1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

木村拓哉は「SMAPが“空中分解”になりかねない状態」と…国民的グループ25年の暗闘史《メリー氏は“敵と家族と使用人しかいない”》

文春オンライン / 2021年11月13日 6時0分

写真

2016年末に解散したSMAP ©文藝春秋

 年間1000億円を稼ぎ出すとも言われるジャニーズ事務所のメリー喜多川氏が今年8月14日、肺炎を患い都内の病院で亡くなった。まさしく5年前、2016年8月14日に解散を発表したSMAPの “解散分裂騒動”を取材した、ジャーナリストの中村竜太郎氏による寄稿(「文藝春秋」2016年3月号)を公開する。(全2回の1回目/ 後編 に続く)

(※年齢、肩書などは掲載当時のまま)

◆ ◆ ◆

木村は「SMAPが“空中分解”になりかねない状態」

 2016年1月18日放送の「SMAP×SMAP」(フジテレビ系)は、解散分裂騒動の渦中にあったSMAPメンバーが“緊急生出演”するという異様な緊張感と期待感に包まれていた。91年に歌手デビューして今年で25周年を迎えるSMAP。同番組は「世界に一つだけの花」を朗々と歌う5人の映像を流しながらファンからの応援メッセージを伝えたが、曲が終わり切り替わった画面に登場したのは、鉄紺色のビロードの幕の前に立った神妙な面持ちの黒いスーツ姿のメンバーだった。重苦しい雰囲気の中、口火を切ったのは中央に陣取っていた木村拓哉(43)。

「先週から我々SMAPのことでたくさんの方々にたくさんのご心配とご迷惑をおかけしました。このままの状態だとSMAPが“空中分解”になりかねない状態だと思いましたので、今日は自分たち5人がしっかり顔を揃えて、皆さんに報告するのが何よりも大切だと思いました」

 続いて稲垣吾郎(42)、香取慎吾(39)とメンバーの謝罪発言が巡る間、前に組んだ手で右手の親指と人差し指の間をギュッと押さえていたのがグループのリーダー、中居正広(43)。その仕草こそが内心の苛立たしさを表出していた。

中居の険しい目と草彅の精気のない謝辞

「今回の件で、SMAPが、どれだけ皆さんに支えて頂いているのかということを、改めて、強く感じました。本当に申し訳ありませんでした」

 そう言って深く頭を下げ元に直ると、「はーっ」と深い溜息のような大きな息を吐き、

「これからもよろしくお願いします」

 と一礼。虚ろな表情で並ぶメンバーの中で唯一強い意志を感じさせたのは、睨みつけるような中居の険しい目だった。

 最後に残った草彅剛(41)は、

「皆さんの言葉で気づいたこともたくさんありました。本当に感謝しています。今回、ジャニーさんに謝る機会を木村君が作ってくれて、今、僕らはここに立てています。5人でここに集まれたことを安心しています」

 カメラを真っ直ぐ見据え、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(84)と木村拓哉に対して謝辞を加えたが、精気は無かった。

「最後に…」、草彅の言葉を引き取った木村が一瞬ためを作り、

「これから自分たちは、何があっても前を見て、ただ、前を見て進みたいと思っています」

 締め括りの曖昧な表現と共に全員が深々と頭を下げ“公開謝罪劇”は幕を下ろした。「解散」という文言に一切触れることなく、関係者の思惑通り、ジャニーズ事務所で活動を継続することが正式に表明されたのだった。

「公開処刑」と断じた報道もあった

 NHKを始め一般紙をも巻き込んで解散危機が報じられた国民的人気グループSMAPだが、この場面の瞬間最高視聴率は37.2%を記録し、翌日の新聞では「SMAP存続表明」「空中分解は回避」という見出しが躍った。また一方で「公開処刑」と断じるものもあったが、いずれにせよ解散騒動は瞬く間に収束する形となった。同日、安倍晋三首相が参院予算委員会で、「SMAPが多くのファンの期待、願いに応えて存続することはよかった」と述べるほど国民的関心事となっていたこの騒動。だが、冒頭紹介した謝罪の模様を何度視聴したところで経緯や背景は全く伝わってこない。夢を与えるスターの輝きとは程遠い陰鬱なSMAPメンバーの残像が心に張り付くだけで、例えようもない強烈な“違和感”が我々を襲うのである。

