるなら、あとで互いがゲストと話したことを知ることができる。また自分が観察したことと皇后の観察の違いなど、いろいろと共有できる。

 トランプ大統領の歓迎晩餐会でも、皇后は隣の大統領としきりに言葉を交わされていた。話題を絶やさず、相手が興味のある話をし、相手からも上手に話を引き出す。外交官の父と母の、外国で客人を招いた時のもてなしを身近に見てきて、また自身も外交官としてもてなしを仕事の一部としてきただけに、そのあたりはしっかりと身につけられているのだろう。

雅子さま「とっさのご決断」でブルーのスーツに

 もう1つ、マクロン大統領の午餐会で私の目を引いたことがある。マクロン大統領夫妻を宮中の玄関に出迎えられた時、皇后はライトブルーのスーツで、天皇も同系色のネクタイだった。これを見た時、皇后はフランス国旗の青にスーツの色を合わせ、天皇のネクタイも選ばれたのだろうと、確証はないが思った。

 駐ベルギー日本大使だった兵藤長雄氏(故人)もファッションについての皇后の機転について書いている。まだ皇太子と雅子妃だった天皇と皇后が99年12月、ベルギーのフィリップ皇太子とマチルドさんの結婚式に列席された時のことだ。

「当初、(雅子妃の)お召しのスーツは深紅のものを予定されていた。ところが実際に教会に到着されたときは、目の覚めるようなブルーのスーツに変わっていた。それは、雅子妃のとっさのご判断であったことを後から知った。式場に行かれる前、妃殿下はテレビに映し出されていた教会の模様を御覧になっていて、式場に深紅の絨毯が敷き詰められていることを御覧になった。同色のスーツではと思われた妃殿下は即座に鮮やかなブルーのスーツに変えられることを決断された。このご決断は大成功で、教会に御到着時からテレビに大写しになった両殿下は、深紅の絨毯、黒のモーニング姿の殿下、妃殿下のロイヤルブルーのスーツで一際冴えた印象を与えたのであった」(「文藝春秋」2002年1月号)

「聖なる色」グリーンの帽子と洋服を選ばれた“意味”

 私も皇太子と雅子妃が結婚後、初の外国訪問でアラブ諸国を回られた時、写真で雅子妃の服装を見て、なるほどと思ったことがある。94年11月、サウジアラビアで、「赤い砂漠」と呼ばれるネフド砂漠を訪れた時、イスラム教の戒律を考えてか、雅子妃は体の線を隠すように膝丈まであるコートのような服を着ていた。髪もなるべく出さないように深めの帽子を被られていた。その服と帽子の色が緑だったのだ。

 イスラム教の開祖ムハンマドはターバンの色が緑だったため、緑はイスラム教徒にとって聖なる色とされている。国旗に緑色を取り入れているイスラム教国が多いのもそのためだ。雅子妃は訪問にあたって専門家から聞かれたのかも知れないが、わざわざ緑色の生地を選んで洋服を仕立てられたことは間違いないだろう。この雅子妃の服はサウジの人々に「自分たちの文化を大事に思ってくれている」との思いを抱かせたはずだ。

 皇室外交にとって皇后が健康を回復されるかどうかは、おもてなしという点からも大きなものがある。いま国内の旅行は1泊が限度だが、外国訪問は何泊もしなければならない。今月22日の「即位の礼」とそれを祝う「饗宴の儀」は皇后のご健康を占うリトマス試験紙になるだろう。「饗宴の儀」は今月22日から31日まで、とびとびに計4回もたれる。これを無事にこなされれば、皇后にとって大きな自信になるはずだ。「饗宴の儀」の最大のハイライトは、160カ国を超える国と国際機関の元首、代表や祝賀使節をもてなす初日22日の宮中晩餐会である。参列者は安倍晋三首相、衆参両院議長などを含め410人に上る。会は午後7時20分に始まり、終了は午後10時50分。3時間半の長さだ。

 まず両陛下が国内外の招待者とあいさつを交わし、ご一緒に舞楽を鑑賞される。その後、豊明殿で晩餐会となる。食事は1時間と、通常の宮中晩餐会よりも短かい。食事が終わると招待者は春秋の間で、飲みものを手に約20分、両陛下と歓談する。日本側の招待者はここで退出するが、外国の賓客は松風の間に招き入れられ、1人1人改めて天皇、皇后と言葉を交わす。90年の「饗宴の儀」でも設けられたが、これは「両陛下は全使節と言葉を交わし、感謝の意を表する」との意味がある。

「どの国の賓客も平等に、最高のもてなしで」

 皇室は「どの国の賓客も差別せず、平等に、最高のもてなしで遇する」との原則を堅持している。これは世界でもまずない。米ホワイトハウスでも、英バッキンガム宮殿でも、仏エリゼ宮でも、はたまた中国の中南海でも、「自国との関係性においてもてなしの軽重を決める」のはふつうのことだからだ。それだけに皇室の原則を知った人は驚く。実際にアフリカの小国の元首であっても、宮中晩餐会では大国の元首と同様に、最高の料理と、最高レベルのフランスワインでもてなされる。

 昭和天皇の「大喪の礼」の時は、コトの性格上、皇室は饗宴をもたなかったが、明仁天皇、美智子皇后はすべての外国の元首と使節に会われ、あいさつされた。外務次官として現場を指揮した村田良平氏(故人)は参列した外国の賓客の反応についてこう書いている。

「各国代表の中には、両陛下の式場での堂々たるお振る舞い、特に雨中自ら傘を差しながら毅然として起立しておられたことに深い敬意を覚えたと述べると共に、いかなる国をも差別することなく全弔問使節にお声をかけるための時間を割いてくださったことに衷心より感謝していると述べる者が少なくなかった」(『回顧する日本外交』)

 同じ立憲君主国でも皇室と他の王室ではたたずまいが相当に異なる。誰をも平等に遇するもてなしもそうだが、質実で堅実な皇室の暮らしぶりや、歴代の天皇、皇后のうわべだけでない賓客との真摯なやりとりなどに、日本人のありようを見る外国の賓客は少なくない。「慰霊の旅」の時、宗教を越えた祈りの姿を見た外国人もいる。欧州やアラブの王族は自国産品の売り込みのキャンペーンに代表団を率いて外国を訪問するが、皇室ではそういうことはあり得ず、皇室が独自のスタイルを保持してきたことは間違いないだろう。

( 後編 に続く)

「欧米にありがちな上から目線ではなく」天皇陛下と雅子さまが“日本のよきイメージ”を体現された“皇室外交”秘話 へ続く

(西川 恵/文藝春秋 2019年11月号)

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