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「自分はそこまで堕ちるとは思っていなかったけど…」キャバクラ店員の証言で振り返る新型コロナが歌舞伎町に与えた“恐るべきダメージ”

文春オンライン / 2021年11月6日 17時0分

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©iStock.com

 ワクチン接種が進み、新型コロナウイルスの新規感染者数が減少を続けている。飲食店の営業制限緩和を始め、徐々にではあるもののこれまでの日常風景が戻ってきたと感じる人は多いだろう。そこで気になるのが、感染拡大当初、真っ先に行政の批判の矛先となった“夜の街”の現状だ。彼らは当時から現在に至るまで、いったいどのような思いでいたのだろうか。

 ここでは、ルポライターの増田明利氏の著書『 今日、ホームレスになった 大不況転落編 』(彩図社)の一部を抜粋。歌舞伎町のキャバクラで10年以上スタッフを務めてきた男性の証言から、新型コロナウイルスが歌舞伎町に与えた影響を垣間見る。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◆◆◆

とにかく豊かになりたかった

 2020年の10月に入って、歌舞伎町もどうやら最悪期を脱したと思う。9月半ば過ぎから人出が増えたと実感します。まだ2019年の6割程度だけど、ほとんど人通りのない歌舞伎町を見てきたから、その時期に比べたら賑わいが戻ってきたと思う。本当に一時はどうなるんだとやきもきしていたからな。

 今は新宿区のマンションで暮らしていますが生まれは山口県の片田舎です。地元の高校を卒業したあとは県内の観光ホテルに就職してベルボーイ、室内整美、宴会場係などをやっていました。でも給料は安かったし、つまらなかった。我慢したけど5年勤めたところで退職しました。もっと稼ぎたいと思ったから。

 とにかく豊かになりたかった。母子家庭で、はっきり言えば貧乏だった。母親を楽にさせてやりたいといつも思っていました。だけど学歴エリートでビジネス界で出世するなんて無理。とびきりの男前なんかじゃないから俳優やタレントで成功するというのも現実的じゃない。野球、サッカー、格闘技で成功して大金を稼ぐのも不可能。だったら水商売や風俗に行って稼ぐのが手っ取り早いと思ったんです。

ボーイから始め、辞めるときは副店長まで昇進

 東京に出てきたのは10年の5月だった。西武新宿線の中井という駅の近くに部屋を借り、3ヵ月間は定食屋とかエスニック料理店でアルバイトして東京に慣れるようにしたんです。田舎者と馬鹿にされないようにね。

 歌舞伎町で仕事を始めたのはその年の9月からです。キャバクラのボーイがスタートだった。初任給は諸々の手当を合わせると30万円ほど。田舎じゃ考えられない金額だった、ここで一旗揚げたいと思ったよ。

 仕事はきつかったしキャバ嬢の中には性格的に歪んでいたり常識がなかったりする子も多くて、人間関係も複雑なんだけど、やれば結果が付いてきた。ペーペーのボーイからリーダー、フロアリーダーって階段を上れば給料も増えた。歌舞伎町では頑張ったら結果が出せる。だけどやらなかったら埋もれてしまう、人の倍努力しないと歌舞伎町では生きていけません。そう思う。

 最初の店には約5年勤めました、辞めるときは副店長という肩書で収入は月50万円以上あった。毎月10~15万円母親に仕送りできてね。生活が楽になったと言われるともっと稼いでやろうと思ったんだ。

年収は750万円近くまでUP

 今のところに移籍したのは15年の暮れです。新しく立ち上げる店の責任者でやってほしいとスカウトされたんです。月給は2割増し、店の売上に応じた利益分配も付けるという破格の条件だった。田舎で燻っていた自分には歌舞伎町ドリームという感じです。

 移籍した運営会社は新宿一帯にキャバクラ4店、ガールズバー、ダーツバーなども展開していて社長はよく「歌舞伎町で天下を取ろう」って言っていた。

 その頃は景気が回復してきたと言われていたから店の売上は右肩上がりで伸びていった。トップクラスの女の子だと毎月150万円以上稼いでいましたね。そこそこの容姿で話が面白かったらアルバイトの子でも1日3万円ぐらいの日当になっていたもの。

 店長の自分だと月給は60万円でした。これに売上の数パーセントが店に戻され役職に応じで分配していました。ヒラのボーイだと数千円なんですが自分だと5万円上乗せられたこともありました。自慢するわけじゃないけど去年(19年)までの4年間はずっと750万円近い年収でしたよ。

 ところがコロナウイルスで一気に不景気風です。特に国、東京都、マスコミが夜の街と繰り返し伝えたでしょ。その象徴として厳しい批判に晒されたのが歌舞伎町なんですよ。

ウイルスは目に見えないから怖い

 夕方のニュースには小池都知事が毎日出てきて「夜の街、夜の繁華街への外出はお控えいただきたい」と言っていたでしょ。地方の人は東京に出張しても新宿には行くなと言い含められて来ている。都内で働いている人も歌舞伎町で飲み食いするなと強く言われている。新聞にもこんなことが載っていた。

