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ヒロイン3人交代制、深津絵里が出演…異例だらけの朝ドラ『カムカムエヴリバディ』、「伏せられたカード」とは

文春オンライン / 2021年11月29日 6時0分

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©共同通信社

「これは、すべての『私』の物語。」

 NHK「連続テレビ小説」第105作目『カムカムエヴリバディ』の公式サイトのトップの画像には、その言葉が添えられていた。コピーの「私」が、制作統括の堀之内礼二郎氏が「朝ドラ史上初の挑戦」と語るトリプルヒロイン、昭和・平成・令和の時代をまたぐ3人のヒロインを暗に指していることは想像に難くない。

「私たちすべての物語」ではない。「私」と別の「私」の価値観の違いを「私たち」という言葉で簡単にまとめられないからこそ、「すべての『私』の物語」という単数形を束ねるような特殊な表現がそこで選ばれているのだろう。

異色の「三人交代制」、その意外な利点

 もともと『カムカムエヴリバディ』以前から、朝の連続テレビ小説はマルチヒロイン的な構造を強めていた。宮藤官九郎の『あまちゃん』の主演は公式には「のん」こと能年玲奈ただ1人だが、ドラマの中では橋本愛が演じる足立ユイが天野アキのオルタナティブのように寄り添い、2人1組のヒロインのように視聴者に愛された。

 以降も多くの朝ドラで「準ヒロイン」的なキャラクターが人気を集める傾向は続く。多様化する視聴者の価値観に合わせるように複数のヒロインが輝く構成は時代の要請とも言える。

 だが今回の『カムカムエヴリバディ』の特異な点は、同時代の中の横軸の多様性ではなく、100年という時間の中でヒロインが完全にバトンタッチする縦軸の多様性であることだ。

「3人交代制」の想像しうるメリットとしては、1人1人の俳優の負担と拘束時間を軽減できるという現実的な側面がある。体力的な過酷さもさることながら、1年近いとも言われる撮影期間の間、スケジュールのほとんどを拘束される番組の構造は、降るほどにオファーの舞い込むトップ俳優であるほど出演の決断に悩むことになる。

 一つの例をあげれば、最初の世代、昭和ヒロイン安子を演じる上白石萌音は、来年2022年に宮崎駿の名作を舞台化した『千と千尋の神隠し』を橋本環奈とのWキャストで演じることが決まっている。

 世界的にも評価の高い作品で、舞台経験も多い上白石萌音にとってはまさに檜舞台である。だがその舞台は、2月28日に初日の幕が上がるのだ。

 11月1日に初回が放送された『カムカムエヴリバディ』は全130回が予定されているが、昨年同時期に放送された『おちょやん』(11月30日-5月14日)と同じ期間を当てはめれば、おそらく『カムカムエヴリバディ』の最終回は4月。2月28日の舞台初日には到底間に合わない。舞台の稽古期間を考えれば、涙をのんでどちらかを断念するしかないスケジュールだ。

 だが3人交代制の『カムカムエヴリバディ』のスタイルなら、その二つの大仕事をギリギリなんとか両立させることができる。もともとNHKは近年、以前は土曜まで週6日体制で放送していた朝ドラを月~金の「週休2日体制」に短縮するなどの改革を進めてきてはいるのだが、今作で昭和前期を演じる上白石萌音のキャスティングとスケジュールは、3人交代制が可能にした両立とも言えるだろう。

「あの深津絵里が!」視聴者の衝撃

 それはもしかしたら、2代目ヒロインを演じる深津絵里にも言えるかもしれない。放送前から深津絵里の『カムカムエヴリバディ』ヒロイン登板の発表は大きな話題を集めた。だがそれはNHK側の判断に対してより「あの深津絵里がよく朝ドラのオファーを受けてくれたものだ」という驚きの方が強かったように思う。

『踊る大捜査線』『彼女たちの時代』『きらきらひかる』など、上げればキリがない名作群で鮮明に記憶される深津絵里は、朝ドラ視聴メイン層と共に生きてきた団塊ジュニア世代女性の象徴的存在ではある。 

 だがその一方で、2010年の李相日監督作品『悪人』でモントリオール世界映画祭最優秀主演女優賞を受賞したあと、その評価の高まりと反比例するように出演作は減少していく。2016年以降の5年間で、出演した映画はわずか2本。テレビドラマに至っては、2011年の『ステキな隠し撮り』から今に至るまで、出演したのは2020年のテレビ東京単発ドラマ『最後のオンナ』1本だけという状態だ。

 その出演の減少の理由はあまり語られることがなく、不明のままだ。しかし世界的な評価と、同世代女性からの熱い支持を集めたまま半ば「伝説の女優」になりつつあった深津絵里が、突然朝の連続テレビ小説という「毎日出ずっぱり」の代名詞で復帰するというのだから驚くなという方が無理な話だ。

 それはもちろん深津絵里が『カムカムエヴリバディ』の脚本に出る価値を認めた、ということが何よりも先にあるのだろう。だが同時に「1年間、130話全部出演ではない、凝縮された物語の3分の1で『あなたの時代』を演じてほしい」とNHKが依頼できた、負担を通常より軽減できたことも深津絵里ヒロインを実現する上で大きかったのではないかと思う。

 そして物語終盤に「3代目」のヒロインを演じる川栄李奈からも目が離せない。最近公開された短編アニメ映画『サマーゴースト』で彼女は声優として幽霊の少女を演じているのだが、これが腹式の低い発声で物語に凄みと重さを加える素晴らしい演技だった。

