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「逆ナン」で出会った“太宰府の女帝”と残虐な犯行「カッターナイフで爪を剥ぎ…。被害者は叫んでいた」《九州3児遺体》

文春オンライン / 2021年9月18日 11時0分

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福岡拘置所 ©文藝春秋

「妊娠中に酒を飲んで暴れた」母親と加害父の本当の関係「A子のことを悪く言うつもりはない」《九州3児遺体》 から続く

 この日も記者は福岡拘置所の面会室でその男を待っていた。足をひきずりながら歩く彼は、いつも丁寧に頭を下げてから部屋に入ってくる。面会を複数回重ねたことで雰囲気も和んできて、記者が差し入れた小説について、「面白かった」などと自分から雑談を始めることもあった。

「小説はのめり込むと時間が経つのも早くて。恋愛モノとかは苦手で、ドロドロした感じの話が好きなんです」

 十数分程度の限られた時間の面会の後、話題が事件の核心に迫り記者が遠慮なく質問しすぎて不機嫌になった日でも、彼は必ず頭を下げて部屋から出ていった。

 この男、田中涼二被告(42)は今年2月に3人の子供を死に至らしめた。 田中涼二被告拘置所インタビュー#1 では養子の大翔くん(ひろと・当時9)を暴行の末に死亡させるまでについて、 田中涼二被告拘置所インタビュー#2 ではその10日後に蓮翔ちゃん(れんと・当時3)と姫奈ちゃん(ひな・当時2)の首を絞めて窒息死させ逮捕された経緯について、取材班の10回以上にわたる面会で明かしている。

 面会では、大翔くんに「パパになって」と言われて元妻A子さんとの結婚を決意したことや、蓮翔ちゃんと姫奈ちゃんとの“最期の旅行”で馬を観たり船に乗ったりした思い出を、楽しそうに、そしてときに涙ぐみながら話す場面もあった。

父親は仕事か酒。目が合うと殴られた

 子供たちへの強い愛情を持ちながら、残酷な仕打ちをした田中被告。彼はどのような生い立ちだったのだろうか。田中被告に両親について尋ねると、無表情でこう語り始めた。

「父はコーヒー会社で働いていて、母は美容師でした。2人とも仕事で、面倒を見てもらった思い出はほとんどありません。父はほとんど仕事、帰ってきたら酒。たまの休日は朝から飲んでいて、目があうと殴ってきましたよ。すぐに手が出てしまう人でした。今となってはいろんな迷惑をかけたと謝りたいですが、典型的な昭和の親父というか……。母も自分の美容室を持っていて、仕事ばかりでした」

 田中被告は福岡県筑紫野市の小中学校に通った。小学校時代は少年野球チームに所属して活躍し、硬式野球のチームから誘われるほどの腕前だったという。しかし中学に進学すると、生活が荒れ始めた。

「タバコを吸ったり喧嘩したり、誰も寄り付かないような中学生でした。中2のときには、先生を金属バットで叩いたこともあります。先生が自分に必要以上に厳しくしてきたので、その仕返しで。中3の先輩7人も加わってくれたんですよ。上からは好かれていたのかな……。先生は半年復帰できないくらいの怪我を負い、報道される騒ぎになりました」

 そして19歳頃に世間を震撼させた“太宰府の女帝”と出会った。

「主婦ホスト漬け殺害」の“太宰府の女帝”との出会い

 中学卒業後は高校には進学せず、仕事もしないで「遊んで暮らした」が、しばらくして鳶職の手伝いをするようになったという。たまたま訪れた久留米の居酒屋にいたのが、「主婦ホスト漬け傷害致死事件」の山本美幸被告(42)=懲役22年の有罪判決、控訴中=だ。

 山本被告らによる残虐な事件は、これまで文春オンラインでも繰り返し報じてきた。

 2019年9月下旬~10月20日ごろ、山本被告は交際していた岸颯被告(26)=懲役16年=と共に、福岡県太宰府市の自宅などで主婦・高畑瑠美さん(当時36)の太ももをナイフや割り箸で刺すなどし、20日午前4時50分ごろまでに外傷性ショックで死亡させたとされている(1審福岡地裁の判決文)。

 山本被告は2008年頃に瑠美さんと知り合い、元々は瑠美さんの実兄の借金を名目に恐喝していたが、2019年8月下旬に瑠美さんを家族から引き離して、岸被告と暮らす自宅に住まわせ、孤立させた。それ以降、誰も見ていない山中や自宅、衆人環視のホストクラブやバーなどで、殴る蹴る、バタフライナイフや割り箸を刺す、火のついたタバコを押し付けるなどの暴行を日常的に加えるようになっていった。

