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《16歳で妊娠》「軽い気持ちで検査したらまさかの陽性で…」「ママに殺される」厳格な両親に妊娠を伝えた日

文春オンライン / 2021年9月27日 17時0分

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©今井知佑/文藝春秋

 現在19歳の『egg』モデル・聖菜さんは2歳の娘を育てるギャルママとして世間から人気を得ている。

 彼女の魅力は一体どこにあるのだろうか。妊娠、結婚、離婚、子育てについて詳しく話を聞いた。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◆◆◆

なんて言おう、理解してもらえるわけないよな…って

——聖菜さんの妊娠がわかったのはいつだったのでしょうか?

聖菜 高校2年の6月です。

——お相手は同級生でしょうか?

聖菜 いえ、2つ上の先輩です。中学が一緒だったので面識はあったんですけど、お付き合いを始めたのは高校1年の夏です。それまで聖菜は彼氏もできたことなくて。高校生になった時に偶然夏祭りで再会して、そこからお互いに好きになって、お付き合いすることになりました。

——ご両親はお付き合いしていることは知っていたのでしょうか?

聖菜 お母さんは知っていました。家にきたこともあるし、地元も同じだし。お父さんは全く知らなかったです。

——妊娠していることを知った時どういう気持ちでした?

聖菜 びっくりしました。生理が1週間遅れていたので、一応検査したんです。絶対妊娠しているわけないけど、一応検査だけ…と。生理が遅れていることを彼が心配していたので、安心させるために軽い気持ちで検査したらまさかの陽性で、本当に驚きました。何も考えられず頭が真っ白でした。とりあえず「殺される」と思いましたね。

——それは誰に?

聖菜 お母さんです。絶対にそういうことはダメだよって日頃から口すっぱく言われていたので。「そういうの本当にないよね? そういえば生理遅れてるけど、違うよね?」って直前に言われていて…。どうしよう、なんて言おう、理解してもらえるわけないよな…って。

——一番最初に妊娠したことを話したのは?

聖菜 彼氏にすぐに話しました。その時彼は高校を卒業して働いていたんですけど、朝、「赤ちゃんできた」って直接言いました。でもすぐに仕事に行ってしまったので、それ以上は何も話せず。仕事中に彼からLINEがきて「すごく嬉しい。絶対産みたい」と言ってくれて、だから私たちの中で堕ろすという選択肢はなかったです。初めてできた彼氏との間に命が授かったのに堕ろすなんて絶対なかったです。

——当時彼が18歳、聖菜さんが16歳ですよね。不安な気持ちはありませんでしたか?

聖菜 なかったです! あまり先のことを考えていなかったかもしれません。ギャルだったので、まあなんとかなるっしょ! って。考えても未来はわからないし、でも大好きな人との間にできた大切な命なので、絶対に産むって気持ちが強かったです。

重い空気の中、母が「おめでとう」と

——それからご両親にはどのように伝えたのでしょうか?

聖菜 両親になんて伝えようかすごく悩みました。前から高校卒業したら大学に行って、何かしらの資格を活かせる職業についてほしいと言われていたので、そんな両親の気持ちを裏切ってしまう不安が大きかったです。お母さんはわりと厳しかったので。

 妊娠がわかった次の日にまずは私のお兄ちゃんに相談したんですけど、お兄ちゃんもそれは早く言うべきだと。聖菜じゃなくて彼がお母さんに話した方がいいと言われて、彼が覚悟を決めて私のお母さんに話に行きました。私も一緒に行って、すべて話しました。お母さんは言葉を失っていましたね。悲しそうにしているお母さんの顔は見れなくて、ずっと下を見ていました。

 しばらく沈黙が続いた重い空気の中、母が「おめでとう」と一言言ってくれました。否定するわけでもなく、いきなり「おめでとう」と言われたので、びっくりしました。

——その時のお母さんのお気持ちはどのようなものだったのでしょうか?

