「筋金入りの確信犯・北朝鮮」を本当に非核化できるのか

文春オンライン / 2018年3月13日 21時0分

写真

『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』 (五味洋治 著)

 米朝首脳会談を前に北朝鮮は“非核化”というカードをちらつかせている。

 一方で、北朝鮮には過去にも核の開発凍結や放棄の約束を破ってきた「裏切りの歴史」がある。

 最新刊 『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』 で著者の五味洋治氏は、核兵器とそれを運ぶミサイル開発が金正恩の力の源であるとして、その開発の最新事情を丹念に追っている。例えば2017年だけで15回発射された弾道ミサイルは、北朝鮮国民に1年間最低限の食料を配給できる金額をつぎ込んだとも言われる。それほど金正恩は核・ミサイル開発にかけているのだ。

 そんな金正恩をトランプが非核化に導くことは本当にできるのだろうか。著者の五味洋治氏が北朝鮮の核開発の歴史から読み解いた。

◆◆◆

金正恩は「核の盲信者」

 米国と北朝鮮が首脳会談に合意したというニュースは世界を驚かせた。北朝鮮の“非核化”が最大のテーマだ。しかし北朝鮮は生き残りをかけ、半世紀以上かけて核開発を進めてきた。過去にも、核開発をやめると言いながらやめなかった「筋金入りの確信犯」だ。「首脳会談」という賭けに出た金正恩に対し、外交経験の浅いトランプ大統領に秘策はあるのだろうか。

 合意発表の直後、初めてカメラの前に姿を見せたトランプは、「北朝鮮はとてもうまくやるだろうし、われわれは大成功を収めるだろう」と報道陣に語り、会談の成果に自信満々なところをみせた。

「会談は5月までに開く」というが、場所も決まっていない。「成功」をことさら強調するところをみると、トランプも内心は不安でしかたないのかもしれない。

 それもそのはずだ。金ファミリーの、核兵器への執着ぶりは尋常ではない。

 私は新刊 『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』 のなかで、金正恩の最大の武器である核・ミサイル開発の最前線を追った。北朝鮮はGDPに占める軍事費比率が23%という、世界一の「スーパー軍事国家」である。

 そしてこの本の中でも紹介しているのが、2016年に北朝鮮で出版され、品切れになるほどの人気を集めた実録小説「野戦列車」だ。この小説を書いたのは、北朝鮮を代表するゴースト・ライター集団のひとり、ペク・ナムリョンという作家である。

 小説の中に、金正日・正恩親子のこんな会話が出てくる。

 

 金正日「外交戦における勝負は、……国力と軍事力なのだ。拳(こぶし)が強ければ、言い争いをしなくても良いのだ。外交の命である自主性と尊厳は、力の裏付けなしに守ることはできない」

 正恩「心に刻みます。私は、わが国を大国と堂々と渡り合える政治軍事強国にしてくださった将軍(=金正日のこと)の先軍政治を、命を賭けて掲げて行きます。核の列強が屏風のように朝鮮を取り囲んでいる今日、強力な軍事力、核抑止力だけがわれわれの尊厳と東北アジアの平和を守ってくれることでしょう」

 

 この発言を見る限り、金正恩は「核の盲信者」だ。この本は情報統制の非常に厳しい北朝鮮で一般に流通しており、正恩の考えが反映していると考えていい。

核凍結や核放棄は過去にもあった

 北朝鮮と“非核化”。それはそもそも長年の“裏切りの歴史”でもある。

 北朝鮮の核開発計画は、正恩の祖父、金日成の時代にさかのぼる。

 1950年に始まった朝鮮戦争で米国は原爆の使用を計画した。朝鮮戦争は53年に休戦となったが、米軍は韓国に駐留し、核兵器を韓国内に配備していた。

 原爆攻撃を受けるかもしれないという恐怖の日々の中で、金日成は中国に「核技術を教えてほしい」と要請したが、あっさり断わられる。

 しかたなく北朝鮮は、ソ連の協力を得て実験用の黒鉛減速炉2基を平壌から約90キロメートル北にある寧辺に自力建設した。1970年代末のことだ。

 その後、国際社会で、北朝鮮が核兵器開発をしているとの疑惑が問題になる。米国はこれを阻止するため、1994年に核開発凍結の見返りに、発電用軽水炉を提供する「枠組み合意」を北朝鮮と締結した。

