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「その仕事、楽しんでやっている感じですね」タクシー乗務員がソープ嬢の乗客に投げかけた一言…女性の“意外な反応”とは

文春オンライン / 2021年10月8日 17時0分

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©iStock.com

「ここは俺のシマだから」「逃げるなよ」50歳でタクシー乗務員になった私が忘れられない“ヤバい”乗客 から続く

 典型的な詐欺師、“その筋”の人、怪しい老紳士……。タクシーにはさまざまな人が乗り込んでくる。それだけに、ときに理不尽な体験に合うこともあり、嫌な客が降りた後、車内で「バカヤロー!」と大声で怒鳴ることは数知れない。

 そう語るのは、50歳で失業し、以降15年間にわたってタクシードライバーとして勤務した内田正治氏だ。ここでは、同氏がコロナ禍で苦境にあえぐ元同僚たちへ思いを馳せながら、当時の体験を書きまとめた『 タクシードライバーぐるぐる日記 』(三五館シンシャ)の一部を抜粋し、紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆◆◆

ソープランド:人生悟った如来さま

 この仕事は風俗業とのつながりも深い。私のテリトリーではやはり吉原関係者が多かった。

 吉原ソープ街のある台東区千束の最寄りの駅は鶯谷(*1)か浅草か三ノ輪で、そこからのアクセスはタクシーしか交通手段がない。

*1 都内にはもうひとつ「鶯谷」という町名がある。渋谷区の南西部にある「鴬谷町(うぐいすだにちょう)」がそれだ。「ウグイスダニ方面」とだけ言って、上野の鶯谷に行くと、場所が違うと因縁をつけて金品を要求するケースがあり、事務職員に注意を促された。

 私が入社する前のバブル期には、タクシーがお客を乗せて吉原に到者すると、クルマのまわりを数人の客引きが取り囲んだという。店が我先にとお客の奪い合いをするのだ。時には客引きがボンネットに這いつくばって、乗せてきたお客を奪い取ったという。

 しかし、こうした行為をお客が怖がったため、ソープランド業界も店頭での呼び込みのみに切り替え、安全・安心の街をアピールするようになった。だから、私のころにはこうした過激なお客の奪い合いはすっかり姿を消していた。

 吉原行きのお客は、行き先を告げる際、照れ臭そうに笑っていたり、その逆に憮然としていたりと、こんなところにもその人ならではのキャラクターがにじみ出たりする。

 たまにお客から「運転手さん、いい店知っている?」と聞かれることがあった。

 同僚の中には、店とつながっていて、乗せたお客を自然にその店に案内して、紹介した店からキックバックをもらっている人がいた。

 反対に吉原から最寄り駅までのお客を乗せることもよくあった。吉原から上機嫌で乗り込んできたお客だった。

「今、店を出ようとしたら、マネージャー(*2)から、『女の子、ちゃんとマット洗いしましたか? テクニックはどうでしたか?』だってよ。しっかりリサーチしているんだね」

*2 マネージャーと思われる男性が、運転者証を確認して、メモを取っていた。わけを聞くと、タクシードライバーの中に、店の女の子に対してセクハラ的な言葉を投げかけるものがいるのだと怒っていた。こうした一部のドライバーがタクシー業界全体のイメージを悪くしているのはたいへん残念な話である。

 私は思わず、「なんて答えたんですか」と開いてしまった。

「運転手さん、野暮なこと聞いちゃダメ。それが武士の情けだよ。ハハハ」

 武士の情け? それってこういうときに使う言葉なのだろうか。それにしても、ひと仕事終えてきた男性はあくまで上機嫌なのであった。

「なんでも楽しんじゃったほうがいいでしょう。短い人生なんだから」

 ソープ嬢もたくさん乗せた。吉原までの道中、気さくにあれこれ話をしてくれた女の子(*3)も多い。

*3 ある日、吉原まで乗せた女の子に、「運転手さんに娘さんがいたとして、その子が風俗で働いていたら、どう思います?」と聞かれた。「一般的には、親ならふつうの仕事をしてほしいというのが本音でしょう。でも本人が浮ついた考えではなく、しっかりと考えてのことなら尊重します」と差しさわりないように答えた。彼女は「そうですよね…」と思案していた。結局、彼女は親に打ち明けたのだろうか。

 20歳そこそこで小柄な、まだ幼さの残った女性だった。

「あのね、お客さんの中に80歳くらいのおじいちゃんがいるの。アレは全然できないんだけど、ずっと私の体をなめたり、触わったりして、それがすごく楽しいんだって。くすぐったくてしょうがないけど、すごくラクだし、毎月来てくれる常連さんだからいいの」

 私は相手がいくつであろうと、丁寧なしゃべりだけは心がけていた。タメ口など絶対にNGだった。

「ああ、そんなご高齢の方も来るんですねえ。きっとお客さまのファンなんでしょう」

「あとね、先週、自分のカバンから女性の下者を出して、それを着てくれっていう人もいたわ。とても人前じゃ着れない、マイクロ下着とスケスケ下着。穿いた姿を見たいんだって。もちろん嫌な顔しないで着たわ。指名客は大切だから」

 タクシードライバーと同じく、彼女たちもプロの接客業、お客の期待に応えるのが仕事なのである。

「でもさあ、やたら威張っている奴もいるよね。金を払ってんだからって、ああしろこうしろと命令ばっかりしてくる奴。ムカつく。でもプロだから顔には出さないの。帰ってから、二度と来るなバカ、って舌を出してやんの」

 まったく同感だった。

 ストレス発散なのか、走行中ずっと話している彼女だが、不思議と悲壮感はない。「趣味と実益を兼ねて」という言葉があるが、もしかして彼女もそうなのではないか。そう思った私は、こんなことを言ってしまった。

「でもお客さま、その仕事、楽しんでやっている感じですね」

 言ってから、マズかったかなと思った。当然、彼女の仕事はラクなことばかりではないだろう。なんだかさもラクそうですね、と聞こえてしまわなかったかと心配したのだ。「ああ、そう、わかる? そうかもね。性格もあるけど、なんでも楽しんじゃったほうがいいでしょう。短い人生なんだから」

 60をすぎた私が言うならわかるが、まだ20歳そこそこの女の子の言葉とは思えなかった。この如来さま、もう人生を悟ってしまわれたのだろうか。

 彼女は吉原のお店の前に到着すると、料金を支払い、クルマから降りると、私のほうにお尻を向けてスカートをペロッとめくりあげた。

「サービス!」そう一言だけ言い残すと、お店に消えていった。

 こんなに性格が明るくて茶目っ気のある彼女なら、癒やされるためにくる指名客はきっと多いことだろうな。

 彼女だけでなく、吉原への行き帰りに乗せた女性たち(*4)の生の声はリアリティーと迫力にあふれ、私はその話を聞くのがとても好きだった。

*4 吉原関連の女性でヘンなお客に当たったことはない。やはり究極のサービス業だからだろうか。

某月某日クレーマー:ベテラン職員の解決法

 深夜に帰庫すると、事務所の雰囲気がいつもと違う。それとなく知りあいの事務職員に開くと、ちょうど今、別室で夜勤の田尻さんがクレーマー対応にあたっているのだという。

 事務職員が声をひそめて教えてくれたのは、その日、交通トラブルがあり、相手の男がタクシーを付け回した挙句、営業所まで文句を言いに乗り込んできたのだという。会社には事故の際に専門的に処理をする「事故係」はあるが、クレーマー対応を専門に請け負う係はなかった。基本的には事務職(*5)のベテラン社員が対応していた。

*5 元ドライバーで年齢でリタイアした人たちがパート勤務で夜の電話番をしていた。夜8時から翌朝9時まで、正社員は仮眠していることが多く、基本的には彼らパートさんたちが電話対応にあたっていた。

 正当なものから意味不明なものまで、電話による苦情はよくある。

「接客態度が悪かった」とか「わざと遠回りされた」というようなものから、「5人で乗せてほしかったのにドライバーに断られた」といったものまで多種多様である。しかし、こんな夜中に会社まで直接文句を言いに押しかけてきた人は初めて見た。

 何を言っているかまでは聞こえてこないが、その部屋からはときおり怒鳴り声が外にまで漏れてくる。相当な剣幕らしい。

 田尻さんは事務職だが、数年前までタクシードライバーだった。大柄で強面であり、それを見込まれてクレーマー対応に当たることが多かった。

 見た目は怖い田尻さんだが、シャレのわかる人でいつもドライバーの身になって接してくれていた。私など営収が悪いとき、「こんな日もあるよ、内田さん。次にがんばればいいよ」とねぎらいの言葉をかけてくれた。

 タクシーに乗車していても、ドライバーに苦情を言う人は多い。言われて仕方ないと思うこともあるが、意味のわからないクレームも多いのだ。

 なかにはクレームをつけたくてクレームをつけてくる人がいる。こういう人は苦情を言うこと自体が目的なのだから、どうにもならない。

 クレームを言われたドライバーを先に帰宅させ、田尻さんはひとりでそのクレーマーと向き合っていた。

 15分ほどすると、クレーマーは最後っ屁のような悪態をつきながらも帰っていった。

 私は田尻さんに「どのように解決したんですか」と聞いた。

「人は熱くなるときもあるが、時が経てば元に戻るんだよ。ずうっと怒っていることなんてできないんだから。相手の言い分を黙って開き、しゃべり終わるまで反論しない。今回だって、相手の言い分をうんうんと聞いていただけだよ」とほほえんだ。

 クレーム対応のお手本で、彼の貫禄勝ち(*6)だった。

*6 ベテランドライバーの話によると、田尻さんはドライバー時代の成績はまったく振るわなかったのだという。人にはそれぞれ能力を生かせる場所があるということだろう。

【前編を読む】「ここは俺のシマだから」「逃げるなよ」50歳でタクシー乗務員になった私が忘れられない“ヤバい”乗客

(内田 正治)

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