1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

「昔できていたことが正解とは…」森口博子(53)が楽になった“高宮中学校の先輩”タモリの一言

文春オンライン / 2021年9月12日 11時0分

写真

森口博子さん ©文藝春秋 撮影・三宅史郎

「こいつ知らねーや、誰?」と囃されて 森口博子(53)が渋谷で涙が止まらなかった10代のあの日 から続く

 今年デビュー36年を迎えた歌手・森口博子さん(53)。1985年に「機動戦士Zガンダム」の主題歌「水の星へ愛をこめて」でデビューするも、堀越学園の卒業直前に事務所からのリストラ危機に。しかしバラエティ番組でも新たな才能を発揮して返り咲き、夢だったNHK紅白歌合戦にも6年連続で出演した。

 2020年には「GUNDAM SONG COVERS」が累計20万枚を記録するなど、アニメ界からの支持も厚い。そんな森口さんの“バラドル”時代の知られざる苦労、アニソンの時代の変化、結婚観に迫る。

高校生だった香取慎吾のほっぺたをツンツン

――90年代は、バラエティ番組で森口さんの姿を本当によくお見かけしました。調べてみると1991年は、月曜日「志村けんのだいじょうぶだぁ」(フジ系)、火曜日「笑っていいとも!」(フジ系)、水曜日「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」(フジ系)、木曜日「クイズ!年の差なんて」(フジ系)、金曜日「石坂・森口のくっきん夫婦」(毎日放送)、土曜日「タモリの音楽は世界だ」(テレ東系)、日曜日「夜にありがとう」(NHK)など、全ての曜日に合計12本のレギュラー番組を抱えていたのですね。

森口 当時は本当に忙しくて、いま考えてもよく乗り越えられたなぁと思います。収録が終わって家に帰っても寝る時間がほとんどなくて、食事中にウトウトしてお味噌汁をこぼして火傷したり、トイレで寝てしまってマネージャーにドアを叩かれたりということが何度もありました。前の現場が22時終わりで、次の現場が22時入りという日もあって、終わりの時間と入りの時間が同じだなんてもうスケジュールがイリュージョン(笑)。

――その生活はどれくらい続いたんですか?

森口 イリュージョンスケジュールは数年続きましたね。バラエティ自体は1987年位から徐々に増え始めました。仕事がない恐怖を知っていたので、いただいたお仕事は怖くて手を抜くことはできませんでした。1992年に「夢がMORIMORI」(フジテレビ系)が始まった時は忙しくて、体調は不安定なことが多かったですね。

――「夢がMORIMORI」は森口さんにとって大事な冠番組だったんですよね。森脇健児さんや、後に大ブレイクするSMAPとはどのような関係だったんでしょうか?

森口 冠番組ではあるんですけど、健ちゃんが常に声を出して番組を引っ張ってくれたので安心でした。SMAPのみんなは弟のようで本当に可愛かったですよ。慎吾くんなんてまだ高校生だったから、空き時間にどこでも寝ちゃうので、時々ほっぺたツンツンしてました(笑)。一生懸命にコントに挑戦する姿、初々しかったです。中居くんは真面目で『アドリブってどうやればいいんですか』って常に物事を真剣に考えていましたし、吾郎ちゃんはすでに独特の雰囲気がすごかったし、剛くんは本当に声が良くてびっくりしました。名物企画のキックベースは森くんの独壇場だったし、木村くんは台本にない事をさらっとやったりして勘が鋭くて……。それぞれすごい個性だなぁと思っていました。

――バラエティ番組が絶好調の中、1991年には「機動戦士ガンダムF91」の主題歌「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」で歌手として紅白歌合戦にも初出場されました。

森口 デビュー曲が1985年の「機動戦士Zガンダム」で、その後初めてオリコンウィークリーのベスト10に入ったのが「機動戦士ガンダムF91」のテーマソングでした。私を音楽の世界に入れてくれたのも、紅白歌合戦に連れていってくれたのもガンダムだったんです。「森口博子って歌手だったんだ」という反響も大きくて、この時やっと歌手としてのスタートラインに立てたと実感しました。

