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「あの年齢の子どもにありがちですが…」秋篠宮さまが明かした悠仁さま15歳への“教育としつけ”

文春オンライン / 2021年10月7日 6時0分

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立皇嗣の礼「立皇嗣宣明の儀」を前に秋篠宮ご夫妻を見送られる悠仁さま ©JMPA

 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんのご結婚については、今なお国民のあいだでさまざまな議論が巻き起こっています。「文藝春秋」は秋篠宮家の内実を報じてきました。秋篠宮さまと親交の深い江森敬治氏(毎日新聞編集委員)による寄稿(「文藝春秋」2014年5月号)を特別に全文公開します。(全3回の1回目/ #2 、 #3 へ続く)

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

◆ ◆ ◆

紀子さまがズボン姿の軽装で挨拶に

 2013年の暮れのことだった。宮邸で秋篠宮さま(48)と会っていると、紀子さま(47)がズボン姿の軽装で部屋に入って来た。紀子さまは、朝、悠仁さまと一緒に出掛け、先程、宮邸に戻り、挨拶に来たのである。軽装だったため、私は紀子さまにどこかへ出掛けていたのか尋ねたところ、この日の朝、悠仁さまと一緒に、皇居・大道庭園詰所を訪れ、新春用の「春飾り」と呼ばれる寄せ植えの盆栽飾りの作業の手伝いをしていたと紀子さまは答えた。

 春飾りはウメの古木を中心にマツ、タケ、センリョウ、マンリョウなど縁起の良い草木を配置して作り、年末から新年にかけて宮殿や御所などに飾るものだ。庭園詰所を訪れるのは3年目である。

 職員が作業をしている所を見学し、興味を持ち、自分でも作ってみたいと思った悠仁さま。職員に教えてもらいながら作ったという。

 一昨年、昨年も、陶器の鉢に土、草木や苔を植栽し、悠仁さまは宮邸に飾る春飾りを作った。その春飾りは新年に宮邸に飾ったという。

 また、2人は、昨年、天皇、皇后両陛下や宮さまたちの食事の世話をする宮内庁大膳課も訪れた。悠仁さまは、調理場で、新年用の宮中料理が作られる過程を見学した。紀子さまと悠仁さまは作業、調理現場を訪れ、魚をさばいたり、和菓子を作ったりするところなどを見たが、宮内庁関係者によると、質問をしながら熱心に見学したことに現場の職員たちはとても感激した様子だったという。

悠仁さまはどんな教育やしつけを受けているのか

 平成18年9月6日に秋篠宮ご夫妻の3番目の子どもとして生まれた長男、悠仁さまは、現在、7歳。4月には、お茶の水女子大学附属小学校の2年生に進級する。皇室に男子が生まれたのは、秋篠宮さま以来、41年ぶりのことだった。悠仁さまは皇太子さま、秋篠宮さまに次いで皇位継承順位が第3位となる。皇室典範では、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めており、現状では将来、悠仁さまが天皇となる可能性は高い。皇太子さま、秋篠宮さまの次世代の皇位継承者である悠仁さまがどのように成長するのか。両親たちからどんな教育やしつけを受けているのか。国民の関心は高い。

 皇位継承順位第3位との重い立場にある悠仁さまとはいえ、そこは7歳の男の子。元気一杯で、この冬は風邪もほとんど引かなかった。「学校生活は楽しいらしく、毎日、元気に過ごしています」と、話す宮さま。悠仁さまについて語る時、宮さまの表情は、思わずゆるむのだ。

「あの年齢の子どもにありがちですが」と語った宮さま

 悠仁さまは、「ゆうちゃん」、または、「ゆうゆう」「ゆっぴー」などと、家族の間で呼ばれている。「ゆうちゃん」は、毎年夏になると、両親と一緒に頻繁に御所に出かけて昆虫採集を楽しむ。でも、昆虫の少ない冬場はどうしているのだろうか。

「あの年齢の子どもにありがちですが、悠仁の興味は少しずつ変化し、関心のある分野も徐々に広がってきていますね。最近は、山歩きに興味があるようです。東京の山が好きらしいですよ」と、宮さまが教えてくれた。

 昨年10月から今年1月にかけて、東京・奥多摩の森や山などを、母親と一緒に楽しんだ。山道を歩き、葉の落ちた木々や冬の植物などを観察しながら、大自然の中でゆったりと貴重な母子の時間を過ごした。

「ゆうちゃんは天気予報もお気に入りだ」と、紹介したことがある。新聞で雪マークを探すのが好きになり、それがきっかけとなって天気予報に興味を持った。宮邸玄関に温度計があり、それで毎日、気温のチェックを欠かさない。宮さまによると「ゆうちゃんは小さな気象予報士」なのだが、近頃は、自分の住む東京都心だけでなく、山の気候や気温などにも関心を持ちはじめ、それで山歩きに興味を覚えたらしい。山歩きでも、山の麓の気温や天気が、登るにつれてどのように変わっていくのかなどを確認していたらしい。今年2月、東京は2度、大雪に見舞われたが、東京やその他の地域の積雪量などにも関心を示していた。

