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「感染した男性も家族がいたら証言できない」 あのススキノ“おっぱいクラスター”はなぜ起こったのか?《コロナ禍のススキノはいま》

文春オンライン / 2021年9月4日 18時0分

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ススキノのシンボルでもあるニッカビル ©八木澤高明

 昨年7月、新型コロナウイルスの猛威が日本中に知れ渡った頃のこと。日本の繁華街の中でも早々にクラスターが発生したのが、札幌・ススキノだった。現地では「キャバクラ」と呼称されるセクシーパブでの出来事だった。客ひとりを含む12人が感染し、そのほか多数の濃厚接触者にも感染の疑いがもたれるなど、大きな話題となった。

 先日閉幕した東京五輪では、マラソン競技も行われた札幌。その夜の街では、コロナ禍の1年間で何が起きていたのか。『 娼婦たちから見た日本 』(角川文庫)、『 青線 売春の記憶を刻む旅 』(集英社文庫)の著作で知られるノンフィクション作家・八木澤高明氏が現地を歩いた。(全3回の1回目/ #2 、 #3 を読む)

◆◆◆

中国人の観光客だらけだった札幌の繁華街ススキノは...

 出発ロビーがいつも以上に広々として見えた。

 視界に入る人の数は、10人にも満たない。この場所が、幾度となく足を運んできた成田空港だろうか。航空機の便名と行き先が記されるはずの電光掲示板は黒く沈んだままで、唯一目に入るのは、何をしているのかわからないが、カウンターで手持ち無沙汰気に立っているオペレーターだけだった。

 かつての姿を思い出してみる。チケットカウンターには、多くの人が並び、危うく飛行機に乗り遅れそうになったこともあった。そうした光景が遠い昔のように思えて、何とも寂しい気になった。やきもきしながら順番を待ったカウンターには、誰も並んでいない。人っ子ひとりいない。

 新型コロナウイルスの流行というのは、感染に対する恐怖心だけでなく、じわじわとボディブローのように日常の光景を消していき、心にダメージを与えてくるものだなと強く感じた。

 これから、私は札幌に向かおうとしていた。

 全国に先駆けて、バーでのクラスターが発生し、独自の緊急事態宣言が出されるなど、新型コロナウイルスの脅威にひと足早く晒された北海道。その中でも注目されたのが、札幌の繁華街ススキノだった。

 2020年1月、中国の武漢で正体不明のウイルスが流行しているというニュースが流れはじめた頃、私は札幌を取材で訪れていた。宿はススキノにあるシティホテルに取ったのだが、ホテルのバイキング、ススキノ周辺の街中は中国人の観光客だらけで、中国語が飛び交っていた。街を歩きながら、大げさな話ではなく、中国語ばかりが聞こえてくるので、中国の地方都市を歩いているような気分になったのだった。

 2021年1月、1年ぶりに訪れた札幌の姿は同じ街とは思えないほど変貌していた。

人通りもまばら…風俗ビルの看板には空白が目立つ

 ススキノ入り口の交差点にある有名なニッカの看板下は、以前訪ねた時には、多くの人でごった返していたが、信号待ちの人はまばらで、居酒屋の客引きばかりで、「お店、決まっていますか?」と、懸命に声を掛けてくる。

 そして、何より変化を感じたのは、ここは中国かと思うぐらいにいた中国人の観光客がいなくなったことだ。

 昨年訪ねた時には、そこかしこから中国語が聞こえてきたものだった。どこからも中国語は聞こえてこなかった。

 ススキノを歩いてみれば、やはり人通りもまばらで風俗ビルの看板には、空白が目立ち、多くの店がこのコロナ禍で影響を受けているのがわかった。

 ススキノの風俗店やキャバクラなどに厳しい状況が続けば、それらの店と繋がりのあるビジネスにももちろん影響がでる。一例をあげれば、おしぼりを納入する業者や花屋などである。

「ススキノの花屋」はコロナ禍をどう凌いでいるのか?

