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瀬戸内寂聴さんは35歳のデビュー作で“卑しい匿名の批評”を次々と受けて…編集長がピシャリと告げた「お嬢さんじみたこと言ってちゃだめだね」

文春オンライン / 2021年11月17日 17時0分

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瀬戸内寂聴さん ©文藝春秋

 11月9日、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが心不全のため亡くなりました。享年99。初めて文芸誌に発表した小説である『花芯』(「新潮」昭和32年10月号)は文壇から酷評されました。デビュー作で「子宮作家」「エロ作家」のレッテルを貼られた35歳の瀬戸内寂聴さん(当時は晴美)は、その後5年にわたり、文芸誌に執筆する機会を閉ざされてしまいます。自身の人生の挫折、苦悩を明かした手記(「文藝春秋」2016年12月号)を特別に転載します。(全2回の1回目/ 後編 に続く)

(※年齢、日付などは掲載当時のまま)

◆ ◆ ◆

「これがこの作家の弱さだ」とデビュー作を酷評

 その前に書いた『女子大生・曲愛玲』が新潮社同人雑誌賞を受賞して、「これで作家になれる」と張り切って書いた作品が『花芯』でした。「子宮をもつということが、女の生にどうかかわるか」がテーマです。

 ところが、とても影響力のあった評論家の平野謙さんが、毎日新聞の文芸時評にこう書きました。

〈平凡な人妻が完全な娼婦にまで変容してゆく過程を描いたこの作品には、必要以上に「子宮」という言葉がつかわれている。(中略)三十娘の生理を描いた近作には、あきらかにマス・コミのセンセーショナリズムに対する追随がよみとれた。これがこの作家の弱さだ。(中略)麻薬の毒はすでにこの新人にまわりかけている。〉

 同時に取り上げられたのは、石原慎太郎さんの『完全な遊戯』と丹羽文雄さんの『祭の衣裳』で、エロ流行の時節に毒され、感覚が鈍磨している、と3人並べて批判されたんです。

 参ったのは、その尻馬に乗って、匿名の批評が次々に出たことです。「男と寝ながら書いている」とか「マスターベーションしながら書いた感じだ」とか、卑しくていやらしいのばっかり。

勝手に私小説だと誤解された

 私は呆れました。女性作家が性愛について書けば、自身の体験として好奇の目で見られてしまう。書き手と主人公の距離が近く、主人公が自堕落なほど妄想をかきたてる。まぁ、いまも同じですけどね。

『花芯』の主人公のモデルは、ある作家さんのお姉さんです。東京女子大で私と同級だった彼女は、存在そのものがエロティックでしたから。でも、あくまで外見の話。それ以外は存分に作って書いたのに、「私」という一人称だったから勝手に私小説だと誤解され、淫乱な主人公は作者自身だと誤解されたんです。

 いまの私なら笑い飛ばすでしょうが、まだ短気だった年頃です。逆上のあまり「そんなこと言う批評家はインポテンツで、女房は不感症に違いない」と反論したものだから、黙っていた批評家まで怒らせてしまったんですよ(笑)。

『新潮』名物編集長に「覚悟が足りん」と言われ

 あんまり腹が立つから新潮社へ飛んで行って、受付で斎藤十一さんを呼び出しました。「天皇」とまで呼ばれた『新潮』の名物編集長です。私がどんな用件で来たか、斎藤さんは察したんでしょうね。玄関まで下りて来て仁王立ちのまま、中へ入れてくれません。

「反駁文を書かせてください」

 と泣きつく私をまじまじと見つめて、

「だめだね、あんた。小説家としてのれんを掲げた以上、書いたものを何と叩かれたって仕方がないよ。批評家は悪口言うのが商売だもの。

 第一、そんなお嬢さんじみたこと言ってちゃだめだね。小説家なんてものはね、自分の恥を書きさらして銭取るんだよ。人非人の神経にならなくちゃ。あんたの怒っているのは、まっとうな人間の神経だよ。覚悟が足りんよ。出直すんだね」

 頭から水をぶっかけられたようでした。でも「なるほど、そんなものか」と納得もしたんです。

擁護してくれた3人のご恩は忘れません

 文壇で擁護してくれたのは、円地文子さん、吉行淳之介さん、室生犀星さんでした。円地さんは「そんなのいちいち気にすることない」と葉書をくれたし、吉行さんからは「いい小説だよ。だからしょげることない」と言ってもらいました。室生さんが書いてくれたのは、

〈婦人として大変恥ずかしいことをも臆せずに書いていられ、文学に身を売ったって私だけが我慢して居ればいいのだという感懐を、私は眼をとじて敬意を表した。なかなかそこまで思いきれないものである。〉

 自分のことを書いた小説だという前提が、ちょっとピントが外れてますけどね(笑)、お礼のお手紙を出しました。この3人のご恩は忘れません。

 思いがけないことには、まったく口をきいたこともない人が、突然電話をかけてきました。「石原慎太郎です」って言うからビックリしたら、

「僕とあなたの小説はメチャクチャやられたけど、自分のはとてもいい小説だった。瀬戸内さんのも読んだけど、悪くないよ。僕は将来、全集が出たら必ずあれを入れる。だからあなたもそのつもりで、あの小説を全集に入れると思ってやりなさい」

 悪口を言われて、やっぱり腹が立っていたんですね。励まされて「ありがとう」って答えたけれど、慎太郎さんは私より10歳も年下なんですよ(笑)。

( 後編 に続く)

92歳の脊椎圧迫骨折、がん摘出手術で“うつ状態”に…瀬戸内寂聴さんが5年干されて痛感した、謝罪は「口で言われただけじゃダメなのよ」 へ続く

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2016年12月号)

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