“犬パラッチ”めぐって大騒ぎ “密告社会”韓国の憂鬱

文春オンライン / 2017年12月8日 11時0分

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「犬パラッチ(ケパラッチ)制度ができるらしいから、気をつけたほうがいいわよ」

 先日、犬友からこんなことを囁かれた。

 犬(ケ)+パパラッチで通称、犬パラッチ。

 犬パラッチは、犬の散歩時にリードをつけていなかったり、指定された犬種に口輪を装着させていなかったりする飼い主をパパラッチよろしく政府に“密告”し、内容が認められれば報奨金が支給されるというもの。

 この制度は2017年3月の動物保護法改正によって導入が決定され、来年3月22日から施行される予定だ。飼い主への過怠金は5万~10万ウォン(約5千円~1万円)。通報者への報奨金はその20%に当たる。

 今年10月末にはさらなる安全管理の強化のために、韓国農林畜産食品省(農林省)傘下に「伴侶犬安全管理タスクフォース」が設立された。また、保育園や幼稚園、小学校への立ち入りを禁止するなど、猛犬管理の義務を強化する新たな動物保護法改正案が議員発議で提出された。12月1日には国会の関連委員会を通過し、今月末の本会議を通過すれば来年末には施行されることになる。

 ちなみに韓国では「ペット」や「愛玩犬」よりは、一生を共にするという意味から「伴侶犬」と呼ぶことが多い。

 この新たな改正案とともに、農林省は過怠金を20万~50万ウォン(2万円~5万円。通報者には20%の報奨金)と大幅に引き上げ、口輪を義務とする犬種も従来の土佐犬やアメリカンピットブルテリアなどの4犬種から拡げることも、来年の実施を目指しているという。

 あまり一般には馴染みのなかった「犬パラッチ制度」がにわかに注目を集めることになったのは、9月末に起きたフレンチブルドッグの噛みつき事件がきっかけだった。

 この事件、噛みついたフレンチブルドッグは人気アイドルグループ「スーパージュニア」のメンバーが育てていた犬で、噛まれた人物は韓国で有名な老舗韓国料理店の社長だった。加害者、被害者ともに有名人。しかも、不幸にも脚を噛まれた被害者は、6日後に敗血症で亡くなってしまった。そのため、大々的に報道されて大騒ぎとなった。ただ、フレンチブルドッグに噛まれたことと死亡との因果関係は明らかになっていない。

 この事件の後も、つながれていた柴犬をなでようとして顔を噛まれた20代の女性が、注意喚起を怠ったとして飼い主を訴える事件が起きるなど、韓国社会では“嫌犬”の雰囲気が広まっている。

 韓国では、特に小型犬などはリードをつけずに散歩させる人がいまだに多い。排泄物を処理しない人も少なくなく、日常でもトラブルが発生していた。

 9月の事件以降、わが家の柴犬を散歩させていると、ただ歩いているだけなのに、すれ違う人々から冷たい視線がびしびしと飛んでくるようになり、特に子どもと一緒の母親からはにらまれて、慌てて子どもを抱き上げたり、はたまた自分の背中に隠したり……。気持ちは分からないわけではないが、なんとも肩身の狭い思いをしていた。

 事件を起こした犬と同種のフレンチブルドッグを育てている人はさらに大変なようだ。きちんとリードをつけて公園を散歩させていたにもかかわらず、数人から「そんな危険な犬を公園で散歩させるな」と立て続けに言われたと半べそをかいていた。

パパラッチを養成する塾も出現

 韓国はそうでなくとも「パパラッチ天国」だ。

 犬パラッチのほかにも、さまざまな密告制度が存在する。

 例えば、「不法金融パパラッチ」。

 これは昨年6月に韓国の金融監督院が導入した制度で、金融詐欺などを密告すれば報奨金が支給される。今年は15名に総額5000万ウォン(約500万円)が支給された。

 他にも賞味期限を過ぎた食品の販売業者などを通報する食パラッチ、昨年施行された公務員やマスコミなどの接待を制限する「金英蘭法」に抵触する事案は蘭パラッチ、脱税関連は税パラッチ、観光客へのぼったくり業者については観光パラッチ、不法投棄はゴミパラッチ、コンビニなどが有料ビニール袋を無料で提供していないかをチェックするビニール袋パラッチなど、「こんなところにも!」という驚きのパパラッチもある。

 最近では、ソウル市が工事現場の安全管理のために「安全申告報奨金制」を導入し、申告すれば商品券5万ウォン(約5千円)を支給するという。

 こうしたパパラッチを養成する塾も出現し、隠しカメラの使い方などの講義が行われているそうだ。

 知り合いの50代会社員は犬パラッチについて話題が及ぶと、大きくため息をついた。

「なんでもかんでもパパラッチ。

 税パラッチでは1年間に8000万ウォン(約800万円)稼いだ人もいるそうで、これじゃあ賞金稼ぎですよ。報奨金を狙ったプロの申告屋がさまざまな分野で誕生しているわけで、道徳に訴えて一人ひとりが気をつければいいことを法律で罰する制度を作るなんて、情けない。

 どこもかしこも監視社会になってしまった。

 嫌な社会になりました」

 韓国といえば、昔から北朝鮮のスパイの通報が日常にも溶け込んでいて、「疑わしければ再度見て、怪しければ申告しよう」(60年代)なんていうポスターもあったそう。今でも「11X番」「13XX番」といった電話番号ととも国家情報院や警察、国防省へ通報を促す紙が地下鉄などに貼られている。

 これも今風にいえば「北パラッチ」か。

 ただし、こちらのパパラッチは北朝鮮との対話を進めようとしている現政権になってから、あまり活発ではないようだが。

(菅野 朋子)

文春オンライン

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