入社式で「今こそ変革を!」と演説する社長を信用しない理由(後編)

文春オンライン / 2018年4月17日 7時0分

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入社式で「今こそ激動期!」と演説する社長を信用しない理由(前編)より続く

 企業変革とは創造的破壊のプロセスだ。そんなことは誰でもわかっている。しかし、理解と実行には大きな隔たりがある。破壊と創造という真逆の向きにあるベクトルを同時に扱わなければならない。「言うは易く、行うは難し」の極みである。

 変革をとくに難しくしているのは、創造よりも破壊の方にある。裏を返せば、変革の重点にして力点は破壊にこそおかれるべきである。

 しかし、これがなかなかできない。とりわけ過去において成果をもたらした内的一貫性を抱える企業にとって、破壊は創造の何倍もエネルギーのいる仕事となる。結婚よりも離婚のほうがはるかに大変なのと似ている。

 だから、多くの企業は破壊に手をつけず、既存の内的一貫性の上に「創造」を重ねようとする。これは家の土台をそのままに増改築を繰り返すのに等しい。家を全体としてみたときには大して変わらない。これでは問題の先送りに等しい。

 すでに話したように、企業変革が相対的にやりやすい状況は、(1)いまだに確固たる内的一貫性を持ち合わせていない、もしくは(2)すでに長期にわたって業績が低迷して、にっちもさっちもどうにもいかなくなるところまで行き詰っている(私的専門用語でいう「ブルドッグ状態」)、のどちらかである。

 これにしても、「破壊」の補助線を引いて考えるとわかりやすい。(1)の場合は、全力で破壊しなければならないような土台がそもそも存在しない。だから、相対的に楽な「創造」に集中することができる。(2)の場合は、既存の経営の内的一貫性が、競争という外的な圧力によって相当程度にまで破壊されている。経営が自ら破壊に乗り出さなくても、半ば破壊が済んでいるわけだ。

 いずれにせよ、この2つの状況では、破壊という仕事の負荷があらかじめ軽減されている。だから企業変革を相対的に実現しやすいのである。

破壊が先、創造は後

 変革者ジャック・ウェルチの凄みは、初期に打ち出す施策がことごとく「破壊」に照準を合わせていたことにある。その典型が、「ナンバー1、ナンバー2戦略」だ。すでにみたように、ウェルチが下したこの意思決定は、その後長きにわたるGE改革の劈頭であり、一連の「破壊」の起爆剤となった。

 20年の長きにわたる在任期間で、前半10年と後半10年とではウェルチに対する世評は相当に異なる。これが面白い。破壊の限りをつくす暴君「ニュートロン・ジャック」に始まり、退任が近づくにつれてウェルチは「偉大なリーダー」としての評価を高めていった。

 その理由としては、増収増益を続けたという数字の成果もあるが、それ以上に「シックスシグマ」(全社的な生産性・品質改善運動)や「ストレッチ目標」(一見無理な目標を設定し、減点法ではなく加点法でその目標にどこまで近づけたかで評価する仕組み)や「ワークアウト」(現場の人々の声を経営に迅速に取り入れる仕組み)といった一連の「創造」志向の経営施策が注目を集めたからである。この時期のウェルチはさまざまな新しい施策を打ち出し、組織の活性化に取り組む「創造者」として笑顔を振りまいていた。しかし、初期のウェルチはそうした顔は一切見せなかった。「これまでのGEをぶっ壊す」ことに集中する破壊者に徹していた。

 長い時間をかけてGEに定着した内部一貫性。そこではすべては絡んでいる。ウェルチは絡み合いの中に特定少数のツボを見出した。「ナンバー1、ナンバー2」や、ジョーンズ時代の経営の本丸だった本社戦略部門の縮小、これらの「秘孔」をいきなり突くことによって内部一貫性を崩し、壊したのである。

 まずはジョーンズの建てた「GE御殿」を破壊しなければ話は始まらない。部分的なリフォームでは何も変わらない。ジョーンズのGEには良いものもたくさんつまっているが、それも含めていったん更地にしてしまわないことには、自分の思い描く新しい城は築けない。変革の最初のステップは「壊しすぎ」くらいでちょうど良い――。破壊が先、創造は後。これがウェルチの創造的破壊を貫く原理原則だった。

