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「寝ている布団ごと縛られたり、車のトランクに入れられて病院に強制移送される人もいた」 精神障害者を医療機関につなげる“移送”のリアル

文春オンライン / 2021年11月9日 17時0分

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押川剛さん

 1996年に日本で初めて病識(自分が病気であるという認識)のない患者を説得して医療につなげる「精神障害者移送サービス」を始めた、(株)トキワ精神保健事務所の押川剛さん。原作を手がけるマンガ『 「子供を殺してください」という親たち 』は、「今までにないノンフィクションマンガ」として、コミックシリーズ累計100万部超えという、大きな反響を呼んでいる。長引く「ひきこもり問題」に正面から向き合ってきた押川さんに、現場の声を聞いた。(全2回の1回目。 後編を読む )

他の移送会社と異なるのは「事前の徹底した準備」

――『「子供を殺してください」という親たち』は、押川さんが創始したトキワ精神保健事務所での実体験を描いたマンガとお聞きしました。押川さんが行っている「説得移送」とはどういうものなのでしょうか?

押川剛さん(以下、押川) 自分が病気であるという認識のない重篤な精神障害者を説得して医療機関につなげる業務です。

 相談に来る家族の多くは、患者の未受診や受療中断、入退院の繰り返しに悩んでいます。10~20年もひきこもり生活を送っていたり、自傷他害行為や第三者への迷惑行為があったりと、家族の生活も脅かされています。

 私の会社が他の民間の移送会社と異なるのは、事前の徹底した準備にあります。具体的には、まず家族からこれまでの経緯をヒアリングします。最初から正直に話してくれるとは限りませんので、親だけでなく、きょうだいや親族にも話を聞きます。学生時代の担任教師に、どんな子供だったか聞きに行くこともありますね。経緯を時系列にして、徹底して事実を把握するよう心がけています。

 その後、本人の様子を視察調査します。精神疾患が原因と思われる言動は動画や音声で記録し、資料として保健所や医療機関に提出します。これを元に入院治療の必要性を判断してもらい、受け入れ先の精神科病院を探します。

 病院が決まると、入院日と「何時までに」というリミットを提示されるので、当日の一発勝負で本人を説得します。私への依頼は、家族間で既に刃傷沙汰になっているケースが多いので、「今日は断られたので、また明日」というわけにはいかないのです。説得のコミュニケーションは相手に合わせて変えますが、事前のヒアリングや視察調査があるからこそ、「あなたは病気なんだ、治療を受けなければだめだ」とはっきり伝えることができます。

 もちろん、入院後は定期的に面会にも行き、退院後のサポートも行っています。症状や環境により異なりますが、これが一連の流れです。

目をかけていた従業員が精神疾患を発症

――押川さんは日本ではじめて「説得移送」を始めたそうですね。なぜサービスを始めようと思ったのですか? それ以前はどのような状況だったのかも教えてください。

押川 私は大学を中退して警備会社を起業したのですが、その会社で目をかけていた従業員が精神疾患を発症し退職してしまったことがありました。あとで家族から「抵抗して暴れて大変だった。近隣の人と数人がかりで、ロープで縛って病院に連れて行った」と聞き、「自分なら彼と話をして連れて行けた。せめて病院まで付き添ってやればよかった」と後悔しました。しばらくは自責の念で仕事も手につきませんでした。

 その後、入院中の彼から、電話がかかってくるようになりました。警備員の時の習性で毎日、朝と夜に「現場に到着しましたぁ!」「仕事が終わりましたぁ!」と報告をしてくるのです。最初は私も戸惑いましたが、根気強く付き合っていくうちに彼も落ち着いてきて、病気のことも包み隠さず話してくれました。この時の彼との対話がきっかけで、「説得」を仕事にできると確信を得ました。

「精神障害者移送サービス」の構想を練るために保健所に取材に行ってみると、家族では病院に連れて行けない患者は、まるでモノのように民間の警備会社やタクシー会社によって強制的に病院へ「搬送」されていることが分かりました。寝ている布団ごと縛り上げられたり、車のトランクに入れられたりして病院に強制移送される人もいました。

 前時代的な現場を知るほどに、自分なら説得して本人の同意のもとに医療につなげることができる、とかえって自信を強めました。

精神科病院の患者に人間の原点を見た高校時代

――なぜご自分ならできると思われたのですか?

押川 それは、高校時代の「鉄格子越し」の出会いがあるからです。私が通っていた高校の近くに、精神科病院がありました。そこではいつも、汚れが目立つ服を着た入院患者たちが、「ウォー」と獣のような声をあげたり、卑猥な言葉を発したりしていました。

 当時、地域の人には「脳病院」と呼ばれていて、誰も近づこうとしませんでした。学校の先生はもちろん、喧嘩じゃ負けなしの不良も「あいつら何するかわからんけんのぉ」と恐れて近づかないのです。でも私は学校帰りに足繁く通い、鉄格子越しに彼らと対話を重ねました。あの頃はまだ病院の塀も低く、ビールケースを重ねることで、入院患者さんの顔を見て話をすることができたのです。彼らが語る言葉には忖度や嘘がありません。子供心に「このおっちゃんたち、本当のことを丸出しで言いよるな」「最強の人やな」と感じました。そこに私は人間の原点を見ました。

 昭和の時代ですので、おっちゃんたちから、酒やタバコを「買うちこい」と言われて、近所の酒屋に自腹で買い出しに行くこともありました。だからといって何でも「ハイハイ」と言うことを聞いていると、人間関係のバランスが崩れます。相手の要求にどこまで応じて、どこで線を引くか、そういったやりとりのさじ加減をこのときに学びました。