――紅白で歌詞を間違えたのも伝説になっています。

森口 そうなんですよね……。あの~せっかくなんでちょっとだけ言い訳してもいいですか(笑)? 「ETERNAL WIND」って3コーラスあるんですが、紅白の時は2コーラス目をカットして1コーラスと3コーラスを歌うテレビサイズだったんです。ところが演奏は1コーラス目のサビは通常しっとりなんですが、この日は盛り上げる為に2コーラス目に入っているドラムを入れたんです。その音を聞くと、反射的に2コーラスの歌詞が出ちゃうんですよ。でもスタッフの方のお心遣いで、テレビ画面下の歌詞のテロップがすぐ消されて助かりました。

タモリに電話すると「あ、花村さん?」

――それも乗り越えて、紅白には6年連続で出場されました。歌にバラエティにとまさに絶好調でしたが、「さすがに忙しすぎる」という気持ちもあったんですか?

森口 毎日こなすので精一杯でしたが、忙しさのツケが回ってきて、32歳の「厄年」は最悪でした。若い頃は気合だけで乗り切れていたんですが、その頃から胃腸が悪くなったりはっきり体調に出るようになってきて、仕事も生活も整えないと続かないと感じるようになりました。生き方を見直す神様からのメッセージだと。食事を気にしたり、毎日ストレッチしたり、母親からは「笑顔でいれば運気が上がる」というアドバイスももらいましたね。半信半疑でしたけど、生かされていることに感謝しながら実行すると、全てが好転して回復しました。そこから歌のお仕事や舞台のお仕事が増えていき、声量も増えました。

――森口さんが芸能界で、大事にしているアドバイスはあるんですか?

森口 やっぱり高宮中学校の先輩のタモリさんの存在が大きいですね。タモリさんはもちろん芸能界の大先輩なんですが、同時に私にとっては身近な親戚のおじさんのような、時にはいたずら少年のような振り幅がステキです! 電話すると「あ、花村さん?」ってわざと私の本名を呼んで笑わせてくれたり、真剣な相談にもすっと答えてくれるんです。「笑っていいとも!」の生放送CM中に番組を長年続ける秘訣を聞いたら、「反省しないこと、気にしないこと。もう終わったことは忘れて次」と教えてくれて、その言葉は心に残っています。

――タモリさんが言われると納得感がすごいです。

森口 最近も「以前は簡単にできたことが、年齢が上がって時間がかかるんです」って相談したら、「昔できていたことが正解とは限らないから。今できることを一生懸命やればいいんだよ」と言っていただき、すごく楽になりました。

――出身の中学校が同じ、という“縁”なんですよね。

森口 他にも高橋真梨子さんや華ちゃん(博多華丸)、氷川きよしくんも中学校が同じで、こんな状況になる前はタモリさんがご自宅でたまに同窓会を開いてくださって、地元トークでよく盛り上がりました。またお邪魔できるといいなぁ。

井森美幸とは「お互いを褒め合ってます(笑)」

――森口さんというと、井森さんとのコンビも印象的です。

森口 井森とは親友で、今でもたまに電話してはとにかくお互いを褒め合ってます(笑)。常に井森ワールドのエネルギーは最高とか。2年前にアルバムの「GUNDAM SONG COVERS」がオリコンウィークリー3位に入ってレコード大賞企画賞をもらった時も、『花村ががんばってきたことが誇らしい』と言ってくれて、10代からの友情を感じてグッときました。

