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《競馬史に刻まれた名レース》並ぶ、差す、並ぶ、差し返す… いま振り返る“シャドーロールの怪物” の神々しい姿

文春オンライン / 2021年10月18日 17時0分

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第43回神戸新聞杯でマヤノトップガンに跨る田原成貴 ©文藝春秋

 歴史に名を残す競走馬がターフに集い、数々の名勝負を繰り広げていた1990年代後半は、競馬が最も熱かった時代だといっても過言ではないだろう。

 そんな時代の名馬・名レースに迫った一冊が、競馬ライターの小川隆行氏、競馬ニュース・コラムサイト「ウマフリ(代表・緒方きしん)」の共編著『 競馬伝説の名勝負 1995-1999 90年代後半戦 』(星海社)だ。ここでは、同書より一部を抜粋し、“シャドーロールの怪物”が観客の度肝を抜いた1996年の阪神大賞典を振り返る。(全2回の1回目/ 後編を読む )

◆◆◆

1996年3月9日「阪神大賞典」発走

 その日の出来事を、鮮明に覚えている一日がある。

 人の心とは不可思議なもので、何年、何十年も前に誰かに言われたことを、まるで昨日言われたかのように感じて傷つくことがある。その逆もまた然りで、どれだけ月日が流れようとも色褪せず、まばゆい輝きを放ち続ける出来事もある。時の流れは一定ではなく、人の心の織り成しにあわせて流れたり、止まったりもするのだ。

 1996年3月9日は、そんな特異点のような一日なのだろう。

 中山のメインレース、マーチS(GⅢ)が大荒れとなった興奮と喧騒が止まぬままに、阪神のメイン、阪神大賞典(GⅡ)が発走の時刻を迎える。土曜日の阪神競馬場としては異例の6万人近いファンが見守る中、年度代表馬2頭がおさまったゲートが開いた。

 スティールキャストが先頭に立ち、10頭はほぼ一団となって1周目の正面スタンド前を通過していく。刻んだラップは、前半5ハロンが1分3秒0とスローペース。各馬、折り合いに細心の注意を払いながら、3000mの長い道のりを進んでいく。2000mの通過も2分7秒台と、レースはさらに緩んだペースで流れる。

 その2000m標識を通過した刹那、スタンドから沸きあがる大歓声。動いた。前目3番手あたりのポジションを取っていた栗毛が、徐々に進出を開始したのだ。

 1995年の年度代表馬、マヤノトップガン。

 前年の夏にはまだ条件戦を走っていたが、秋のトライアル連続2着から菊花賞を制した。さらに続いて年末の大一番、有馬記念を逃げ切ってGⅠを連勝したことで、年度代表馬の栄誉に浴していた。鞍上には、天才と称された田原成貴騎手。その美しい騎乗フォームが、今日も馬上で輝いている。

マヤノトップガンのすぐ後ろから、ナリタブライアン

 馬なりのままスティールキャストをゆっくりと交わし、先頭に立つ。その姿は泰然として、現王者の風格と威厳を感じさせた。

 マヤノトップガンと田原騎手の予想よりも早い仕掛けにより、レースは瞬時に沸点を超えた。

 しかし、そのすぐ後ろから、シャドーロールが揺れる黒鹿毛の馬体が迫る。

 1994年の年度代表馬、ナリタブライアン。

 深く沈み込むようなフォームから繰り出される比類なき豪脚で、シンボリルドルフ以来10年ぶりの三冠馬に輝き、さらには有馬記念で古馬相手にも圧勝した。しかしその豪脚の代償か、さらなる飛躍が期待された翌1995年の春に、ナリタブライアンは股関節炎を発症してしまう。なんとか同年の秋からターフに復帰したものの、天皇賞・秋、ジャパンCと続けて惨敗し、続く有馬記念では4着と、マヤノトップガンの後塵を拝していた。

 あの豪脚は、もう見られないのかという諦めと、もう一度だけでも、あの走りを観たいという期待と。ナリタブライアンが走る度に、ファンの心理はその狭間で揺れた。

 今日は大丈夫なのか、ブライアン。

 祈りにも似た視線を一身に浴びながら、ナリタブライアンもまた馬なりのまま、マヤノトップガンに並びかけていく。鞍上の武豊騎手の手綱には、まだ余力は十分にありそうだ。

 残り600m、2頭の馬体のシルエットがぴたりと重なった。ぐんぐんと、その後ろのノーザンポラリスとの差が、開いていく。内にマヤノトップガン、外にナリタブライアン。並んだまま、直線を向く。もはや、2人と2頭だけの世界だった。

 並ぶ、追う、並ぶ、追う。

 内か、外か。流星か、シャドーロールか。天才か、名手か。

 並ぶ、差す、並ぶ、差し返す。

 栗毛か、黒鹿毛か。意地か、誇りか。変幻自在か、豪脚か抜く、抜かせない、抜く、抜き返す。

2人と2頭だけが呼吸をあわせたワルツのように

 それは、ぴたりと呼吸をあわせたワルツのようにも見えた。

 それは、何者たりとも立ち入れない神事のようにも見えた。

 長い歴史の中で生き残ってきた、選良中の選良たるサラブレッドたち。その中でも、同時代を代表する2頭の名馬と、稀代の名手2人による、永遠とも思えるほど長い追い比べ。

 誰よりも、速く。その単純極まりない本能に訴えかける、競馬の魅力。それが凝縮されたような、数十秒間。

 3着のルイボスゴールドを9馬身も千切り捨て、ゴール板までびっしりと続いた2頭の追い比べは、首の上げ下げでわずかにナリタブライアンが前に出ていた。

 2頭のマッチレースはただただ美しく、ただただ雄々しく、それでいて、神々しかった。

 観る者の魂を震わせる、3分4秒9。競馬ファンであることを誇りたくなる時間だった。その日その時間を生きられたことに感謝を捧げたくなる、約3分間の出来事だった。

 1996年3月9日。競馬史に刻まれた、阪神大賞典。

 何年、何十年と、どれだけ時間が流れようとも。

 あの2頭の姿は、あの日あの瞬間を生きた人々の心の中に、まばゆい輝きを放ち続ける。

(執筆・大嵜直人)

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(小川 隆行,ウマフリ)

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