相撲伏魔殿 貴乃花vs.“乳母日傘”「すったもんだ」はどこへいく

文春オンライン / 2018年1月13日 17時0分

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(c)共同通信社/雑誌協会代表

「痛みに耐えてよく頑張った、感動した」と横綱・貴乃花を讃えた小泉首相、そのもとで外務大臣を務めたのが田中真紀子であった。当時、田中真紀子は外務省を「伏魔殿」と呼んで話題になる。伏魔殿とは「①魔物が隠れている殿堂。②陰謀や悪事が常に行われている所。悪の根城」(『大辞林』)のこと。相撲界はまさにそれだ。

伏魔殿の大物キャラ 池坊保子の登場

 日馬富士による貴ノ岩への暴行事件に端を発する相撲協会の内部抗争は、年が明けると貴乃花親方の理事解任にまで発展する。この解任劇の中心に立ったのが、日本相撲協会の評議員会議長である池坊保子だ。伏魔殿の大物キャラといえる。

 週刊文春最新号のトップ記事は「『貴乃花はクスリをやってるみたいに異様』と吹聴していた池坊保子」。池坊議長の人となりや来歴を明かし、さらには直接取材する。

 理事解任の理由として、貴乃花親方が危機管理委員会への聴取協力を拒んだり、八角親方からの電話に出ないといった「礼を欠いた」行為があげられているが、記事には「『礼を欠いた』とする発言は評議員会の総意ではなく、池坊氏の私見だったようです」とあり、それどころか池坊議長は「部屋取り潰し」まで考えていたとみられるとさえある。

「部屋取り潰し」まで言い出すとは穏やかでない話だが、そんな池坊議長は名家の出。なにしろ「華族の習わしとして乳母に育てられ」たほどだ。家が元麻布とか芦屋とか、幼稚舎からの慶應ですとか、そういうレベルの話ではない。乳母である。

 そんな池坊氏は96年、衆院選に当選し国会議員となる。なにしろ乳母日傘のお嬢様である。「これ、やっといてちょ~だい」とスタッフに命令していたと当時を知る者は証言する。また文科省副大臣となると、「人使いが荒く、省内の評判は悪かった。部下の官僚が新聞で大きく扱われたりすると『私より大きく載ってる! なんであの人が取材されるの?』と怒っていたそうです」(元文科省幹部・談) 

田中真紀子に通じるものがある

 こんな調子だからか、「出来の悪い田中真紀子」と言われていたという。上手いことを言うもんで、なるほど「人間には敵か家族か使用人の3種類しかいない」の田中真紀子に通じるものがある。もっとも記者が元文科省幹部の評を本人に伝えると、「真紀子さんは人の意見を聞きません」からの、「人の意見に耳を傾けて欲しい」と貴乃花への苦言につなげて、上手いこと切り返すのだが。

 今回解任劇の主役となった池坊議長だが、かつて漢検協会の理事長であった際、その職を解任された過去を持つ。また当時、漢検協会の展示会を自らの親族の関連施設で開催することで、協会の資金を自身の利益にする行為と取られる可能性を文部科学省に指摘されている(注1)。ここでも公設秘書の給与をピンハネしたとされる疑惑で議員辞職に追い込まれた田中真紀子に通じるものがある。

 いずれにせよ評議員会は、理事会を監督する立場から暴行事件や八角親方と貴乃花親方の対立を公平に対処することで結果、仲裁役を果たせたかもしれなかったが、そうは機能しなかった。

「すったもんだがありました」と振り返れる日は

 またスポーツライターの二宮清純も月刊文藝春秋2月号の相撲界をめぐる鼎談で、「モンゴル人力士なら一七年一月に世を去った元小結の時天空、貴乃花親方の周囲なら、貴乃花部屋の部屋付き親方でもあった元大関の貴ノ浪(一五年に逝去)。彼らが生きていれば、もう少しうまく周囲と意思疎通が図れていただろうに」(注2)と調整役の不在を嘆き、小錦をうなずかせている。

 今からちょうど四半世紀前の1月、貴乃花と宮沢りえは婚約を解消する。後に宮沢りえはCMで、そのことをほのめかすかのようなセリフ「すったもんだがありました」で一世を風靡する。伏魔殿のなかで孤立に耐えてよく頑張り、「すったもんだがありました」と振り返れる日が、貴乃花親方にも来るのだろうか。

(注1)産経新聞 2010年10月23日 大阪朝刊

(注2)小錦八十吉/二宮清純/横野レイコ「貴乃花と白鵬 ねじれた横綱像」

(urbansea)

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