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「何かあったら僕が出ていく」誰よりも熱いヤクルト・高津臣吾監督から三輪広報が学んだこと

文春オンライン / 2021年9月21日 11時0分

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高津臣吾監督

 みなさんこんにちは、東京ヤクルトスワローズ・広報部の三輪正義です。チームが2か月間の留守を経て、ようやく神宮に帰ってきました。やっぱり選手というのは、長い遠征を経て、ホームに帰ってくると「ほっ」とするものです。自分たちのロッカーで、いつもの席に座って、いつもの準備をしてグラウンドに出ていく。それだけのルーティンなんですけど、なんか落ち着くんですよね。

 ようやく涼しくなってきて、気がついたら9月も後半。文春野球もデッドヒートを繰り広げていますが、ペナントレースも残り30試合ほどになってきて、熾烈な戦いが続いています。しかもチームは今「10連戦」の真っ只中。全て首都圏の開催ですが、かなりハードな戦いです。

 チームは6年ぶりの優勝に手が届くところにきました。現役時代、一応優勝も最下位も経験した僕ですが、今年の雰囲気はリーグ優勝した2015年に近いような気がします。

優勝するときは「雰囲気」が勝手にできあがる

 優勝するときって何か「雰囲気」があるんですよね。先発投手が3点取られても4点目を取られない、そのあと中継ぎ陣が踏ん張ったあとに逆転したり。そうするとちょっとずついい雰囲気になってきて「イケる」っていうムードがベンチに充満するんです。2015年と違って大型連敗もないし、主力の離脱もない。そういう意味でもベンチは勝手に「イケる」という空気になっていると思います。

 2015年は、正直優勝経験者がいなかったので未知数のなか、みんなが一つ一つの試合、一球に向かってがむしゃらに進んで行った感じがありました。でも今年は違う。山田哲人を筆頭に石川雅規さん、小川泰弘、石山泰稚、川端慎吾、中村悠平、西浦直亨、荒木貴裕……首脳陣だって投手コーチだった高津臣吾監督、伊藤智仁投手コーチ、杉村繁打撃コーチ、福地寿樹外野守備走塁コーチと当時を知るメンバーだらけです。

 前回も巨人、阪神との三つ巴。最後は巨人との一騎打ちを制して14年ぶりの優勝を果たしましたが、そんなときって緊迫したなか、とんでもないことが起きるんですね。

優勝するときは「とんでもないこと」が起きる

 最終盤、石川さんが巨人のエース菅野智之投手から1死2、3塁でタイムリーを打ったり(2015年9月27日@東京ドーム)。これまた菅野がらみですが、小川が打席で11球粘って四球を選んで(同8月26日@神宮)、結果同一カード3連勝したり、BCリーグから途中加入したデニングが菅野から逆転ホームランを打ったり(同8月6日@神宮)。デニングには失礼かと思うんですが、年俸360万円の男が1億1000万円(当時※金額は両者とも推定)の宿敵のエースを打ち崩すとか。ベンチでも「すっげぇ!」と全員がのけぞるようなことが起きる。それが「よし、イケる!」という雰囲気になっていくんですよね。

 人間の能力って普段は20%くらいに抑えられていると聞いたことがありますが、集中力が研ぎ澄まされると、予測を超えたとんでもないことが起きる。優勝という大目標が目の前にあるということはそういうことです。2015年は僕もキャリアハイの出場(87試合、102打席)でしたが、体も精神も疲れているんだけど、全然疲れていないような不思議な感覚に陥ったのをよく覚えています。

実は“熱血漢”高津臣吾監督のルーツ

 ベンチと言えば、高津臣吾監督にも僕は注目しています。9月13日のバンテリンドームでの中日戦の「判定を巡る騒動」のときも監督は冷静に、高ぶるベンチを諌めていましたよね。でも……実は高津監督は広島県立の広島工業高校、通称「県工」から亜細亜大学に進まれた方。野球に詳しい方ならご存知だと思いますが、当時はトップクラスの「厳しい指導」で有名だった学校の出身です。僕も高校時代、高津さんの恩師がのちに就任された学校と対戦経験がありますが、相手ベンチの“迫力”は、それはもう縮みあがるほどでした。

