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小室さんに見透かされ皇室へ強い姿勢を取らせた秋篠宮さまの“混乱した心中”《父の言葉が説得力を持たない理由》

文春オンライン / 2021年11月19日 6時0分

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10月26日に婚姻届を提出し、記者会見に臨む小室圭さんと眞子さん ©JMPA

眞子さんと小室圭さんの結婚で深まる“皇室不信”…“小室さん騒動”の核心とは《“皇族の誇り”が眞子さんには稀薄》 から続く

 秋篠宮家の長女・眞子さんと小室圭さんは、結婚後ついにニューヨークでの生活を始めました。ノンフィクション作家の保阪正康氏による「象徴天皇制の『聖』と『俗』」(「文藝春秋」2021年12月号)を特別に全文公開します。(全2回の2回目/ 前編 から続く)

◆ ◆ ◆

皇族が聖なる存在として認識された大きな理由

 天皇家がこの国の歴史に存続しえた理由の一端は、「俗」である我々大衆とは違った存在、つまり天皇が俗世からかけ離れた高みにおられる「聖」なる存在として畏敬の念をもって見られてきたことです。現世の中に別な次元を見ていたのです。

 日本人は「天皇家の方々は、社会で生きる自分たちとは違う次元で生きている」ととらえます。この国の中心軸に聖なる存在もいることに思いを馳せることで、俗世であくせくして生きる自分とは異なる、精神的な文化空間を得てきたのです。

 皇族が聖なる存在として認識された大きな理由には、経済生産活動に一切、触れてこなかったことがありました。人は労働し、生産し、賃金を稼いで生きています。経済生産活動の中にいれば、当然、競争もあれば争いごともある。皇族は、そんな俗な世界とは無縁の世界におられるからこそ、尊崇の対象になってきました。

 秋篠宮が山階鳥類研究所の総裁に就かれ、眞子さまが日本テニス協会の名誉総裁に就かれる。このように皇族たちが公務として公益財団法人などの総裁職に就くのは、経済生産活動には触れないための先人の知恵なのだと思います。しかし一方で、小室さんはというと米国留学をして弁護士になろうとしている。弁護士は世俗の係争案件を扱うのが主な職務であり、いわば争いごとの中心に身を置く仕事です。

 今上天皇の妹黒田清子さんの夫慶樹さんは東京都の職員、高円宮家の典子さんの夫である千家国麿さんは、出雲大社の宮司を務めています。このように女性皇族の結婚相手の職歴を振り返ってみても、弁護士はかなり異質な印象です。

“儀式はやってもやらなくてもいい”悪しき前例

 もう一つ、天皇家が聖なる存在であり続けたのは、儀式や宮中祭祀をたゆまず行ってきたからでした。儀式・祭祀において、天皇が天照大御神に拝礼し、国家や国民の安寧を祈ることは、まさに聖なる存在に託された行為でした。しかし、今回の眞子さんの結婚では、納采の儀や告期の儀など結婚に伴う一連の儀式が行われないばかりか、朝見の儀のように天皇が執り行う皇籍離脱のための儀式さえも中止することになりました。秋篠宮が「皇室としては類例を見ない結婚」と言った通り、これは戦後初めてのことです。

 このことの重大性に皇室関係者が気づいているかどうか。儀式はやってもやらなくてもいい。そんな悪しき前例を作ってしまったわけです。儀式とはそんな軽いものだったのでしょうか。皇室が「聖」たりえるために長いあいだ守ってきた伝統は放擲されてしまいました。

小室さん騒動の主役は眞子さん

 結婚会見でわかった最も重要なことは、小室さん騒動の主役は眞子さんだったということです。眞子さんから「古き慣習に囚われたくない」「米国社会で活躍する夫を支えたい」という意思を感じ取り、自分たちと似た想いでいることに共感していた人も多いかもしれません。しかし会見では、金銭トラブルの話し合いは、眞子さんが「お願いした方向」で進められていたと本人が明かしました。小室さんではなくほかならぬ眞子さんが、佳代さんの元婚約者と争うことを主張していたことになります。