――歌を褒めてもらうのが嬉しさとしてはやはり一番ですか? 8月にはオリジナルアルバム「蒼い生命」もリリースされました。

森口 そうですね。他のお仕事も大事ですけど、4歳からの夢である歌手は核で、コンサート含め譲れない居場所です。「蒼い生命」は24年ぶりのオリジナルアルバムです。カバーアルバムで再注目していただき、「次はオリジナルですね」とファンのみんなの声が形になり、幸せです。このご時世離れていても心で繋がることが生命線だという想いを込めました。新曲は全曲作詞にも携わりました。大好きな神前暁さんの切なくて美しいメロディに、今年閉園される地元福岡の遊園地「かしいかえん」へ感謝の気持ちを綴った楽曲や、デビュー曲のセルフカバー「水の星へ愛をこめて~35人の森口博子によるアカペラヴァージョン~」も収録されています!! 当時、売野雅勇さんが哲学的で美しい歌詞を書いてくださったんですが、今回のアルバムの「蒼」はこのデビュー曲の歌詞にも使われていて、裏テーマはデビュー曲へのオマージュ!!なんです!! 

――そうだったのですね! 35年越しのセルフオマージュとは気づきませんでした。

森口 森口博子の方程式は「ガンダム+オリジナルポップス+テレビ+ラジオ+舞台」と色々ありますが、原点でもあるアニソンのパワーは本当に無限です。「Animelo Summer Live 」「KING SUPER LIVE 2015」「KING SUPER LIVE 2018」などのフェスでさいたまスーパーアリーナや東京ドーム、台湾で歌わせていただいた時も、揺るぎないファンのみんなの熱量に、魂震えました。水木一郎さんや堀江美都子さん、影山ヒロノブさんたち先輩が届け続けてくださった最高の文化、やっと時代が追いついたのかなともと思いますね。

――10月3日には東京国際フォーラムで35周年コンサートも予定されています。

森口 本当は去年が35周年だったので、36年になっちゃったんですけど、リベンジです!! でも延期になったおかげでアルバムも制作することができましたし、前向きに考えることにします。クヨクヨすると体調にこたえますので(笑)、森口博子ファンの皆さんにもガンダムファンの皆さんにも、興味のない方にも楽しんでいただけるようなセットリスト、考えています!! ここ数年特にコンサートも充実して、ファンの皆さんと一緒に積み上げてきた中で、歌声を育ててもらいました。共に大人になったなと。

――36年というのはそういう時間なのですね。

森口 90年代に「クイズ!年の差なんて」に出てた頃は「ヤングチーム」でしたけど、当時「アダルトチーム」だった高島忠夫さんやうつみ宮土理さんの気持ちが今はわかるんです。うつみさんは20代の私たちに「子どもたち、今日はこれ持って帰って」ってプレゼントをよく下さったんですけど、今は私が若い歌手、タレントさんたちを「子どもたち」って呼ぶようになりました(笑)。あの頃うつみさんも私たちのことをこんな風に見守ってくれてたのかな、って。

「一線の人はリストラ宣告を受けませんよ(笑)」

――これまでに、結婚考えられたこともあったりしたんですか。

森口 若い頃は「白馬の王子様と30歳までに」なんて言ってたんですけど、最近は白髪の王子様が来るのかな、なんて話してます(笑)。でも正直に言うと、今の自由な生活が気に入ってるんですよね。人生で何度か結婚の話はあったんですが、仕事を辞めて家庭に入って欲しいと言う方たちばかりで、その選択は考えられなくて。まぁこればっかりはご縁ですからね。完全にできあがっている私の自由なペースを受け入れてくださって、一緒に楽しく健やかに過ごせる方に、いつの日か出逢えればいいですね。

――ありがとうございます。最後に、森口さんがこれまで芸能界の一線で活動し続けてこられた秘訣を教えてください。

森口 一線の人はリストラ宣告を受けませんよ(笑)。でも、幼稚園の文集に書いた「歌手になる」という夢の中を今も生かされていることに感謝の気持ちでいっぱいです。時代が移り変わってたくさんのアーティストさんがいる中で、私のことをずっと求めて必要としてくれるファンの皆さん、一緒に闘ってくれる家族のようなスタッフの皆さん、家族や友人たちの存在があってこその35年でした。そういう意味で森口博子は“持ってるな”と思います。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング