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市の外郭団体が“架空請求”で被災企業を追い込み…「25年前の焼身自殺」から繋がる“神戸の闇”の全貌

文春オンライン / 2021年9月9日 6時0分

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神戸市役所 ©AFLO

「何が燃えてるんや?」「…人みたいです」25年前に起きた“衝撃の焼身自殺” 神戸市助役は自ら灯油をかぶった から続く

 神戸市の外郭団体、神戸サンセンタープラザ(以下「サン社」)が、さんプラザビルの高層階をめぐり、訴訟で対立する所有者を排除するため、元「地上げ屋」にその一部を売り渡した、同社が所有者に対し保有する債権「約929万円」――。

 だが、実は、25年前の「神戸市助役焼身自殺」の謎を解く鍵ともなる、この「約929万円」は、阪神・淡路大震災における、神戸市の復興行政の「正当性」を根底から揺るがしかねない、サン社による、組織ぐるみの不正が生み出した“架空債権”だった。

 話は、1995年の震災発生直後まで遡る。(集中連載第4回/ #3から続く )

震災発生から約2ヵ月後の集会

  初回(#1) でも触れたとおり、さんプラザはもともと地下2階、地上10階建てのビルだったが、震災で高層階の8階部分が圧壊し、ビル全体も全壊判定を受けた。

 この被災状況を受け、震災発生から約2カ月後の3月30日、発災から2回目となるさんプラザの区分所有者集会が招集された。

「改めまして、此度の震災では、区分所有者の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。管理者である弊社と致しましても、さんプラザの1日も早い復旧、復興に向け、全力で取り組んでまいりますので、ご協力のほど、何卒よろしくお願い申し上げます」

 集会の冒頭、こう挨拶したのは、その約1年後に須磨海岸で焼身自殺を遂げる、神戸市の助役で、サン社の代表取締役社長でもあった小川卓海氏だった。

 そして、この日の集会では、サン社の提案通り、〈上(高)層階の解体〉〈下(低)層階の復旧〉の方針が決定。それに伴い、以下のような条件が、区分所有者の賛成多数で議決された。

解体撤去工事は全額公費負担だったが……

〈さんプラザビルの一部解体を含む補修工事については、管理者 株式会社神戸サンセンタープラザが全区分所有者の委任を受けて実施する〉

〈上層階の解体工事は、「大倉産業」(高層階の区分所有者。 #1参照 )の指定する業者に施工させる。施工業者は「鉄建建設」とする〉

〈上層階の工事費用は、大倉産業が一時支弁する〉【( )内は筆者補足、以下同】

 そして、高層階の解体撤去費用は、施工業者の鉄建建設によって当初、「4億5000万円」と見積もられた。

 前述の条件の中の〈大倉産業が一時支弁する〉とは、「大倉産業がいったん支払う」という意味だが、結論から言えば、高層階の解体撤去工事には、国による「公費解体」制度が適用され、最終的には、それに要した費用の全額が、公費によって賄われたのである。

 阪神大震災の発生から11日後の1月28日、当時の厚生省は、復旧の妨げとなる震災瓦礫の早期処理を促し、被災者の負担軽減を図るため、個人住宅や分譲マンション、中小企業の事業所などの解体撤去について、全額を公費負担(国2分の1/市町村2分の1)とする方針を兵庫県に通達した。

サン社による“架空請求”の始まり

 これを受け、神戸市では翌29日から各区役所などで「公費解体」の受け付けをはじめ、同市内では、さんプラザの高層階を含む6万棟超の建物が、公費負担で解体撤去された。

 ところが、である。

 驚くべきことに、サン社は高層階の解体撤去工事の終了後、毎月のように、所有者の大倉産業に対し、鉄建建設による当初の見積額「4億5000万円」の支払いを請求し続けたのだ。

 前述の通り、工事は全額、公費負担で行われたため、大倉産業には一切、支払い義務がなかったにもかかわらず、である。

 そもそも支払う義務や必要のない金銭を他人様に請求することを、世間では“架空請求”という。

 では、そのサン社による、架空請求の具体的な手口を詳らかにしていこう。

解体撤去工事の契約書を見てみると……

 今回、私は、さんプラザの高層階の解体撤去工事に際し、サン社が95年当時、公費解体を申し込む際に、神戸市に提出した〈解体撤去処理業務契約書〉など、複数の関係書類を入手した。ちなみに、これらの文書はすべて、神戸市に「公文書」として今も保管されている。

