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テレビで見ない日はない…超売れっ子時代、元オセロ・中島知子が感じていた「むなしさ」――2021上半期BEST5

文春オンライン / 2021年9月6日 17時0分

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中島知子さん

2021年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。インタビュー部門の第1位は、こちら!(初公開日 2021年6月6日)。

*  *  *

 今、女性芸人の世界が揺れている。女性芸人といえば、当たり前のように「ブス」「デブ」「非モテ」をいじられ、そこで強烈なインパクトを残すことが成功への足がかりとされてきた。

 しかし、持って生まれた容姿や未婚か既婚かどうかの社会属性などを「笑う」ことに対して、今世間は「NO」という意思表示をし始めている。「個人としての感覚」と「テレビが求めるもの」、そして「社会の流れ」。三つの評価軸の中に揉まれながら、女性芸人たちは新たな「面白さ」を探し始めている。

「本当に今から会うのか」インタビュー会場である大分のホテルについてからも、不思議な気持ちは消えなかった。中島知子。2000年代のテレビバラエティで見ない日はなかった超売れっ子芸人。女性芸人たちの足跡を辿る当特集【女芸人の今】で、どうしても取材したかった一人である。 

 今は九州・大分を拠点にタレントとして活動しているという。会場に姿を表した中島は笑顔だった。特集内のインタビューのほとんどを読んできてくれたことに驚きつつ、取材は始まった。 (全3回中の1回/ 2回目 を読む)

◆ ◆ ◆

芸人になった理由は「とにかく家を出たくて」

—— 第2回 の時にご登場いただいたモリマン・モリ夫さんがよく中島さんのお名前を出してました。 

中島 (モリ夫さんは)すごくいい人で、人に対して腰が低すぎる人でした。一緒に代官山にある雑貨屋さんに行ったのをなぜか覚えてますね。

 モリ夫さん、当時歯がなくて。歯を入れたらどうかって提案してたんですけど、あんまり受け入れてもらえなくて。面白いんですよ。モリ夫さんたちのああいう青春な感じ。あこがれてたし、好きでした。   

——中島さんは「芸人」を目指されていたわけじゃなかったんですよね。 

中島 そうですね。そもそも松竹芸能を知らなくて、スカウトされた時に「どういう事務所なんですか?」って聞いたら「こういう事務所です」と見せてもらったチラシがレツゴー三匹さんで「そうか、芸人さんの事務所か」と思って。大学の時でした。お笑いの第2ブームだったので、事務所がちょっと面白いことをしている子を集めていたんですね。

 それである日突然、養成所に来た順にコンビを組まされた。最初は違う人とやってたんですけど、後から「(松嶋尚美と)組まないか」って言われて。それは事務所が強制的にっていう感じ。だから、自分はタレントとしてピンで行ってみたかったんですけど、事務所的にはそんなことは頭からなかったみたい。 

——なるほど。 

中島 私は当時、とにかく家を出たくて。小さい頃から家出もしていたし。だから、ビッグアップルにも履歴書を送ってたんですよね。一次審査通過の連絡がきたのですが、封筒を妹に勝手に見られて、家族にバレた。 

——芸能人になりたいからというよりは、とにかく家から出るため、東京に行きたかった。 

中島 そうですね。遠くの大学に行くぐらいじゃ絶対に家を出るのは無理だなと思って。全然違う関係の仕事に入らないと無理だなと思ってました。だから、すごい機会を狙ってましたよね。まさかスカウトされるとは思わなかったですけど。 

——そこは想定外だったんですね。 

中島 もちろんそのスカウトも大反対されていて、事務所からの連絡も3カ月くらい無視してました。たまたま家に人がいない時にもう一回電話がかかってきて、もう行ったれと思って、勝手に面接を受けて。養成所の料金がタダと聞いて「それだったら余計行きます」と。行ったからといって、どうなるかは分からないですけど。 

『笑う犬』では、コントがうまくできなくて

——すごい。思いきりましたね。 

中島 私はもともと『夢で逢えたら』が……ちょっと話が飛んで申し訳ないですけど、『夢で逢えたら』のファンで。で、その後『ねるとん紅鯨団』をセットで見るっていう文化だったんですね。特に清水ミチコさんがやってる「みどりさん」が大好きで。素晴らしいバラエティやなと思ってました。 