 客足がより少なくなったのは6月です。キャバクラ、ホストクラブなど接待をともなう飲食店の関係者が感染者の4割を超えたという報道があってガクンと落ち込んだよ。ネットにはキャバクラやホストクラブなんていらない、潰れてしまえなんて書き込みがあったし。元々、歌舞伎町のイメージは良くない。そこに夜の街=歌舞伎町、飲み屋=歌舞伎町みたいな言い方をされたし、歌舞伎町だけで感染者が出ているみたいな言い方もされたからね。歌舞伎町を封鎖しろなんてほざいていた文化人もいましたよ。

 悪いイメージ、怖いイメージが強いせいで言われちゃったところもあると思うけど、一方的に名指しして非難するのは良くない。みんなフラストレーションが溜まっていてイライラしていたんだろうな。誰かが悪者にならなきゃいけないんだったら歌舞伎町が悪いでいいじゃんという感じで、いじめや無視をする集団心理みたいなものだったと思います。

 だけど我々だって手をこまねいて何もしなかったわけじゃないんですよ。俺たちだって生身の人間です、誰も病気になりたくないし死にたくもない。健康でいたい。

 女の子たちも他のスタッフもウイルスは目に見えないから怖いと思っていた。お客様にうつすことを考えたらもっと怖い。

 だから感染予防は徹底的にやっていました。店の者が外から入るときは手洗い、手指消毒を徹底させました。店内の換気を促すようサーキュレーターも15台設置した。同じビルのスナックのママさんが店全体を抗菌コーティングしたと言っていたので業者を紹介してもらい、うちの店も20万円かけて隅々までやってもらいました。

人出は激減、自腹で店に弁済した人も

 社長は行政の指導や要請には全面的に協力するという姿勢で、区役所が主催する感染予防の勉強会にも参加していましたが、ガイドラインに沿った商売じゃ儲からない。無視して感染者を出したら一大事。八方塞がりでしたね。

 8月下旬頃から少しずつ風当たりが弱くなった。行政がやる対策会議でのことなんですが、飲食業や水商売を介しての感染は大きく減っている。むしろ会社員、家族間感染、高齢者の施設での感染が多い状況である。繁華街で働いている人たちは槍玉にあげられてしまったこともあって、かなり神経を使っている。感染対策に最も力を入れているのは歌舞伎町じゃないかと思う、と区役所の幹部が言っていました。

 でも世間一般の人は我々の努力や実態を理解してくれないんですね。歌舞伎町は危ないというイメージが固まってしまい、人出は激減でしたよ。

 キャバクラ同様に批判の矢面に立たされていたホストクラブも大変だったみたいですね。対面のビルに結構大きなホストクラブがあって、そこのお兄ちゃんたちとは顔馴染みなんですが最悪のときは客の入りが9割減だったと言っていた。その上、客の売掛金の回収もままならなかったらしい。自腹で店に弁済した人もいるようですね。

毎月100万円、150万円と稼いでいた売れっ子でも月収25万円

 歌舞伎町には水商売以外にも多くの商売があるけど、それらのところも閑古鳥が鳴いていましたね。キャバ嬢やホストがよく行く美容院は7月に閉店しちゃったし、飲食店にお酒類を入れている酒屋さんも閉じちゃったところがある。普通の飲食店さんも大打撃だったみたい。蕎麦屋、洋食レストラン、定食屋、寿司屋、喫茶店なんかも客の入りは以前の半分にもならなかったみたいですね。自分もたまに寄っていた居酒屋さんは1日の客が10人にもならない日があったと言っていました。

 その人たちにしてみたら歌舞伎町全体が夜の街とひと括りにされたのは納得できなかったと思う。とばっちりみたいなものでしょ。業種に関係なく歌舞伎町の皆さんにはお世話になっているので、店の若い連中には少しでも金を落とせと言ってました。自分も食事したり買い物をするときは歌舞伎町の中で済ますようにしていました。

 うちの店は7月、8月が底でしたね。売上で言うとざっと7割減。雨の日は9割減という悲惨なものでした。毎月100万円、150万円と稼いでいた売れっ子でも25万円ぐらいしか稼げなくなってしまいましたね。

 もうみんなの顔が暗くなっちゃってさ。仕事で大事なのは楽しむこと。自分が楽しむと、お客さんも楽しくなってくれる。だから笑顔を絶やさないというのが店の方針なんですが、自分も女の子たちもそんな余裕はありませんでした。大丈夫なのかな? って不安が大きくなっていった。

増えた休みには、ウーバーイーツや出前館でアルバイト

 テレビを観ても新聞を読んでもいい話はなかったでしょ。コロナ禍で自殺者や犯罪が増えている。都庁近くでボランティア団体が食料の配布を始めたら毎回200人が列を作る。ドキュメント番組ではホームレスになってしまった元期間工の人を紹介していたしね。自分はそこまで堕ちることはないと思っていたけど、その一方でそっちの人になったらどうすりゃいいんだという不安も頭をかすめたし。