 私がまず話を聞いたのは、20年ほど前からススキノで花屋を経営している男性だった。店の場所はススキノの入り口ともいうべき場所にある。

「ススキノで一から関係を築いてやってきたんですけど、今回のコロナは今までで一番厳しいですね」

――主な取引先は、やはり水商売になるんですか?

「そうですね。ホストクラブやキャバクラが主なんですが、一番苦しかったのは、昨年の4月でしたね。ほとんどの店が休業してしまったので、売り上げがいい時の5分の1になってしまいました」

――どのように凌いだんですか?

「雇っていたアルバイトの方に辞めてもらって、正社員の方にも昨年の4月から10月ぐらいまでは月に10万円のお給料を出すのが精一杯でした」

 さらに経営者の男性によれば、コロナ以前から販路を一般の店に広げていたことも、窮地を耐えている理由のひとつだという。

「ススキノのお店の中には、緊急事態宣言が出ている中でも営業を続けている店もあります。闇営業ですよね。そうした店が注文してくれたり…というのはありました。それに加えて、札幌近郊での葬儀だとか、オープンする飲食店さんと取引させてもらったので、今も低空飛行を続けていますが、何とかなっています。やはりススキノのニュークラブで女の子の誕生日があれば、30万円から40万円の売り上げがあるんですが、一般のお店だと売上はそれの3分の1ぐらいで、しかもガソリン代と時間がかかるので、利益は少ないですよね」

 オリンピックを経て、新型コロナウイルスの感染は終わりが見えないが、男性は早く終息して欲しいと願っている。

「うちの店では一番大事なのは、年末なんですよね。それまでに何とか収まってもらいたいですね」

「こんな状況は初めてです。まさに前代未聞ですよ」

 花屋を訪ねたあと、私は30年近い付き合いになる、國政さんという北海道新聞のカメラマンに会った。北海道の取材では常にお世話になっている。彼との出会いは、この仕事をする前に受講していた、ノンフィクションライターの鎌田慧さんが講師をしていた文章教室でだった。

 國政さんは、アロハシャツにポマードべったりのとんがり頭で教室に現れ、にわかに信じ難かったが、「新聞社のカメラマンになりたいんじゃ」と広言していた。そして見事、翌年新聞社に紛れ込んだ。今も変わりなくアロハシャツにとんがり頭で現場を走り続けている。

 私たちは國政さんの知り合いが経営しているきしめん屋に向かった。札幌といえば、味噌ラーメンと余所者の私は思ってしまうが、札幌で國政さんと会うたびに、その店に行くので、一度は食べないと札幌に来た気がしないほど虜になってしまった。

 それにしても、ススキノできしめんとは珍しいが、広島出身の店主は、あごだしを使って、ダシの風味が濃厚なきしめんを出してくれるのだった。國政さんは、岡山の出身なので、西国出身者同士、遠く離れた北海道で心置きなくつきあえるのかもしれない。

 きしめんを平らげたあと、店主の男性に昨今の様子を聞いてみた。

「7年前からこの場所で店を経営していますけど、こんな状況は初めてですよね。まさに前代未聞ですよ。どんどん閉めている飲食店も増えています」

「いちいちおっぱいを消毒するのが面倒くさくて、そのまま接客」

――風俗店の情報は入ってきますか?

「実際に店には行ってないですけど、うちの前の通りは、デリヘルの送迎の車がコロナ前にはびっしり止まっていたんです。それが今では、1台か2台止まっているだけで、景気が悪いんだなっていうことを実感できますよね。それと、ススキノでのクラスターは、とあるライブハウスが第1号なんですけど、ちょうどその時期におっぱいパブでもクラスターが発生したんです。働いている女性が、いちいちおっぱいを消毒するのが面倒くさいから、そのまま接客して、一気に広まっちゃったみたいです。でも、感染した男性も家族がいたりしたらどこで濃厚接触したか証言できないですよね。感染経路不明というのは、風俗が多いんじゃないですか」