——私も大好きでした。 

中島 自分は『笑う犬』をやらせてもらった時に、私だけ素人……コントやったことなかったんですよ。コントのノウハウも分からないし、見て面白いのとやるのとは違うじゃないですか。

 私に声をかけてくださった吉田(正樹)プロデューサーと、演出の小松(純也)さんっていう、『ダウンタウンのごっつええ感じ』からずっとやってらっしゃる方が担当だったんですけど。小松さんは怒る時にサブ(副調整室)がある3階ぐらいのところから、飛び降りて怒る人なんです。 

——危ない(笑)。 

中島 その人に怒られすぎて落ち込んでた時に、ちょうど他の番組で清水ミチコさんが局にいらっしゃることが分かって、私、面識もないのに楽屋に行ったんです。「『夢で逢えたら』見てました」「すいません、今、コントやらせてもらってるんですけど、難しくてどうしたらいいか分かりません」って泣きついて、すごいですよね(笑)。 

——清水さんはなんて……? 

中島 「そんなの急に言われても困るよ(笑)。小松に相談しなさい」って。「他の人ができる人ばっかりなんだから、みんなの見よう見まねでやっていけ」って、言ってくれました。 

夜中にTSUTAYAから電話しても「で、どした?」

中島 『笑う犬』は大変なことも多かったんですけど、ウンナン(ウッチャンナンチャン)さんと共演できたのは大きかったです。内村(光良)さんにはその後も、いろいろな番組にひっぱっていただいて。若手が何をやっても優しいリアクションをしてくださるので、張り切ってスベれるんです。スベっちゃダメなんですけど。

 そう、夜中にTSUTAYAから電話して、おすすめの映画を聞いても怒られなかったな(笑)。「お前何時だと思ってるんだ? 12時だ。で、どした?」って感じなんです。

「今度映画に出ることになったので、笠智衆さんとか、監督に勉強しろって言われて」「『東京物語』とかいいんじゃないの」。ちゃんと答えてくださる(笑)。TSUTAYAが煌々としてて人たくさんいたから、私、9時ぐらいだと思ってたんですよ。

女が少なかったから、「何でもいいから参加してこい」と

——昔、ラジオで南原(清隆)さんが「内村は若手とチャーハンに目がない」ってよく言ってました。

中島 若手も、みんな内村さんのことが大好きですからね。私は『ウルトラクイズ』の最後の世代なんですけど、若手の頃は「寝たらルー大柴さんにスタンガンで起こされる」っていう地獄のようなロケに、ロンブーの2人やTIM、ネプチューンなんかとやってました。

 素人の延長のような自分が、一気にテレビというすごい変わったシチュエーションに入っていって。女が少なかったから、何でもいいから参加してこいって言われてたんですね。 

 最初は番組アシスタントのオーディションを受けたりもしていたんですけど、オーディションでお会いした当時NHKにいた堀尾正明アナウンサーに「あなたは『自分が、自分が』っていうタイプだけど、そんなアシスタントいないでしょ。人の話を聞く仕事より、前へ、前へ出る仕事をしたほうがいいよ」とアドバイスされて。結果的にいただいたアドバイス通りになった気がします。  

——体を張るようなものも含め、自分が前に出ていくような仕事。

中島 そうです。その時は深夜帯で『UN FACTORY カボスケ』という番組もありました。パンストかぶったり、水着で飛び込んだり、若手がやるありとあらゆることをやるんですけど、全部コツがあって、一から教えてもらいました。この番組をきっかけにお笑い番組に出していただけることが増えたんですけれども。

 この間テレビでぼる塾のあんりちゃんが「もう(パンスト)かぶるの嫌だ」って、ベタベタな芸風を踏襲したくないって言いながらも無理やりやらされてたのを見ましたけど。確かに世代が離れすぎてて、そういうふうに見えるんだろうなと思った。

 私らの時は、まだ自分がみていたテレビとギリギリ陸続きだったので、ほぼ意識なくやってましたよね。自分が好きで見てたから。ただ、私「おでん」は知らなかったんですよ。 

——熱々おでんのことでしょうか。 

中島 そう。だいぶ仕事が増えてから知ったんです。鶴太郎さんが大阪の番組でゲストにいらっしゃることになって、鶴太郎さんが来られるっていうことはおでんがセットなのかなとは思ったんですけど、でも私、おでんの段取り知らなくて。それで(ネプチューンの)名倉君に電話したんです。

