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「子どもなんか産まなきゃよかった」「あんな男と結婚しなきゃよかった」…  精神疾患を持つ家族や長期ひきこもりの問題は、なぜ家庭に“閉じ込められる”のか

文春オンライン / 2021年11月9日 17時0分

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押川剛さん

「寝ている布団ごと縛られたり、車のトランクに入れられて病院に強制移送される人もいた」 精神障害者を医療機関につなげる“移送”のリアル から続く

 10年以上ひきこもりで家族ともコミュニケーションが取れない、命の危険を感じるほどの暴力で親を支配し続けるなど、病識(自分が病気である認識)のない患者を説得して医療につなげる「精神障害者移送サービス」を行っている、(株)トキワ精神保健事務所の押川剛さん。中高年のひきこもりの子どもを高齢の親が抱える「8050問題」は、枠から外れることを好まない日本社会の弊害だと指摘します。現在の精神疾患患者対応の課題についても教えていただきました。(全2回の2回目。 前編を読む )

専門家ですら関わりを拒む「対応困難な患者」という存在

――元農林水産省事務次官が障害のある長男を殺害した事件や、相模原市の障害者施設「やまゆり園」で起きた無差別殺傷事件など、マンガ 『「子供を殺してください」という親たち』 に出てくるケースを彷彿とさせる事件は後を絶ちません。高齢の親が中高年のひきこもりの子どもを支える「8050問題」もメディアでよく話題になりますが、どこに問題があると思われますか?

押川剛さん(以下、押川) 治療を受ける意思のある患者や、症状の軽い患者を診る病院はごまんとあっても、難治性の患者や、コミュニケーションをとることの難しい対応困難な患者に関わってくれる専門家はほとんどいない、という現実があります。

 日本における精神疾患患者数は今や400万人を超え、30人に1人が通院や入院をしています。精神疾患がとても身近な病気になった一方で、自分が病気だという認識のない精神疾患患者や、病状の悪化により命の危機にさらされている患者が増えています。こうした患者は、以前にもまして家庭に閉じ込められ、社会的に「いないもの」とされているのです。専門家も、そこまで追い込まれた当事者や家族がいることは知っていますが、さわれば自分がやらなければならなくなるので、誰も何も言いません。

 さらに今では「地域共生」という名の下、地域住民が当事者を見守るという方向にシフトチェンジされています。厚生労働省は患者家族や地域住民を対象に、うつ病などの精神疾患や心の不調に悩む人を支える「心のサポーター」を2033年度末までに100万人養成すると発表しました。つまり、地域住民にソーシャルワーカー・カウンセラーになれと言っているのです。しかしこれには課題があります。

「心のサポーター」を養成するなら、新たな制度や法律も必要

――具体的に、どのような課題があると思われますか?

押川 単純に考えて、専門家ですら関わりを拒む対応困難な患者を、地域の人がどうやってサポートするというのでしょうか? 「心のサポーター」は症状の軽い患者を対象にするのかもしれませんが、そういう方は自ら病院に行ったり、自ら支援を受けたりすることができるわけです。地域でのトラブルの火種になってしまうのも、あくまでも医療につながろうとしない患者です。

 さらに家はクローズドな空間なので、家族が進んで情報開示でもしない限り、その当事者がどういう状況なのか、地域住民は正確に知ることができません。

 地域住民を本気で「心のサポーター」として養成したいのであれば、並行して制度や法律もつくらなければいけないし、何かあった場合の責任の所在も明文化しなければ、絵に描いた餅に終わるか、かえってトラブルの元になるでしょう。

――仮に今後「心のサポーター」が増えていくとすると、精神科病院や施設は不要になるのでしょうか?

押川 診療報酬の面からみても、精神科病院は入院治療から訪問看護などアウトリーチに舵を切り、病床数で言えば、どんどん減らされています。

 私自身は、いくら「脱施設化」と言われようと、精神科病院で認知行動療法や作業療法を受け、病院職員やほかの患者とコミュニケーションを重ねることは、精神疾患の患者が社会性を身につけるために必要不可欠だと考えています。

 しかし「地域共生」の流れから、精神科病院に入院できるのは、病院の枠にあてはまる患者だけという時代にますますなっていくと思います。

病院も家庭も「枠に当てはまる」人間を好む

――「病院の枠」とはどういうことですか?

押川 主治医や病院職員の言うことを聞いてきちんと服薬し、問題を起こさず早期退院して訪問看護も受け、また具合が悪くなったら自ら入院するという、病院側にとって金儲けがしやすい患者という意味です。病気が一因となり社会でトラブルを起こしてしまうような患者は、認知の歪みや思考の偏りがあり、病院職員の手を焼かせる存在になりがちです。治療するにしても時間がかかり、費用対効果もあまり良くないので、最初から受け入れてもらえないのです。

「枠に当てはまる人間を好む」ことは、家庭も同じです。今日本で社会問題になっている中高年のひきこもり問題の根底には、「優秀な子ども」だけを好んできた結果が如実に表れています。この「優秀」には、学歴や肩書の優劣だけでなく、「親の言うことを聞く」「親の理解の範囲を越えない」といった意味も含まれます。

 社会においてもまったく同じことが言えますよね。日本には秩序を守り、周囲に同調することを美徳とする文化があり、失敗を許さない。私が携わったケースでは、ひきこもりの息子のことを、近所の人には「遠方で働いている」と20年も隠していた親や、結婚相手や自分の子どもに、精神疾患を持つきょうだいがいることを教えていない人もいました。

最悪の事態に陥った時に、責任を被るのは家族

――「精神疾患を抱えた子どもは優秀ではないからいらない」と思う親が多いということですか?

押川 精神疾患に限らず、「自分が理解できる」「思い通りになる」ものが好きな人が多いのではないでしょうか。言葉を換えれば、それだけ欲求が強い。頭で想像して理解するより、感情に沿って生きている人が多い、とも言えます。

 たとえば私は、思春期にひきこもり始めた子どもを、「自分たちが生涯、面倒を見ればいい」と言って家に囲っていた親が、子どもが30、40歳にもなるとさすがにイヤになっちゃって、「もう無理、死んでほしい」と言い出す姿をたくさん見てきました。子どもからすれば、「冗談じゃねえぞ」という話ですよね。親が感情的に子育てをすれば、子どもはもっと強烈な感情モンスターになります。

「ひきこもりも不登校も本人がそうしたいならいいじゃないか」と外野が言うのは簡単ですが、最悪の事態に陥った時に、責任を被るのは家族です。日本ではまだ、本人と家族を支える磐石な仕組みがあるわけではなく、失敗した時には自己責任とされる。そんな社会で生き抜いていくには、良くも悪くも「しぶとさ」が必要です。生身の人間として生きる覚悟を一人ひとりが持たなければいけないと感じています。

真実をもとに問題提起をする専門家がいない

――社会にはいまだに精神障害者に対し偏見や差別があると感じます。これを払拭するにはどうしたらよいと思われますか?

押川 これまで、精神疾患の家族を抱える問題や長期ひきこもりの問題については、家庭内で起きている命スレスレの「事実」が提示される機会が、ほとんどありませんでした。

 病状が悪化する背景には、社会のありようも関係していますが、少なからず家族にも問題があります。にもかかわらず、事件化するほど深刻になればなるほど家族の中に問題が隠され、一般の人が真実を知らずにいることが問題解決を阻んでいる要因です。家庭という現場の最前線を多数、経験してきた私からすると、メディアに出てくる専門家ですら二次情報で語っているな、と感じることも多々あります。偏見や差別をただすための教育にしても、事実を知らなければ机上の空論にしかなりません。

 私はいつも本やマンガで、行政機関を強く批判していますが、ここ数年は、その保健所や社会福祉協議会から、「押川さんの対応方法や危機管理について講演をしてください」と依頼が来るようになりました。それだけ現場も切羽詰まっている。これはひとえに、真実をもとに問題提起をする専門家がおらず、議論にさえなっていないからです。

 マンガの中には適切な治療を受けられないことで病状が悪化し、暴言や暴力として表出しているケースも出てきます。こうしたリアルな事実を提示されて初めて、このマンガで描かれているエピソードが遠い世界のゴシップではなく、自分や自分のすぐ近くにある話であり、自分の家族が将来なり得る姿かもしれないと気づく人もいるでしょう。このマンガにはそこを浮き彫りにしたいという思いもあります。

――マンガの反響で嬉しかったことを教えてください。

押川 現代の社会が見て見ぬふりをしている事象をマンガで明らかにしたことで、声すらあげられない対応困難な人たちが医療につながるきっかけをつくることができました。親との関係に悩み、自ら親を捨てて立ち直った当事者の方が、「押川さんが親を怒ってくれるのがいい。自分は間違っていないと思えた」と感想をくださるのも嬉しいですね。このマンガは多くの議論を呼んでいますが、それだけ多くの人が興味関心を持ってくれている証だと思っています。

 マンガ好きで有名な広瀬アリスさんや、音楽クリエイターのヒャダインさんがテレビや雑誌でおすすめマンガとして挙げてくださったことも、小躍りするくらい嬉しかったです(笑)。

――最近は、「子供を産まない」という選択をする人も増えています。

 家族の問題に携わる中で言いたいのは、「子供を産むこと」について、もっと真剣に考えてほしい、ということです。私は長年、相談に来る親、とくに母親から「子どもなんか産まなきゃよかった」「あんな男と結婚しなきゃよかった」という言葉を耳にタコができるくらい聞いてきました。若い時は「お母さん、何を言っているんですか!」と怒っていましたが、最近はそれも一つの真実であり、答えではないか、と思うようになりました。

 少子化で国は子どもを産めといいます。さらに、女性のなかには、子どもを産んで一人前のような圧力が今もあると聞いています。そういうなかで、「家族」や「人間」とは何かという問いに対し、マンガでどう答えを出していくか。これは私が死ぬまで続くチャレンジだと思っています。

早い時期に介入できなければ難しい

――親が「子供を殺してください」といい、子が親を殺す…。この地獄に未来はあるのでしょうか。

押川 私は若者の自立支援にも携わってきましたが、年齢の壁はどうしてもあります。早ければ早いほどいい。というより、早い時期に介入できなければ難しい。最近は、保護者による虐待事件も増えていますが、マンガでも描いているように、子どもが突出しておかしくなる要因にはしばしば、親からの虐待や不適切な養育があります。

 虐待を受けた子どもへのケアはもちろん、虐待をしてしまう親へのカウンセリングも行うなど、問題が芽吹いた時点で対応できる公的な専門施設があれば、地獄を作らない未来を描くことができます。それは児童養護施設を中心にすることが最適だと考えています。子供の問題の入り口でありつつ、最後の砦にするということです。私は今後、地元である北九州市でこの構想を練り、「北九州モデル」の実現に向けて努力します。

 それも見越して、3年前から社会人学生として、大学で法律の勉強もしています。制度や仕組みを変えるためには、法律を作るしかないからです。法知識というさらなる力も蓄えて、病識のない精神疾患患者と、患者を抱える家族の命を守ることに、全力を尽くしていきたいと思っています。

 

(相澤 洋美)

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