「彼女たちの目的は金でした。マインドコントロールした瑠美さんやその夫ら複数人に対して、未遂も含めて500万円近くが被害額として認定されています」(地元社会部記者)

 5月19日に公開した 九州3児遺体発見#4 では、田中被告が約20年前に山本被告と婚姻関係にあった事実を報じている。世間を震撼させた大事件の犯人らの出会いは、田中被告によると「ナンパですね。向こうから声をかけられました」。

「付き合うことになり、ほどなくして『前に交際していた男に金を貸している。取り返してくれないか』と持ち掛けられました。山本が元交際相手にいくら貸していたのかわからないし、本当に貸していたのかも……。でも自分はその知りもしない山本の元交際相手とその友人から、200万円ほどを脅し取ってしまいました」

 その犯行は、「太宰府ホスト漬け傷害致死事件」を彷彿とさせる、残虐なものだった。

「ライターを顔に当て、爪をカッターナイフで剥いだ」

「山本は車のシガーライターを男性の顔に当てていた。自分も(山本に)言われて、男性の手にあててしまった。山本はカッターナイフで爪を剥いでもいた。被害者は叫んでいました。見ているだけで辛かった。ヤクザでもやらないとんでもない発想ですよ。それをあの人は楽しんでいた。女じゃない。

 自分も、本当に馬鹿なことをしてしまいました。いいように使われてしまったんです。山本とは二度と関わりたくないので、今同じ場所(福岡拘置所)にいますが、手紙を書く気にもなれません」

 田中被告と山本被告には、この件で傷害、恐喝、逮捕監禁の罪で有罪判決が下ったという。

 

「当時、自分はまだ未成年でしたし、随分前の出来事です。でも太宰府の事件を知って、やっぱりね、と思いました。ホスト漬けにするのも変わっていない。相手が男性か女性かの違いで、山本はカモを見つけるとマインドコントロールみたいなことをするんです。当時もそうでしたよ。元交際相手から脅し取った金で、逆にモノを買ってやったりとかして、飼いならすんです。

 カモを使って別のカモを探すのも、当時から何も変わっていない。20年前だって、元交際相手とその友人を脅迫していたわけですから」

 そんな“共犯関係”のなか、田中被告は山本被告と結婚する。しかし、結婚生活は非常に短かった。

「結婚期間は2年ないくらいですかね。山本のお父さんから『結婚する気はあるんだろう』とか言われてしまい、そのまま結婚し、山本の実家で暮らしていました。でも山本がある日突然出て行って、そのまま帰らなくなったんです」

 しかし2人の間には生まれたばかりの男の子がいた。彼は5月29日に公開した 太宰府ホスト漬け裁判#2 に登場するBさんだ。

「山本が出て行ってからは、自分が子供の面倒を見ていました。でもしばらくしてお父さんから『お前はお前の生活をしろ。子供の心配はしなくていい』と言われたので、実家を出ていった。子供と離れるのは辛かったです。それ以来、この子とは会っていません。でも1歳の誕生日を一緒に祝ったことを今でも覚えています。名前をつけたのも自分なんですよ。自分が好きな言葉なんです」

 離婚後、山本被告や息子とは二度と連絡をとることはなかった。そして同時期、田中被告の実の両親が2人揃って自殺したのだという。

両親が自殺。義親に誘われヤクザの道へ

「母は自分で商売をしていましたが、金遣いが荒かった。で、誰かの保証人になったんです。それで首がまわらなくなって、2人で外出先の車の中で練炭自殺しました。よく覚えていませんが、遺書には『相手のご両親によろしく、安心だ』などと書いてあったと思います。だから、時期は山本との結婚前後ですかね」

 両親とは死別し、元妻と子供とも連絡を取らなくなった。肉親と呼べる存在との別離が重なったが、山本被告の父親とはその後も交流が続いた。

「お父さんはヤクザの幹部だったんです。誘われて断りきれず、自分も同じ組に入りました。自分の人生で、これが後に最も後悔した瞬間でした」

( 田中涼二被告拘置所インタビュー#5 に続く)

「覚醒剤で逮捕。自宅に手榴弾が投げ込まれた」激しすぎるヤクザ時代と結婚離婚を繰り返した過去「子供は計7人」《九州3児遺体》 へ続く

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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