「おでんのセットを用意してみたいんやけど、どういう段取りすればいいの?」「ゲストに芸人おる?」「おさるがいた気がする」「おさるは分かってるから、まずおさるに振って、その後お前が続け」。「こんにゃくの次は」とか「一番したたるのは」とか、それを名倉君に教えてもらって。「どんな電話やねん」「そんなんも知らんのか」とも言われましたけど(笑)。

 芸人だし、お笑いは好きなんだけど、そういう大事なことは知らなくて。でもMCはなぜか知らないけどちょっとできちゃったんですよ。できちゃったと言うと偉そうですけど。 

知らないことだらけで、よく残ったなと

——モリ夫さんはMCができる中島さんを「ずっとすごいと思ってた」とおっしゃってました。 

中島 芸人とMCの葛藤というか……たとえばダウンタウンのお2人だったりさんまさんだったり、ネタと話芸がセットになってる方というのは、その芸をどんどん司会に生かしていかれる。でも私には特に芸がないから、ゲストの方の振りを絶対に間違えないようにとか、MCとしてはそういう仕事に徹底しました。 

——でもそれも簡単なことではない。 

中島 そういうのがいいと言ってるんじゃないんですよ。ただ本当に知らなかった。昔『ウルトラクイズ』の番宣で『スーパーJOCKEY』の熱湯風呂に入ったんですけど、ハイヒールで……。「押すなよ、押すなよ」とか、初めに入って空気をかき乱すとか、全く知らなくて。

 よくそれで残ったなと思うんですけど……まあ、事務所の力が多大にあったからだと思います。あと、それ以上に女が本当にいなかったんですよね。やっぱり山田邦子さんってすごい。 

——中島さんから見た山田邦子さんのすごさってどういうところですか? 

中島 自分の番組で、邦子さん、前説もされてたんです。前説って普通は若い芸人の子が来て収録前のお客さんをあっためるじゃないですか。そこ邦子さん自ら「こんにちは!」「はいはい、ありがとうございます」ってやるんです。全然勿体ぶらないで、そこ自分で盛り上げるんだ……と。やっぱり女だてらにMCってかっこいいなと思ってました。

 会場をベタベタに笑わせて、その間に客はおばちゃんが多いのか若い子なのかって判断されて。「どこから来たの?」「誰見にきたの?」「私でしょ? 分かってるよ。はい、行きましょう」「3、2、1」でワーッと始まる。「誰ができるの? これ」って思ってました。 

——なるほど。 

中島 女のMCは邦子さんか上沼恵美子さん、あと久本雅美さんですね。

 私、独立問題でいろいろあって、仕事を休んだ途端に「せっかく司会で頑張ってたのに。このまま行けば第2の上沼恵美子って言われてたのに」とかけったいなこと言われ出して。滅相もない、やめてくれ、と思いましたよ。普通に仕事をしていた時は言われたことないようなことを言われ始めて、本当にキツかったです。 

——上沼さんや、久本さんのすごいところは? 

中島 上沼さんは「すいません、上沼さん、あと15秒です」ってなった時に、15秒できっちり落とす。生放送ですよ。これ、どうしたらいいの?っていう地獄のような状況もきっちり落とす。もう見てるだけで修業でした。 

 久本さんは『恋するハニカミ!』でずっとご一緒してたんですが、久本さんの、機関銃みたいにおもしろいところを全部詰めてく感じは、真似しようと思ってもできないです。女の芸人はあそこまで飛ばして、振り切らないとおもしろくないんだなと学びました。  

——かなり鍛えられそうですよね。  

中島 そうそう。あと、すごく平等な方で、大御所の方がゲストにいらっしゃっても上げすぎないし、イケメンだからって特別扱いもしないし、自分のことも落とすし。

 後輩に「ああしたら、こうしたら」とおっしゃるタイプではないんですけど、本番で張り切りすぎて失敗するとさっと助けてくださって…… 気の配り方がすごく繊細で、「自分には絶対できない」と思ってました。 

MCをやっていて感じた「むなしさ」

——それこそ私はテレビでMCをする中島さんを見ていた時、尺の感覚とかテンションとか、この人はテレビとめちゃめちゃ相性がいいんだろうなぁと思ってました。 

中島 どうなんでしょうね。MCのことだけで言うと、名だたる芸がある方と比べたら、話芸を組み立てていくということは、私にはなくて。ただMCをやっていくっていう。だから、やっていく中で、やっぱりちょっとむなしかったですよね。 