 アイドル出身ながらもともと俳優としての評価が高く、リアルな現代女性の演技ができる若手なのだが、上白石萌音のノスタルジックな魅力に対して、川栄李奈はスピード感のあるアグレッシブな役者だ。ある意味では必ずしも朝ドラ的ではない、攻めたキャスティングができるのもトリプルヒロインのメリットかもしれない。

『カムカムエヴリバディ』のここまでの放送を見る限り、「3人交代制」の効果はまずドラマのスピード感に表れている。通常の朝ドラがフルマラソンのように序盤はゆっくりとペースを作るのに対して、上白石萌音の演じる昭和編は中距離走者がトラックを駆け抜けるように序盤から脚本がトップスピードに入る。

 もちろん、デメリットや負担がないわけではない。昭和・平成・令和の三つの時代を描くと口で言うのは簡単だが、ドラマのセットから衣装、時代考証に至るまですべてが3倍必要になってしまうのは誰にでもわかる。100年という時間を描くにはヒロインだけではなく、共演者に至るまでほぼ総入れ替えなのだから、キャスティングの苦労や費用も単純な3倍では利かないかもしれない。

 俳優個人への負担が軽減される分、制作側にはおそらく通常の朝ドラ以上の負担があり、おいそれと「これはいいアイデアだ、次もやりましょう」と言えるようなことではないだろう。だがそうした規格外のコストを投じてもこの体制を取る価値を、NHKが『カムカムエヴリバディ』という作品に認めたということだ。

公式サイトやガイドから感じさせられる「伏せられたカード」

 恒例のNHKドラマ・ガイド『カムカムエヴリバディPart1』では、チーフ演出の安達もじり氏が「(今作はコロナ禍によって)大阪拠点放送局制作の前作『おちょやん』と並行して撮り始める前代未聞の状況にもなり、スタッフが途中で大幅に入れ替わったりもしています」と状況の困難さを語っている。制作統括の堀之内礼二郎氏は「『ラジオ英語講座とともに歩んだ家族の100年の物語』という構想を脚本家の藤本有紀さんから聞いた時、その壮大な構想に心が震えた」と語っている。

 だが、この定番の朝ドラムックであるNHKドラマ・ガイド『カムカムエヴリバディPart1』には、不思議なことに脚本家である藤本有紀氏のインタビューが掲載されていない。制作統括やチーフ演出のインタビューが掲載されているにもかかわらずである。

 NHKの公式サイトでもやはり同様だ。今も多くのファンに愛される『ちりとてちん』で朝ドラの歴史に大きな一歩を刻んだ藤本有紀氏には、制作発表の前から大きな注目が集まっている。もちろん、執筆に専念しているという可能性もあるだろう。だが、過去の朝ドラに比べ、NHK全体がこの作品の展開について事前の情報を最小限に絞っているように見えるのだ。 

 コメントだけではない。前半後半と冊2出版されるNHKの朝ドラガイドシリーズには、それぞれ前半後半の「あらすじ」が掲載される。たとえば『おかえりモネ』のドラマガイドPart1には第11週まで、約3ヶ月分が掲載されている。だが『カムカムエヴリバディPart1』に掲載されているストーリーはわずか3週分である。

「その後のあらすじ」としてさらりと4週目以降にもふれてはいるものの、公式サイトもガイドブックも明らかになんらかの「伏せられたカード」があることを感じさせるのだ。

11月第4週の放送で描かれた岡山大空襲の記憶

 ひとつだけ明らかなことがある。この物語の中心にあるのが「ラジオの英語講座」であることだ。日本人にとって、英語は海外への扉であり、アメリカの影と結びついている。11月第4週の放送では1945年6月29日の岡山大空襲が描かれた。

 軍需工場ではなく、明確に木造家屋とそこに住む民間人を狙った空襲。日笠俊男著『米軍資料で語る岡山大空襲-少年の空襲史料学-』の中には、米軍資料『目標情報票』の中でアメリカがこの空襲をどう意味づけていたかわかる記述が収録されている。

「岡山市への空襲は、たとえより小さい都市でも、その都市が戦争遂行上少しでも重要な働きを果たすものならば、見逃されるとか無傷でいることはできないという、更なる警告となるべきものであらねばならない。もしもほかの小都市の住民が、自分たちの未来は灰色だと思っているのなら、この空襲はそれを真っ黒にするであろう」

 その短い文章には、「女性や子供を含めた日本の市民に大量の死者を出して思い知らせる」という露骨な意志が示されている。 

 岡山大空襲は、かつて高畑勲監督も幼少時に経験し、その記憶はのちに『火垂るの墓』の神戸大空襲の凄惨な描写として蘇ることになる。それはアメリカという国の残酷さ、戦争の暴力の記憶と結びついた歴史だ。

 だが同時に米軍の殺戮は、日本に敗戦をもたらし、戦後に女性は参政権を獲得し、社会進出は進む。家族を失った安子は、空から死を降らせた国の言葉、英語に出会い学び始める。

 アメリカは時に自由を与え、アメリカは時に生命を奪う。このドラマは序盤ですでに日本女性とアメリカの複雑な関係に踏み込んでいる。「すべての『私』の物語」と銘打たれた3世代の女性の物語は同時に「アメリカと私」の物語、日本とアメリカの物語でもあるのだ。

 NHKの公式ホームページには、「これは、すべての『私』の物語。」の画像と入れ替わるように表示される画像に、100年の時間を象徴するような大樹に登る、上白石萌音、深津絵里、川栄李奈の3人の写真に「未来なんてわからなくたって、生きるのだ。」というコピーが添えられている。

 この物語がどこに向かうのか、視聴者のほとんどはまだ知らない。だがその未来の行方には、やがて多くの人が目を離せなくなるだろう。これは上白石萌音や川栄李奈、そして深津絵里に選ばれた物語なのだから。

(CDB)

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