紀子さまは熱心に学校の委員を

 小学校では、保護者が学校の行事や授業などに参加・協力する機会がいろいろとある。「今年度、家内は学校の委員をしているので、よく行っています」と、宮さまが話すほど紀子さまは熱心だ。お茶の水女子大学附属小学校では、昨年末に、おもちつきが行われ、大勢の父母たち(兄弟たちも)が参加し、秋篠宮家はご夫妻と眞子さま、佳子さま、悠仁さまと一家5人全員で出席。もち米を蒸したり、もちをついたり、おもちの味付けなどをした。にぎやかで楽しい集まりだったようである。

 昨年11月の記者会見で紀子さまは悠仁さまの学校の様子について、このように説明した。

「学校の授業についてですが、いろいろな授業があります中で、例えば、子どもたちがいくつかの課題の中から一つを考えて選んで取り組むものがあります。小学校では『えらぶ』の授業、『えらぶ』の時間と呼んでいまして、ことばや『あきみつけ』などのプリントが用意されまして、そのプリントに取り組みながら学習していきます。よくその『えらぶ』の時間について家に戻りましてからも話すことがあり、『今日はあきみつけでひめリンゴをみつけたよ』と言って姫リンゴをうれしそうに見せてくれたり、また、『明日はどれにしようかな』と考えながら話すこともあります。(略)給食はとても楽しみにしているようで、毎日残さずおいしくいただいているようです。ほかにも好きなことは、休み時間と放課後遊びで、今は鬼ごっこや縄跳びをして元気に遊んでいるようです」

伊勢神宮参拝と沖縄ご訪問

 昨年3月、悠仁さまは初めて、三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝した。皇室の祖神とされる天照大神がまつられた内宮では、スーツ姿の悠仁さまは両親や姉の佳子さまと一緒に玉串をささげ、拝礼した。

 この年の12月には、悠仁さまは両親とともに、初めて沖縄県を訪れた。糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園内にある国立沖縄戦没者墓苑や平和の礎(いしじ)を訪問。悠仁さまは、墓苑で両親とともに花を手向け沖縄戦などで犠牲となった約24万人の名前が刻まれた石碑を見学した。幼稚園児だった眞子さまと幼い佳子さまもこの平和祈念公園を訪れたことがある。宮さまは、高校時代は「地理研究会」に所属。大学時代は「自然文化研究会」を主宰し、富山・五箇山や岐阜・白川郷など日本各地を訪れている。また、総合研究大学院大学・葉山高等研究センターによる共同研究プロジェクトに加わり、岩手・大槌町や西表島、屋久島、宮崎・椎葉村などにも出掛け、自然とそこで暮らす人たちとの多様な関係に触れた。こうした旅行体験が現在の活動や自分の人生に広がりや奥行きを持たせ、とても意義があったと、宮さまは感じているようだ。旅行は生きた勉強の場なのだ。

「これから、悠仁さまとどこに行きたいですか」

 昨年の宮さまの誕生日にあたっての会見でも、宮さまは、教育に対してゆるやかな3つの考えを持っているように感じられた。

 まず、日本各地の伝統、文化や産業などを実際に見ること。歴史を知ること。そして外国の文化に触れ、日本との相違点や近似点を考えることだ。紀子さまもまた同じ考えだという。

 眞子さまや佳子さま、悠仁さまが体験した伊勢神宮参拝や沖縄訪問は、こうした宮さまの考えに沿ったものだ。

 昨年の会見で宮さまは、「もちろん大きくなっていく段階で日本以外の国、海外のことを知る機会も大事だと思いますけれども、日本の国内にも地域ごとに様々な興味深い文化がありますので、そういうのもできるだけ知る機会を作っていけたらいいなと私は思います」と、語った。

 私が、「これから、悠仁さまとどこに行きたいですか」と、質問すると宮さまは、「まだ京都を一緒に訪れていないので」と、話していた。京都は皇室とゆかりが深く、宮さまもよく行く場所だ。

 会見で紀子さまは、悠仁さまの成長について「これからも両陛下にお伺い申し上げつつ、しかるべき人々の意見を伺い、宮様とともに考えてまいりたいと思っております。年齢に応じて基本的に身につけるべきことや学ぶべきことなど多々ありますけれども、与えられた立場にふさわしく努力していけるように、宮様と成長を見守っていくことができましたらと考えております」と、答えている。

( #2 へ続く)

「出勤しても机もない」眞子さまに“職員への感謝”を教え続けた秋篠宮家 宮内庁との“風通し”は? へ続く

(江森 敬治/文藝春秋 2014年5月号)

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