 これらの公文書によると、サン社は95年4月3日の時点で、解体撤去工事を請け負った鉄建建設と、神戸市との「三者契約」を締結している。

「三者契約」とは、建物の所有者、施工業者、市の三者で契約を締結し、解体撤去を行う、公費解体の一方式だ。

 実際には、サン社が、高層階の解体撤去工事を鉄建建設に発注し、工事完了後、サン社が神戸市に〈り災証明書〉や〈解体撤去処理業務完了届〉など、工事が契約通り行われたことを証明する書類を提出。それを受けた市が、鉄建建設に工事代金を支払う――という仕組みである。

 このため、前述の〈契約書〉には、当時の笹山幸俊・神戸市長(2011年に死去)と、鉄建建設の神戸営業所長、そしてサン社の記名押印がされているのだ。が、サン社の代表者の名義だけがなぜか、小川社長のものでなく、もう一人の代表取締役で、副社長だった鷹取治氏(00年に死去)のものになっている。

 ちなみに鷹取氏は、元神戸市の都市計画局(現在の都市局)参与、つまりは局長級の幹部で、退職後の91年、サン社の副社長に就任。一方の小川氏は90年、助役就任と同時にサン社の社長に就いていた。

“架空請求”から生み出された“架空債権”

 そして、この〈契約書〉によると、鉄建建設が請け負った実際の工事費は〈4億2984万9890円〉となっており、後にその全額が、神戸市によって鉄建建設に支払われている。

 つまりサン社は、〈高層階の工事費用は、大倉産業が一時支弁する〉と議決された、前述の区分所有者集会の4日後には、公費負担を受けるための三者契約を締結していたわけである。そして、後にその工事費〈4億2984万9890円〉全額が、公費から支払われた事実も、神戸市の〈支出命令書〉に記載されている。

 さらに、さんプラザ高層階の解体撤去が全額、公費負担で行われたにもかかわらず、その所有者である大倉産業に対し、サン社が当初の見積額「4億5000万円」を請求していた、つまりは“架空請求”を続けていた事実も、大倉産業関係者が保管している、当時のサン社からの書簡等ですべて、裏付けられている。

 そして冒頭で触れた、今日に至るまでなお、サン社が大倉産業関係者に対し、「阪神・淡路大震災で倒壊した7~10階の解体撤去工事で生じた、大倉産業に対して保有する債権」と主張し続けている「約929万円」は、この当初の見積額「4億5000万円」と、実際の工事費〈4億2984万9890円〉との差額の中から捻出されたものだった。

 つまりは“架空請求”から生み出された“架空債権”というわけである。

大倉産業は「公費負担」を知らなかったのか

 だが、果たして、架空請求を受けた側の大倉産業は当時、自らが所有していたさんプラザ高層階の解体撤去工事が全額、公費負担で行われることを知らなかったのだろうか。

 当時の大倉産業の社長、服部躬依(きゅうえ)氏(98年に死去)と長年の付き合いで、服部氏の死後、サン社と大倉産業との訴訟を引き継いだ、同社関係者(81)はこう証言する。

「服部氏は震災当時、自分が所有していたさんプラザビルの高層階が倒壊したにもかかわらず、被災地と離れた(滋賀県)大津に住んでいたことから、その解体撤去の費用が公費で賄われることなど、全く知らなかった。

 また、そもそも施工業者の鉄建建設も、大倉産業が指名したものではなく、サン社が、服部氏が知らない間に、一方的に決めたものだった。

 それをいいことに、サン社は、(解体撤去)工事後の(95年)10月ごろから、『4億5000万円』の支払いを、毎月のように服部氏に要求してきた。

 当時、服部氏はすでに、サン社との共益費をめぐる訴訟を抱えており、その上に『4億5000万円』もの支払いを求められたため、金策に奔走していた」

サン社の動機は何だったのか?

 それにしても、なぜサン社は、大倉産業に対し、このような架空請求に及んだのだろうか。

 約30年に及ぶ、さんプラザ高層階をめぐる訴訟の経緯を知る神戸市関係者は、当時のサン社の思惑をこう推測する。

「95年当時で、大倉産業の共益費の滞納額は2億円を超え、低層階の区分所有者からは、サン社に対する、不満の声が挙がっていた。

 また、大倉産業に共益費の支払いを命じる(一審)判決が出たとしても、相手側が控訴するのは必至で、当時のサン社は対応に苦慮していた。

 よって、『高層階の解体撤去工事費』名目で、何億かでも、大倉産業から回収しようとしたのではないか。

 現職の助役だった小川さんや、現役時代は都計(都市計画局)の幹部だった鷹取さんが当時、『公費解体』の制度を知らなかったことなど、あり得ないから」

 ただ、どれほど、大倉産業による共益費の滞納に悩まされ、さらには同社がすでに訴訟の相手になっていたとしても、だ。同社は、さんプラザの高層階という「財産」を、震災で失った「被災者」である。

 その被災者を救済するために設けられた国の制度を、当事者に隠したまま、架空請求を続けていたことは、いかなる理由があろうとも、被災自治体の外郭団体にあるまじき、「被災者に対する背任行為」と断じざるを得ない。

