「畑を途中でやめると、住民から嫌われることも…」地方移住5回の49歳男性が語る、“田舎暮らし”で心が折れた瞬間
文春オンライン / 2024年7月6日 6時0分
市橋さんがかつて暮らしていた“ぼっちぼち村”(市橋さん提供)
田舎暮らしにぼんやりとした憧れを抱き、漫画連載の仕事を機に田舎へ移住した漫画家の市橋俊介さん(49)。理想の土地を探すべく、極寒の高地から、限界集落、競売で落札した古民家と、5回もの引っ越しを重ねてきた。家探しやゼロから始める農業、地元民や移住者との出会いまで、地方移住は予想外の連続だったという。(全2回の前編/ 続き を読む)
◆ ◆ ◆
「田舎暮らしできたら」とぼんやり考えていた
――『ぼっちぼち村』や『ぼっち村』の連載をきっかけに2013年から田舎暮らしに挑戦した市橋さんですが、その経緯を改めて聞かせてください。
市橋さん(以下、市橋)もともと2011年から「週刊SPA!」(以下、SPA!)で他の漫画家さんと合同連載の形で別の漫画を描いていたのですが、色々あって、私単独の漫画を立ち上げることになったのがきっかけです。
当時の私は東京郊外に住んでいたのですが、暇を見つけては富士山の近くに遊びに行ったりしていたんです。いつか、富士山の近くの古民家なんかで田舎暮らしできたらいいなとぼんやり考えていたら、「じゃあ、それを漫画にしましょう」みたいな感じでスタートしました。
「ひとりで村に移住……、ぼっち村?」とデスクがつぶやいたら編集長が爆笑して、「『DASH村』っぽいし、いいじゃん!」というノリで始まった連載です。なので、本当に田舎暮らし始めるの? って感じで、どこまで本気で、いつまで田舎暮らしをするかもまったく考えていませんでした。結局、「SPA!」の連載は終わってしまいましたが。
競売で落札した“トカイナカ物件”に暮らす
――連載が終わったとはいえ、現在でも奥さんと子ども、そして犬1匹と地方に住んでいらっしゃるんですよね。
市橋 連載が終わる直前に競売で落札した、田畑に囲まれた地方都市郊外のいわゆる“トカイナカ”物件に今も暮らしています。DIYもして手を入れているので、気に入ってます。ただ、家主である私は連載がないので、たまにバイトをしながら、時々依頼されるイラストを描いて、子育てをして……。ほぼ無職なのでヤバいです!
――漫画では農業での奮闘ぶりも印象的です。珍しい作物に手を出すも、育たない、売れないなどの失敗を繰り返しているのがなんとも悲哀に満ちていて。
市橋 農作物の選定は移住に比べればハードルも低いので、「漫画のネタになるかな」という不純な動機もありました。あとは、単純に面白そうだなという思い付きで。でも、珍しい作物に限らず、農業は本当に大変でしたね。
農業で生計を立てることはとても無理だった
市橋 特に草刈りなんか、年に何回するのか分からないですが、漫画のネタにはできない同じ作業を何度も地道に続けるのが農業です。草を刈り、むしり、土を耕し、肥料を入れ、畝を立て、播種育苗をし、水をやり……。
延々とその作業の繰り返しで、そこに台風、大雨、病気、害獣、盗難などの自然の厳しさも襲ってきます。大切に育てた作物が、自然災害によって全部ダメになると心が折れますよ。
始めた頃は少しくらいは稼げるだろうと思っていましたが、生計を立てることはとても無理でしたね。直売所では地元の菜園家やリタイア組が、趣味で育てた野菜を安値で売っているので。
珍しい作物の栽培で“一発逆転”を狙うも…
――そこで勝負するのは難しかったということですね。
市橋 そうです。「タバコ代が稼げればいいんだよ」みたいなおじさんが、利益なんて考えずに出品していますからね。そんな捨て値で売られたら勝負になりません。なので、一発逆転を目指して高く売れそうな誰も作っていない超激辛唐辛子などを育てたりしたんですが、珍しい物は逆に売れませんでした。
また、都会から来て就農した移住者もいたのですが、果樹などの贈答品も販路をしっかり作れないと、やはり厳しくなって辞めてしまうことも少なくないです。
――巷では「儲かる農業」など謳われることもありますが、現実は非常に厳しいと。
市橋 新規就農して成功している方は、私からすると超人です! 地域おこしで、自治体が後押ししてある作物を特産品に指定して育てても、結局はそこまで売れず、撤退するようなケースも多いです。中には補助金目当ての人もいたりしますが、そうではなく自分で田畑を耕作して生活できる方は本当に素晴らしく尊敬します。私はその道が見つからなかったので、せめて消費者としては多少高くても国産の野菜を買って、農業を支えたいと思っています。
――作中では、デザイナーや音楽家、登山家など個性的な移住者が登場しますが、なかでも印象的な出会いはなんでしたか。
市橋 某政治塾出身の女子大生が地元の協力でお店を出して、開店後3カ月でいなくなったことがありましたね。地域おこし協力隊として全国を転々としている入れ墨だらけの若者がいたことも。
