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「よし、指1本やるから勘弁しろ」ムツゴロウさんがライオンに中指を食べられても、ギャングに囲まれても相手を恨まない理由

文春オンライン / 2021年11月11日 17時0分

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ライオンに食べられた中指を楽しそうに見せるムツゴロウさん Ⓒ文藝春秋 撮影・鈴木七絵

「今は犬1頭と猫1匹だけ…」借金3億を背負って「動物王国」を閉園したムツゴロウさん(86)が辿り着いた“北海道のログハウス生活”「今は自分が生きていくだけでやっとです」 から続く

 ライオン、オオカミ、ワニなど世界中の猛獣から大型犬に子猫まで、ムツゴロウさんと触れ合った動物たちは不思議と心を開いていく。1980年に始まった「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」(フジテレビ系)は最高視聴率30.2%を記録し、生きた野生動物の姿を多くの日本人が知るきっかけになった。

 しかし相手は本物の野生動物たち。ゾウなどと触れ合ってムツゴロウさんが怪我することも一度や二度ではなく、2000年にはブラジルでライオンに右手中指を食いちぎられている。

 一見するとほのぼのした動物番組である「ゆかいな仲間たち」を支えていた、ムツゴロウさんのストイックすぎる撮影哲学。その現場で起きていた出来事を、ムツゴロウさんは楽しそうに語りだした。(全3回の2回目/ #1 、 #3 を読む)

一番怖かったのは「やっぱり人間」

――21年間続いた「ゆかいな仲間たち」の中で、特に印象に残っているものはありますか?

ムツゴロウ 一番怖かったのはやっぱり人間ですね。1982年頃、ライオンやゾウに会いに南アフリカのケープタウンへ行った時でした。ホテルの向かいにある銀行へ両替に行こうと思ってホテルのスタッフに治安を聞いたら「ダイジョウブ、ダイジョウブ」という答え。それで出かけたら、あっという間に屈強な6人組に囲まれました。

――南アフリカの治安について「ダイジョウブ」というイメージはありませんね……。

ムツゴロウ 僕らを囲んだ6人組はみんなナイフを持っていました。でもよく見ると、自分にナイフを突きつけている毛深い手が、ブルブル震えてるんですよ。それで僕は、男たちにわからないように日本語で同行者と「やってやろう。ケガしたらその時だ」と相談して、1、2、3とタイミングを合わせて大声で「コノヤローーー!」って叫んだんです。そしたら向こうが逃げました(笑)。

――良い子には真似してほしくない対応です(笑)。

ムツゴロウ でもね、一緒に囲まれたプロデュ―サーが車で犯人を捜してやるって怒ってたんですけど、それは止めたんです。生まれた国は貧富の差が激しくて、そこへ僕らみたいなのが来たら襲う気持ちだってわかるから。それに僕らが警察に通報したら、彼らはその国でさらに生きづらくなってしまうでしょう。

ライオンに「あとで遊ぼうな」

――人間以外の動物だといかがでしょう? 怪我だけでも、1990年にはアメリカでワニに引き込まれて左耳の内耳損傷の大手術、1999年にはアフリカのナミビアでライオンに首を噛まれ、2000年にはブラジルでライオンに右手中指を食いちぎられる大ケガを負っています。

ムツゴロウ 僕の中指を食ったライオンは大きなオスでね。「人に慣れていないから危ない」ってみんな言ってたんだけど、僕はひと目見て大丈夫そうだと思っていました。それで鉄製の檻の側までいったら、思った通り僕の顔を触ったり舐めたりする。ライオンがここまでやるのは慣れたも同然ですから心が通じたと思って「オマエ、いい子じゃないか。あとで遊ぼうな」って声をかけていました。でもその瞬間に僕の背後で人が急に動いて、それでライオンが驚いちゃったんですね。

――それでどうなったのでしょう。

ムツゴロウ ライオンが急に檻に向かってドーンとぶつかってきて、檻に掛けていた僕の右手の人差し指、中指、薬指がライオンの口の中に入ってしまったんです。3本も取られたら文字が書けなくて困るなと思って、指を抜こうとしてもライオンは口の力が強いから当然抜けない。「オマエ、引っ張るなよ」って言っても離さないんで「よし、指1本やるから勘弁しろ」って右手をすっと引き抜きました。そしたら中指だけなかったんです。すぐに病院へ行きましたけど、繋がりませんでした。

ライオンはそういう生き物だから

――怪我をしても動物が怖くなったりはしないんですか?