——むなしかった……。 

中島 結構むなしさがありましたね。それは他の方にはないと思います。芸があって、MCをやることでその芸がさらに磨かれていくような方には。

 去年かな、ダウンタウンの番組で、千鳥がダウンタウンのネタをずっとディスるっていうのをやってて。「あのネタはイケとんか」とか千鳥が外で悪口さんざん言って帰ってきて、ダウンタウンの2人に「ふざけんな」って怒られるっていう。

 うまく言えないですけど、自分にああいう部分はなかったな、積み重ねたものの「自信」でそうやって遊べるような。やっぱりMC “だけ”っていうのは、定期的にちょっとむなしくなる。女優業はまたちょっと違う作業なんで、だから、それはそれで楽しかった……楽しいと言ったら怒られますけどね。 

大御所の横で「なんで今そんなことを言ったんだろう」と

——大御所にも臆せずガンガン突っ込めた秘訣はなんだったんでしょうか。 

中島 大御所の方と組むことに関しては、「私なんて……」とか思ったことはなくて、逆に横にいていろんなことを知れる滅多にないチャンスだからうれしかったんです。

 人によってタイプが全然違うんですよ。「なんで今そんなことを言ったんだろう」みたいな発言も、実はトークを逆算して早めに振っておいて、後でつじつまが合うっていうやり方だったり。だからもう付いてくのが精一杯でしたね。

 三宅裕司さんと一緒にクイズ番組をやっていたときは、そこに音楽が好きなゲストの方に入ってもらったら、クイズ番組とはいえVTRでも盛り上がるところが他と全く違ってくる。私は本当に素人だから、レギュラーだった伊東四朗さんに「明智小五郎のドラマ見てました!」とか言っちゃって。そうしたら「ああ、あれは目に直接ピンポン球を入れてやってたんだよ」って、それはそれで盛り上がったり。 

——目に直接ピンポン球を入れるのもすごいし、それを引き出す中島さんもすごい。 

中島 そういう、素人っぽいから聞けるところがありました。「好きだったんで、見てました」って。お前、どのタイミングで言っとんねんって話なんですけど。 

——そういうところがモリ夫さんはすごくうらやましかったのかもしれないですね。 

中島 恥はないんで。恥ずかしさは、私たちの世代の芸人にはないんで。そういうことを言っている場合ではないくらい、ぶっ飛んだ企画が多かったんです。

 もしかしたら第7世代の子たちは、頭がいいからこそ、ベタなことをやりたがらないのかもしれないですね。恥ずかしいわけではなく、最終的に大人に頼らなくても食べられるっていう生き方をしてるというか。 

——なるほど。おもしろいですね。大人のテンポに敢えて乗っからない。 

中島 自分たちの時は、まずもう投げる、大御所の人に投げまくる。スベっても何しても。投げて、シーンとしたら、「これ、誰が引き取んねん」とか。ベタなんですけど。ちょうどあの頃はいろんな文化の過渡期というか。テレビや芸能人が何かに“気づく”少し前というか。 

『チューボーですよ!』での大失敗

——大御所から怒られたくないという気持ちは? 

中島 それはありますよね。堺正章さんの「星3つ」の番組に出させてもらった時に…… 

——『チューボーですよ!』。 

中島 そう、『チューボーですよ!』でテンションが上がりすぎて、「なんで私を呼んでくださったんですか?」って堺さんに聞いたら「知らないよ、俺も」っておっしゃって。それはギャグなんですけど。それなのに私、堺さんのことを「小堺さん」って呼んじゃったんです。もちろん「お前な、ふざけんな」ってなったんですけど、あろうことかもう一回言っちゃったんですよ。 

——「小堺さん」(笑)。 

中島 あの時は私、芸能人生が終わったのかなと思って。でも番組の最後に、スポットライトを端っこにだけちょっと当てて、ゲストとトークするっていうのをやってらっしゃったじゃないですか。あの時に、堺さんが優しくて、「ちょっと待ってね」って、セットにあった電話機に向かって「もしもし、小堺君? なんかお前と間違えられちゃって困るんだけどさ、名前変えてくれない?」っていうオチで落としてくださって。 

——巨匠すごい。 

中島 本当にありがたかったです。 

【続きを読む】 「美人ということで売り出すんやぞ」と号令をかけられて…元オセロ・中島知子が語る芸人と容姿の関係

写真=釜谷洋史/文藝春秋

(西澤 千央)

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