『ゆれる人魚』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

文春オンライン / 2018年1月14日 11時0分

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『ゆれる人魚』2月10日より、新宿シネマカリテほかにて公開

 アンデルセンの童話『人魚姫』のことを、わたしは長年、「人になって失恋して海の泡になった? ウーン、いまひとつピンとこない話だな」と思っていた。でもこの映画は、意外なほど興味深く観られた。人魚姫が二人(二尾?)いて、ちがう選択をしたからだ。

 一人は陸へ、一人は海へと。

 そうなると、俄然、どっちがどうなるのか気になって、身を乗りだしてしまう!

 舞台は1980年代のワルシャワ。“ダンシング”と呼ばれる、共産主義時代のポーランド独特のナイトクラブ。手品にライブにストリップ、市場では手に入らない西洋諸国のお酒や料理も楽しめる。そんなお店の一軒に、ある日、謎の人魚姉妹が登場した! 美貌と可愛い胸、アナゴみたいな巨大なシッポをくねらせるシルバー&ゴールデン。二人はたちまち大人気となる。

 煙のような鈍い光がたちこめる店内に、独特の音楽が鳴り響いている。歌う人魚たちの興奮が伝染して、みんな刹那的な多幸感に酔いしれる。でも、特別な時間ってのは、案外早く終わってしまうものだ……。周囲は次第に二人に選択を迫るようになる。いつまで人魚でいるつもり? あるいは、人間の足を移植する手術を受けるべきかも、と。

 ゴールデンのほうは、まだまだ人魚(子供)でいたいと願っている。宵闇の中で不気味な尾(野性)をくねらせ、歌い続けていたいだけなの、と。でも、シルバーは……?

 この映画を観て、わたしは、きっと誰もが若いとき、シルバーのほうだったことがあるんじゃないかなぁ、と感じた。大人になるとき、人は、仲良しだった片割れ(インナーチャイルド)に背を向けて、内緒のシッポも切り落とし、陸(社会)に上がる。でも海(自我の世界)には無数のゴールデンたちが残されて、いまこのときも口ずさんでいるのだ。野性の歌を。

 その歌こそが映画、小説、漫画――つまりフィクションなんだろうな。

INFORMATION

『ゆれる人魚』
2月10日より、新宿シネマカリテほかにて公開
www.yureru-ningyo.jp/

(桜庭 一樹)

文春オンライン

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