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光市母子殺害事件 死刑判決の翌朝、広島拘置所で聞いた元少年の肉声「胸のつかえが下りました」

文春オンライン / 2021年8月30日 17時0分

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写真はイメージ ©iStock.com

 1999年に山口県光市で発生した光市母子殺害事件では、当時18歳だった犯人により主婦の本村弥生さん(当時23)が暴行・殺害され、生後11か月だった夕夏ちゃんも殺害された。

 事件そのものへの関心もさることながら、少年法のあり方、弁護団の方針、公判における荒唐無稽な主張などが社会に大きな波紋を呼んだ。

 2020年12月、殺人や強姦致死などの罪に問われ、死刑が確定した死刑囚の再審請求について、最高裁は弁護側の特別抗告を棄却。再審開始を認めない判断が確定している。

※本記事は、代表作に山口県光市母子殺害事件の遺族を描いた『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日―』などがある、作家・ジャーナリストの門田隆将氏による「文藝春秋」2010年10月号の特集「真相 未解決事件35」への寄稿を転載したものです。(肩書・年齢等は記事掲載時のまま)

◆ ◆ ◆

死刑判決を受けた翌朝、面会室で対面

 目の前の青年は、優しい目をさらに細めて私にこう語りかけてきた。

「僕は、海の近くで育ったんで時々、海が恋しくなります。潮の香りを嗅ぎたいし、風にあたりたいですね。これは本能でしょうか」

 2010年7月12日。私は、広島市の中心地に建つ広島拘置所にいた。ここに収監中の光市母子殺害事件の犯人・F(23)と面会室の3番ブースで向かいあっていたのだ。

 山口県光市の美しい海のもとで育っていたFは、事件以来もう11年も、海の風景から遠ざかっている。無機質な拘置所の壁は、潮の香りをFのもとに運んで来てはくれないのである。

 私とFが初めて広島拘置所の面会室で向かいあったのは、2008年4月23日。差し戻し控訴審でFが“逆転”の死刑判決を受けた翌朝のことだった。

 面会を拒否されると思い、一縷の望みを持って拘置所を訪ねた私に、Fは、判決翌朝の心情を淡々と語ってくれた。その時の模様は、拙著「なぜ君は絶望と闘えたのか」(新潮文庫)に詳しく書いているが、私は、死刑判決に対して、「胸のつかえが下りました」と語るFの表情を、驚きをもって見つめた。それは、法廷で見せていた表情とあまりに異なるものだったからである。

 あの日から2年数か月。私はその間、4回、Fと面会している。所用や取材で広島を訪れるたびに、私は広島拘置所に赴く。そのたびに、Fは面会室のアクリル板を挟んで、私とさまざまな話を交わすのである。遺族の本村洋さんの9年間の絶望との闘いを描いた私は、Fにとっては本来、敵側の人間かもしれない。しかし、Fは、そんな私にこの2年余、自分の胸の内を可能な限り明かしてくれている。

「僕が上告したのは、“判決文”に不服だったのです」

 2度目に面会した2008年7月、Fは、私に最高裁に上告した理由をこう語った。

「僕が上告したのは、判決に不満だったからではありません。“判決文”に不服だったのです。僕は、これまで検察に迎合して(裁判で)嘘を言っていました。これは、僕のもう一つの罪です。僕が上告したことが本村さんを哀しませているかもしれません。僕はそのことを謝りたいのです」

 不服なのは死刑という「結果」ではなくて、その結果を導き出した「判決理由」であり、そのために上告したので、それを本村さんにわかって欲しい、というのである。そして、Fはこうもつけ加えた。

「僕は人に対して殺傷行為をやった人間です。しかも、大人だけでなく、赤ちゃんまで殺傷してしまった人間です。そのことだけで、この一事だけで、死に値します」

 Fの目は真剣で、私から視線を逸らさない。必死でFは私にそう語ったのである。

 3度目の面会は、2010年3月だった。この日は偶然、亡き弥生さんの誕生日の翌日だった。Fはそのことを忘れていなかった。

「昨日、弥生さんの誕生日だったんです。こちらで(ご冥福を)祈らせてもらいました」

 Fは拘置所内に場を設えてもらい、被害者の弥生さんと夕夏ちゃんにお祈りを捧げることが多いという。プロテスタントであるFは、心を許した牧師に特にお願いして、そういう時間を過ごしていることを教えてくれた。

「死刑判決を受けて、いろいろなことが見え始めました。自分の視点ができたように思います。“自分の限りある命”をどうするか、ということを僕は考えています」

 Fはそう語った。面会を繰り返す度に、Fが口にする言葉は重みを増していく。

「性行為は生き返らせるための復活の儀式だった」の真意

 Fは差し戻し控訴審で「母への甘えたさからただ抱きついただけだった」、「性行為は生き返らせるための復活の儀式だった」……との主張を繰り返し、裁判を注視する国民の怒りを買った。

 判決でもその主張は厳しく断罪された。しかし、優しい目で自らの罪の重さを語る目の前のFの姿も厳然たる事実なのである。

 私はFと向かい合いながら、犯罪者にとって反省が深まった末にいきつく先とは何か、を思い浮かべた。反省と悔悟、そして贖罪に目覚めることは、犯罪者にとって最も重要なことである。しかし、その犯罪があまりに無惨なものの場合、自分の罪と向き合った犯人は一体どうなるだろうか。罪の重さに愕然として、自殺、あるいは発狂という事態に陥ることもあると聞く。それを防ぐために、人間は往々にして防御本能を発揮し、無意識の内に自己の行為に「理由づけ」をおこなうことがあるということを、私はこれまで多くの司法関係者から聞いている。

 あの奇想天外な主張こそ、実はFの反省が深まっている証拠ではないかと私は思った。

 反省に目覚め、罪の重さに慄然とするFの姿。Fの贖罪の意識についてはさまざまな考察が加えられるだろう。潮の香りを懐かしむFの姿に、反省のかけらも窺えなかった第一審の山口地裁での姿との違いに、ただ「人間」という存在の奥深さを私は、しみじみ考えるのである。

(門田 隆将/文藝春秋 2010年10月号)

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