1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

なぜ麻布ではなく開成が“東大クイズ王”伊沢拓司を輩出? 前校長が明かした“違和感”「10年前、東大合格者数では成功していましたが…」

文春オンライン / 2021年11月24日 6時0分

写真

開成高校 ©文藝春秋

「人生最大の挫折」1977年に東大不合格だった開成高校の“がり勉”は、大人になってどうなったのか?《東大合格者数40年連続トップ》 から続く

「文藝春秋」12月号より、ジャーナリストの小林哲夫氏による「開成OBの研究」を公開します。(全2回の2回目/ 前編 から続く)

◆ ◆ ◆

開成と麻布の校風の違い

 こうした開成と麻布の校風の違いについて地域性を指摘する向きも多い。前出、岸田の同級生である林が語る。

「開成の校舎は荒川区の西日暮里の駅前にあったためか、下町の家庭に育った子供が多かった。一方の麻布や武蔵中学・高校はどちらかというと新興住宅地で山の手の上品な印象でした。今も昔も生徒は色んな地域から通っているのでしょうが、我々の時代はそういう傾向が強かった」

 林や岸田が通っていた当時の開成は、戦前の空気が残っていた。

「元々、ガラが悪いと言ったら変だけど、がさつな感じの雰囲気ですよね。簡単に言うと上品な学校ではない。僕らのころは軍隊上がりのような先生方もいた。叩くわけじゃないけど、鞭とか棒を手にしていた。本当に古い昔の学校というイメージでしたね」(同前)

 岸田の4年後輩である、前出の平井知事が付け加える。

「当時はお金がなかったので、窓ガラスが割れても直してくれない。冬場は雪が吹き付けてきたりして、生徒はコートを着ながら授業を受けていたものです。バンカラで自由なのですが、どこか寺子屋的な部分が続いているのかもしれません」

 その校風が如実に残っているのが、ボートレースと運動会の二大行事だ。

 4月のボートレースは筑波大附属ボート部との対抗戦で、中1と高1が応援に駆り出され、高三から理不尽なまでに怒鳴られる。その洗礼は入学直後から始まるという。

 前出・関根が明かす。

「中1の入学したてのとき、昼食時間に高3がいきなり教室に入ってきて怒鳴りまくるわけですよ。『てめえら! 箸を置け! 先輩が話しているときに飯食ってるとは何事だ!』とね。高3が応援練習と称して応援歌や校歌を徹底的にたたき込む。校庭に机を置いて、竹刀をもった高三がその上に立って檄を飛ばす。もちろん殴ったりはしないけど、竹刀で机を叩くみたいなさ。最初は本当ビビっちゃうよ。でもそれで連帯感ができるって感じです」

 5月の運動会は、さらに体育会系の色が濃いという。

 経済安全保障大臣の小林は、岸田が所信表明演説で発した「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければ皆で進め」というフレーズをこう読み解く。

「開成では運動会の準備に1年かけますが、生徒全員がそれぞれの役割をまっとうする。岸田さんのあのフレーズにはチームワークで大きなことをやり遂げようという開成らしさが見てとれます」

 その運動会のハイライトが棒倒しだ。組ごとに綿密な戦略が練られ、かつては棒がなかなか倒れず夜20時ごろまで競技がつづき、毎年のように骨折者が出ていたという。

 衆議院議員の城内実(1984年)はこう振り返る。

「私には自民党の公認が得られず4年間の浪人生活があり、その期間の支えとなったのが開成で培った精神力です。開成で学んだ一番大事なことは何かと聞かれたら、その答えは棒倒し。以上おしまいです。体力の限界に挑戦しながら、勝つために執念を燃やす。選挙も一緒です。開成でなかったら、挫折して政界から引退したでしょう。そこまで棒倒しで身につけた根性は大きかった」

 運動会では、中1から高3まで8つの色がついた「組」に分かれ、高3が中1を指導するなど、先輩後輩の間で濃密な人間関係が築かれる。その絆は深く、卒業後も運動会の話題で盛り上がるという。こうした人間関係は、官僚の省庁に対する忠誠心、チームプレーに通じる。

開成は「トップダウンの傾向が強い」

 開成OBの財務省幹部がこんな話を打ち明ける。

「霞が関、特に財務省のような世界は、ボートや運動会における応援練習みたいな不条理を味わった開成卒業生にぴったりなのかもしれない」

 運動会で培われた開成スピリットを重視するのは政治家や官僚だけではない。OBの財界人も口をそろえて効用を語る。

 タカラトミーで副社長を務め、現在、T-entertainment代表取締役の佐藤慶太(1976年)が言う。

「先輩後輩という縦の繋がりもメリハリがついており、最終的には先輩を尊敬するようになりました。中1が高3の指導を受けるのは良い慣習だと思いますね。義理と人情を大切にする学校でした」

