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48歳になった安住紳一郎アナ “局アナ”にこだわり「フリーランスにならない一番の理由」とは?

文春オンライン / 2021年8月3日 11時0分

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安住紳一郎 ©文藝春秋

 TBSの安住紳一郎アナウンサーがきょう8月3日、48歳の誕生日を迎えた。安住アナというと筆者は、ちょうど彼が人気を集め始めた20年ほど前に知ったこんな“伝説”を思い出す。何でも、彼の家にはテレビが8台あり、毎日同時につけては各局の番組をチェックしているというのだ。映画『コミック雑誌なんかいらない!』で、内田裕也演じる芸能レポーターが自宅に何台も置かれたテレビを眺めているシーンがあったが、まさかそれを現実にやっている人がいるとは! と当時驚いた記憶がある。

 昨年、安住が出した著書(大学時代の恩師である齋藤孝との共著)によれば、8台のテレビは1997年にTBSに入社して初めてのボーナスで購入したものだった。当時、業界内では「とにかくたくさんテレビを見なさい」と言われており、それならば、たくさんの番組を同時に見たらいいじゃないかと考え、実行したのだという。さすがにいまは、複数のチャンネルを同時録画できるようになり、《もう同時にたくさんのテレビを見ることはなくなりましたが、ああいうやりすぎな感じの20代の一時期があってよかったと思っています》と、本人は振り返っている(※1)。

ネットをざわつかせたタフ過ぎる働きぶり

 安住はこの9月27日より、新たに始まるウィークデーの朝の情報番組『THE TIME,』で月曜~木曜の司会を務めることが決まっている(金曜のみ俳優の香川照之が担当)。昨年には局長待遇に昇進し、「TBSテレビ総合編成本部 アナウンスセンター局長待遇エキスパート職 アナウンサー」という長い肩書を持つようになった。朝の8時までの時間帯は各局がこぞって情報番組を放送する視聴率の激戦区だが、そこへ局の看板アナウンサーにして局長待遇である彼を投入したことに、TBSの社運を賭けている感がうかがえる。

 すでに土曜夜にはビートたけしと司会を務める『新・情報7days ニュースキャスター』、日曜午前中にはTBSラジオでパーソナリティを務める『安住紳一郎の日曜天国』と、生放送のレギュラーをいずれも10年以上続けている。そこに月~木に『THE TIMES,』が加わると、安住が休めるのは週1日、金曜だけということになる。先月17日には約8時間にわたる生放送『音楽の日』で中居正広と総合司会を務めたあと、土曜だったので夜10時からの『新・情報7days~』もこなし、ネットではそのタフぶりに驚嘆する声が上がった。

 これだけ多くの番組を抱えていれば、むしろフリーになったほうが稼げるだろう。実際、以前よりフリー転身の噂は何度となくささやかれてきた。しかし、安住はあくまで局アナの立場にこだわる。いまから15年前、2006年に刊行した著書では《タレントやフリーと同じ、テレビに出ることが仕事とはいえ待遇や役割はまるで違う。矛盾や過剰な要求にやりきれなくなるときもあるが、逆に局アナだからこそ会社や同僚に関わりあえることもたくさんある。テレビに出る仕事という前に、一放送局員であるということが誇りでもある》と書き、いずれITなどに押されて斜陽産業になってもテレビはまだ戦えると信じて、《僕ら局アナにもまだやるべきことがある、いや局アナにしか成し得ないこともたくさんあるはずなのだ》と決意を表していた(※2)。

「『訴状!』って感じで物申せるんです(笑)」

 局アナにしかできないこととは何か? 昨春、『週刊文春』の対談ページ「阿川佐和子のこの人に会いたい」に登場した安住は、聞き手の阿川佐和子に訊かれ、次のように答えている。