 会う回数を重ねるうちに、相手の話をまるごと受け止めた先に彼らの本音がこぼれ落ちることに、喜びも感じるようになりました。この超最難関のコミュニケーション経験が根底にあったからこそ、「説得」にチャレンジしようと思えたのです。

マンガは事実を伝えられる最高の方法

――押川さんはご自身の経験をノンフィクションとして書籍にもされています。マンガ化もしようと思われた理由を教えてください。

押川 マンガが、現時点で事実を伝えられる最高の方法だからです。メンタルヘルスの分野は、現場の真実を伝えることが何よりも大事です。私は過去にドキュメンタリー取材なども受けてきましたが、少しでも批判を受けそうな言動はすべてカットされ、本当のことはなかなか言わせてもらえませんでした。今は、メディアはより炎上を恐れて、精神疾患患者を“デパートの包装紙”に包んで、ある種のブランドのように扱っているなあと感じます。

 ノンフィクションも同じです。メンタルヘルスの世界は些細な言葉一つが反射的に差別や偏見として捉えられがちですから、活字の世界でも究極の事実は書かせてもらえません。「どうしても書きたいなら小説にしてくれ」と言われたこともあります。

 その点、マンガは言葉では伝えにくいことも、絵で表現することができます。そこで毎回、マンガ用に新たにプロットを書きおろし、ネームのチェックや作画の修正、コラム執筆と、文庫でも書き切れなかったエピソードや社会情勢を入れて、「圧倒的事実」をより「リアル」に伝えられるようこだわっています。

 1巻のケース1で慎介がバットで飼い猫を撲殺するシーンが出てきますが、このシーンには、読者からの批難の声もかなりありました。漫画家の鈴木マサカズ先生も、描くことに逡巡されたようです。でも、現実に起きた紛れもない事実だからこそ、きちんと描写してもらいました。飼い猫に手をかけるまでの詳細は、私が慎介と人間関係を作ることで聞き出せたことでもあります。

――マンガ化したことでどのような反響がありましたか?

押川 「差別的だ」とか「金儲けの道具にしている」という批判や誹謗中傷もありますが、巻を重ねるごとに、共感してくれる方や「腑に落ちた」という方が増えたと感じています。たとえば困っている家族が、行政機関や医療機関にマンガを持っていって「このマンガのようになっているんです」とSOSを訴えるケースや、精神疾患の疑いがあるきょうだいを持つ人が親を説得するためにマンガを使うケースもあると聞いています。「家や本人の状況をうまく説明できず困っていた。マンガのおかげで伝えることができた」「よくこういうマンガを描いてくれた」と感謝の言葉もいただきました。

解決の糸口は「早い段階で第三者に介入してもらうこと」

――マンガでは医療につなげたことで社会復帰できたケースもあれば、命はつながったけれど社会復帰の難しいケースも紹介されています。解決の糸口はどこにあるのでしょうか。

押川 家族の「ヤバい」状況をきれいごとや親の都合で隠さず、早い段階で第三者に介入してもらうことです。これまでの人生を否定されることもあり、それがきつくて、目先の楽な方に逃げてしまう親もたくさん見てきましたが、子供が大きくなり問題が複雑になるほど、介入してくれる専門家は皆無になります。できるだけ早い段階で家族の恥部まで晒して相談する、その覚悟を持つことが、解決のための近道だと思います。 

 成人した子どものやることに親の責任はないとよく言われますが、私は親には子どもを産んだ責任があると思っています。子どもの意思や承諾なしに「命」を創り出すのです。泥臭くて融通が利かず、まして親の思うとおりになんてならないのが子育てですが、それでも私はあえて、「あんたらの作った子や。頑張れ!」と励ましたいです。

問題を起こす子は、家族のトラブルを体現しているに過ぎない

――親の責任をお金で解決しようとする家族のケースも描かれています。

押川 刑事事件の弁護士でも国選と私選から選べるように、お金をかけて問題解決すること自体は必要です。ただし人間の問題だからこそ、お金を払ったからと言って全て親の思い通りになるわけではない。

 自分の子どもが社会生活も送れないくらい重い精神疾患を抱えているとか、ゆがんだ人格や性癖を持っているという現実に向き合うのは勇気がいることです。心地よい情報ばかりを並べて「治りますよ」という専門家のいうことを鵜呑みにし、ズルズルと事態を悪化させている親も多く見てきました。でも、その手の親は「お金を遣った」だけで、私から見れば、ただのギャンブルです。子どもの現実も見ずに無理な投資をして負けた。それを「子どものためにこんなに頑張ったのに!」とすり替えています。

 親は問題を起こす子どもをトラブルメーカーだと思っていますが、私に言わせれば、その子どもは家族のトラブルを体現しているに過ぎません。本当に子どものことを思うのなら、親自身も自分の生き様を一度、見つめなおしてみるべきです。

 たとえばアルコール依存症の3人に1人は依存症の親をもっているというデータがありますが、これも、親が自覚をして子どもに、「うちはこういう家系なんだよ」と正直に話しておくことで、依存症に対する予防ができます。

 わが子がちょっとヤバいなと気づいた時に、「私もたいしたことない」と親が言ってあげることで子どもが楽になるケースもあります。

 子どもに必要なのは学歴や肩書きよりも、個々の力でサバイブできる力を身につけることです。それを身につけさせるためには、親だけでなく、まわりの大人が率先して「しぶとく生きる姿」を見せていくことです。

【 続きを読む 】

「子どもなんか産まなきゃよかった」「あんな男と結婚しなきゃよかった」…  精神疾患を持つ家族や長期ひきこもりの問題は、なぜ家庭に“閉じ込められる”のか へ続く

(相澤 洋美)

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