 三井住友海上火災保険社長の舩曵真一郎(1979年)が語る。

「運動会などの行事で先輩と後輩の上下関係ができますが、トップダウンの傾向が強いからこそ、逆に先輩が後輩の気持ちを汲み取ることが大切になる。これが岸田総理の聞く力につながったのではないかと想像しています」

「尖ったキャラが多かった」

 実務的で体育会系な校風を背景に多彩な人材を送り出していた開成だが、1980年以降はチャレンジ精神旺盛な人材が目立つ。

 筑波大准教授でメディアアーティストの落合陽一(2006年)もその一人だ。落合自身が学生時代を振り返る。

「きちんと授業を聞いた記憶がないですね。のびのび自由な校風で、誰もエリート意識を持っていなかった。みんな頭がいいので、勉強以外で一番になれるのを探す。得意分野で能力を伸ばすことで、尖ったキャラクターをもつ生徒が多かった」

 ライフネット生命創業者の岩瀬大輔(1994年)が、在学当時の校風を語る。

「とびきり優秀な人間が一学年に何十人もおり、知的層の厚みに驚きました。一方で麻雀や競馬に夢中だったり、社会人の彼女がいる同級生もいて、大きな刺激を受けました」

 学生時代、棒倒しに打ち込んだという、まん福ホールディングスの代表取締役社長、CEOの加藤智治(1993年)は岸田首相が唱える「新しい資本主義」に期待を寄せる。

「岸田首相には起業家が活躍できる環境を整備してほしい。社会にイノベーションを起こし新陳代謝につなげることで、新たな雇用が生まれる。新しい企業を作ることは国力の活性化に必要です」

 他にも起業家は、マネックス証券会長の松本大(1982年)、freeeCEOの佐々木大輔(1999年)、キャスターの小川彩佳の前夫として注目された医療ベンチャー「メドレー」取締役の豊田剛一郎(2003年)など、いずれも著名な人物ばかりだ。

 前出の岩瀬は、開成人脈が起業の際、大いに役立ったという。

「ライフネット生命の創業時、法律面はクラスで一番優秀だった弁護士に頼み、IT分野はパソコンが得意な同級生に相談しました。また開成の大先輩が役員をつとめる金融機関に出資をお願いするなど、卒業生のネットワークに助けられましたね」

「東大クイズ王」の伊沢拓司も輩出

 また近年は、前出の落合や「東大クイズ王」の伊沢拓司(2013年)など、従来の職種の枠にとらわれない異能の人材も輩出している。

 昨年まで9年間校長をつとめた柳沢幸雄(1967年、現在は北鎌倉女子学園長)に尋ねると、学校の体質にも変化が起きていたという。

「校長就任時、すでに東大合格者数日本一を30年続けており、その意味で開成は成功した学校でした。しかし就任して違和感に気付きました。新しい物事を判断しようとするとき教員は前例を調べましょうと言い出す。これでは思考停止につながります。そこで、まず自分たちで判断することを徹底しました」

 2013年、開成は国際交流・留学生委員会を学内に設置。海外大学に入学を希望する生徒を手厚くサポートする体制がととのった。国内難関大学への進学にこだわらないグローバル化に舵を切ったのだ。

 開成の校長は歴代、同校での教員経験はなく、外部からOBを招聘するのが慣例だ。柳沢は東京大教授、現校長の野水勉(1973年)は名古屋大教授からの転身だ。校内のしがらみをもたないことは、組織が陳腐化せず、新陳代謝を図るために重要だと柳沢は考えている。

 現在の野水校長(2020年就任)も、グローバル化をさらに進めている。本人が説明する。

「この20年間、中国や韓国などアジア諸国、EUの学生に比べて日本の学生の海外留学者数は伸び悩んでいます。これまで以上に日本の若い世代に国際的に活躍してもらわないと日本は世界から立ち遅れてしまう。開成ではハーバード大、ケンブリッジ大やMITなど世界のトップ校への入学希望者をきちんとサポートしていきたいと考えています」

 時代に対応し柔軟に取り組む母校の姿勢から、岸田首相は学ぶことが多いのではないだろうか。

(文中敬称略)

(小林 哲夫/文藝春秋 2021年12月号)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

10秒滞在

記事を最後まで読む

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください