三洋電機創業者・井植歳男が悩んだ「近頃の若い嫁は楽をすることばかり考えている」という反発

文春オンライン / 2018年1月14日 7時0分

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 三洋電機が国内初の噴流式洗濯機を発売した1953年は、評論家・大宅壮一氏によって「家電元年」と命名された。1956年には、経済白書から「もはや戦後ではない」という名言が生まれた。同時期には白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が「三種の神器」としてもてはやされ、まさに高度経済成長の前夜だった。

 戦後、三洋電機を創業した井植歳男氏が63年前の「文藝春秋」に寄せていた文章(原題:「贅沢は敵ではない」)は先見の明があり、とても興味深い。その後、あっという間に日本中に普及した洗濯機だが、当初は「近頃の若い嫁は楽をすることばかり考えていてけしからん」といった反発があったことがうかがえる。

出典:「文藝春秋」1955年6月号「贅沢は敵ではない」

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日本向きの噴流式

 私の知人に20年前から電気洗濯機を使っている人があった。国産の丸型の機械である。その人が私に曰く、

「社長、あなたの所でも是非洗濯機をおやりなさい。私は結婚してから20年になるが、女房は洗濯の苦労を全然知りません」

 この人は手広く商売をしていて店員を10名以上も使っているのだが、みんなにいつも清潔なものを着せている。しかもその夫人は洗濯の苦労をしたことがないという。そこで、私は早速洗濯機を使っている現場を見に行った。もう3、4年前のことである。

 20年も使って古くなって、脚も腐って煉瓦の台の上に置いて使っている。しかし結構、一家十数人の洗濯物を一手に引受けて重要な役目を果している。これを見て私は「なるほどそうか。日本の御婦人方にとって一番の重労働は洗濯だなあ」と改めて痛感した。

 以前からいろいろ考えてもいたし、周囲からもこのようにすすめられるしするので、熟慮の上漸(ようや)く洗濯機をやろうと決心したが、さてどういう型のものがいいかという問題にぶつかった。そこで国産の洗濯機は全部買い集め、更に外国の製品も集められるだけのものは全部を取揃えて検討を始めたわけである。先ずそれまで国産品の大部分を占めていた丸型の攪拌式であるが、これは機械的に言って非常に無理がある。原理として一方に回転してから、その分だけ又もとの方に戻す建前だから、元来同一方向へだけ回転しているモーターを逆転させる装置が必要であるが、これは原価も高くつくし、故障も起り易く、所謂(いわゆる)ガタが早く来るという欠陥があり、時間も非常に長くかかる。だからこの型を使っても、たた労力が省けるというだけのことで、時間の節約にはならないし、従って電気代も高くつく。

 機械的な問題の他に特許や意匠登録の面でも、仔細に検討した結果、英国のフーバーのものがあらゆる点で一番良いということになった。

 ここで面白いことに、ヨーロッパ諸国では噴流式が圧倒的に多いのに、アメリカでは殆ど攪拌式が用いられている。万事合理的で能率一点張りのアメリカが、前に述べたような、我々から見れば欠点の多い攪拌式を使っているのは何故だろうか。“洗う”という言葉の意味が全然違うのだ。洗うからには汚れたからだろうと思うのが我々貧乏国民の常識だが、米国の家庭では汚れようが汚れまいが1日着たら兎に角全部一度水に通す。1日と言っても、昼間会社へ着て行ったワイシャツをそのまま夜の外出に着て行くなどということは、殆ど考えられないのが彼等の生活である。だからいわばゴシゴシ揉んで洗うような攪拌式は、日本でこそ長い時間かけなければ汚れは落ちないが、向うでは好い加減に機械を動かして置けば済んでしまう。それに日本人ほどコセつかぬから万事鷹揚だ。その代り毎日休まずに繰返すから汚れるという程の汚れもつかない筈である。

 結局生活が豊かで衣料も豊富に持っているからこそ、こういうことが出来るのであって、これに比べれば欧洲の国々は矢張り戦争の影響もあるし、どうしてもアメリカのようには行かない。少い持物を大事に使うために経済的な噴流式が多いのだと思われるし、同じ意味で尚一層、日本には都合がよいことになる。

前代未聞の洗濯講習会

 昭和28年の夏、最初の噴流式洗濯機が出来、いよいよ売出したが、手始めに、テストケースとして、大阪で信用の置ける小売商を選定して、

「君、押売は絶対にいかんぞ。1台持って行って『実は今度こういう新型が出来ました。1週間お貸ししますから、奥さん、兎に角使って見て下さい』と言って、使用法をすっかり教えて置いて来なさい。無理に押付けてはいけない」と十分旨を含めた。

 大体に於(おい)て男性は洗濯なぞに関心はない。女房がゴシゴシ洗って呉れてるから、それでよいものと思っている。多くの販売店の主人もその例外ではない。しかしこれからは全く新しい噴流式を大いに売って貰わねばならない。そこで販売店の店主に集まって貰って洗濯の講習会を開いた。そもそも洗濯には、揉み洗い、たたき洗い、さらし洗いといろいろあって、従来の攪拌式は揉み洗いで今度の噴流式はさらし洗いに相当するというところから始まって、石鹸の化学作用や、布地の種類による様々の洗い方まで理解して貰った。実際そこまで知らないと、何しろ奥さん方相手の商売だから、向うは10年20年と年期を入れたヴェテランばかり、突込まれてヘドモドするようでは話にならないのである。

