「原因不明の病気が分かって…」移住を5回繰り返した漫画家が、“田舎の一軒家”購入に踏み切ったワケ
文春オンライン / 2024年7月6日 6時0分
地方移住を5回繰り返した漫画家の市橋俊介さん(本人提供)
〈 「畑を途中でやめると、住民から嫌われることも…」地方移住5回の49歳男性が語る、“田舎暮らし”で心が折れた瞬間 〉から続く
『 ぼっち村 』1〜3巻、『 ぼっちぼち村Ⅰ 』(ともに扶桑社)、『 ぼっちぼち村Ⅱ 』(農文協)で、田舎暮らしの日々を描いた“地方移住漫画家”の市橋俊介さん(49)。極寒の自然や慣れない農業、そんな環境で経験した第一子の出産、指定難病「もやもや病」の発覚……。漫画の中で赤裸々に描いた自身の人生を、「行き当たりばったり」と語る市橋さんに話を聞いた。(全2回の後編/ はじめから 読む)
◆ ◆ ◆
行き当たりばったりなスタートだった
――移住や農業など、行動力がすごい市橋さんですが、ご自身としては、その性格をどう捉えていますか。
市橋さん(以下、市橋) 行動力と言えば聞こえはいいですが、行き当たりばったりと言うか、正直何も考えてないというのが正しいですね。自分のそんな性格は、やっぱり後悔ばかり生んできたので、全然良くないと思います。
実際は出不精で、どちらかというと引きこりタイプ。なので、半ばやけくそになっているだけです! そもそも、漫画家になったのも行き当たりばったりなスタートでした。
――『 漫画家失格 』(双葉社)では、市橋さんが漫画家になる経緯も描かれていますが、たしかに行き当たりばったりです(笑)。美大も“ノリ”で受験したそうですね。
市橋 美大を受けたのは、「実家から近かったから」という理由でした。絵を描くのが好きというわけでもなかったんです。実際、絵の実技試験でも小学校時代に使っていた絵の具セットを持っていきましたし。でも、なぜか奇跡的に受かってしまったんですよね。
――とはいえ、美大に進んでから絵に目覚め、漫画家を志すように……。
市橋 それが、なってないです(笑)。本当に絵は苦手だったので、「英語の課題をやる代わりに絵の課題をやってくれ」と級友に頼むほどでした。ロクに絵の勉強もせず、ひたすら音楽を聴いていましたね。
卒業後はデザイン会社に就職しましたが、やはり絵もデザインも勉強していない自分には向いていなさすぎて、すぐにやめました。そこからはレンタルビデオ店でバイトしながら映画をみたり、音楽を聴いたり……。毎日ダラダラ、ゴロゴロしていました。
――漫画家とは無縁の人生を送っているなかで、漫画を描くきっかけはなんだったのでしょうか。
「少年ジャンプ」すら読んでこなかった自分が、初めて面白いと思った漫画
市橋 フリーター時代に入り浸っていた美大仲間の家に、大量の漫画があったんです。そこで、本格的に漫画に触れて、楳図かずおさんや高野文子さん、つげ義春さん、いましろたかしさんなどの作品を読みました。それまで、周りが夢中になっている「少年ジャンプ」の漫画すらまともに読んでこなかったのですが、とても面白く感じたんですよね。でも「漫画家になるぞ!」と一念発起したとかではなくて。
ある日、いつものようにダラダラと漫画を読んでいたら、とある雑誌に新人賞の募集欄があり、その賞金に惹かれて漫画を描き始めました。ほんとに不純な動機でしたね(笑)。
でも、私は絵が得意ではなかったので、自分は原作で美大仲間に作画をさせようと考えました。当たり前ですが、そんな私と組むメリットは相手にありませんし、結局作品はできなかったですね。それで、しぶしぶ自分で描いて新人賞に投稿してみたんです。今振り返っても自分のダメ人間ぶりが嫌になります……。
――人生で最初の漫画はどんな出来だったんですか。
市橋 これも例のごとく、何も考えずに動き出したんです。描き始めたのはいいものの、原稿用紙をプロ・投稿用ではなく、ひと回りサイズが小さい同人用を使っていたり、丸ペンを普通のペン軸に刺してグラつきながら描いたり、青いインクで描いたり……。そんな初歩的な間違いを美大仲間に指摘されるまで気づかなかったんです。
それから、なんとか作品を書いてアポ無しで出版社に持ち込みましたが、ステンドグラスみたいに細かくコマを割ったりしてめちゃくちゃだったので「美大生的だね」なんて言われました。一応原稿は預かってもらえることになりましたが、「もう受賞の芽がないな」と思ってその時点でやる気を失っていました。
ただ、なぜか奇跡的にその作品が入選して。その後も、少し大きな賞をいただいたりしたんですが、デビューと同時にその雑誌の休刊が決まるなど色々不運が重なってしまいました。
――何度か賞をとっていると聞くと順調な歩みのように思えます。当時は漫画で食べていけると思っていましたか。
市橋 漫画賞といっても各誌が定期的に募集する新人賞の下の方で、特にすごくもないんです。実際、いくつかの漫画誌で何度か賞をもらっても再デビューするまで、その後3年近くかかってますからね。
「コミックビーム」(KADOKAWA)での初連載も1年強で終わり、単行本にもなりませんでした。ただ、ありがたいことにその直後から、有名雑誌や上場企業からイラストやらコラムやらの仕事をいただけ、他の漫画誌でも連載が決まったので、とにかく精一杯、目の前の仕事をこなしていました。とはいえ、一貫して年収300万円にも満たない最下層の素人同然の漫画家でしたが……。
なので、自分のキャリアが軌道に乗りそうだなんて、考えた事もありませんでしたし、むしろ、「いつかこんな日も終わって、仕事がなくなるんだろう」という危機感ばかりでした。結局、今は連載がなくなったので、その通りになりましたが……。“廃業時期”を逃した漫画家は悲惨です!