《局アナはスタッフと身分として同じなので、出演者として不満があれば「企画会議のときにも同席させてください」と言うことができる。自分が変えたいと思っていることに対しては、ラディカルに変えられる側面があります。フリーランスだと「一ご意見として承ります」となってしまうかもしれないので。(中略)あとは現場で、「上がこう言ってますから変えられないんですよ」という話になったら、「わかりました。じゃあ私が上と話をしましょう」と言って、サラリーマンとしての肩書を持って刀を抜ける。一応私は局次長待遇という肩書[引用者注:当時]があるので、上のほうまで「訴状!」って感じで物申せるんです(笑)》(※3)

ラジオを始めたきっかけは…

 著書でも《テレビを変えるには、外部のフリーランスの立場ではなく、放送局員の立場であったほうが早いという側面が、フリーランスにならない一番の理由かもしれません》と書いている(※1)。自分の場合、フリーになるよりは、社内で出世したほうが発言力も増し、ひいてはテレビ業界にも貢献できると、彼はずっと信じてやってきたのだろう。

 一方で安住はラジオも大切にしている。前出の『安住紳一郎の日曜天国』は、2005年4月にスタートしてすでに16年が経つ。番組誕生のきっかけは、午後のワイドショー『ジャスト』の終了にともない、出演する生番組がなくなったことだ。入社以来、生番組を中心にやってきて、自分でも向いていると思っていただけにショックだったという。そこへ声をかけてくれたのがラジオであった。

 テレビではビートたけしをはじめタレントを抑える役回りが目立つ安住も、ラジオではかなり奔放にトークを繰り広げている。今年だけでも、自宅を整理しているときに見つけたという入社試験を受けた際の音声テープを流したり、放送の翌々日に社長から呼ばれて面談をする予定だと明かしたりと、自分やTBS社内のことを語った回が印象に残る。

 安住によれば、《テレビは「映像の補足としての話」で見ている人が多いのに対して、ラジオは聴いている時間の質が高く、かなり難しい話をしても通じるのです》(※1)。それだけに、リスナーからのメールや手紙も、安住の話を100%理解した上で的確にアドバイスしてくれるものが少なくないという。リスナーの投稿は彼にとって大きな情報源にもなっているようだ。

《たとえばラジオで「東京ではハクモクレンという花が咲いてますね。私は北海道生まれだから見たことがなくて」なんて話をすると、「ハクモクレンはここでは多いよ」とか、「紫のはシモクレンというんです」という情報がグワーッと寄せられるんです。それを、翌年まるまるいただいて話したら、安住さんって物知りだね、なんて言われて(笑)》(※3)

 ラジオは送り手と受け手の距離がきわめて近いメディアである。ときどき内輪ネタっぽい話をするのもラジオならではの気安さゆえだろうし、リスナーもそこから安住に親近感を抱くからこそ、さまざまな情報を寄せてくれるのではないか。

「話すチカラ」と「聞く力」がぶつかりあう

 ちなみに上に引用したのは、前出の『週刊文春』の阿川佐和子との対談中の発言だが、この対談は、編集部がかれこれ20年近くにわたってオファーを続け、ようやく実現したものだという。そこでもラジオが大きな役割を担った。発端は『日曜天国』で安住が、著書の『話すチカラ』のタイトルは阿川のベストセラー 『聞く力』 (文春新書)から取ったと話したことである。この発言を知った編集部が改めてオファーしたところ、安住は直接返事するより先に、やはり『日曜天国』のなかで「『週刊文春』に出ます」と宣言したのだった。

 この10月からは、阿川佐和子も東京のラジオ局・文化放送で新番組をスタートさせる(『阿川佐和子&ふかわりょう 日曜のほとり』)。それも日曜午前10時からと、奇しくも安住の『日曜天国』と時間帯が重なった。思いがけずラジオで「話すチカラ」と「聞く力」がぶつかることになり、ラジオ好きにはこちらの勝負も気になるところである。

 ※1 齋藤孝・安住紳一郎『話すチカラ』(ダイヤモンド社、2020年)
 ※2 安住紳一郎『局アナ 安住紳一郎』(小学館、2006年)
 ※3 『週刊文春』2020年4月23日号

(近藤 正高)

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