大倉産業社長による“直訴”

 そして、サン社から毎月のように届く支払い請求に追い詰められた服部社長は遂に、窮余の策に出る。翌96年2月28日、サン社の社長だった小川助役だけでなく、笹山・神戸市長にまで、「4億5000万円」の支払い猶予の“直訴”に及ぶのだ。

 前出の大倉産業関係者の手元には、直訴の際に服部社長が携えていた書面が残っているのだが、そこにはこう綴られていた。

〈上層階の解体費用の調達には最善の努力をして参りましたが、本年3月中に4億5千万円調達する為にも、何とか笹山市長様より一筆賜りたく……〉

 文面には、サン社からの架空請求に追い詰められた服部社長の窮状が滲んでいるが、この直訴から2週間後の3月14日、小川卓海・神戸市助役兼「神戸サンセンタープラザ」社長は須磨海岸で、自ら灯油をかぶり、焼身自殺を遂げるのである。

 前出の関係者によると、大倉産業はかつて、滋賀県でも有数のディベロッパーで、バブル期には年商100億円を誇っていた。このため服部社長には、滋賀や京都の政財界やマスコミなどに知己が多く、特に滋賀県知事から国政に転身した後、「新党さきがけ」を結成し、震災当時、自社さ政権で、大蔵大臣を務めていた武村正義氏とは、昵懇の間柄だったという。

 そして、この関係者によると、服部氏は、前述の笹山市長や小川助役への直訴と前後して、「窮状を武村大臣に訴え、さらには知り合いの経済誌や、(建設、不動産)業界紙の記者にも相談を持ちかけていた」というのだ。

笹山市長の「リストラ計画」

 繰り返すが、前述のサン社が、さんプラザ高層階の解体撤去工事が全額、公費負担で行われたにもかかわらず、所有者の大倉産業にその事実を隠し、架空請求を続けていたことは、明らかに被災者に対する“詐欺行為”だ。

 そして、この詐欺行為が当時、国による復興支援の総元締めだった大蔵省のトップ、武村氏の知るところとなれば、神戸市が国に求めていた財政支援に影響が及ぶことは必至だった。

 あるいは、服部氏の知るメディア関係者を通じて公になれば、サン社社長の小川助役の引責はもちろん、笹山市長にまで累が及ぶ可能性があった。

 というのも、当時は笹山市長自身も、サン社の取締役に名を連ねていたからである。

 その一方で、神戸市では当時、震災で陥った危機的な財政状況を受け、3年間で500人の市職員を削減するという大規模なリストラ計画が進められており、その対象には、小川助役ら「特別職」も含まれていたという。神戸市OBが語る。

「リストラ計画を発表した時にはすでに、(笹山)市長は、小川さんを切る腹を固めていたといわれている。というのも、当時、(神戸市)庁内では、その翌年(97年)に行われる市長選に意欲を見せていた小川さんに、三選を目指す市長を支持する多くの幹部が、不快感を示していたからね。

 ただ、市長が小川さんに引導を渡すにしても、当時の『第二助役』を辞めさせるわけだから、それ相応の“理由”が必要だった」

小川氏の死後も“架空請求”は続いた

 服部社長による直訴から小川助役の自殺までの2週間に、服部社長と小川助役、さらには、小川助役と笹山市長との間で、どのようなやりとりが交わされたのかは、3人が全員、鬼籍に入られた今では、知る由もない。

 だが仮に、この問題を“理由”に、笹山市長が小川助役に辞任を迫っていたとしたら、だ。それまで震災後の区画整理をはじめとする、神戸市の復興行政を一身に背負い、さらには次期市長の座に意欲を持っていた小川助役が、かつて遺族に漏らしていたように、「市長に裏切られた」と感じても、不思議ではない。

 今回、私は改めて小川助役の遺族に手紙で取材を申し込み、その後も何度か自宅を訪ねたが、残念ながら取材に応じていただけなかったため、真相を確認する術はない。が、問題発生の時期や、その内容の重大さ、そして当時、小川助役が置かれていた、神戸市庁内の複雑な政治的状況からみて、このサン社による、被災者に対する背任行為が、彼の自殺と無関係とは、到底思えないのだ。

 ところが、信じられないことに、サン社は、この小川助役の自殺後も大倉産業に対し、〈さんプラザ7~10階解体撤去工事費として〉の但し書き付きで、「4億5000万円」の“架空請求”を続けるのである。

(#5に続く/9月15日配信予定)

「ここまでやるかね…」181枚の公文書から“衝撃の不正”が発覚 国をも欺いた卑劣な手口を暴く《神戸再開発の闇》 へ続く

(西岡 研介)

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