過剰にシンプル

「ナンバー1、ナンバー2戦略」、これは論理的には「選択と集中」という話であり、それ自体はとくに目新しい方針ではない。会社を変えようとする大企業のCEOであれば、だれもが考えることだ。にもかかわらず、普通のCEOは、ウェルチのように徹底してやりきれない。なぜか。

 そのひとつの理由は、普通の(優れた)CEOが「正しい」ことをやろうとするからだ。これに対して、ウェルチは「シンプルさ」を優先した。変革のためのアクション、とくに破壊に向けたアクションは徹底的にシンプルでなければならない。組織全体で解釈の余地がないほど分かりやすくなければならない。そうでなければ、全員で方向性を共有できないし、明確な意思決定に基づいて一気呵成に破壊を実行できない。

「ナンバー1、ナンバー2戦略」は、意思決定の基準において「過剰にシンプル」だった。シンプルさ、明瞭さを追求するために、「正しさ」を半ば意図的に劣後させているのである。ウェルチはこの一つの基準に忠実に事業の選別を断行した。

 組織のメンバーの多くが怯み、無意識のうちに回避したくなるのが破壊活動である。歴史が長く、大きな会社には、組織やシステムのあちこちに「破防法」(破壊活動防止法)のような防御線が張り巡らされている。これを分断して乗り越えるのがウェルチにとって絶対不可欠の第一歩だった。

 ごく客観的に考えれば、「ナンバー1、ナンバー2」は意思決定の基準としてとうてい正しいとはいえない。事実、振り返ってみれば、ウェルチの「ナンバー1、ナンバー2戦略」には判断ミスもたくさんあった。通信事業からの撤退を懸念する声が内外に強かったことはすでに述べた。しかし、ウェルチは、例によって「ナンバー1、ナンバー2でないから」といういつもの基準であっさり撤退してしまう。これが後にGEがインターネットの波に乗り遅れる遠因となった。ウェルチ自身もこの「間違い」を後になって認めている。

 教科書的に言えば、選択と集中の基準は「ケースバイケース」であるべきだろう。だから普通の(優れた)CEOは「多角的・総合的に判断」しようとする。「正しさ」にこだわり、「ミス」を回避しようとする。だから、「残すべきものを残し、壊すべきものを壊す」というスタンスで創造的破壊に臨む。

 しかし、である。GEのような巨大かつ複雑、長い歴史を持つ内的一貫性の塊のような大企業が「正しい」ことをするだけで変わるだろうか。「正しさ」を追求すると、どうしても話が複雑で分かりにくくなる。判断に時間がかかる。コンセンサスをとるのが難しいので、実行する上でも遅れをとる。

 どんな変革のケースでも、既存の体制や構造に多少なりとも良いところが残っている。しかし、さまざまな理由をつけて例外や聖域を設け、そうした「残すべきところ」をちまちまと選り分けてしまうと、結局のところこれまでの内的一貫性を引きずってしまう。

 だから「正しさ」を犠牲にしても、判断と実行の上での明解さを優先する。多少の「間違い」を含んでいたとしても、方針や判断基準は「過剰にシンプル」でちょうど良い――。この割り切りにジャック・ウェルチの変革リーダーとしての真骨頂がある。

来年の入社式への提案

 変革とは創造的破壊であり、それは創造ではなく破壊から始まるプロセスである。変革の成否は破壊にかかっている。そして、破壊の決断と実行は一にも二にも最高意思決定権限を持っている社長にかかっているのである。

 創造には多くの人が関与できる。新入社員であっても、よほどのボンクラ兄ちゃん&ポンコツ姉ちゃんでなければ、あるべき変革の方向性、変わるべき会社の姿、そのために何を創造すべきか、そんなことはだいたい分かっているのである。しかし、一方の破壊は社長にしかできない。

 入社式で新入社員を前に、「いまこそ激動期、ともに変革に取り組もう」という類のいつもの演説ルーティンに終始した経営者の方々にお願いしたい。来年の入社式では(来年も間違いなく「激動期」なので安心されたい)、まったく違う角度から変革のメッセージを発信してみてはいかがだろうか。それはこういうものである。

「わが社を取り巻く環境は大きく変わった。にもかかわらず、わが社は変われていない。しかし、私はついに変革を決意した。社内に残っている○○と××、さらには△△を、向こう2年以内に私が自らの手で必ず徹底的にぶち壊す。私が変革の障害を破壊するので、あとは若い皆さんの発想と行動力で新しいわが社の創造に邁進してほしい!」

 きっと元気が出ると思う。

(楠木 建)

文春オンライン

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