 今上天皇の姪、上皇の孫がそんなことを考えていたという事実は衝撃的です。「聖」が「俗」に絡めとられた時、人々が心に抱くのは共感ではなくむしろ失望なのですが、そのことに眞子さんは気づいているでしょうか。

危機を食い止められない「ことなかれ主義」の宮内庁

 小室さん騒動に端を発した天皇制の危機は食い止めることができるのか。そう聞かれると私はいささか暗澹たる気持ちになってしまいます。

 まず、堤に開いた穴を塞ぐのに身を挺して働かなくてはならないのは、政府や宮内庁など側近の役目です。しかし小室さん騒動の中で、彼らがこの穴を塞ごうと積極的に動いた形跡は見られません。

 そもそもお二人の交際も、情報を掴んだ週刊誌記者から取材を受けるまで、宮内庁幹部は把握していなかったばかりでなく、その後も秋篠宮の意向を受けてのことなのか、小室さんのことは何も知らないまま婚約内定まで進めてしまいました。佳代さんの金銭トラブルが報じられても、話し合いは秋篠宮ご夫妻と小室さん母子に任せきりで、解決に向けて奔走することはなかった。ただ、マスコミの金銭トラブル追及に期待し、二人の気持ちが変わることを願っていただけのように見えます。

 結婚を正式に発表した宮内庁長官と皇嗣職大夫の会見(10月1日)を見ていて感じたのは、いかにも官僚的な「ことなかれ主義」の姿勢でした。国民的な慶事を演出すべき立場でありながら、眞子さんの病名を明かし、さらに国民やメディアからの批判を「誹謗中傷」と敵対的な言葉で表現してしまう。発言の背後に眞子さんの強い意向があったことはうかがえましたが、そのまま会見で発言してしまったのでは、皇族をお守りすべき側近として役割を果たしているとはいえず、「うつけ者」と呼びたい気持ちに駆られます。

 彼らが考えるべきは、こういった発表をした場合、眞子さんが今後、将来にわたって国民にどう見られるか、ということです。病名や「誹謗中傷」といったきつい言葉を世間に投げかけた時どんな反発を受けるのか、容易に想像がつくことです。そこは長官なり皇嗣職大夫なり、経験を積んだ大人が、「それはやめましょう」とか「こうした方が良いです」と進言すべきでした。実際に会見後、世間は納得するどころか、ネット上には批判的な書き込みが溢れ、メディアには眞子さんの病状を疑問視する記事も出る有様です。

 本来であれば、たとえ皇族が嫌がろうとも、身を挺してお諫めする。それが聖なる皇族をお護りする「臣」の役割です。ところが4年間にわたった小室さん騒動において、側近たちが諫言した形跡はなく、おそらく眞子さんの強い意思を前にどうすることもできず、振り回されるばかり。それではいまの皇室には臣がいないことになります。

 戦前の侍従には「死んでもこの人に仕える」との気概を持った人が数多くいました。

 私は拙著『秩父宮――昭和天皇弟宮の生涯』の取材にあたって、秩父宮家に40年近く仕えた侍従の方に話を聞いたことがあります。その方は、秩父宮家のことは、もちろんすべてを知っているし、「殿下を護るためなら命を棄てる」と断言していました。何も彼は得意げに、そう言ったのではありません。「私は秩父宮家でしか生きられないから」との意識から、ごく自然にそう話したのです。そのような陰ながらの尽力があればこそ皇室の聖性は保たれていました。

内親王としての自覚が感じられない眞子さんの行動

 小室さん騒動で見えてきたのは、側近の問題だけではありませんでした。皇室という巨大な堤に開いた穴を広げてしまうのは、もしかしたら皇族ご自身かもしれないという将来への懸念でした。少なくとも眞子さんが自由を求め、皇室の外に出たいと願ったのは報じられているとおりでしょう。美智子さまも雅子さまも、皇室という特殊な環境の中で苦しまれたことはよく知られています。しかし、眞子さんほど積極的に外に出たいと願い、自由を求めた皇族の登場は初めてでした。