 はたしてこれはいったい何だったのか。

 発端は今年1月13日付の日刊スポーツが「SMAP解散 キムタク以外独立」、同時にスポーツニッポンが「SMAP分裂危機」と両紙ともに一面トップで報じたこと。「SMAPの育ての親」とされる飯島三智マネージメント室長(58)がジャニーズ事務所を退社する意思を固めており、それに伴い中居、稲垣、草彅、香取の4人が同事務所を退社、独立し、木村は事務所に残留する方向だと2紙は伝えた。その報道を受けたジャニーズ事務所が「この件について協議・交渉がなされている事実は存在します」と認め、一気に顕在化したのである。

バラエティ番組に活路を求めたSMAP

 SMAPは1988年に、光GENJIのバックダンサーだった少年グループから先の5人に加え、96年に脱退した森且行(41)の6人で結成され、3年後の91年9月に「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。しかし当時は音楽番組が次々と消滅する「アイドル氷河期」だったため、人気が伸び悩んでいたSMAPはバラエティ番組に活路を求めた。王子様アイドルがお笑いをするなど考えられなかった時代にコントに挑戦するなど、その後の芸能界の嚆矢となる斬新な活躍を見せた。

「夢がMORIMORI」や「SMAP×SMAP」などの番組を通じて知名度や人気を獲得したSMAPは、フジテレビ「月9」ドラマに出演した木村がキムタクの名で流行語になるほどブレイク。中居も司会業で実力を発揮し、それ以外のメンバーもドラマや舞台、バラエティなどに積極的に進出した。グループのみならず個人活動でも幅を広げ、「夜空ノムコウ」「らいおんハート」などのミリオンヒットを飛ばす頃には、SMAPは押しも押されもせぬ国民的グループとなった。そうした成長の背景にはジャニーズ事務所の後ろ盾も大きかったが、飯島氏の献身的なプロデュースが功を奏したと芸能界ではいわれている。

「私にマネージメントを」飯島女史との強い関係

 デビュー曲がジャニーズ史上最低の枚数しか売れなかったSMAPは当初「この先、売れっこない」と、不遇の扱いだった。しかし、

「当時ジャニーズ事務所でデスク職だった飯島さんが『私にマネージメントをさせてください』とメリー喜多川副社長(89)に直訴し、原宿にあったジャニーズの合宿所から追い出されていた彼らを自分のアパートに呼び寄せ食事の世話などいろいろと面倒をみた。事務所から疎んじられていると感じていた少年たちからすれば飯島さんは大恩人に映ったことでしょう」(当時を知る芸能関係者)

 それ以来、両者には強い信頼関係が生まれ、「成功の陰には飯島女史あり」とまで囁かれるようになった。翻るとSMAPの躍進はジャニーズ事務所の急成長と密接に関係している。大手民間調査会社のデータ(同事務所の最終公表データは04年で終了)を基にした法人所得を調べると、93年度に10億円余だったのが、右肩上がりの成長を続け、そこからわずか8年後の01年度には、10倍以上の120億円を突破。最近10年間は嵐の人気が加速したものの、それまではSMAPとともに成長路線にあったことは間違いない。いまや政財界にまで大きな影響を及ぼすジャニーズ事務所は、

「申告所得では業界最大手のナベプロやホリプロ、吉本興業を遥かに凌ぎ、音楽ソフトのセールスなどから連結で年間700億円~1000億円の売り上げが推測される。うちSMAPの売り上げは250億円といわれています」(経済専門誌記者)

ジャニーズ事務所は同族のワンマン経営

 1962年創業のジャニーズ事務所はフォーリーブスや郷ひろみ、たのきんトリオ、シブがき隊、少年隊を売り出し、その後もTOKIO、V6、嵐、NEWS、関ジャニ∞など多くの人気タレントを抱え不動の地位を築いている。男性タレントの発掘育成において天賦の才能を持つジャニー喜多川社長と、その姉で実務面を仕切るメリー喜多川副社長、彼女が作家・藤島泰輔氏(故人)との間にもうけた一人娘、藤島ジュリー景子氏(49)が主な経営陣だが、

「ジャニーズ事務所は同族のワンマン経営で、非上場のうえ、社内情報は一切公表しない方針です。社員は本体で50人ほどといいますが、経営の透明性が確保されていないため、社会的影響力が大きいわりには、実態がわからない企業なのです」(前出・経済専門誌記者)