 幸いにも店主は、コロナに感染せずにすんでいるが、小料理屋をやっている親戚が昨年コロナに感染したという。

「昨年の3月ですね。ライブハウスでクラスターが出た時に、そのライブハウスと同じビルで親戚は小料理屋をやっていたんです。これもはっきりとはわからないですけど、お客さんの行き来があったんじゃないでしょうかね。感染したのは私の叔父で、年齢は70代だったんですけど、入院はしましたが、重症化はしませんでした。年齢も年齢なんでね、結局店を閉めてしまったんです」

 ススキノで商売をしているからこそ、入ってくる情報だった。話を聞いていると、実際に発表された人数以上の感染者がいることは間違いないだろう。

話を聞いた「風俗店従業員」男性の波乱万丈

 きしめん屋を出て、ライブハウスと店主の親戚の店が入っていたビルを訪ねてみた。ビル内の店はすべて退店してしまったのだろうか、ビルの入り口には関係者以外立ち入り禁止の貼り紙があった。

 私がススキノで最初に話を聞いた風俗の関係者は、風俗嬢ではなく、ファッションヘルスの従業員の男性だった。

 これまでコロナ禍に生きる風俗嬢たちの声はいくつか聞いてきた。ここススキノでも聞いていくつもりだが、従業員の人たちの生の声というのを聞いたことがなかった。風俗業界において、裏方の仕事をしている彼らにどのような影響が出ているのか気にかかった。

 北海道に入る前、國政さんに相談すると、

「風俗店の従業員がおるから、話を聞いたら面白いんじゃないか?」

 私のお願いに間髪入れず、段取りをつけてくれたのだった。

 それにしても、どうやって知り合ったのか気になり、「行きつけの店の方ですか?」と尋ねると、「バカモン、これでも再婚してからは静かにしとるんじゃ。もう5、6年前にヤフオクで彼からバイクを買うて。それから付き合いがはじまって、今に到るんじゃ」

「こんな光景を見ていると違和感しかないです」

  取材に応じてくれたのは、人妻ヘルスの従業員の「吉沢さん」だった。店の営業が終わってから彼の車の中で話を聞くことになった。

 日をまたいだ午前1時、ホテルで待機していると、携帯電話が鳴った。

「お疲れ様です。お待たせしてすいません。今から大丈夫ですので、ススキノに出てきてもらってもいいですか?」

 低音の落ち着いた口調で、まだ会ったことのない吉沢さんは言った。指定されたのは、コンビニの前だった。

 急いでホテルを出て、人通りも少ないススキノを歩いて、その場所へと向かったが、それらしき車はない。改めて電話をしてみると、想像していたものとは違う車がコンビニの前に止まっていた。

 てっきり、風俗嬢たちを送り迎えするようなバンで現れるのかと思ったら、宅配便会社が使うようなトラックの中から、目鼻立ちのはっきりとした男性が手を振っていた。

 それが吉沢さんだった。

 

 車は、バイクを積めるようにわざわざ宅配便会社の車を買い取って、車内を改造したものだった。バイクを置くスペースを確保するために、助手席は取っ払ってあって、パイプ椅子が置いてあった。

「すいません。座席がないので、その椅子に座ってください」

 これまで、紛争地や第三世界で、エンジンから煙を吹くようなかなりポンコツの車、押しがけで走る50年以上前のカローラなど、なかなか日本ではお目に掛かれないような車に乗せてもらったが、まさかこの日本で座席を取り払ってある車に乗るとは思わなかった。何だか、新鮮な気持ちでパイプ椅子に座るとともに、まだ会ったばかりの吉沢さんという人物に、勝手に好感を持った。

 最近のススキノの様子から尋ねると、吉沢さんは訥々と話し始めた。

「全然、活気は戻っていないですね。風俗業界に10年いるんですけど、こんな深夜でもコロナ前は人で溢れていました。今はほとんど歩いていないですよね。こんな光景を見ていると違和感しかないです」( #2 に続く)

「街が静かに、清々しくなった気持ちもあるけど…」 自衛官→理容師→ホスト→風俗店従業員の男性が語ったコロナ禍“ススキノのリアル” へ続く

(八木澤 高明)

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