 これによって北朝鮮は重油や食料の提供も受けたものの、プルトニウム抽出やウラン濃縮などを秘密裏に進めていたことが発覚し、合意は破棄された。

 さらに日米韓と中国、ロシア、北朝鮮が参加した六者協議で核問題が討議された。その結果、2005年には北朝鮮が核放棄を約束する共同声明が採択された。

 北朝鮮は核施設の一部を爆破し、核開発を放棄する意志を示した。しかし北朝鮮側から「合意違反があった」との訴えがあり、またしても勝手に核施設を再稼働している。

 その後、金正恩政権になって以降、核開発が急ピッチで進められ、昨年9月には6度目となる核実験が行われた。

 

 北朝鮮にとって“非核化”はあくまで交渉カードのひとつであり、今回も金正恩の言うことを鵜呑みにすることは危険である。

 過去の裏切りの苦い経験から、今回トランプは非核化に向けた具体的な行動がないかぎり、北朝鮮への経済制裁は解除しないと表明している。単に核開発の凍結宣言だけではなく、核開発施設の解体、国外への持ち出しも検討しているもようだ。

 金正恩にとって、核放棄は「丸裸」になることを意味する。トランプには相当思い切った手が必要だ。もし会談が実現したとして、こんなことが想像できるだろう。

 まず、基本的に、過去に誰もできなかったことを実行する。そしてそれを自分の手柄とする。これがトランプのやり方だ。

 例えば、正恩といきなり親しい友人関係になる。厳しく批判していた相手に親密に接し、相手に安心感を与えるのがトランプ流だ。

 冷酷な指導者として批判される正恩を、褒めちぎり、米国に招くなどということも考えられる。

 不意に大胆な材料を持ち出し、相手から譲歩を引き出そうとするかもしれない。

 さすがに、いきなり米朝国交正常化に行くのは無理だろう。北朝鮮内には深刻な人権問題があるからだ。

 米朝間では、朝鮮戦争以来の緊張が続いている。核放棄の条件として戦争を正式に終わらせ、平和協定を結ぶことを表明するかもしれない。そこまで行かなくても、約3万人の在韓米軍の大幅縮小を言い出す可能性がある。

 いずれも北朝鮮が長年求めていたことだ。韓国や日本は大慌てするだろうが、北東アジアの安保環境は劇的に変化するだろう。

 トランプは3月10日、訪問先で米朝首脳会談について「会談の結果はだれも分からない。私は早々と立ち去るかもしれないし、私たちが着席して世界にとって最高の合意をするかもしれない(Who knows what’s going to happen?  I may leave fast or we may sit down and make the greatest deal for the world.)」と語っている。

 一気に平和が来るのか、いよいよ緊張が高まるのか。北東アジアは、「未知の世界」に入り込んだのかも知れない。

―――

五味洋治(ごみ・ようじ)
1958年、長野県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞東京本社入社。韓国・延世大学に語学留学の後、1999年から2002年までソウル支局に勤務。2003年から2006年まで中国総局勤務。この間、2004年に北京国際空港で金正男に偶然会ったことからメールのやり取りが始まり、のちに単独インタビューを実現させる。2008年8月から10カ月間ジョージタウン大学にフルブライト留学。現在は東京新聞論説委員。著書に『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋)、『父・金正日と私 金正男独占告白』(文春文庫)など。
 

(五味 洋治)

文春オンライン

トピックスRSS

ランキング