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〈有罪か、冤罪か〉夏祭りのカレーで60人以上が中毒、4人が死亡…小さな町で起きた大事件で死刑囚となった4人の母・林眞須美60歳の現在地

文春オンライン / 2024年7月27日 10時50分

〈有罪か、冤罪か〉夏祭りのカレーで60人以上が中毒、4人が死亡…小さな町で起きた大事件で死刑囚となった4人の母・林眞須美60歳の現在地

林眞須美とカラオケを歌う夫

 和歌山毒物カレー事件で死刑判決を受けた林眞須美は、真犯人ではない。カレーに猛毒であるヒ素を入れたのは林眞須美ではない。このドキュメンタリー映画の主張はシンプルながら、観る側の“常識”を揺さぶらずにはいない。

 映画の主張が正しいのなら、オウム事件や神戸連続児童殺傷事件に続いて起きたこのワイドショーネタとなった事件には、冤罪の可能性がある。袴田事件や免田事件と同じように、林眞須美もまた、無実の罪で死刑判決を受けているかもしれないというのだ。

いったい誰が何の目的で、大量殺人を目論んだのか

――こう書けば、たちの悪い新手の陰謀論のたぐいか、それとも酔っぱらって原稿を書き飛ばしているのかと訝る向きもあるだろう。しかし、この映画を観た後では、風景ががらりと違って見えてくる。

 1998年7月に起こった和歌山毒物カレー事件とは、町の夏祭りで供された手作りのカレーにヒ素が混入されており、60人以上が中毒症状を発症し、そのうち4人が亡くなる。小さな町で起こった大惨事だった。

 世間は、犯人探しに躍起になった。いったい誰が何の目的で、大量殺人を目論んだのか。事件が起きた田舎町だけでなく、日本中が一刻も早くにっくき犯人をつかまえねば、夜もおちおち眠れない、というヒステリー状態に陥った。

2009年、眞須美に死刑判決が下される

 マスコミは当初からスクラムを組んで、1人の女性に狙いを絞っていた。事件当日、カレー作りを担当していた林眞須美である。4人の子どもの母親である林眞須美は、町内会の1人として夏祭りに参加していた。

 われわれの記憶に鮮明に残っているのは、林眞須美が自宅前に集まったマスコミに、ホースで水をかけて追い払う場面だろう。ミキハウスのトレーナーを着て、薄ら笑いを浮かべながら水をかけるシーンは、テレビのワイドショーの視聴者に、

「こいつはやっているに違いない」

 と思わせる絵力があった。

 そのふてぶてしい表情は、“毒婦”と呼ばれた木嶋佳苗や福田和子を連想させる。林眞須美が着ていたせいで、ミキハウスの売上が落ちたというウワサもまことしやかに流された。その林眞須美に死刑判決が下ったのは2009年のこと。

 かく言う私も、林眞須美が逮捕され、死刑判決が出たことを覚えているぐらいだった。この映画を観るまで、冤罪の可能性を疑ったことはなかった。

検察側は3つの点から犯人であることを証明

 この映画の主役である林眞須美の現在の様子がカメラに映し出されることはない。代わりに、林眞須美が、獄中のつれづれに、家族に日記代わりに書いた膨大な量の手紙の文面が、効果的に差し込まれ、いつも映画の中心に林眞須美がいることを意識させるようになっている。

 映画のタイトルとなった『マミー』とは、家族内での林眞須美の愛称である。

 検察は事件当時、林眞須美が犯人であることを次の3つの点から証明しようとした。

(1)林眞須美が事件当日、カレーを作っていたという、隣家の住人の目撃証言。隣人が、林眞須美がカレーの蓋を開けたのを目撃したと証言している。

 

(2)シロアリ駆除業を営む夫が自宅に所有していたヒ素の組成が、殺人に使われたヒ素と同型であったという科学鑑定の結果。

 

(3)林眞須美が、事件前から保険金をかけた夫や知人にヒ素を飲ませ、不正に保険金を手に入れていたという事実から、軽い気持ちで、カレーにもヒ素を入れたのだろうという動機の推定。

蔑ろにされた推定無罪の原則

 しかし、この映画は、この3点のいずれにも重大な瑕疵があることを丁寧に証明していく。

 観ている者は徐々に、自分の“常識”を疑うようになる。本当に、林眞須美はカレーにヒ素を入れたのか、と。いや、その可能性はかなり低いな。同時に、こんないい加減な捜査と裁判で、死刑判決に至ることに空恐ろしさを感じるだろう。

 疑わしきは被告の利益にという考えの裏には、たとえ証拠不足で真犯人を逃したとしても、罪なき人が冤罪でとらえられることがないようにという原理原則がある。しかし、その推定無罪の原則が、この事件では蔑ろにされている。

 そうした怒りが映画監督に乗り移り、最後はジャーナリズムの枠をはみ出して暴走してしまう。

二村は逆境を愚直に跳ね返し、一歩ずつ前に進んでいく

 監督の二村真弘(まさひろ)は、いくつものテレビのドキュメンタリー番組を手掛けたあとで、この映画が初の監督作品となった。

 この映画を撮ろうと思ったのは数年前、林眞須美の長男のトークイベントを観覧したことが契機となった。そのトークイベントで、事件に冤罪の可能性があることを知ったのだ。この長男が、映画の中心的な役割を担っている。

 しかし、二村にとって事件取材は初めてで、勝手が分からないことだらけだった。裁判記録にアクセスすることもできず、判決文さえ閲覧できない。死刑囚である林眞須美に面会することはできず、文通も家族に限られていた。

 しかし、二村はそうした逆境を愚直に跳ね返して一歩ずつ前に進んでいく。

いまの眞須美はどのような表情になっているのか

 同業のジャーナリストとして刮目するのは、ほとんどすべての関係者に直当たりしているという点だ。事件が起こった町では、コメントはほとんど取れず、事件を担当した捜査官や検察官、物故した裁判官の遺族にも直撃取材するが、芳しい結果は得られない。

 その直撃取材のほとんどは無駄足に終わるのだが、そうした無駄の積み重ねがこの映画に厚みを加えている。

 だが言うは易し、行うは難し。取材を嫌がる相手に、手紙を書いたり、直撃取材したりするのは、気力と体力をすり減らすのだ。けれども、そうしたひたむきな姿勢が、この映画を観るに値する作品に仕上げている。

 事件当時30代後半だった林眞須美は、獄中で還暦を迎えている。しかし、われわれの網膜に焼きついているのは依然としてマスコミに水をまく若き日の林眞須美である。果たして、いまの林眞須美はどのような表情になっているのか。われわれがその顔を再び見る機会は、めぐってくるのだろうか。

◆◆◆

『マミー』
2024年8月3日公開
東京シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督:二村真弘
製作:digTV 配給:東風
©2024digTV
公式サイト: http://mommy-movie.jp

(横田 増生)

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