聖菜 後から聞いたんですけど、彼から「話があります。聖菜が妊娠しました。もし反対するのならどっか逃げてでも産みます」と言われて、最初はドッキリだと思ったんですけど、話聞いてくうちにこれは本気だと思い始めたみたいで。2人の気持ちを聞いて、もう何を言っても意思は固いなと感じたらしく、お腹の赤ちゃんにも聞こえている中でネガティブな言葉は言わないようにしようと思ったようです。

「同じ女性として堕ろせとは言えない」

 あとは世間の目が怖かったって言ってましたね。やっぱり高校生の娘が妊娠したらどう捉えられるかわからないし、祝福されないかもしれないし。だから周りに話すときはネガティブに話すのではなく、「今度聖菜がママになるんだ」って言っていたみたいです。これから大変な道にはなるけど気持ちはポジティブにしていた方が赤ちゃんに対しても絶対いいと思ったみたいで。その気持ちが嬉しかったですね。

 殺されなくて、逆に聖菜に寄り添ってくれたお母さんにはとても感謝しています。その後も「大人みんなで力を合わせて育てよう」と言ってくれて、その言葉がとても嬉しかったのを覚えています。

——お父様にはそのあと話されたんでしょうか?

聖菜 そうですね。お父さんは絶対に反対すると思っていたので、なかなか話せなかったです。でも話さないわけにはいかないので、覚悟を決めて、彼とお父さんの職場に行って、妊娠したことを話しました。かなり長い沈黙が続きました。「それでどうしたいんだ」って言われて、彼も私も「産みたいです」と。「ママは相当悲しむで」って言われましたね。その日は賛成も反対もされず、終わりました。

 そのあとお父さんはお母さんに「俺は反対だ。聖菜にはたくさん可能性があるのに全部台無しだよ」と話してたみたいです。お父さんは私の幸せをずっと願ってくれていて、若いうちにやりたいことをどんどんやったほうがいいと言っていたので、複雑な気持ちだったんだと思います。私のやりたいことができなくなるんじゃないかって。小さい頃からパパっ子だったし、お父さんにはなんでも話していたので、知らないところで聖菜が大人になっていることを受け止められなかったみたいです。

 でもママが「それはパパの気持ちでしょ」って。「いろんなことをやらせてあげたいのは親として同じ気持ちだけど、同じ女性として堕ろせとは言えない。それに子供ができたからこそ広がる可能性もある」と言ってくれたみたいです。

「聖菜のこと心配しているんだよ」

——高校2年の時に妊娠がわかったということは出産するまで高校に通われていたんですか?

聖菜 そうです。両親と「高校は絶対に卒業する」と約束しました。だから臨月まで通っていましたね。

 電車に乗って学校に行っていたんですけど、周りからすごく見られました(笑)。制服着ているのに、マタニティマークをつけていたので二度見されたり。高校2年の最初で妊娠して高校3年の春に出産だったので、JKやれてたのは本当にわずかでした。みんな遊びに夢中なのに、自分だけ孤独というか、ひとりぼっちな感じがして寂しかったですね。

——出産は安産だったのでしょうか?

聖菜 いえ、難産でした。出産は相当痛いから覚悟しなとは言われていたんですけど、想像を超える痛さで悶絶していました。赤ちゃんが出るときが痛いのかなと思っていたんですけど、陣痛の痛みが一番痛くて。全然産まれなさそうなので、促進剤を打ってもらって、3月20日に無事に産まれました。33時間かかりましたね。

——その時の気持ちはどうでしたか?

聖菜 今までの人生で味わったことのない気持ちでしたね。幸せで、幸せで、周りの家族も喜んでくれました。

——お父様には産まれてから何か言われましたか?

聖菜 産んだ後も気まずい関係が続いていました。仕事から帰ってきたお父さんに本心をきいてみたら「聖菜のこと心配しているんだよ」って言われました。お母さんとして、妻として、高校生として…17歳でいきなりたくさんのものを背負うようになった私を気遣ってくれていました。その気持ちがとても嬉しかったです。今では娘のベッドやベビーカーなど買ってくれて、とっても可愛がってくれています。

「不安はなかったです。ギャルだったから(笑)」16歳で妊娠したギャルママ・聖菜が離婚し、シングルマザーになったワケ へ続く

(「文春オンライン」編集部)

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