ムツゴロウ 後でライオンには「オマエ、やってくれたなー」って言いましたけど、怖くなったり恨んだりはしていませんね。指を檻にかけていた人間が悪いんですから。

――ムツゴロウさんが指を噛まれて血を流しているシーンがテレビで放送されたのも衝撃でした。

ムツゴロウ お蔵入りになりかけましたけど、お願いして放送してもらいましたよ。だってライオンはそういう生き物じゃないですか。

――そのライオンの事故から半年後の2001年3月に、「ゆかいな仲間たち」シリーズは21年の歴史に幕を下ろしました。番組終了はどのような経緯だったのでしょうか。

ムツゴロウ 一番は僕の体力的な問題でした。ガラパゴス諸島で海に潜った時に、昔は素潜りで40mはいけたのに20mくらいで息が切れたんです。翌日に挑戦しても30mが限界で、自分の衰えを感じました。日本に帰ってから考えこんじゃって、「僕はもう向かないんじゃないかと思います」と自分から番組の終了を提案しました。

「トイレまで撮りにくるの?」

――「ゆかいな仲間たち」ではムツゴロウ動物王国や自宅でのシーンも多く登場していましたが、常に撮影スタッフに囲まれていたのですか?

ムツゴロウ 牛の出産や緊急の時にカメラマンが来て、撮影をしていました。番組が始まった頃は僕もカメラを向けられることに慣れていなくて、どうしても固くなっちゃうとカメラマンに相談したら、「じゃあずっと回しっぱなしにしましょう」と言われて、スタッフが長時間、家にいて撮影するようになりました。どんなロケよりも、1人になれないことが一番つらかったですね。

――人間だらけの東京を避けて北海道へ来たのに、また囲まれてしまったのですね。

ムツゴロウ 本当にずっと撮るもんだから「トイレまで撮りにくるの?」って皮肉を言ったこともあります。でも何年かしたら僕も慣れてきてね、動物を世話していてもカメラの向きを気にするようになっちゃった(笑)。一緒に出ているタレントさんが動物に夢中になっている時も「カメラこっちだよ」って引っ張ったりしてね。

――テレビに出て有名になったことで生活も変わったのではないですか?

ムツゴロウ もう1回目からすごい反響でビックリしましたよ。東京を歩いてるとどこでも声をかけられるようになっちゃって、しかも僕は人と話すこと自体は好きだから、つい話しこんでしまう。それでちょっとした距離を移動するのに3、4時間かかったりして、スタッフに注意されました。

「動物を数で数えるな」

――全盛期で、動物王国にはどれくらいの動物がいたんでしょう。

ムツゴロウ それはよくわからんのです。取材に来た人はみんな「動物は何匹ですか?」って聞くんですけど、「そんなこと僕が知るか!」って答えてました(笑)。飼えなくなった犬を連れてきて置いていこうとする人も多くて、僕はそういうのは断っていたんだけどスタッフが勝手に引き取っちゃうこともあってね。「動物を数で数えるな」というのが僕の教えでしたから、しょうがない部分もありますけど。

――住み込みのスタッフの方も多くいたんですよね。

ムツゴロウ 動物もですけど、人間も正確に何人いたかはよくわからないんですよね。生活を捨てて北海道にたどり着いた人がいついちゃったり、弟子にしてくれと言って来たり、いろんな人がいましたから。食事はみんなで一緒にしていましたけど、見慣れない顔だなと思って「最近来た人?」と声をかけたら「3年前からいます」なんてこともありました。

――どんな人が多かったんですか?