野球選手への「戦力外通告」にツラくなる
――ということは、振り返ると“廃業時期”があったと考えているんでしょうか。
市橋 これは非常に難しいのですが、私の場合、超低空飛行が20年続いたので、常に廃業すべきタイミングだったとも言えます。ただ連載などが続いていたので、自分から廃業を決断できる感じでもなく、結局現在の状況になってしまいましたね。毎年、プロ野球選手の戦力外通告が報じられる時期になると自分のことのようにツラくなります。
――ただ、長年のキャリアでいろんな出版社や編集者と関わってきて、休刊などのほかに不運や不幸があったと思います。なかでも印象的なものはありますか。
長期連載の打ち切り、「もやもや病」……。ショックが続いた
市橋 休刊や打ち切りは何度経験してもショックですが、売れてなんぼの世界ですから仕方ないことです。掲載の約束、連載の約束が反故(ほご)にされるケースも少なくなかったですが、一番驚いたのはとある芸人さんと組んで、合作で連載することになった漫画が、プレ連載として始まった初回以降、他の方が描いていたことですね。
初回掲載以降に全然話が進まなくなって不思議に思っていると、気づいたら他の漫画家さんの作画で連載が始まっていて……。結局その連載はすぐに終わってましたが、私なんぞが売れっ子芸人さんと組んで連載できるはずがないと思っていたので、変な夢を見ているような気分でしたね。8年続けてきた『ぼっち村』『ぼっちぼち村』の打ち切りもなかなかに衝撃的でした。
――打ち切りの少し前に市橋さんは指定難病の「もやもや病」(ウィリス動脈輪閉塞症の通称。脳血管に生じる原因不明の難病)を患い、手術もされました。このWパンチは相当こたえたのではないですか。
市橋 直前にも編集部に「体力の続く限り、連載を続けてほしい」とか言われていました。2022年に競売物件で落札した地方都市にある一軒家に移住したのですが、漫画のネタにもなるかなと思って入札したので……。打ち切りは大変ショックでした。乗り越えられているかと言うと、今もウジウジしているので乗り越えられてない気がします。
もやもや病については、徳永英明さんがかかったということ以外、なにも知りませんでした。ただ、気付かずにいると脳梗塞や脳出血を起こす可能性が高まり、死に至るケースも高い大変恐ろしい病気だと知りました。私は別の体調不良の検査中に、たまたま早期発見でき、予防的なオペを受けられてラッキーでした。
病気を越えられたのは、やはり妻と子どもの存在です。なんとか妻子に恩返しをしたいと思っていた矢先に連載が終わってしまったので、見捨てられないように、今こそ踏ん張らなきゃなとは思っています。激しい運動はできませんが、日常生活や作画作業は問題なくできますからね。
なんとか生きていることを励みにしてもらいたい
――市橋さんの激動の田舎暮らしの様子が漫画からはよく伝わってきます。最後に、この本で読者にどんなことを感じてもらえたら嬉しいですか。
市橋 偉そうなことを言える立場ではないですが、こんなダメ人間で、生きる才能のない人間もいるんだと苦笑してもらえれば嬉しいです。そして何かの縁があって、こんな私の記事を目にしてくださった方の中に、厳しい生活を強いられている人や田舎暮らしに不安を覚えている人がいたら、こんなヤツでもなんとか生きているのだと励みにしていただければ、よりありがたいです。
そんな皆様に、またどこかでお目にかかれるよう、私もぼっちぼち頑張っていきます!
〈 「自分の職業すら言えない…」友達探し、幼稚園見学…“地方移住夫婦”が田舎での子育てで焦ったこととは? 〉へ続く
(清談社)
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