 その“秘密主義”は徹底していて、「表に出るのはタレント。自分たちはあくまでも裏方」と、マスコミの前に一切顔を出さないことでも有名だ。2013年にジャニー喜多川社長がNHKの国際放送に初出演した。しかし、足元は映るものの、顔は出さないという異例の“出演”となった。メリー副社長も公の席に出ることを極端に嫌うといわれている。

メリー氏に支配されたジャニーズ事務所

 最後に公示された04年分の「高額納税者」番付によれば、同族各氏の納税額はそれぞれジャニー氏が約3億3000万円(推定年収約9億200万円、以下同)、メリー氏が約3億3000万円(約9億円)、ジュリー氏が約2億4000万円(約6億5000万円)。その時点で既にコンスタントに毎年数億円稼ぐ長者番付の常連だったが、その後もジャニーズ事務所が右肩上がりの成長を続けていることを考えると、現在もそれを下回るとは考えにくく、ジャニーズファミリーは日本有数の資産家であることは容易に想像できる。

 ジャニーズ事務所をよく知る芸能関係者はこんな証言をする。

「ジャニー氏は美少年の発掘やプロデュースに夢中で金銭面や経営面にはあまり頓着しない、どちらかというと繊細で温厚、そして好きなことをやるマイペースな人。一方、経営を舵取りする姉のメリー氏は押し出しの強い激情型の性格で、自分が絶対に正しいという考えが尋常ではなく、他人の意見には耳を貸しません。田中真紀子氏のように『世の中には敵と家族と使用人しかいない』という姿勢で、好き嫌いが激しいうえ、部下に絶対服従を強いる。同族各氏の年収が毎年数億円なのに、現場マネージャーの給与は手取り20万円に満たないということもあり、SMAP成功の立役者、飯島女史でさえ年収1000万円程度だったと聞いています。とにかくジャニーズ事務所はメリー氏次第、彼女は万能感に支配されている“世界の中心”なんです」

関係者の“飯島詣で”が取り沙汰されたが……

 メリー氏の夫、藤島泰輔氏は妻をして、

《瞬間湯沸かし器型の感情の激しい人だが、実に“女”》

 と表現しているが、メリー氏は齢90を迎えようとするのに甚だ意気軒高。経営手腕は実績が物語っており、テレビ局などにも卓越した交渉力でタレントを売り込んできた。

「SMAPを育てた飯島女史はかつてはメリー氏に可愛がられ仕事先にも帯同し、そこで仕事のノウハウを学んだ。SMAPのブッキングやバーターに絡んで関係者の“飯島詣で”が取り沙汰されましたが、性格は違えども彼女は所詮『メリー氏のコピー』。騒動の心情的背景には女性同士の近親憎悪があったのかもしれない」(大手広告代理店幹部社員)

「娘より大事なのはタレント。その次は自分の家族」

 “女帝”と業界で畏怖されるメリー氏と“SMAP生みの親”飯島女史。いったんはジャニーズ事務所が見切りをつけたSMAPが、飯島女史が毎日営業や宣伝に尽力したことで、予想に反して人気が上昇。ついにはジャニーズ事務所の屋台骨を支える存在になるにつれ、主人と使用人の間に目に見えない溝が生まれていったようだ。

 ジャニーズを知るテレビ局幹部が語る。

「自分の好き嫌いが絶対優先のメリー氏が最も大事にするのは血縁で、人前で厳しく接しても一人娘を溺愛しています。さらに孫娘(ジュリー氏の娘)は目の中に入れても痛くないほど可愛がっていて、世襲を敷く体制です。本人は『娘より大事なのはタレント。その次は自分の家族』と仰ってますが、本音は娘が一番。頭の中には家族と贔屓(ひいき)のタレントしかおらず、それ以外はほとんど眼中にない。ジャニーズの長男は近藤真彦、次男は東山紀之というふうに、大勢のタレントの中で序列が決まっている。売り上げや貢献度、キャリアが反映されているというよりも、メリー氏の嗜好や気分次第。しかしこれこそが事務所の“本流”であって、飯島女史が手がけるSMAPは未来永劫“傍流”でしかない」

( 後編 に続く)

「帰るな!」記者はメリー氏に呼び出され5時間以上ジャニーズ事務所で詰問…見せしめのような“公開私刑”《SMAPはなぜ壊れたのか》 へ続く

(中村 竜太郎/文藝春秋 2016年3月号)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

10秒滞在

記事を最後まで読む

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください