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「アリをゾンビに変えてしまう」寄生生物のあまりにもキモすぎる生態

文春オンライン / 2021年10月15日 6時0分

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アリを「ゾンビ」に変えてしまうタイワンアリタケとはいったい? ©iStock.com

《閲覧注意》「サナダムシを腸に寄生させて痩せた」とされるマリア・カラス伝説の真相 から続く

 一度捕まったアリは体の自由を奪われ、あとはふらふらと死ぬまで徘徊する……。彼女らをゾンビのように仕立て上げる「寄生生物」の正体とは? サイエンスライターの大谷智通氏による新刊『 眠れなくなるほどキモい生き物 』(集英社インターナショナル、イラスト:猫将軍)の一部を抜粋。寄生生物「タイワンアリタケ」の生態に迫る。

「冬虫夏草」と呼ばれ、さまざまな薬効をもつ秘薬として珍重

 地面を這いずったり空を飛んでいたりしたはずの虫が草片、つまりはキノコに変わり果てることがある。

 古代中国の人は、その不思議な生き物を「虫草」と呼んだ。その正体は、生きた昆虫(クモやダニも含む)に寄生して数日から長い時には数年もかけてその体を蝕み、あげく殺して虫の体外にキノコ(大型の子実体)をつくる昆虫寄生菌類である。

 有名なのは、チベット高原に生息するコウモリガ科のガ幼虫に寄生する種コルディセプス・シネンシス、和名トウチュウカソウだ。冬には土の中で蠢(うごめ)いていたガの幼虫が夏には草片になることから、「冬虫夏草」と呼ばれ、さまざまな薬効をもつ秘薬として漢方や薬膳料理で珍重されてきた。

 本来、「冬虫夏草」といえばこのコルディセプス・シネンシスのことを指す。昆虫にキノコを発生させる菌類は世界で約580種、温暖で多湿な気候の日本ではそのうちの約300種が発見されていて、冬虫夏草菌または虫草菌と総称される。

 ある種の冬虫夏草菌は特定の昆虫にしか寄生しない。つまり、寄生生物として宿主特異性が高いのだが、冬虫夏草菌がどのようにして宿主を識別しているのかはよくわかっていない。

アリを「ゾンビ」に仕立て上げるタイワンアリタケ

 いずれにしても、キノコのつとめは第一に胞子をまき散らして繁殖することだ。それを最大の効率で行うために、宿主の行動を操るものすらいる。

 科学者に「ゾンビアリ菌」と呼ばれるタイワンアリタケも、そのような冬虫夏草菌の一種である。

 この菌が宿主とするのは、ダイクアリという熱帯雨林に生息するアリだ。ダイクアリは普段は林冠、つまりは樹木の上層部分にいるが、林冠の隙間を越えるために時々は林床にも降りてくる。このとき運が悪ければ、そこにタイワンアリタケの胞子が降り注ぐエリアが設置されていて、アリは胞子を浴びてしまう。

 体表に付着した胞子が発芽して、酵素でアリの外骨格を穿ったとき、アリの命運は尽きたといえるだろう。アリの体内で菌糸体がどんどん増殖していき、頭の中では脳を囲むようになる。

 菌が十分に増殖すると、アリは林冠にある巣から離れて酔っぱらいのように歩きまわるようになる。

ゾンビに仕立て上げられた哀れなアリの姿

 時折痙攣しては林床に落下し、またふらふらと歩きまわるが、やがて背の低い草に登り、最終的に地面から25センチほどの高さにある葉の裏へとたどりつく。

 そして太陽が最も高い位置にくる正午ごろ、アリは葉裏の主葉脈に大アゴで嚙みつき、そのままの体勢で夜までに息絶える。

 この異様な死に様は「デス・グリップ」と呼ばれ、これによってアリの体は死してなお葉裏にしっかりと固定される。その後、アリの骸からは大量の菌糸が出てきて、葉により強く張りつく。やがてアリの頭部や頸部から体の倍ほどの大きさのキノコが生えてきて、あたりに胞子を振りまくのだ。次の犠牲者を求めて。

 ふらふらとした方向感のない歩行、繰り返される痙攣、そして死ぬ直前の嚙みつき――正常なアリとは大きく異なるその行動は、映画やゲームに登場する「ゾンビ」のそれにほかならず、これこそタイワンアリタケが「ゾンビアリ菌」と呼ばれるゆえんである。

 アリの異常な行動は、菌によって引き起こされたものだ。菌は自らが成長と繁殖を効率的に行うために、哀れなアリをゾンビに仕立てたのである。

 菌が宿主のアリを林冠の巣から離すのは、巣の中で殺してしまっては、病原体のまん延を警戒した仲間に死体をすぐに遠ざけられてしまい、キノコの発生と胞子の散布に十分な時間がとれないからだ。

 また、死に場所として地表から25センチほどの高さにある葉の裏側を選ばせるのは、そこが林冠よりも涼しくて湿気った環境であり、菌がキノコを発生させて胞子をばらまくのにうってつけだからである。

 菌がアリにトドメを刺す場所は極めて限定的で、そこには以前に操られて死んだアリの死体が数多く残されており、さながら「アリの墓場」といった様相であるという。

捕まったアリは「死ぬまで」解放してもらえない

 アリタケは宿主の体内を菌糸で満たしていくが、アリが死ぬときまで脳そのものには手をつけない。宿主を自らの足で墓場へと歩かせるためには、ギリギリのタイミングまでその神経系が必要だからだ。

 つまり、アリは全身を菌糸に冒されながらも、その脳は最期まで機能しているのだ。菌がデス・グリップまで見届けると、ようやくアリは殺してもらえる。

 このときアリの大アゴの筋肉のまわりには菌糸が広がり、筋繊維が不自然に強く収縮しているという。そのため、大アゴはアリの死後も開くことはない。なんという念の入れようだろうか。

 デス・グリップが正午ごろに起こるのは、菌がアリの死体から外界に出てくるタイミングを日が落ちたころにするためだろうといわれている。

 菌にしてみれば、日の光がなく、より涼しく、より湿度の高い夜の方が外界に出るには都合がいい。外に出た菌糸はアリの体を補強し、キノコを生やす土台としてより安定させる。

なぜ菌は宿主の行動を操るに至ったのか?

 アリの脳への指令は、おそらく複数の化学物質を介して行われているのだろう。科学者によっていくつかの化学物質の候補が推測されているが、タイワンアリタケがどのようにして宿主を死すべき墓場へ導いているのか、どのようにして葉の嚙みつくべき部位を選ばせているのか、どのようにして死の時刻を把握しているのか、その実際の仕組みはさっぱりわかっていない。

 菌には脳がない。思考能力も、意思も、意識もない。そのはずである。そんなものが、ほかの生物の脳に働きかけ、これほどまで具体的に行動を操るなどという話はにわかには信じがたい。

 しかし、いま地球上に存在しているすべての生物は、一つの共通祖先となる生物から同じだけの時間をかけて進化してきているのだ。

 そう考えれば、タイワンアリタケがその遺伝子の中に、宿主を操るためのプログラムを持っていても不思議ではないのかもしれない

あなたの顔にも…約70%の人類に寄生する「ニキビダニ」の世にも奇妙な生態 へ続く

(大谷 智通)

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