 秋篠宮は終始この結婚には反対でしたから、眞子さんを説得し、その気持ちが変わることを願いましたが、父として、また皇嗣としての権威は娘には通用しませんでした。小室さん騒動が衝撃的なのは、このように皇室の権威までも揺るがしたからなのです。

 眞子さんの一連の行動を見ていると、天皇家の嫡系である内親王としての自覚が感じられません。皇室にありながら自主性を重んじ、自由を謳歌する――公だけでなく私の部分も尊重する秋篠宮家の教育方針が影響したのかもしれません。父秋篠宮の教育があったからこそ、眞子さんは「皇室を飛び出したい」「自由になりたい」という自分の意思を疑わず、将来を心配する周囲の声を無視することもできたのです。

皇族らしからぬ秋篠宮のアンビバレントな姿勢

 秋篠宮の自由を尊重する姿勢は、弟宮としての宿命が影響しているかもしれません。兄浩宮は将来の天皇として周囲から盛り立てられますが、自分は「兄の控え役」としか見られない。これは秩父宮でもあったことですが、幼い頃から兄との決定的な違いを突き付けられ、複雑な心境になることも多かったはずです。公と私の間で揺れ動きながら皇族らしからぬアンビバレントな態度を取る秋篠宮の姿勢には、そういった成長の過程が影響していると思われます。

小室さんにも見透かされてしまったのではないか

 昨年11月の誕生日会見では、「憲法に基づいて結婚を認める」「本人の意思を尊重する」と容認しながら、一方で「納采の儀はできない」と突き放しました。本心はどちらなのか、国民には理解できませんでした。皇族の結婚は「法的な問題」「道徳的な問題」「歴史的な問題」をよく整理した上で論じないといけません。ところが、その肝心なところが秋篠宮自身の心中でも混乱しているようにみえました。

 もしかすると秋篠宮のこうしたアンビバレントな姿勢は、小室さんにも見透かされ、皇室への強い姿勢を取らせてしまったのではないか。私はそう推測しています。つまり、秋篠宮が小室さんを説き伏せようとしても、個人の自由を認める姿勢をみせるかぎり、その言葉は説得力を持ちえないからです。皇族と一般国民はちがうという前提に立たない限り、話し合いは対等なものになってしまいます。小室さんが秋篠宮の意向に気兼ねすることなくアメリカに留学し、秋篠宮家と小室家の対話の機会がなくなったことには、そういった事情もあったのではないかと推測するのです。

天皇家の危機は日本人の危機

 歴史を振り返れば、後醍醐天皇が建武新政に失敗した鎌倉~南北朝時代をはじめ、天皇制が危機を迎えたことはありました。それでも、何とか2000年余も続いてきたのは稀有なことであり、第一次大戦後、ヨーロッパの君主制が次々と崩壊を迎えたこととは対照的です。

 それほど天皇家は、日本人と離れがたく結びついてきたわけです。天皇家の危機は日本人の危機でもある。今回の小室さん騒動は、国民の失望であり、悲しみでもあるからこそ、これだけの騒ぎになったのです。

 宮内庁長官はじめ宮内庁の官僚たちは、今回の結婚で皇室から「危機」を切り離すことができたと考えているかもしれません。あるいは、秋篠宮もこれ以上長引かせるのは皇室のためにならないと考え、儀式をしないという形でけじめをつけたのかもしれません。

皇族方に味方がいないと思わせてはいけない

 しかし、ニューヨークに住んでいても二人の動向は折に触れ日本に伝えられる。眞子さんに続こうとする女性皇族が現れそうな予感もある。皇室の危機は今も内在し続けているのです。

 今後、危機に瀕した天皇制をどう立て直すべきか。これまでの「開かれた皇室」を閉じるわけにはいきません。もし俗化し、より大衆化の流れにむかうならば皇室の意味も変わってくる。やはり側近たちが心を入れ換えて皇族方をお守りする。そして時にはお諫めする。この国のために厳しいお立場に立ち、お役目を果たしていただくのですから、皇族方に味方がいないと思わせてはいけません。皇族を孤独にしてはいけないのです。

 令和の「皇室重大事件」は多くの教訓を与えていると受け止めるべきです。

(保阪 正康/文藝春秋 2021年12月号)

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