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巨人のユニホームを着て気のないスイングで三振…中田翔が悲しくてたまらなかった

文春オンライン / 2021年11月20日 11時0分

写真

中田翔

 本当はもう中田翔について書かないつもりだった。彼はもうファイターズの選手ではない。僕の夢から出て行った存在だ。球界を揺るがした暴行事件も不可解な無償トレードも、何かずっと遠い出来事のようになってしまった。せっかく「新庄ビッグボス」就任で空気がガラッと変わったのだ。今さら蒸し返してモヤッとした気持ちになることはない。何より僕は少々傷ついていた。中田翔の名前を聞くのがつらい。中田翔の姿を見るのがつらい。

あれは中田翔ではなく「あと1人」という名の選手だった

 だけど、見てしまった。11月12日、金曜の夜。僕は本当はNHK‐BSでパ・リーグのほうのCSファイナルを見ていたのだった。京セラドームは8回裏、走者を置いてオリックスの4番・杉本裕太郎という見せ場だった。そこへ野球好きの仲間からLINEメッセージが入った。

「神宮9回2死、代打中田です!」

 ぞわあっとした。BSフジにスイッチする。中田翔が打席にいる。2021年セ・リーグCSファイナル第3戦、9回表2死走者なしで代打中田。スコアは2‐2。ヤクルトはこの試合引き分けでも6年ぶりの日本シリーズ進出が決まる。あと1人。勝利の予感に球場が浮き足立っている。

 中田翔はざわざわざわざわしたなかで不安げに打席に立っていた。あと1人。このCS、初めて起用されたのが9回2死、崖っぷちの代打だった。顔色が冴えない。自信のなさがたたずまいでわかる。あれは中田翔ではなく「あと1人」という名の選手だった。案の定、外角のワンバウンドするような球を振らされて三振、コールドゲーム成立! スイングがまた手打ちもいいところだった。カットして逃げようとして空振ったみたいなザマ。

 ヤクルトの選手が飛び出してくるなか、中田がまとまらない顔をしてベンチに下がる。ヤクルトスワローズ日本シリーズ進出! 僕は胴上げシーンはニュースで見ることにして、京セラの試合終盤へ戻った。一年ペナントレースを戦ってきて、パ・リーグの栄冠の行方にやっぱり関心がある。オリックスもロッテもなじみの選手ばかりだ。最後まで見届けたいと思っていた。

僕は中田翔が悲しくてたまらなかったのだ

 ややあってオリックスの日本シリーズ進出決定の瞬間が訪れる。悲願を叶えた男たちの顔は晴れやかだった。おめでとう、素晴らしいよ。今季のオリックスはシーズンが進むにつれ、ぐんぐん「優勝チーム」になった。こう、ジグソーパズルが埋まっていくようだった。中嶋聡監督、おめでとう。鎌ケ谷で駅からスタジアムまで人知れずタイムアタックしていて、「今日は新記録を作った」と職員に自慢してたのが昨日のことのようだ。ちなみに記録は「早歩きで18分」という驚異的なものだった。今、中嶋さんが宙を舞っている。知り合いのオリックスファンにお祝いメッセージを送ろう。

 今夜、セもパも日本シリーズ出場チームが決まった。どちらも前年どころか2年連続最下位からの巻き返しだ。解説者、評論家諸氏は全員、順位予想を外した。あぁ、こんな日本シリーズ見たことないなぁ。

 と意識の流れとしては野球バカ一般のそれだったと思うのだ。胸の奥に澱(よど)んだものが残っていて、あれ、なんだろなぁと思った。紅林成長したなぁ、安達をコンバートした甲斐があったな、なんて意識の上ではオリックスの優勝をたたえているのだ。

 胸の奥の澱(おり)は広がっていく。僕は自分の感情がわからない。気がつくとテーブルに突っ伏していた。何でかわからないが泣いている。

 オリックス優勝に感激したのでも嫉妬したのでもないのだった。

 ようやく気づいた。僕は中田翔が悲しくてたまらなかったのだ。

 中田翔、何だよあのザマは。あれが十何年、オレらが期待をかけてきたヒーローの姿か。

 心に広がる澱の正体は悲しみだった。僕は巨人ファンにすら「なぜ代打中田?」「CS終わった」と揶揄されながら、不安そうに打席を務める中田がただただ悲しかった。僕は不人情にも気持ちにフタをした。中田が無関係だからだ。無関係なものが三振しようと何しようと知ったことじゃないというわけだ。悲しいのに悲しくないふりをして、目をそらした。

中田やハルタクのファイターズが消えていく

 一年野球を見てきて、最後の最後にこんな場面を見るのかと思う。夢っていうのはこんな残酷な形で終わるのか。僕の見たものは「巨人のユニホームを着て、気のないスイングで三振する中田翔」だ。ヤクルト優勝を引き立てる「あと1人」役の打者だ。去年の秋はこの男に打点王とホームラン王、二冠を獲らせようとしゃかりきになって応援していた。結局、ホームランは1本届かなかったけど、中田翔は夢だったんだよ。

 僕は07年高校生ドラフト1位で中田の交渉権を獲得した夜のことを思い出す。親しい北海道新聞の記者から電話が入った。コメント取材だった。「大阪桐蔭・中田君獲得の受け止めをお願いします」。僕はこう言ったのだ。電話口で興奮が抑えられなかった。

「中田君を引き当てた瞬間はバンザイしました。ファイターズは前途洋々です。既にダルビッシュ有がいるんです。そこへ中田君が入ってくる。何年か後には球界を代表するエースと若き4番打者が揃うことになる。黄金時代が来ますよ」

 あれからずいぶん遠くへ来てしまった。中田翔がチームを去り、直近の球団発表ではこのオフ、西川遥輝、大田泰示、秋吉亮をノンテンダーFA、来季の契約を提示せず、いったん市場に出すことになった。これは他球団の動き如何だが、西川らもチームを離れる可能性が高い。チームは解体されていく。中田やハルタクのファイターズが消えていく。

 思えば2016年日本一チームの解体も早かった。谷元、大野が抜け、バース、メンドーサが抜け、高梨が抜け、増井が抜け、鍵谷が抜け、陽岱鋼が抜け、大谷翔平が抜け、レアードが抜けた。今回は「ポスト2016年チーム」の解体だ。チームには新陳代謝が必要で、ひとつのところにとどまれないのだろう。わかっている。わかっている。僕は何年もずっと自分が悲しいことにフタをしてきたんだ。

 僕は「新庄ビッグボス」の新しい挑戦のために二度とこの話はしない。だけど、これは言いたい。始まる前に終わらせなきゃダメだろ? ちゃんと終わらせてないんだよ。ファンの思い出はなかったことになるのかな? みんなが球場で見た夢は一体どこへ行くのかな?

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム 日本シリーズ2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/49631 でHITボタンを押してください。

(えのきど いちろう)

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