 そんな高津さんがあの場面で……きっと心の中は煮えたぎっていたと思います。監督には学生時代に培われた「熱い血」が絶対に流れていると思うんです。

 僕が引退を決めた19年、ハムストリングスのケガでリハビリ中だったとき、こんなことがありました。ファームの試合前の練習で、僕は足が万全ではなかったものの、2塁ベースの後方で離塁のタイミングを計りながら軽く走塁練習をしていました。そのとき、ある若手選手が足首を捻ったと、自ら申し出て練習から早々と離脱したんです。

 すると、当時2軍監督だった高津さんは「三輪、今日行ける?」とバッティングケージの後ろから大声で聞いてきます。「監督、当たり前じゃないですか。できることは一生懸命やります!」とすかさず返すと「やっぱそうだよね」とおっしゃいました。

 僕が全力で走れない、その時点では戦力にはならないことは十分にわかっているはずなのに、あえて僕に聞いてきた。きっと監督は気持ちを見せてほしかったんだと思います。自分の判断で練習をやめるということがいい悪いという意味では決してないですが、選手がいつでも闘う気持ちでいるか、それを監督は僕にあえて聞くことで確かめたのでしょう。

 だから、監督はバンテリンドームのあの場面で、試合終了が審判から告げられても、ベンチ内の選手、首脳陣、スタッフが誰一人引き上げないという、闘う気持ちを確認できたから、ベンチの前に出て「パン!」と手を打って「切り替えよう!」と言って引き上げさせたのでしょう。

 終わったことをああでもないこうでもないと言っても仕方ない。監督はファームの選手に向かって事あるごとにおっしゃってました。「失敗はする、じゃあ次はどうしたらいいのか考えてくれ。失敗をどうこう言うつもりはないんだ」と。

「何かあったら僕が出ていく」の意味

 監督は「次、成功させろよ」とは絶対に言わないんです。「失敗は繰り返すことはわかってる。それを改善するために、少しでもうまくなれるよう練習しよう」と。僕はその言葉に救われました。他者から追い詰められることなくプレーすることができる、それなら思いきってやろうという気にさせてくれましたから。

「何かあったら僕が出ていく」という公式YouTubeで公開された ミーティング動画 での発言もそう。俺が責任をとるからあとはノビノビやってくれという意味だと思います。

 実は僕も今、スワローズジュニアチームのコーチをしているんですが、「失敗してもいいよ、技術的な失敗は責めない。だけどそのとき一生懸命やっていたかどうかが大事なんだよ」と高津さんの受け売りのようなことを堂々と言っています。

控え選手の真価が問われるシーズン最終盤

 さて、1試合の重みがぐっと増すシーズン終盤は選手の役割分担が明確になってきます。代打、ピンチバント、代走、守備固めと控え選手の真価も問われてきます。

 以前、福地コーチが僕や控え選手に向かってこんなことをおっしゃいました。

「俺たち控えはミスができない。取り返す場所がないから。一回しかチャンスはないからミスはできないんだ」と。9月12日のバンテリンドームの中日戦、守備固めで出た渡邉大樹が得点に絡むミスをしました。僕も守備固めで出てミスをしたことがあるだけに、渡邉の気持ちは痛いほどわかります。でも高津監督は渡邉を責めていないはず。その後も起用しているのが何よりの証拠。どう取り返すか、次どうするかを考える姿を見守っているはずです。

 そんな彼を含む、一打一球に賭けるベンチスタートの選手がいい意味で期待を裏切るような「とんでもないこと」をやってのけ、勝利に導くことを僕は期待してやみません。

 最後に我が友、坂口智隆へ。9月11日横浜戦の左手へのデッドボールにはヒヤッとしたけど、何事もなくて安心しました。坂口はプロ19年のキャリアで初めての優勝のチャンス。今年は満足に活躍できず、しかも今は控えで、一打に賭けるポジションかもしれないけど、1500本安打を打った経験は何物にも代えがたい。僕にはあなたが打って、優勝を決める映像がもう見えています。

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(三輪 正義)

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