 売上が激減しているのだから出勤日の調整などもやり、全員の給料もダウンです。具体的には週に2、3日だけの短時間アルバイトの子には自宅待機というか、客の入りが戻ったら連絡するからということにしてもらいました。フロアスタッフもワークシェアみたいにして出勤日数を半分くらいに減らしてもらった。増えた休みにはウーバーイーツとか出前館でアルバイトしていた人もいます。彼らの話を聞くとアルバイトをしても月収は16万円がいいところだったみたいですね。

 店長の自分も給料は4月から毎月ダウンで、8月にはほぼ半分まで減らされました。まあ、それでも30万円は超えていたから暮らしが辛くなったというところまでは行かなかった。

 自分は店長なので毎日店に出ていましたが暇を持て余していました。お客さんは来ないし、みんなの表情も暗くなっちゃって。どんな仕事でも忙しいっていうのはありがたいことなんだなと実感しました。

少しずつ人が戻っているが…

 あとは人恋しくなってさ。休みの日でも感染したくないからじっと部屋にこもっている。誰とも会わず誰とも喋らずに。テレビと会話していたこともあって、これはいかんなあと思った。

 だから食料の調達で飲食店や商店に入ったりするとマスターや女将さんと世間話的なことを喋ったりしてました。以前は絶対にしなかったんだけど、こうでもしないと丸1日誰とも接触しませんからね。

 今の状況ですか? うちの店としてはかなり回復してきています。ただ入店できるお客さんの数を調整しているのでテーブルの稼働率としては7割だな。売上は5割ぐらいです。

 目標に届かない日もありますから大変です。系列店も同じような状態ですね。少しずつ人が戻っているがまだ厳しいっていう話でしたから。

 10月に入ってからは週末のお客さんが増えました。サラリーマン、しかも新しいお客さんが来てくれるようになったし、地方から出張なり観光で来た人も何人かいらっしゃいました。平日のお客さんも若干は戻っています(著者注:しかし、11月からは新規感染者が増え続け、時短営業要請も出されたこともあり、歌舞伎町全体が再び窮地に追い込まれているようだ)。

お客さんのなかにはコロナに感染したという人も

 出勤調整も少しずつ元に戻しています。幸いなことにうちの店は女の子もスタッフもコロナに感染した人はいなかった。

 もう商売替えしようかなんて悩んで休みを取っていたスタッフも、やっぱりここで働きたい、頑張るから戻りたいと帰ってきた。

 店の者は無事でしたが常連のお客さんのなかにはコロナに感染したという人が数人いました。もう全快したからうちに遊びに来たわけですが、闘病中の話を聞くとコロナというのは本当に怖い病気なんだなと思います。

 40代後半のお客さんは味覚障害がひどかったということです。何を食べても味がしない、美味しくない。最悪の時は、何を食べても口の中に泥か粘土があるようだったと言っていました。

 50代半ばで中古車販売の会社を経営している社長さんは、社員たちには感染しないよう口を酸っぱくして言っていたのに自分が感染して面目が立たなかったと笑っていた。この人はウイルス検査で陰性になって退院できたものの2週間近くは倦怠感がひどかったそうです。元気なときは10分もあれば出来ていたことが30分もかかったということだった。ずっと病院にいてベッド上での安静だったから足の筋力も落ちてしまい、歩くのも辛かったそうです。半月ほどリハビリをしてようやく元に戻ったと言っていた。

 女の子たちが言うには、馬鹿っ話と法螺話しかしなかったおじさんが急に真面目な話をしだしたり、両親や家族は大丈夫なのかと心配してくれたりと、内面に変化があったお客さんも少なからずいらっしゃいます。それだけ大変だったんですね。

こういうときだからこそ、肩を寄せ合える場所でありたい

 世間一般の考え方では収束宣言も出ていないしワクチンの接種も進んでいないというのにキャバクラ通いかよと眉をひそめる人も多いと思う。だけどこういう時期だからこそ言いづらいことや自分の話したいことを何でも受け入れてくれる場所が欲しいんだと思います。

 仕事のこと、収入のこと、健康のこと、将来のことなどに不安を抱えていると思うけど、そういうのを少しでも忘れたいっていうのもあるんじゃないんですかね。寂しい人が多いんだと思う。

 偉そうなことを言うつもりはないけど、居場所というか息抜きの場所というか。こういうときだからこそ肩を寄せ合える場所でありたいと思います。

 歌舞伎町にはいろいろな人間が吸い寄せられてくる。飲みたいな、自己顕示欲でお金を使ってみたい、いい扱いを受けていい気分になりたい、ちょっとした下心がある、人に言えないような楽しみをしたい。こういう人間が来るところです。

 歌舞伎町で働いている夜の街関係者だって同じ。ここで一旗揚げたい、金を稼ぎたい、借金を返さなきゃならない、水商売が性に合っている。歌舞伎町があったから生きてこられたという人もいるんですよ。

 よからぬ思いと期待を持って遊びに来る人。歌舞伎町に人生を懸けて流れてきた人。ここは誰でも、どんな事情があっても受け入れる。

 それが歌舞伎町、そういう街ですから。

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(増田 明利)

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