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さだまさし、29歳で背負った「借金35億円」を30年かけてどう完済したのか

文春オンライン / 2021年10月26日 11時0分

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長男の佐田大陸はバイオリニストとして活動 ©文藝春秋

 10月11日、シンガー・ソングライターのさだまさし(69)が前人未到のソロコンサート通算4500回を達成した。

「1976年に故郷・長崎からスタートしたコンサート。昨年以降、コロナ禍で複数公演が中止になったが、福島公演で偉業達成。さだは『自分の歩幅で一歩ずつ歩いてきた途中経過』と、すでに先を見据えた発言、5000回も現実味を帯びる」(音楽記者)

 3歳でバイオリンを始めたさだ。中学進学を機に上京し東京芸大を目指したが、同大附属高校への進学を果たせず断念。72年に友人の吉田政美とフォークデュオ・グレープを結成した。

「『精霊流し』『無縁坂』などがヒット。当時の給料は30万円だったという。だが、さだが肝炎を患ったことなどもあり、4年で解散した」(同前)

 ソロに転じた76年、「さだ企画」を設立し社長に就任(現社長は実弟)。

「前年に吉田拓郎、井上陽水らがフォーライフ・レコードを設立したように、大資本に介入されず、自分たちの音楽表現を追求したいというのが当時のフォーク歌手の“矜持”だった。さだの場合は著作権や原盤権もすべて自分でコントロールする形を取った」(同前)

「関白宣言」「親父の一番長い日」などヒット曲を連発、80年には長者番付の歌手部門4位にランクインした。だが本人曰く〈僕1人しかいないレーベルが売り上げでCBSソニーを2週間抜いた。それで僕は図に乗った〉。その結果、映画製作という“禁断の果実”に手を出したのである。

映画製作で背負った35億円の借金をどう完済したのか

「81年、中国の長江を舞台にした映画を自分の資金で制作。ヒットはしたが、それ以上に制作費は膨れ上がり、35億円の借金を背負った」(芸能デスク)

 当時29歳のさだが選んだ道は“歌で返す”。83年の結婚後も年間100回以上の公演を継続。30年かけて完済するに至った。

「『次も来てくれるリピーターは半分。だから次も満員にするには、その人たちにもう1人ずつ連れてきてもらう』というモットーに基づき、とにかく観客に徹底してサービスする」(同前)

 3時間の公演のうち1時間は、学生時代に落研で磨いたトーク。テーマは故郷の思い出から曲の誕生秘話、ツアー先でのエピソードなど幅広い。トークだけを集めたCDや本まである。

「親子三世代にわたるファンも多く、これだけ客を掴んでいる歌手は演歌勢にもいない。借金完済後も、お客さんに育ててもらったのだから、お客さんに納得してもらえるまで走り続ける、と語っている」(同前)

 まさしく“お客様は神様です”を地で行く男。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年10月28日号)

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