市橋 一番驚いたのは、物件探しで訪れた不動産屋の方や隣町に住む移住者の中に私の漫画の読者さんがいたこと。読んでくれている人がいるんだと嬉しかったです。他にも、20代くらいの若い女性がポツンと建てられた一軒家の空き家を借りたけど、いつの間にかいなくなっていた……なんて話も、限界集落で聞きました。
イカついハイラックスを乗り回すような金持ちの外国人が借りた農地に勝手に建物を建て始めて、地主と揉めていたこともありましたね。地方には色々な人が集まってくるんだなと思いました。
芸術家、医療従事者、外国人……。さまざまな移住者がいた
――いわゆる成功者と呼ばれるような人や、富裕層が移住してくるケースは多いんでしょうか。
市橋 少なくはないですね。長く移住生活が送れるかどうかは、結局安定した生活基盤の有無によるのかなと思います。生活基盤があれば、仕事が少ない田舎でもどうにでもなりますから。実際、のびのびと創作しながら暮らす芸術家、田舎に不足しがちな医療従事者、海外企業に勤めてリモートで働いている外国人などがいましたね。
――市橋さんは、空き家バンク、飛び込みの交渉、中古物件購入、競売物件落札など様々な方法で移り住んでいます。経験上どの方法がスムーズに契約できましたか。
市橋 正攻法で、民間の不動産業者の賃貸や中古物件を探すのが良いかなと思っています。空き家バンクの場合、地元の不動産業者が絡んでいることが少なからずあって、結局物件数では、民間の方が多いことがあるからです。
また、漫画にも描きましたが、きちんと宅建業者を入れて契約した方がトラブルも少ないです。突然大家に、田畑を貸す契約はないと言われた際、私が「公開情報と違うじゃないですか」と役場に連絡したら、地元の名士だった大家は役場にまで手を回し、空き家バンクで公開していた情報をその電話中に改ざんさせたこともありましたからね……。
田舎暮らしは、環境や人間が合わない、仕事がないなど問題が出てきます。なので、私のように「嫌なら引っ越せばいいや」という感覚で、まずは賃貸物件を選ぶのが地方移住のスタートには向いているのかなと思います。
――市橋さんは、今は競売物件に住んでいますが、落札までかなり苦労されたんでしょうか。
市橋 競売物件は狙った土地に希望する条件の物件が、そのタイミングに出ることは稀です。私の場合、漫画のネタの意味合いもあったので、全国各地で幅広く探せましたけど。また入札額によっては落札できるとも限りませんし、仮に落札できても、占有者との明け渡し交渉や裁判の手続きなどが膨大で、私のようにほぼ無職のような人間でなければ、時間や労力的にハードルは高いですね。
畑や田んぼを途中でやめるとものすごく嫌われる
――現在、地方では空き家の多さが問題視されることもあります。そういう中でも、空き家を借りることは難しかったでしょうか。
市橋 ドライブで立ち寄って、各地に転がっている無数の空き家を見て回りました。地元の人に突撃して所有者を探し、無償も含めて借りた事もあるのですが、相当の覚悟と忍耐力がないと難しいです。ほぼほぼ話を聞いてもらえませんし、下手をすると怒られます。まあ、勝手に集落に入ってこられてピンポンされて、「あそこの空き家を貸してください」と言われるわけですから、警戒されるのも無理はありません。
持ち主としても、荷物の整理やいろんな手続きが面倒くさいから、空き家バンクに登録もしていないケースも多いんです。でも、なかには「いっそのこと買ってくれ」という人もいました。家だけじゃなくて、山もすすめられましたよ。
――山ですか! 最近だとキャンプブームで山を買う人も多いですよね。
市橋 「小さな山を50万で買ってほしい」と言われたことがあります。また山でキノコを育てていた農家からは、廃業するから後継者にならないかと山の購入をすすめられました。「2年間の研修が条件、その後年間で数百万円の売り上げが見込めるキノコ山を1000万で!」と。漫画のネタになりそうでしたが、管理が大変そうだったし、そんなお金もないのでさすがに断りました(笑)。
価格のこともありましたが、やっぱり中途半端な気持ちでは農業は成功しませんし、畑や田んぼを途中でやめると住民からものすごく嫌われることがあるんですよ。実際、嫌がらせで、畑を放棄した人の家に向かって、光が反射するように太陽光パネルが建てられていたこともありましたし……。
――聞けば聞くほど、縁もゆかりもない土地に移住するのは大変そうなのですが、市橋さんは今後、また引っ越す予定はあるのでしょうか。
市橋 今、うちの家計を支えてくれている妻は今の場所で仕事を見つけましたし、子どもの教育や進学を考えると、超田舎に引っ越すつもりはありません。お金もないので東京にも戻れませんし……。
とはいえ、個人的には自然に囲まれたポツンと一軒家に暮らしてみたい思いもあります。妻子に捨てられたら、一人で人里離れた場所に隠居するかもしれません!
〈 「原因不明の病気が分かって…」移住を5回繰り返した漫画家が、“田舎の一軒家”購入に踏み切ったワケ 〉へ続く
(清談社)
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