 現在の日本は物凄いカメラブームである。何万円という立派なものをブラ下げて歩いている人が多い。休日の行楽地などへ行って見ると大変なものだ。全国平均していまカメラは4世帯に1台の割合で行きわたっていると言われているが、洗濯機の方は東京で漸く25世帯に1台程度のものである。旧態依然たるタライの前に奥さんをしゃがみ込ませて置いて、主人公は高価なカメラを肩にブラブラしているというのではよき亭主たる第一条件は失格ではないか。

 もっとも、大体に於て、年寄のいる家庭にはなかなか入りにくい。そんな贅沢なものを買っては外聞が悪いというのと、自分たちの若い時には洗濯で苦労してそれが当り前だったのに、近頃の若い嫁は楽をすることばかり考えていてけしからんというのと、この二つの考えが一緒になって阻止するのである。だから細君が欲しがり、亭主が承知しても、老人がウンと言わないために買うことが出来ない場合が多い。

 農村の場合でも同じで、東京近県の町や村では相当に使用されているが、東北でも東京から離れた所程、右の二つの考えが強くて、なかなか入りこめない。電力会社とタイアップしたりして努力しているが、気長にやるほかはないであろう。兎に角、冷蔵庫と間違えたり、中が空っぽでどうして洗えるのだなどと言い出す人が都会にもまだまだいるのだから、一概に田舎の人ばかりを責めるわけにも行かないのである。

「ヤリクリ」という名のカンナ

 由来、日本の家庭経済の考え方は、入る方を計らずに、一方的に出る方を節することのみを以て能事終れりとして来た。主人の持って来る収入に、一家全部がブラ下って、その収入を「ヤリクリ」というカンナにかけて、鰹節を削るように出来るだけ薄く削って煎じて飲んでいたのである。

 ここで言う「入る、出る」というのは何も金銭だけではない。日々の労働や目に見えない精神的なトラブルなどすべて生活する上にマイナスとなるものは「支出」であり、その逆は「収入」であると考えたいのである。最近漸くこの考え方をする人が多くなって来て、「支出」を節する一方で「収入」をふやすことが、プラスになって、快適な生活を過せるということが理解されて来つつあるのは誠に喜ばしいことである。この思想が所謂文化的生活の根本であろう。

 今までのように、すべて便利なもの、楽の出来るもの、快適なものが贅沢だとする考えからすれば、洗濯機に限らず、ミキサーも、トースターも、すべて家庭電化などというものほど、贅沢なものはないのである。しかしこの「贅沢は敵だ」精神は戦争中はいざ知らず、現在ではそれこそ「経済は敵だ」というのと同じことになってしまう。これからの家庭経済は古い「消極的節約」から一転して「積極的節約」に持って行かなければ成立たないのではないだろうか。

 例えばミキサーであるが、これは例のハウザーの学説以来、にわかに脚光を浴びて登場したものである。ところが猫も杓子もハウザー、ハウザーのお題目を唱え過ぎて「ミキサーとはジュースをつくる道具なり」位にしか考えていない人が多い。もしそのためだけに1万円もするミキサーを買うとすれば、確かに贅沢かも知れない。勿論果物や野菜を調理するのに非常に便利なものではあるが、単なる絞り器に止まらず、主婦の最も大きな仕事である料理全般にわたって、その任務を代行して呉れる万能調理器となって来ているのである。

 これは現に私自身がやっていることだが、昧噌汁に入れる実として、大豆を前の晩から水に浸しておいて、朝ミキサーにかければ、糊のようではあるが、立派な豆腐が出来て、しかも全然ムダはないし、第一安上りでもある。又戦後大抵の人が一度は厄介になった、粉ひき器の代りにもなって、するめのような固い物も訳なく粉にしてフリカケに出来る。これはほんの一例であるが、すべてこういう具合に使い方一つで、和洋何れの料理にも向く調理法が出来るのである。

贅沢は敵か味方か

 最近発売した私の方のミキサーを初めて見た新潟県のある電器屋さんは「ほう、変った蛍光スタンドが出来ましたね」と感心したそうであるが、これには恐れ入った。又洗濯機にしても図体が大きいものだから、さぞ電気代も高いのだろうと決めている人がまだある。たった100ワットしか使わないし、それも1時間連続使用して100ワットなのだが、なかなか呑込めないらしい。

 しかしこんな話もだんだんなくなって、世の中は刻々電化の方向に進んでいる。電化生活こそ文化生活に通じる道であると私は信じている。そして全国の家庭がみなひとしく、文化的な生活を楽しむ日もそう遠くないのではないか。

 30年前にラジオが初めて出現した時、何人の人が今日あるのを予想し得ただろうか。加入世帯数1200万を数え、2世帯に1台の割合で普及したラジオの先例こそ、我々を力づける唯一のものである。発足当時は物好きの占有物か、大人の玩具のように思われて、段々拡まって来てからは、贅沢品視された、洗濯機もミキサーも全く同じ過程を経て、漸く今贅沢品の段階まで来たわけである。次の段階は実用品、必需品へ連なる道である。贅沢とは何だろうか。身分相応の範囲でする贅沢が果して悪徳だろうか。「贅沢は敵」ではないのである。我々日本人の誰でもの心の奥に巣食うこの「贅沢は敵」精神という大敵を早く追放して、快適な生活、明るい家庭を目指して邁進したいものである。

(井植 歳男)

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