ムツゴロウ 僕が来てほしかったのは、馬なら馬に潜り込んじゃうような人。好きになった動物と一緒に寝て、一緒に食事をして、家の中にも連れてきて、出掛ける時も連れて回るような人が現れないかなと思ってたんですよ。でもそんな根性のある人は1人もいなくてね。だから僕に“弟子”は1人もいないんです。

――ムツゴロウさんにとって、動物と人間の間に線はあるのですか?

ムツゴロウ 人間について「同じ仲間」という意識はあります。だから僕はどんな動物でも食べるけれど、人間だけは食べないことにしてるんです。もちろん「食べたらどうなるんだろう」と考えることはありますよ。でも、それは神に反するおそれ多いことでしょう。

残ったのは3億円の借金だけ

――「ゆかいな仲間たち」が終わってから3年後の2004年7月に、ムツゴロウ王国は北海道の中標津から東京のあきるの市の「東京サマーランド」の中に移転しました。動物やスタッフもほとんどが東京へ移転しましたが、ムツゴロウさんは北海道の自宅に残りました。どういう経緯だったのでしょう。

ムツゴロウ ムツゴロウ王国を東京で運営したいと、運営会社の人が話を持ってきました。それで僕は「スタッフのみんながOKならそれでいいよ」と言ったんです。「ムツゴロウさんも東京に来て住んでほしい」と言われたけど、行ったら自分が展示物になっちゃうなと思って断りました。1週間に1度くらいは顔を出していましたけどね。

――しかし東京に移った「ムツゴロウ動物王国」は、開園からわずか2年で運営会社が破綻し、賃料や従業員の給料が滞納される事態も起きました。

ムツゴロウ 結局、「ムツゴロウ」という名前と動物やスタッフを欲しかっただけなんでしょうね。僕はグッズのお金も一銭ももらってないし、残ったのは3億円の借金だけ。追剥ぎにあったような気分です。

――運営会社などについて思うところはあるのですか?

ムツゴロウ 恨んでもお金が返ってくるわけではないですからね。

――最終的に、2007年11月に東京の動物王国は閉園しました。犬と猫が合わせて約150匹、馬が十数頭はどこへ行ったのでしょう。

ムツゴロウ 犬や猫は王国の動物でしたが、東京ムツゴロウ動物王国でも夜はスタッフがそれぞれ自分の犬、猫として数匹ずつ自宅で世話をしていました。閉園になって、動物たちはそのままスタッフが引き取ってくれました。しかし、北海道のムツ牧場に帰って来た馬の姿を見た時は、あまりにやせ衰えていて涙が出ました。僕はいくら貧乏な時でも、あんな風に馬を痩せさせたことはない。僕の牧場に放牧してしばらくすると、まるまると元気に太って安心しました。東京では一体何を食べさせていたんでしょうね……。

動物の番組はまったく見ない

――「ムツゴロウ王国」は無くなってしまいましたが、近年また動物を扱うテレビ番組が増えています。坂上忍さんの「坂上どうぶつ王国」という番組も人気です。

ムツゴロウ 2018年に始まる時に、坂上さん本人が「どうぶつ王国」と付けてもいいですかって訪ねて来たので、勝手にどうぞとお伝えしました。僕の特許でもないですからね。

――番組をご覧になることはありますか。

ムツゴロウ 坂上さんの番組に限らず、動物の番組はまったく見ませんね。それは、自分の理想と違うから。僕にとっての理想は、“動物たちのありのままを受け止める”ことですよ。彼らのことを知りたいと思ったら、一緒に寝て、一緒に暮らすこと。けど、そんな風に作っている番組は1つもないでしょう。もし観たら1シーンずつぶつぶつ文句を言いそうで、それはつまらんじゃないですか(笑)。

 ムツゴロウさんの人生には、動物王国の建国、東京進出の失敗など数多くの大勝負と借金が何度も登場する。芸能界最強とも名高い麻雀や競馬、パチンコなどギャンブルとの関わりも深い。その“勝負師”としての顔は今も健在だった。( #3 につづく)

「このムツゴロウが徹マンで負けた記録がありますか」ムツゴロウさんが語るギャンブルへの愛と、独特すぎる金銭感覚 へ続く

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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